その42 実家
「いくらつわりだからって、病気じゃないんだし、もうちょっと家の事やってくれよ。」
と言った昔の自分を絞め殺したい。
産前産後の恨みは一生、とはよく言ったもんだ。
こんな状態の時にそんな事言われたら、そりゃ一生覚えてるよ。
顔見る度に、殺意が湧くよ。
今更ながら、ヨメよ、すまん。
エドモン君は、私が妊娠したと聞いて滅茶苦茶喜んでくれた。
まぁそもそも生活能力は低めの人なんだけど、何とか食べれる物を探してくれたり、背中をさすってくれたり、とにかく寄り添ってくれるので、嬉しい。
間違っても「いくらつわりだからって」なんて言ったりしない。
さすがです。
フラメ王国とはまだ揉めている。
実は王太子の上の王子がカリン姫の従妹と婚約していて、そろそろ結婚の話が出ているのに、カリン姫の横暴のせいで準備が一向に進まないらしい。
父のフラメ国王がガツンと言ってやればいいのに、一人娘が可愛くて仕方ない王様は、諌められなくてオタオタしているらしい。
生物学的に男の方が断然地位が低いってどこかで聞いたけど、こういう事なのかね。
でもそれはそれ、これはこれ。
何とかして欲しい。
「隣の空き地に囲いが出来たってね!へー、カッコイー!」
私の所に暗殺者を送ってくるのもやめて欲しい。
一度、トイレで吐いている所を襲われて以来、毎晩、防御魔法をかけて寝るのが習慣になった。
その暗殺者は、私が思わず放った
「そんなバナナ・・」
を喰らって、記憶をすっかり無くしてしまった。
おかげで、誰の依頼だったのかはもちろん、自分が誰かも忘れて、今は牢屋に入っている。
次のヤツは、私にナイフが刺さらなくて逃げた。
捕まえられなくて残念。
カリン姫の仕業だとは思うけど、まだ裏は取れない。
やがてちょっとつわりが落ち着いた頃、やっぱり両親には知らせておこう、と思って故郷に帰ったところ、思わぬ事態が待っていた。
実家はもぬけの殻になっていた。
え?
どゆこと?
お父さんは?お母さんは?弟達は?おばあちゃんは?
家具も生活用品もキレイになくなっている。
て事は、泥棒とかじゃなくて、引っ越したって事。
どこに?
私に何も言わずに?
びっくりして、近所の人に聞いてみたら。
「あら、だって、セレネちゃん。ギーネの町で一緒に暮らしているんじゃないの?診療所開いたんでしょ?」
逆にびっくりされた。
おおー。
そうだけど。でももう半年以上も前に閉めた。
そう言えば、閉めたことを実家に知らせてなかったな。
まさか。
急いでギーネ町から乗ってきた馬車を、Uターンさせる。
空き家だと思っていたから、来る時は確かめなかった。
慌てて元診療所に行ってみると、そこにうちの母がいた。
「え、なんで?」
ドアを開けて、呆気に取られていると。
「あらー。セレネじゃないの!」
お母さんはにこにこしていた。
ちょうどお昼時で、普段ならむしろ、お父さんとお母さんはいなくて、弟達とおばあちゃんがいる。
お母さんは、一人で食事をしていたみたい。
「来るのを待ってたのよ〜。」
「どうやって中に?」
「前の家主さんに鍵貰って入ったの。」
それ、問題なんじゃ?
「いつ?」
「三ヶ月ぐらい前かしら。」
妊娠が発覚するちょっと前だ。
「あなたはここに住んでいないし、もったいないじゃない?トロイとマデリンもここから学校に通った方が近いし。」
下の弟達だ。
それはそうだ。
あのアルベ村から学校に通うのは、片道歩いて二時間かかる。
「だったら、どうして魔法学校まで手紙をくれなかったの?」
三ヶ月もあったのに。
「あなたが戻って来ると思ったんだもの。」
どう言っていいか分からない。
何とも言えない、怒りのような気持ちがくすぶる。
だからって勝手に引っ越して来るのは、違うんじゃない?
「大丈夫。あなたの部屋は、そのまま置いてあるわ。私達は、この大きな部屋だけ使わせてもらってるから。」
その変な遠慮はなんなの。
確かにまぁまぁ広いよ。
でもそこに、みっしりと前の家の家具が詰め込まれている。
奥のカーテンで区切られた診療用ベッド三台と、隙間に押し込まれた古いベッドは、多分弟と妹が使っていて、手前の待合室用の長椅子二台は、お父さんとお母さんが寝るのに使っているみたい。
カルテを書くための机に、今はお母さんのお昼ご飯が乗っている。
「お、おばあちゃんは?」
見たところ、おばあちゃんの気配がない。
「あーあ、実はねぇ。おばあちゃんたら彼氏が出来て、最近そっちで暮らしてるの。」
か・・彼氏。
お母さんは楽しそうだ。お母さんにとって、おばあちゃんは姑さんだからね。
別居出来て、のびのびしている。
「仕事は?漁はどうしたの。魚は?」
うちは曾祖父ちゃんの頃から漁師だ。こんな海から離れてどうするんだろう。
「何言ってるの。」
お母さんは呆れたように言った。
「妃殿下の親が漁師なんて、格好つかないでしょ。お父さんは、先々月から町役場で働いているし、私はここでのんびりさせてもらってるわ。」
私は驚きのあまり、一瞬声が出ない。




