夕暮れのイーソー
夕方。
商店街には、買い物帰りの人たちの声が響いていた。
結咲はベビーカーに乗って、両親と一緒に買い物をしていた。
「あー!」
魚屋の前で回っている風車を見つけて、嬉しそうに小さな手を伸ばす。
母親が笑った。
「結咲、気になるの?」
結咲はぱたぱたと手を動かして喜んでいる。
その時だった。
「結咲!」
聞き慣れた声がした。
振り向くと、彰が立っていた。
その後ろには、一輝、志希、美季の三つ子もいる。
結咲の顔がぱっと明るくなった。
「あんにゃ!」
彰は思わず笑う。
「ちゃんと覚えてるんだな。」
結咲はベビーカーの上で嬉しそうに体を揺らした。
「あんにゃ! あんにゃ!」
美季が笑う。
「もう完全に彰の名前になってるね。」
志希も微笑んだ。
「最初に聞いた時は驚いたけど、今は結咲らしくてかわいい。」
一輝は苦笑する。
「彰も普通に受け入れてるしな。」
彰は少し照れながら、結咲の頭をそっと撫でた。
その時。
「優梨。」
志希が向こうを見て声を上げた。
優梨が、見慣れない青年と一緒に歩いてきたのだ。
長身で、少しだるそうな雰囲気。
鋭い目をしているが、どこか飄々としている。
美季が首を傾げる。
「誰?」
優梨は平然と答えた。
「麻雀部の部長。」
「は?」
三つ子が同時に振り向く。
一輝が思わず聞き返す。
「麻雀部?」
「うん。」
「優梨、お前いつの間に麻雀部なんか入ってたんだ?」
優梨はきょとんとした。
「言ってなかったっけ?」
「聞いてない!」
志希が即座に突っ込む。
「いつの間に入ったの!?」
優梨は少し笑った。
「留学から帰ってくる前。」
「見学に行ったら、そのまま入部届を書かされた。」
隣の青年が苦笑する。
「書かされたはひどいな。」
「半分くらい本当。」
美季は呆れた顔になった。
「そんな大事なこと、普通は言うでしょ……。」
優梨は肩をすくめる。
「別に隠してたわけじゃないし。」
青年は彰たちを見る。
「初めまして。」
「麻雀部部長の直哉。」
「へぇ、お前らが優梨の友達か。」
どこか軽い口調だった。
しかし、視線だけは妙に鋭い。
その時。
結咲の膝の上から、ころんと何かが落ちた。
一索の牌だった。
「ピヨ!」
次の瞬間。
小さな鳥がふわりと飛び出した。
美季が飛び上がる。
「また出たー!?」
志希も目を丸くする。
一輝は苦笑した。
「相変わらずだな……。」
だが、直哉だけは笑わなかった。
彼は目を細めて、イーソーの鳥をじっと見つめていた。
「……なんだ今の。」
彰が一歩前に出る。
「見えたのか?」
「見えた。」
直哉は静かに答える。
「ただの手品じゃないな。」
イーソーの鳥は空中をくるくる回りながら歌い始めた。
♪ ピヨピヨ ピヨピヨ
♪ 小さな姫と守る人
♪ イーソーの羽が舞い踊る
♪ 夕暮れ空へ歌を届ける
結咲はベビーカーの上で嬉しそうに手を叩く。
「あー! あー!」
直哉は結咲を見つめた。
「この子が結咲か。」
彰が自然にベビーカーの横へ立つ。
「何か用か。」
直哉は肩をすくめた。
「別に敵ってわけじゃない。」
「ただ、優梨が最近やたら気にしてるから興味があった。」
そして、結咲の目を見る。
「小さいからって、俺は容赦しない。」
その言葉に、空気が少し張り詰めた。
彰はベビーカーの横に立ったまま、結咲を守るように手を添える。
「結咲はまだ赤ちゃんだ。」
彰が静かに言う。
直哉は肩をすくめた。
「分かってる。」
「だから本気で打つわけじゃない。」
そう言うと、直哉はポケットから三枚の麻雀牌を取り出した。
白。
發。
中。
「ちょっと試させろ。」
美季が首を傾げる。
「試すって?」
直哉は三枚の牌を裏返して並べた。
「白はどれだ?」
彰が眉をひそめる。
「そんなことして何になる。」
「ただの遊びだよ。」
直哉は指先で牌を素早く動かした。
カチャ、カチャ、と軽い音が響く。
普通なら、1歳の子どもに分かるはずがない。
だが結咲は、じっと牌を見つめていた。
イーソーの鳥が小さく羽を震わせる。
「ピヨ……。」
結咲は迷わず、一枚の牌をぽんと叩いた。
直哉がめくる。
そこにあったのは――
白。
「えっ!?」
美季が大きな声を上げた。
志希も目を丸くする。
「偶然……?」
一輝は真剣な表情で結咲を見つめた。
直哉は何も言わず、もう一度牌を伏せる。
今度はさらに速く動かした。
カチャカチャカチャ――。
そして、再び結咲の前に並べる。
結咲は少し首を傾げたあと、また同じように一枚を叩いた。
直哉が静かにめくる。
またしても――
白。
今度は誰もすぐに声を出せなかった。
イーソーの鳥だけが、楽しそうに空をくるくる回っている。
直哉は小さく息を吐いた。
「なるほど。」
「優梨が気にするわけだ。」
彰は結咲をそっと抱き上げる。
「だから言っただろ。」
「結咲はまだ1歳なんだ。」
直哉は苦笑した。
「ああ。」
「でも、“ただの1歳”じゃない。」
結咲はそんな緊張感など気にせず、彰の服をぎゅっと掴む。
「あんにゃ♪」
その声に、美季が吹き出した。
「もう結咲、完全に彰にべったりだね。」
志希も笑う。
「直哉さんも拍子抜けしたんじゃない?」
直哉は肩をすくめた。
「確かに。」
「こんな空気になるとは思わなかった。」
イーソーの鳥がまた歌い始める。
♪ ピヨピヨ ピヨピヨ
♪ 笑い声があればいい
♪ 強さだけじゃないんだよ
♪ 守りたい心があればいい
結咲は鳥に向かって嬉しそうに手を振った。
「あー!」
彰はそんな結咲を見て、ふっと笑う。
「そろそろ帰るか。」
結咲は満面の笑みで答える。
「あんにゃ!」
商店街の灯りが少しずつともり始める。
その温かな光の中を、彰たちはゆっくりと歩き出した。
直哉はその背中を見送りながら、小さく呟く。
「……面白いな。」
イーソーの鳥は夕焼け空へ舞い上がり、最後にひとつ鳴いた。
「ピヨ!」
その声は、これから始まる新しい縁を祝福しているようだった。




