長女の涙①
金曜日の放課後。
夏の終わりを感じさせる風が、中学校の校庭を優しく吹き抜けていた。
部活動へ向かう生徒たちの元気な声が響く中、彰は教室を出ると静かに昇降口へ向かう。
「彰。」
後ろから優梨が声をかけた。
「一緒に帰ろ。」
彰は振り返り、小さく頷く。
「ああ。」
二人は並んで校門を出た。
校門を出ると、彰はいつもの道へ足を向ける。
その先にあるのは、結咲の家。
護衛である彰にとって、放課後に結咲のもとへ向かうことは毎日の大切な任務だった。
優梨はその背中を見慣れている。
だから何も聞かない。
それが当たり前の日常だった。
「優梨ー!」
後ろから明るい声が響いた。
振り返ると、志希が手を振りながら駆け寄ってくる。
「お待たせ!」
「全然。」
優梨が笑顔で答える。
志希は彰にも笑顔を向けた。
「彰くんもお疲れ!」
「ああ。」
彰は短く返事をすると、二人に軽く手を振った。
「じゃあ、俺は行く。」
「結咲ちゃんによろしくね。」
優梨がそう言うと、彰は頷き、そのまま歩き出した。
志希はその背中を見送りながら、小さく笑う。
「彰って、本当に毎日結咲ちゃんのところへ行くんだね。」
「うん。」
優梨は穏やかに頷いた。
「護衛だから。」
「結咲ちゃんの笑顔を守るのが、彰の役目なんだ。」
志希も静かに頷く。
「彰くんらしいね。」
二人は川沿いの遊歩道へ向かった。
夕日に照らされた水面がきらきらと輝いている。
歩きながら、志希が嬉しそうに口を開いた。
「そういえば、一時留学、本当に楽しかったよ!」
「毎日が新鮮だった。」
「一輝も美季も大はしゃぎでさ。」
優梨は微笑む。
「写真、たくさん撮った?」
「うん!」
「あとで見せるね。」
志希の笑顔は、留学中の思い出を話している間だけは、とても明るかった。
優梨もその笑顔を見て安心していた。
しかし——。
ふと、志希の足が止まる。
笑顔がゆっくりと消えていった。
「……でもね。」
優梨は何も言わず、志希の隣に立つ。
志希は川の流れを見つめたまま、小さく息を吐いた。
「日本に帰ってきてから……また考えるようになっちゃった。」
「何を?」
優梨が静かに尋ねる。
志希は唇をかみしめ、震える声で答えた。
「私ね……。」
「長女なのに、麻雀の才能がないの。」
その言葉は、ずっと胸の奥にしまい込んでいた本音だった。
夕日が二人の影を長く伸ばしていく。
志希の瞳には、少しずつ涙が浮かび始めていた――。




