その43 漁港の花
「そ、それ、いつから知ってるの。」
「ん?」
「妃殿下って。」
どこからバレた。
お母さんは破顔した。
「ああー。ここに来るちょっと前ぐらいかしらねー。去年、第四親王殿下が結婚なさったっていう読売が出てたの。お名前はエドモン様。魔法学校の首席のお嬢さんと結婚したって。」
ああ。でも私の名前は出さないようにお願いしておいたのに。
お母さんは、手近の椅子に私を座らせた。
「そのお嬢さんと知り合いかどうか聞きたかったのに、あなたその話しようとすると、絶対話をそらすんだもの。それに、エドモン様ってあなたの旦那さんと同じ名前でしょ。それで、鍵を貰う時にこの家の前の家主さんに、話を聞いたの。」
家の代金は、国から支払われていた。
なるほど。あっちの話とこっちの話をつなげて、答がチーンとはじき出された訳だ。
お母さんはにこにこしている。
「それで急いでここに引っ越して、お父さんもここでお仕事を見つけたの。やっぱり妃殿下だなんて、人に知られたら厄介だものね〜。大丈夫。他の人には内緒にしてるから。」
「でもさ」
恐る恐る聞いてみる。
「ずっと漁師だったお父さんが、よく役場の仕事なんて勤まるよね。大丈夫なの?」
「そうねー。」
お母さんは天井を睨んだ。
「まぁ何とかやってるみたい。」
微妙な言い方。そんなんで中途採用してもらえたわけ?
「まさかエドモン先生の名前を出したんじゃないでしょうね?」
「んふ。」
いや。
完全にコネでしょ。
中学校も出ていないビンボー漁師が、アラフォーで役場勤め出来るわけがない。
村の人がコネ利用するのを心配してたけど、まさかうちの家族が丸ごと乗っかってくるとは。
「あのさ」
「なあに?」
「それでいいの?漁師の仕事、好きだったんじゃないの?」
漁の仕事をしているお母さんは、生き生きしていた。漁港のおじさん達の花だったのに。
その漁港の花は、患者さん用の丸椅子を引っ張ってきて座った。
「好きっていうか、それより他に仕事がなかったからねぇ。今は楽になったわ。学校も近くなったし。セレネのおかげよ。これからも頼むわね。エドモン様を離しちゃダメよ〜。」
なんでこんなにモヤモヤするんだろう。
「あのー。診療所なくて不便じゃない?」
何か言わないと、と思ってそう言うと、お母さんは肩をすくめた。
「全然。うちは基本的にみんな丈夫だもの。あなたがおばあちゃんの膝を治してくれたから、今のところお医者いらずで済んでるわ。」
あー。そっか。
私がいなくても、みんな幸せなんだ。
よいしょと立ち上がる。
「あのさ、私の部屋使っていいよ。物置にしてる部屋も。服ぐらいしか置いてないし。ここに六人は狭いでしょ?」
「え、いいの?」
お母さんの声が弾む。
「ここを診療所にする時にそこの壁も外したけど、上の物置にまだあるよ。はめ込んで使えると思う。」
「あらー、助かるわ。だったら二階を子供達の部屋にして、奥を私達の部屋に出来るわね。」
一応、勝手に使っている遠慮があったんだ。
なんか疲れた。
「ごめん、お母さん。私、明日朝イチで用事があるから、もう王都に戻るね。」
立ち上がりかけると
「あら。もうすぐみんな帰って来るのに。」
惜しまれた。
でも、ちょっと気持ちを整理したい。
「うん、やっぱり帰る。」
「そう?まあ、あの高速移動陣だと、あっという間だものね。また帰っておいで。」
見送られて、元の診療所を出た。
これが最後の別れになるとは、さすがに知る由もない。
結局、妊娠したと言えなかった事に、帰り道で気が付いた。
仕方ない。
それこそ手紙でも書くか。
王都に戻った後、疲れのせいかしばらく寝込んだ。
エドモン君をめっちゃ心配させた。
やっぱり無理はするもんじゃない。
普段なら平気なことでも、妊娠中は大事にしすぎてダメってことはない、と王宮付きのお医者さんに叱られた。
はい。すみません。




