第2話 初デートはやはり公園
【長瀬 佑太】
一ノ瀬さん
お疲れ様です。
例の不具合の件ですが、原因が判明しました。NULL値の扱いに問題があったようです。
修正したプログラムをGitにCOMMITしておいたので、確認してみてください。
【一ノ瀬 葵】
長瀬くん
流石です。
大変助かりました。これでようやく単体テストに入れます。
【長瀬 佑太】
一ノ瀬さん
どういたしまして。
ところで、今週末の会合の件について相談したいのですが。
【一ノ瀬 葵】
承知しました。では、後ほどLINEしますね。
◇
定時を過ぎ、オフィスの自席で自分のスマートフォンを取り出す。
画面を開くと、さっそく緑色のアイコンに通知が届いていた。
葵ちゃん『佑太くん。会合って、なに?(笑)』
斜め向かいの席に座る葵ちゃんを見ると、葵ちゃんもこちらに気づき、小さく手を振ってくれた。
かわいい。
佑太『今週末、また会いたいなって思って』
葵ちゃん『いいよ!』
佑太『どこ行こうか? 水族館なんてどう?』
葵ちゃん『名古屋港水族館よね? 入場料だけで二千円もするから、パスかな』
即答で却下された。二千円でNG……?
佑太『そう? じゃあ、映画はどう?』
葵ちゃん『映画も二千円するよね。パス』
佑太『二千円だけでもダメなの……?』
葵ちゃん『言っておくけど。私がひと月に使えるデート代は、五千円だからね』
あまりの低予算に、思わずスマホを二度見してしまった。
ひと月で五千円。ということは、毎週末会うとなると、一回のデートで使えるのは実質千円ちょっと……。社会人のデート予算としては異次元の低さだ。
佑太『5千円て! 高校生のお小遣いじゃん!?』
葵ちゃん『そうよ。だから、私、お金ないって言ったでしょ?』
佑太『うーん。じゃあ、ウチ来る? お金かからないよ?』
葵ちゃん『付き合って最初のデートで、いきなりおうちデートはいかがなものかと』
佑太『……そうですよね。すみません』
下心を見透かされたようで、俺は画面の前でペコペコと頭を下げた。
佑太『じゃあ、どうしようか? リクエストある?』
葵ちゃん『そうねえ、じゃあ、また公園行こうか』
葵ちゃん『愛・地球博記念公園とかどう?』
佑太『モリコロパークって、ジブリパークがあるところだよね? ジブリパークに行くってこと?』
葵ちゃん『ジブリパークには入らないわよ。行ったことあるし。高いし』
佑太『そうですよね』
ブレない。どこまでも一切のブレがない。
葵ちゃん『また、お弁当持って行ってあげるから』
佑太『それはすごく嬉しい。じゃあ、モリコロパークにしようか』
葵ちゃん『決まりね』
◇
画面を閉じ、俺は深々とため息をついた。
斜め向かいの席を見やると、葵ちゃんは「完璧なプランね」と言わんばかりの誇らしげなドヤ顔を浮かべていた。
なんとか次のデートプランはまとまった。
まとまったのだが……。
(それにしても、またしても公園散策か……!)
これじゃあ、俺たちのデートは永遠に名古屋近郊の公園巡りになりかねないぞ。
いや、公園散策も彼女の手作りお弁当も最高に嬉しいのだが、問題はそこじゃない。
それにしても、葵ちゃんのデート軍資金が「ひと月五千円」って、一体どういうことだ……?
同じ会社の同期で、手取りだって自分とそう変わらないはずなのに。
一度、彼女の財布事情について、詳しく話を聞いてみる必要がありそうだ。
◇
次の日曜日。
リニモの愛・地球博記念公園駅の改札前で待っていると、白いブラウスにふんわりとしたフレアスカート、足元には歩きやすそうなスニーカーを履いた葵ちゃんがやってきた。
今日もいつもの黒縁眼鏡を外し、つばの広い麦わら帽子をかぶった彼女は、春の爽やかな日差しの中でとても眩しかった。
(やっぱり、かわいい……!)
思わず見とれてしまう俺だったが、彼女の背中には相変わらず、重たそうな水筒とお弁当が詰まったリュックがしっかり背負われていたのだった。
「佑太くん、おはよう。モリコロパークは私の庭みたいなものだから、今日は私が案内してあげるね」
「頼もしいな。よろしく、ガイドさん」
葵ちゃんは嬉しそうに胸を張ると、颯爽と歩き出した。
シンボリックなエレベーター塔を下り、青々とした大芝生広場を通り抜ける。緑豊かな森の尾根道を散策し、風情ある日本庭園を横目に眺めつつ、『サツキとメイの家』の近くまでやってきた。そこからいくつかの静かな池のほとりを巡り、広大な敷地をたっぷり歩いた末に、大花壇の近くにある木陰のテーブルベンチで昼食をとることになった。
ベンチに腰掛けると、眼下にはモリコロパークの雄大な緑の景観が広がっている。
春の日差しは心地よい木陰によって遮られ、通り抜ける風が爽やかで実に気持ちがいい。
葵ちゃんは手際よくテーブルクロスを敷き、リュックから大切そうにお弁当箱を二つ取り出して広げた。
「今日は、おにぎりです!」
「おおっ!」
パチンと蓋を開けると、ふんわりと香ばしい海苔の香りが立ち上る。
丁寧に巻かれた丸いおにぎりの脇には、綺麗に巻かれた黄色い卵焼きと、タコさんの形にカットされたウインナーまで整然と並んでいた。
「うわあ……めちゃくちゃ美味しそう!」
「どうぞ、召し上がれ」
俺は我慢できず、大きなおにぎりを思いっきり頬張った。
「んんっ……美味しい!」
絶妙な塩加減のお米の中から、甘酸っぱい梅干しの味が口いっぱいに広がる。疲れた身体にすっぱさがたまらない。
「ふふ、佑太くんは本当に美味しそうに食べてくれるね」
嬉しそうに目を細める葵ちゃんを見つめながら、俺はある意味、これはものすごく贅沢なデートなんじゃないかとしみじみ実感していた。
葵ちゃんの手作りお弁当をあっという間にペロリと平らげると、彼女はまたしても四次元ポケットのようなリュックからもう一本の水筒を取り出し、温かいコーヒーを注いでくれた。
木漏れ日の中で食後のコーヒーを味わっていると、なんだか体の底からじんわりと満たされ、心が落ち着いていくのがわかった。
◇
……それでも。
美味しそうにマイボトルのコーヒーをすする葵ちゃんを見つめながら、俺は内心で(しかしな……)と思わずにはいられなかった。
さすがに、毎回こうして公園を散策するわけにもいかないだろう。
仮にも俺たちはれっきとした社会人だ。お金のない中学生カップルではないのだから。
俺は決意を固め、静かに切り出した。
「葵ちゃん、ひとつ提案なんだけど……俺がお金を出すから、次は水族館とか映画とかに行かない?」
彼女の負担を減らすための、彼氏なりの配慮だった。
だが――。
「それはダメ」
返ってきたのは、迷いのないぴしゃりとした拒絶だった。
「えっ? でも、俺が好きで出すんだし――」
「佑太くんにも、私のために余計なお金を使ってほしくないの」
「え……? なんで?」
首をかしげる俺に、葵ちゃんは少し困ったように眉を下げ、小さな声で言葉を紡ぐ。
「うーん、上手く言えないんだけど……お付き合いする以上、もう他人じゃないっていうか。……運命共同体、みたいな?」
「運命共同体……?」
「あっ! ごめんね、なんか私、重たい女みたい……! 今のなし、忘れて!」
両手をぶんぶんと振って顔を赤くする葵ちゃん。
可愛い反応に胸がキュンとしつつも、俺の疑問は深まるばかりだ。
「それにしてもさ。葵ちゃん、どうしてデート予算がひと月たったの五千円なの? 正社員で働いてるんだから、もう少し余裕があってもいいと思うんだけど……」
俺が核心を突くと、一瞬の沈黙がふたりの間に落ちた。
通り抜ける風の音だけが響く中、葵ちゃんはしばらく俺の目をじっと見つめていた。
やがて、ふっと視線を遠くへとそらす。
「……いいわ。お付き合いする以上、佑太くんにはちゃんと話しておく必要があるわね」
葵ちゃんは覚悟を決めたように俺に向き直った。
その瞳が、木漏れ日の中できらりと光った。




