長女の涙②
「私ね……長女なのに、麻雀の才能がないの。」
その一言が、静かな川沿いに溶けていった。
優梨は何も言わない。
親友だからこそ、今は言葉よりも耳を傾けることが大切だと分かっていた。
志希はゆっくりと歩き始める。
「留学中はね、本当に楽しかった。」
「毎日笑ってた。」
「一輝も美季も楽しそうだったし、私も何も考えなくて済んだ。」
少しだけ笑顔になる。
けれど、その笑顔はすぐに消えた。
「日本に帰ってきた瞬間、また現実に戻っちゃった。」
「結咲はツモ姫。」
「まだ小さいのに、みんなの希望。」
「一輝も美季も麻雀には興味がないのに、雀力がある。」
志希は自分の胸に手を当てた。
「でも私は……何もない。」
「長女なのに。」
涙が一粒、頬を伝う。
「小さい頃から、お母さんは私に期待してくれてた。」
「『志希ならきっと大丈夫。』」
「『長女だから。』」
「そう言ってくれた。」
「だから私も頑張った。」
「頑張れば応えられるって思ってた。」
志希は空を見上げる。
「でも、何度挑戦しても結果は出なかった。」
「お母さんは、自分を責めるようになったの。」
優梨は息をのんだ。
「『私の育て方が悪かったのかな。』」
「『私のせいで志希には才能がないのかな。』」
「そんなことを何度も口にしてた。」
志希の声が震える。
「笑顔も少なくなって……。」
「ご飯も食べられなくなって……。」
「夜、一人で泣いている姿を見たこともある。」
「私は何もできなかった。」
志希は拳を握りしめた。
「私がもっと強かったら。」
「私に雀力があったら。」
「お母さんはあんなに苦しまなかったのかなって。」
涙が止まらない。
優梨は静かに志希の隣へ立った。
「志希。」
その一言だけで、志希は顔を上げる。
「私もね。」
「一族を追われた時、自分には何の価値もないって思った。」
「誰にも必要とされてないって。」
「苦しかった。」
優梨は少しだけ笑う。
「でも違った。」
「私を必要としてくれる人はいた。」
「結咲ちゃんがいて。」
「彰がいて。」
「陽菜さんがいて。」
「そして、志希もいる。」
志希は目を丸くした。
「私……?」
優梨は大きく頷く。
「うん。」
「志希は優しい。」
「いつも結咲ちゃんのことを一番に考えてる。」
「一輝や美季のことも。」
「家族のことも。」
「それは誰にも真似できない才能だよ。」
志希は静かに涙をぬぐう。
「才能って、雀力だけじゃない。」
「人を思いやる心も、大切な才能なんだ。」
夕日が二人を優しく照らす。
しばらく沈黙が続いた。
やがて志希は小さく笑う。
「……ありがとう。」
「優梨に話せてよかった。」
優梨も笑顔になる。
「親友だからね。」
その言葉に、志希はもう一度涙を流した。
でも、それはさっきまでとは違う涙だった。
「明日。」
志希は夕焼け空を見上げる。
「家族みんなに話してみる。」
「逃げない。」
「長女としてじゃなく、一人の志希として。」
優梨は力強く頷いた。
「私は応援してる。」
「きっと大丈夫。」
二人は再び歩き始める。
沈みゆく夕日が、明日への希望を照らしているようだった。
翌日。
その決意が、家族の心を大きく動かすことになるとは、まだ誰も知らなかった。




