第10話 もっと買っておけばよかった
私は翌日、由美に教えてもらったとおり、ネットで証券口座を開設し、ダブスコの株を購入した。
ただし、通常の購入単位である百株を買うには、22万円が必要だった。
そんな大金を用意する余裕のない私は、由美に教えてもらった単元未満株という方法で、20株を4,4000円で購入した。
証券会社の画面に、自分の保有株が20株と表示される。
それを確認した瞬間、胸が高鳴った。
新しい世界の扉が開いたような気分だった。
さっそく二人にLINEを送ると、すぐに返信が来た。
由美『葵、おめでとう!』
由美『これから一緒に株式投資、頑張ろうね。』
薫『葵、早っ!』
薫『私はこれから口座開設よ。』
こうして、私の株式投資生活が始まった。
それからも、ダブスコの株価は上がり続けた。
株を買ったことをきっかけに、私はSNSを見るようになった。
Twitterでは、含み益のスクリーンショットを投稿する投資家が続出していた。
ダブスコを熱烈に応援する人たちは、いつしか「ダブスコ信者」と呼ばれるようになっていた。
まさに、お祭り騒ぎだった。
画面の向こうでは、みんなが儲かっている。
私も、その輪の中に加われたことがうれしかった。
しかし。
六月末に2,462円の高値をつけたダブスコ株は、七月に入ると一転して大きく値を下げた。
七月四日の終値は1,924円。
私の買値を大きく下回ってしまったのだ。
私は真っ青になり、由美に電話をかけた。
「だ、大丈夫なのかな……?」
「大丈夫よ。先輩に聞いたんだけど、株価が下がること自体は珍しくないんだって。だから、慌てちゃだめだって言われたよ」
「そ、そうなんだ……」
静かに語りかける由美の言葉を、私は半信半疑で聞いていた。
それでも、当時の私には、その言葉を信じるしかなかった。
それから数日間は、生きた心地がしなかった。
何度もスマホを取り出しては、株価を確認する。
そして、画面を見るたびに、下がり続ける数字を目の当たりにするのだった。
こんなことなら、株なんて始めなければよかった。
後悔が押し寄せる。
……由美のせいだ。
そんな思いが心に浮かび始めた頃。
七月十一日の終値、1,610円を境に、ダブスコ株は再び上昇に転じた。
株価が戻り始めたときの安堵感は、今でも忘れられない。
由美の言っていたとおりだった。
株価は下がっても、また上がる。
あの時、慌てて売らなくて、本当に良かった。
その後、ダブスコの株価は勢いを取り戻し、さらに上昇を続けた。
SNSでは、著名な個人投資家や煽り系インフルエンサーがこぞって参戦を表明。
『目標株価五千円!』
『いや、一万円も夢じゃない!』
そんな威勢のいい言葉が飛び交っていた。
もちろん、すべてが実現する保証などない。
それでも、当時の私には、どの言葉も頼もしく聞こえた。
もっと買っておけばよかった。
その思いは、日に日に強くなっていった。
八月に入り、インターンが始まった。
複数の企業でインターンに参加したが、どこも順調にこなすことができた。
就職活動への手応えも感じていたし、ダブスコの株価も上昇を続けていた。
何もかもが、うまくいっている。
そんな気がしていた。
そして、ダブスコの株価が2,400円を超えたとき、私は、買い増しを決意した。
今、買わずにいつ買うんだ?
ただ、問題があった。
手持ちの資金がないのだ。
そこで、私は親が銀行に預けてくれている、半年分の生活費に目をつけた。
48万円。
もちろん、生活費に手をつけることには抵抗があった。
でも、必要になれば株を売ればいい。
今までだって、株価は下がったあとに戻ってきたじゃないか。
私は、そう自分に言い聞かせた。
銀行から証券口座へ資金を移すとき、少し手が震えた。
けれど、株価が上がっていく未来を想像すると、そんな不安はすぐに消えてしまった。
さらに、私は由美から、もう一つの方法を教わっていた。
信用取引。
証券会社に保証金を預けることで、手持ちの資金よりも大きな金額の取引ができる仕組みだ。
この時の条件では、保証金の約二倍まで取引できた。
つまり、48万円あれば、約96万円分の取引ができる。
もちろん、株価が下がれば損失も大きくなる。
そんな説明も受けていた。
それでも、私には、そこまで心配する必要があるとは思えなかった。
だって、ダブスコの株価は、これからも上がっていくはずなのだから。
私は、株価2,400円で400株を信用買いした。
購入金額は96万円。
最初に購入した20株と合わせると、私の保有株は420株になった。
現物株の購入金額44,000円と合わせれば、購入金額の合計は100万円。
最初は、たった44,000円だった。
それが今では、100万円分もの株を保有している。
我ながら、思い切ったことをしたと思う。
でも、不思議と後悔はなかった。
この株が、これからの私を力強く支えてくれる。
そんな確信があった。
九月。
参加したインターンは、いずれも順調に終えることができた。
未来への手応えを感じていた。
そして、ダブスコ株も、さらに勢いを増して上昇を続けていた。
九月十五日。
株価は、ついに3,000円を超えた。
私の保有する420株の評価額は、126万円を超えている。
信用買いした400株だけを見ても、買値の2,400円を大きく上回っていた。
含み益は、みるみる膨らんでいく。
このままいけば、いったいいくらになるのだろう。
今まで、コツコツとアルバイトをしていたのが馬鹿らしく思えた。
もちろん、含み益は、まだ手に入れたお金ではない。
売らなければ、利益は確定しない。
そんなことは、わかっていた。
それでも、スマホの画面に表示される数字を見るたび、自然と頬が緩んでしまうのだった。
聞くところによると、薫も私以上に稼いでいるらしい。
由美には、感謝してもしきれない。
今度、ご飯でもおごらせてもらおう。
両親にも、感謝の気持ちを込めて、何かおいしいものをプレゼントしてもいいかもしれない。
毎日、株価チャートを眺めては、そんなことを考えていた。
お金の心配をせずに暮らせる未来。
両親に恩返しできる未来。
そして、自分の好きなことを、好きなようにできる未来。
そんな未来が、もうすぐそこまで来ている気がした。
思えば、あの頃が、一番幸せだったと思う。




