平和な夕暮れ
イーソーの鳥が夕焼け空へ舞い上がっていく。
「ピヨ!」
その声を最後に、鳥は光の粒となって消えた。
商店街には、再び人々のざわめきだけが戻ってくる。
直哉はベビーカーの中の結咲を見つめていた。
「……面白いな。」
彰は警戒を解かない。
「何がだ。」
「その子だよ。」
直哉は肩をすくめる。
「赤ちゃんなのに、普通の子とは違う空気を持っている。」
結咲はそんなことなど気にせず、彰に向かって手を伸ばす。
「あんにゃ♪」
美季が笑い出した。
「ほら、結局あんにゃしか見てないじゃん。」
志希もくすっと笑う。
「直哉さんがどれだけ真面目な顔してても、結咲には関係ないみたい。」
一輝は苦笑しながら言った。
「それが結咲だからな。」
直哉も思わず吹き出す。
「確かに。」
「こんな空気の中で張り合ってるのが馬鹿らしくなる。」
その少し離れた場所で、祢音は静かにその光景を見つめていた。
彰がベビーカーを押し、三つ子が結咲を囲んで笑っている。
誰かが怒鳴るわけでもない。
誰かが争うわけでもない。
ただ、小さな子どもの笑顔を中心に、みんなが自然と笑っている。
祢音は小さく目を細めた。
かつて自分が守れなかったもの。
失ってしまった時間。
それらは戻らない。
けれど――。
結咲たちの未来だけは、こんな穏やかなものであってほしい。
直哉はふと、真剣な表情になった。
「なあ。」
「一つ聞いていいか。」
彰が視線を向ける。
「なんだ。」
直哉は結咲を見る。
「この子のこと、少し聞いたことがある。」
「大三元に関わる子だって。」
その言葉に、空気が少し変わった。
美季が結咲を見る。
志希も静かに耳を傾ける。
彰は少し考えてから答えた。
「……そうだ。」
「結咲は、大三元を和了した。」
直哉の目が少し開く。
「本当に?」
「ああ。」
彰は頷く。
「白、發、中。」
「三元牌をそろえて、役満の大三元を和了した。」
直哉は黙って結咲を見る。
まだ小さな手。
まだ話すこともできない。
それでも、その手は確かに牌を選んだ。
「信じられないな。」
直哉は小さく呟いた。
「でも、さっきのイーソーを見た後なら……少し分かる気もする。」
直哉は牌を一枚取り出した。
白。
「だからと言って、特別扱いはしない。」
彰が見る。
直哉は真っ直ぐ言った。
「麻雀では、相手が誰でも同じだ。」
「小さいからって、俺は容赦しない。」
彰はすぐに答える。
「結咲はまだ赤ちゃんだ。」
「分かってる。」
直哉は笑う。
「今すぐ卓につかせるつもりはない。」
「ただ、いつか牌を握る時が来たら、その時は一人の雀士として向き合う。」
結咲はそんな話など分からず、彰の指をぎゅっと握る。
「あんにゃ♪」
その声に、張り詰めた空気が少し和らいだ。
美季が笑う。
「やっぱり結咲は結咲だね。」
志希も頷く。
「大三元を和了したって聞いても、今はただ可愛い赤ちゃんにしか見えない。」
一輝は静かに笑った。
「それが結咲のすごいところなのかもな。」
祢音はその光景を遠くから見ていた。
大三元。
かつて多くの人が、その力を巡って争ったもの。
でも今。
その牌を持つ少女は、ただ家族の帰りを楽しみにしている。
祢音は静かに呟く。
「これが……守るべき未来なんだね。」
「あんにゃー!」
結咲の声が夕暮れの空に響く。
美季がベビーカーの横に並ぶ。
「結咲、帰ったら夕ご飯だよ。」
結咲はぱっと顔を上げる。
「あー! まんま!」
みんなが笑った。
商店街の灯りが一つ、また一つとともる。
彰はベビーカーをゆっくり押しながら歩く。
争いのためではなく。
誰かを守るために。
この笑顔が続く未来のために。
夕暮れの道を、みんなで家へ向かって歩いていった。




