第3話 彼女のNISA投資が全力すぎる
「私ね、お給料から毎月十万円を投資に回しているの」
「十万? 投資?」
「そう。NISAのつみたて投資枠で、毎月、S&P500のインデックスファンドを十万円分、購入しているのよ」
NISA?
ニュースやネットで聞いたことはある。
たしか、税金がかからないお得な資産運用とか、そういうやつだ。
しかし、それよりも、だ。
「ちょっと待って。俺たちの手取りって毎月二十二万円くらいだと思うんだけど、そこから十万円もその『エス・アンド・ピー』を買っているってこと!?」
「そう。だから、残りは十二万円。そこから、家賃が六万円。光熱費と通信費が一万五千円。食費が三万円。日用品やその他諸々で一万円」
葵ちゃんは、指を折りながら説明する。
「そうすると、交際費に充てられるのは、残りの五千円になるのよ」
「なるほどー。いや、なるほどじゃない。いろいろ突っ込みたいんだけど」
「どうぞ」
「なんで十万円も投資しているの? 限界を超えていない?」
「早く投資を始めれば、そのぶん長い期間、複利の効果を期待できるのよ」
「なるほどー。いや、なるほどじゃない」
俺は頭を抱えた。
「それじゃあ、生活に支障が出るんじゃない? 現にデート代が制限されているわけで」
「これくらい頑張らないと、将来に備えられないと思っているの」
「どういうこと?」
「今は物価が上がっているでしょう? 給料が上がっても、物価がそれ以上に上がれば、生活は楽にならない。給料だけに頼っていたら、将来が不安なのよ」
「なるほどー。たしかに、いろいろ高くなってるよね」
コンビニで買う昼飯も、以前より高くなった気がする。
将来に備えることが大切なのは、俺にも分かる。
でも、だ。
「だけどさ、将来に備えることも大事だけど、充実した今を生きることも大事じゃない?」
「うん。それは、その通りだと思う」
「じゃあ、毎月の投資額を少し減らして……」
「減らさないわよ?」
「……減らさないんだ」
「ええ。やるなら全力でやらないと」
「……」
「……」
真顔で俺を見つめる葵ちゃん。
だめだ。
なんというか、鋼の決意というか、強情というか。
どうやら、説得するだけ無駄らしい。
いつも温厚な葵ちゃんが、こんな頑固一徹さんだったとは。
彼女の意外な一面を見られて、俺は少しうれしくなった。
……いや、喜んでいる場合ではない。
このままでは、俺たちの交際が危機に陥りかねない。
それでも、葵ちゃんが「お金がない」理由が分かったのはよかった。
浪費しているわけでも、借金を抱えているわけでもない。
将来のために、資産を増やそうとしているのだ。
いや、毎月限界まで投資しているのを、健全と呼んでいいのだろうか。
葵ちゃんは、そんな俺の困惑した顔を見て、ふっと笑顔になった。
「大丈夫よ。工夫すれば、なんとかなるものよ?」
そして、顔をぐいっと俺に近づけた。
「それとも、水族館や映画に行きたいから、わたしと付き合ったの?」
至近距離から向けられた葵ちゃんの微笑みは、かわいいを通り越して、強烈な圧を感じさせた。
「いや。けっして、そんなことは!」
「でしょう?」
勝ち誇った顔をする葵ちゃん。
……なんか、葵ちゃんのキャラが変わってきたような気がする。
いや、本性を出してきたというべきか。
俺は、とんでもない子を彼女にしてしまったのかもしれない。
◇
葵ちゃんの衝撃告白に気が動転していた俺だが、少し冷静さを取り戻すと、一つの重要な問題に気がついた。
「葵ちゃん。そんなに切り詰めて生活しているのに、この前も今日も、俺にお弁当を作ってきてくれたんだよね。なんだか申し訳ないよ。俺、材料費を出すよ?」
葵ちゃんは「あらっ」と、少し驚いた顔をした。
「いいわよ。そんな生々しい金銭のやり取りなんて、スマートじゃないわ」
「でも、それじゃ俺の気が済まないよ。せめてお弁当代くらいは――」
「そう?」
葵ちゃんは少し考えるように首を傾げたあと、ぽんと手を打った。
「じゃあ、こうしましょう! 佑太くんも自分の自転車を購入して!」
「……自転車?」
「そう。そうすれば、二人でいろんなところへ自転車で行けるでしょう? 電車代が浮くわ。電車代って、バカにならないのよね」
俺の想像の斜め上を行く提案に、思わず聞き返してしまった。
「ふたりで? 自転車で?」
「そう。ロードバイクとまでは言わないわ。クロスバイクで十分よ。五万から十万くらいで買えるし」
葵ちゃんはうれしそうに手をパンとたたいた。
「ちょうどいいわ。今度、一緒に自転車屋さんに見に行きましょう!」
「……」
「まかして。私、選んであげる」
俺の脳裏に、毎週末サイクリングと公園散策をひたすら繰り返す二人の爽やか(?)な姿が、ありありと浮かんだ。
いや、待て。
俺は彼女と付き合い始めたはずなのに、いつの間にか節約生活の共同プロジェクトに参加させられていないか?
なんだか、あれよあれよという間に、葵ちゃんの領域に引きずり込まれている気がする。
……気のせいだろうか?




