新緑の超回復
昼下がり。
陽射しが町を明るく照らしていた。
結咲はベビーカーに乗り、彰と陽菜と一緒に商店街を歩いている。
最近、結咲の護衛は以前よりずっと厳しくなっていた。
大三元を和了して以来、結咲の力は時折不安定になる。
彰は周囲を警戒しながら、何度も結咲の様子を確認していた。
陽菜が小さく笑う。
「彰、最近ずっと緊張しっぱなしだよ。」
「当然だ。」
彰は真剣な表情を崩さない。
「結咲はもう普通の子どもとして見られていない。」
ベビーカーの中で結咲は、小さな麻雀牌を握って遊んでいた。
その時だった。
商店街の奥から、黒い服を着た男たちが現れる。
中心に立つ男が、一枚の牌を卓に置いた。
中。
男は静かに卓を指差す。
「ツモ姫・結咲。」
「勝負してもらう。」
陽菜がすぐに前へ出る。
「断ります!」
しかし男は首を横に振った。
「逃げても追われ続けるだけだ。」
彰は迷う。
結咲はまだ一歳。
普通なら麻雀の勝負などできるはずがない。
だが結咲は、小さな手で牌を握りしめていた。
その姿を見て、彰はゆっくりと頷く。
近くの集会所に簡易卓が用意される。
昼間の静かな部屋。
窓からは子どもたちの遊ぶ声が聞こえていた。
勝負が始まる。
カチャ。
タン。
牌を切る音だけが響く。
結咲は小さな手で牌を引き、静かに並べていく。
白。
發。
男たちの視線がわずかに揺れた。
さらに發が重なる。
誰も口を開かない。
試合中に言葉はない。
だが、その場にいる全員が同じことを感じていた。
「大三元が見える」
結咲の手元には、白と發が静かに並んでいた。
あと一つ。
中。
しかし中は、敵の中心に座る男の手の中にあった。
しかも雀頭として抱えられている。
男は表情を変えない。
結咲もまた、静かに牌を見つめていた。
中盤。
結咲の周囲の空気がわずかに揺れ始める。
白。
發。
二つの牌が強く引き合うように重なっていく。
結咲の小さな肩が震えた。
苦しそうに息を漏らす。
彰は思わず一歩前に出る。
だが試合中、卓に触れることはできない。
結咲の瞳に白い光が揺れる。
大三元の力が暴走しかけていた。
その時。
集会所の入口に、一人の少女が現れる。
深い緑の着物。
長い黒髪。
その姿を見た瞬間、彰の表情が変わった。
「……翠?」
少女は静かに微笑む。
「お久しぶりですわ、彰殿。」
陽菜が驚く。
「知り合いなの!?」
彰は目を見開いたまま動けなかった。
常盤翠。
幼い頃から一緒に育った幼馴染。
そして――彰の命の恩人。
数年前。
任務中に大怪我を負い、倒れていた彰を助けたのが翠だった。
雨の降る夜。
血だらけになった彰に、翠は必死に手当てをした。
「死んではだめですわ、彰殿。」
その声だけは、今でも忘れていない。
彰は小さく息を呑む。
「久しぶりだな。」
翠は穏やかに頷いた。
「そうですわね。」
「あの頃は父の都合で転校しましたの。」
翠は小学3年生の時、父の転勤に伴い転校した。
その後ろから、小さな男の子が顔を覗かせる。
三歳の碧。
碧の肩には、小さな龍・蒼牙が乗っていた。
蒼牙は結咲のベビーカーのそばへ飛んでいき、静かに丸くなる。
結咲の涙が少しだけ止まった。
碧はそっと結咲の手に触れる。
その瞬間。
結咲の額に浮かんでいた赤い痕が、淡い緑色の光に包まれる。
暴走しかけていた白と發の気配が、少しずつ静まっていった。
翠は何も言わない。
ただ静かに、その場の空気を整えていた。
結咲はゆっくりと呼吸を整える。
そして再び牌を引く。
敵の男たちの視線が集まる。
白。
發。
あと一枚。
中。
だが結咲は、中を求めなかった。
静かに別の牌を切る。
敵の男の眉がわずかに動く。
結咲の手は、大三元の形から離れていく。
萬子が揃う。
暗刻が重なる。
ドラが集まる。
そして最後のツモ。
結咲は静かに牌を倒した。
混一色。
一気通貫。
三暗刻。
対々和。
ドラ。
積み重なった翻数は十三翻を超えていた。
数え役満。
部屋が静まり返る。
敵の男たちは呆然と結咲の手牌を見つめる。
大三元ではない。
だが、それ以上に圧倒的だった。
中心の男がゆっくりと牌を崩す。
勝負は終わった。
男たちは何も言わず、その場を去っていく。
緊張が解けた瞬間。
結咲は「ふぇぇぇ……あんにゃ」と泣き出した。
彰が慌てて抱き上げる。
「結咲、頑張ったな!」
一安心する。
その時、碧が小さな袋を差し出した。
中には、商店街で買った小さな動物クッキーが入っている。
「ゆづきちゃん、どうぞ。」
結咲は涙を止め、クッキーを見つめる。
蒼牙も興味津々で顔を近づける。
「あー!」
結咲は嬉しそうに笑った。
陽菜も思わず笑う。
「さっきまで数え役満で勝ってた子とは思えないね。」
翠はその様子を見つめ、静かに微笑む。
「どれほど特別な力を持っていても、この子はまだ小さな子どもですわ。」
彰は結咲の頭をそっと撫でた。
そして翠を見る。
「ありがとう。」
翠は少しだけ照れたように目を細める。
「昔も今も、彰殿は無茶ばかりですわ。」
帰り道。
結咲はベビーカーの中でクッキーを握ったまま、うとうとし始める。
碧は蒼牙を抱きながら隣を歩く。
陽菜は結咲の帽子が落ちないように直してやる。
そして彰は、翠の隣を静かに歩いていた。
幼い頃、一緒に笑い合った日々。
命を救われた夜。
そして今、再び隣にいる翠。
大三元。
数え役満。
そんな伝説よりも。
結咲が安心して眠れるこの時間こそ、守りたかった未来なのだと。
風が優しく吹き抜ける。
ベビーカーの中で眠る結咲の小さな寝息が、穏やかな午後に静かに溶けていった。




