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ツモ姫  作者: 耀
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小さな手の記憶

第18話 小さな手の記憶

影月一族の屋敷。

祢音は牢の中で、静かに処分の時を待っていた。

一族に背いた。

結咲を守ることを選んだ。

それだけの理由だった。

けれど。

祢音の心を苦しめていたのは、自分の死ではなかった。

「……皐。」

何度も呼んだ名前。

一歳で失ったと思っていた娘。

最後に握った小さな手。

泣き声。

温もり。

全部、昨日のことのように覚えている。

もし。

あの日に戻れたなら。

もし。

違う選択をしていたなら。

もう一度だけ。

家族で暮らしたかった。

その頃。

彰と結咲は祢音を助けるため、影月一族の屋敷へ向かっていた。

「祢音は、結咲を守った。」

彰は言う。

「今度は俺たちが守る。」

結咲は小さな手で牌を握る。

白。

その姿を見て、彰は少しだけ笑った。

牢の前。

一人の少女が立っていた。

皐。

以前、祢音と出会った少女。

皐は祢音を見る。

その目には、複雑な感情があった。

「……あなた。」

祢音も気づく。

「皐……。」

名前を呼んだ。

無意識だった。

皐の表情が変わる。

「どうして。」

「どうして私の名前を、そんな悲しそうに呼ぶの?」

祢音は答えられない。

胸が苦しい。

目の前の少女を見ているだけで。

失った時間が押し寄せてくる。

皐は一枚の写真を取り出した。

「これを見て。」

そこには。

幼い自分。

そして。

若い頃の祢音。

皐は震える声で言う。

「父から聞いた。」

「私には、本当の母親がいるって。」

祢音の呼吸が止まる。

「……。」

「でも。」

皐は続ける。

「私はずっと、あなたを知らなかった。」

その言葉が。

祢音の胸に刺さる。

「あなたが母なの?」

皐が聞く。

祢音は頷く。

「……そう。」

「私はあなたの母親。」

長い沈黙。

二人の間に流れる時間。

やっと繋がった親子。

しかし。

皐は泣き崩れなかった。

祢音も喜びきれなかった。

なぜなら。

二人とも分かっていたから。

空白の時間は。

もう埋められない。

「私は……。」

皐は言葉を探す。

「あなたを憎んでいた。」

祢音は目を伏せる。

「当然よ。」

「あなたから見れば、私は母親じゃない。」

「知らない人だもの。」

その言葉に。

皐の表情が苦しくなる。

「父さんは……。」

皐は話す。

「私を守ってくれた。」

「ずっと、大切に育ててくれた。」

祢音は静かに聞く。

「今は?」

皐は少し迷う。

「……家族がいる。」

「父さんには、新しい家庭がある。」

「私には弟もいる。」

その瞬間。

祢音の笑顔が止まった。

「弟……。」

「うん。」

皐は優しく笑う。

「私を姉って呼んでくれる。」

祢音は笑おうとする。

「よかった。」

「本当によかった。」

でも。

涙が落ちた。

嬉しい涙ではなかった。

自分の知らない皐の人生。

自分の知らない家族。

皐が初めて歩いた日も。

初めて笑った日も。

初めて「お姉ちゃん」と呼ばれた日も。

全部。

自分の知らない場所で起きた。

「お母さん。」

皐が初めて呼ぶ。

祢音は顔を上げる。

ずっと聞きたかった言葉。

なのに。

胸が痛かった。

その言葉をくれる娘は。

もう自分の腕の中に収まる小さな子ではない。

その時。

彰は屋敷の記録を見つける。

皐の父の一族。

そして。

光一の名前。

「……。」

一瞬、疑う。

この一族が。

光一を倒したのではないか。

しかし。

記録には別の言葉が残っていた。

『光一との約束』

『彼の最後の願いを守る』

彰は眉をひそめる。

「一体……何があったんだ。」

夜明け。

皐は帰る。

祢音は引き止めない。

「帰りなさい。」

「あなたの家族のところへ。」

皐の目に涙が浮かぶ。

「お母さんは……?」

祢音は微笑む。

「私は大丈夫。」

嘘だった。

でも。

母親として。

娘の幸せを壊すことはできなかった。

皐が去った後。

祢音は一人になる。

やっと会えた娘。

でも。

一緒には暮らせない。

取り戻せない。

過ぎ去った時間。

祢音は小さく呟く。

「……私の娘だった時間は。」

「もう終わっていたのね。」

窓の外。

朝日が昇る。

それでも。

祢音の胸に残ったのは。

再会の喜びではなく。

失った年月の重さだった。

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