ネズミ
全国の雀士たちが参加する麻雀アプリ大会。
その大会で、恐れられている一人の少年がいた。
名前は光一。
彼の麻雀は、相手の心を追い詰める特殊な打ち方だった。
「鳴き。」
相手の流れを奪い、手を崩していく。
そして最後には――。
「ロン。」
冷たい一言で勝負を終わらせる。
光一と対戦した者の中には、麻雀そのものが怖くなってしまう者もいた。
いつしか彼は、こう呼ばれるようになった。
――ネズミ。
小さな隙間に入り込み、相手を追い詰めるような打ち方からついた名前だった。
そんな光一の前に現れたのが、**優梨**だった。
「君も、僕を怖がるよ。」
光一はいつものように言った。
しかし、優梨は首を横に振った。
「怖くないよ。」
「……どうして?」
「あなたは、本当は麻雀で誰かを傷つけたい人じゃないから。」
その言葉に、光一は黙り込んだ。
誰も、自分の本当の気持ちを見てくれたことはなかった。
勝つことだけを求められ、恐れられる存在。
それが自分だと思っていた。
でも優梨だけは違った。
初めて、自分自身を見てくれた。
いつしか光一の中には、優梨への淡い想いが生まれていた。
――もっと、この人と麻雀を打っていたい。
そう思えるようになっていた。
そんなある日。
光一は一つの噂を聞く。
一歳にして、伝説の雀士である曾祖父と同等の雀力を持つ少女。
――ツモ姫・結咲。
「会ってみたい。」
光一は結咲との勝負を望んだ。
しかし、結咲はまだ一歳。
大会に参加することはできない。
さらに、高校生忍者・**彰**が、結咲を守っていた。
「結咲を危険な場所へ連れて行くことはできない。」
彰は決して譲らなかった。
だが、ある人物によって特別な対局の場が用意される。
そして対局の日。
光一は卓の前に座った。
向かい側には、小さな結咲。
「……本当に、この子がツモ姫なのか。」
その時だった。
卓の上に置かれた麻雀牌を見て、結咲の目が輝いた。
「あー!」
結咲が手を伸ばす。
そこには、普通の牌より少し小さく作られた子ども用の小さな麻雀牌が用意されていた。
結咲はその牌を、小さな指で一生懸命つまみ上げる。
大人なら簡単に持てる牌。
でも、一歳の結咲には少し大きい。
両手で大事そうに握りしめる。
「きゃっ、きゃっ!」
嬉しそうに笑う結咲。
その姿を見て、光一は思わず笑ってしまった。
「……そんな顔で牌を見るんだな。」
光一にとって麻雀牌は、勝つための道具だった。
でも結咲にとっては、ただ楽しいものだった。
小さな手で牌を握る少女。
その姿を見た瞬間、光一は気づいた。
「俺も……昔はこうだったのかもしれない。」
麻雀が好きだった。
勝つためではなく、楽しむために牌を握っていた。
そして勝負が始まる。
「鳴き。」
光一は自分の得意な戦い方で攻める。
結咲の使える牌を減らし、流れを変える。
普通なら、手は崩れる。
しかし――。
「……なぜだ。」
光一は驚いた。
鳴かれているのに、結咲のツモは止まらない。
結咲は牌の流れを感じ取っていた。
場に出た牌。
残っている牌。
相手が作ろうとしている形。
すべてを自然に読み取り、一番良い道を選ぶ。
「ツモ。」
小さな声。
しかし、その一打は誰よりも強かった。
光一は完敗した。
それでも、悔しさよりも温かい気持ちが残った。
「すごいな……結咲ちゃん。」
優梨が笑う。
「光一くんも、本当は麻雀が好きなんだよ。」
光一は優梨を見る。
「……もっと早く、君に会いたかった。」
優梨は悲しそうに微笑んだ。
「これからも会えるよ。」
しかし、その約束は叶わなかった。
光一は、結咲の力を狙う者たちに利用されていた。
そして、秘密を知りすぎたことで狙われることになる。
数日後。
光一は姿を消した。
優梨は何度も連絡を待った。
けれど、返事が届くことはなかった。
そして――。
光一は帰らぬ人となって発見された。
彼を消したのは、結咲の力を利用しようとする者たちだった。
最後まで光一が忘れなかったもの。
それは、優梨の笑顔。
そして、小さな手で小さな麻雀牌を握り、楽しそうに笑っていた結咲の姿だった。
「光一くん……。」
優梨の涙が落ちる。
もし、もっと早く出会えていたら。
もし、もっと長く一緒にいられたら。
伝えられなかった想いだけが残った。
ネズミと呼ばれた少年は、最後に本当の麻雀の楽しさと、人を想う気持ちを知った。




