その44 西へ東へ
「頼む!戻って来て欲しい。前の非礼は、何度でも謝る。お前の力を貸して欲しい。」
頭を床に擦りつけるアルダーを前に、私は肩をすくめる。
「えー。ムリ。」
西南の国境沿いは、酷いことになっていた。
そもそもフラメ王国との国境は、魔獣が入って来る事を想定していない。
所々橋がかかっていて、検問の兵士が数名いるだけだ。
そこに魔獣がやって来て暴れるので、橋も検問所も落ちてしまうし、兵士も怪我、悪くすれば死んでしまう。
アルダーの傭兵団も、ここに配備されたが、この前散々やられた後、人員の補充ができていないらしい。
そもそも裏で見栄え重視の基準があった事が知れ渡り、応募してくる傭兵がいないとか。
まぁ自業自得。
私は安定期に入った事もあって、宿に泊まりながら、馬車で西の国境を整備して周っている。
それを聞きつけたアルダーの訪問だったけど。
ムリ。
「女の子にあんな下着みたいな装備させるんだったら、男だってパンイチで戦ってもらわないと、不公平だよね。」
からかってみる。
「いや、だって男は魔獣と直接戦うわけだし」
アルダーが抵抗する。
「女の子はあの格好だからこそ、死にものぐるいで守ろうという気力が。」
はいはい。
まぁ言い分は分からんでもないけど。
実際、男のメタルアーマーは、女子には重すぎる。女子を後衛に置いて、男を援護してもらう戦法は、それはそれで理にかなっているんだけど。
でもあのビキニアーマーを強制された事が腹立つ。
「とにかく、私は他にやる事があるから。」
と、追い返した。
宿を出るの、遅くなっちゃったよ。
でもまあ、王室御用達の馬車の旅は快適だ。
いろんな所に魔法陣が仕込んである。
「涼しく感じる魔法陣」とか。
「親指一本分浮くクッション」とか。
「万一脱輪しても、絶対横転しない姿勢制御」とか。
馬具にも「軽く感じる魔法陣」が刻んである。
見た目地味でも、結構凄い。
いっそ「自分で動く車輪」とかの魔法陣があれば、それこそ自動車の出来上がりなのに、まだそこまでは行かないらしい。
私は、とりあえず魔獣に襲われた村へ行って、村人達の治療をする。
聖女様と呼ばれてどこでも大歓迎だけど、正直キリがない。
あっちの村へ出向けば、こっちの村が襲われ、こっちの村へ行けばそっちの村が壊滅状態、て感じ。
時々は魔獣の群れそのものに出くわしたり。
思いついて、西方国境の川辺りにズラッと垣根になる木を植えてみた。
カラタチっぽい木とか、トゲトゲで、魔獣返しに向いている。
垣根を作るのは、どこかで誰かに止められた気もするけど、思い出せない。
でも作ってダメなら切ればいいし。実際に浅瀬を渡ってきた魔獣が引き返す事もある。
調子に乗って、数キロにわたって垣根を育てている所に、王都へ戻って来るように、連絡があった。
何事かと思っていると。
「身重の君にとても申し訳ないのだが。」
エドモン君は言いにくそうだった。
「船を用意した。東に向かって出航する。」
え?
話が頭に入って来るのに、ちょっと時間がかかった。
「もうそれぐらいしないと、カリン姫は納得出来ないらしい。」
今のフラメ王国のやりようが、魔獣討伐に両国が力を合わせて取り組むという友好条約にも、お互いの国境を武力を持って侵さないという不可侵条約にも、抵触するという主張を、カリン姫は全く聞き入れなかった。
そもそも第一王位継承者の伴侶には、お互いの国の王族をもってする、という取り決めが友好条約の中にある。
そう言えばユール王国の王妃様は今のフラメ王国国王の叔母にあたるとか、フラメ王国国王の王妃様は、今のユール王国国王の又従姉妹にあたるとか、結構血縁関係が濃い。
そこでカリン姫だけ自国の貴族の息子と結婚なんて、面子丸つぶれで我慢できないらしい。
だって仕方ないじゃん。
婚約解消した当時、まだ第三王子だって独身だったし、他にも年回りのいい王族の男の子は何人かいた。
それなのに、カリン姫はエドモン君にこだわって、彼らとの縁談を断ってしまったのだ。
ユール王国の方も、こちらから婚約解消を言い出した事もあって、カリン姫が誰を選んでも友好条約に差し障り無し、とフラメ王国側と意見をすり合わせしていた。
その状態の中で、カリン姫は当てつけのように、自国の幼馴染を婚約者に選んだのだ。
だったら今更彼女が四の五の言える立場にはないはず。
なのに今さらだ。
エドモン君が他の女と結婚したのが、どうしてもどうしても、どーーーしても許せないらしい。
あと問題なのは、うちの第二王子の奥さん、ネリア様だ。
なんかやたら暗殺者っぽいのが狙って来るなーと思っていたら、どうやら彼女がカリン姫を焚き付けていたらしい。
「不慮の事故で死んでしまえば、あんな庶民の女、エドモン殿下もすぐ忘れておしまいになりますわ。」
と言われたとかで、まさかそのままそれで納得するとは、オドロキモモノキ。あ、言っちゃダメだ。
「え、東に出航って、まさか太陽の国に行くんですか?」
恐る恐る聞いてみる。
エドモン君は重々しく頷いた。
今日もイケメンは健在だな、とかつまんない事を考えた。




