その41 忘却
じゃあね、とリリアが去った後、私は中庭でちょっとぼぅっとしていた。
リリアみたいに大抵の人は、普通に生活して、仕事とか生き甲斐とか見つけて、普通に結婚して子供とか産んでジジババになって、普通に死ぬんだろうなぁ。
私も、もう一度魔法医として自立して、それが生き甲斐とかになったり?
あるいは魔法戦士として、魔獣討伐に精を出して、どんどん西の森を開拓して。
そうだ。いっそ竜殺しの英雄になるか。
でもそれ、オヤジギャグ魔法があっての事だしな。
他に選択肢といえば、船?
船でみんなで出航するしかないのか。
うちの家族と。エドモン君と。リリアが一緒に行きたいって言ったら、リリアと。
リリアがオーケーするかな。連れていきたいって言ったらリリアの家族も?
大所帯だな。
それで水棲魔獣をバッタバッタと倒しつつ、東にあるという太陽の国を目指す。
まあ、イケそうな気はする。
ただ、辿り着いたら幸せになるのかという不安はある。
そもそも太陽の国がどんな国か、全然分からないし。
あー。なんかもう、考えるの嫌になってきた。
何がイヤって、ここが魔獣のエサを飼育するための施設だって事だ。
それさえ聞かなければ、私も普通に幸せになれた気がするのに。
ぐるぐる考えていると、うつむく私の視界に足が見えた。
「ごめんね?」
「わぁ。」
声出ちゃった。あの神様っぽい男の子だった。
「あんた、い、生きてんの?」
本当に神様だったら、怒らせそうな言い草。
「生きてるよぉ。」
男の子は笑った。よかった、気にしてない。
「そんでさ、色々ごめんね。あんまりぶっちゃけたんで怒られちゃった。」
てへペロ。
「誰に。」
「友達。君に干渉しすぎだって。」
へー。神様にも友達いるんだ。
男の子は、後ろに組んだ腕をもじもじさせた。
「女の子困らせちゃダメでしょって。確かにそうだよね。それで考えたんだけど、僕が言った言葉、取り消すね。」
「取り消すってどうするの。」
「君の記憶から消す。」
あ、魔法っぽい。
「そんな事できるの?」
「思い出さないようにするだけ。ほら、小さい頃に一度会っただけの友達とか、だんだん思い出さなくなるでしょ。あんな感じ。」
いいように言っているけど、結局自分の失言を取り消したいだけだ。
「でも、事実は変わんないよね?」
ヒトはドラゴンのエサのエサ。
「うん。」
男の子はあっさり頷く。
「それがイヤなの。」
「イヤって言われても。やっとこれで納得してもらった仕組みだしさ。僕も壊したくないんだ。」
男の子は、ピッと私のおでこをつついた。
「えー。」
「大丈夫。イヤって思った事も忘れるから。」
「だって。順番に魔獣のエサとか、絶対イヤ。」
「基本的には、犯罪者にならなきゃ大丈夫。」
治安も良くなるし、一石二鳥。
気持ちは分かる。確かに今、国内の治安はいい。
でも、犯罪発生率を上げるのは、実は簡単だ。物価を上げるとか税金を上げるとか、庶民の暮らしを苦しくすれば、犯罪発生率は飛躍的に上がる。
「納得出来ない。」
抵抗すると、男の子はハァーっとため息をついた。
「ホントはさ、も一回転生し直すとか考えたんだけど、そうも行かなくなって。」
「何で。」
何気なく聞いたら、男の子はちょっと目を伏せた。
ていうか、めっちゃ私のお腹を見た。
え、何?
「生物学的にはさー、男の方が断然地位が低いの。ニワトリだって牛だって、先に肉になるのは雄でしょ。」
なんか怖いこと言ってるぞ。
「だから女の人が魔獣のエサになるのは、本当に余程の犯罪者だけなんだよ。安心して?」
男の子の笑顔に、ぼぅっとなる。
安心。していいの?
「セレネ?」
声をかけられて、我に返る。
見ると、エドモン君が私を覗き込んでいた。
「あれ?今そこに男の子いなかった?」
「俺がきた時は、誰もいなかったな。」
エドモン君は、私を立たせた。
「ずっとここにいたのか?」
辺りはもう、日暮れに近い。結構長い間ここに座っていたみたい。
「暑いだろう。大丈夫か?」
「あのね、今」
言いかけて、びっくりする。
今、ええと。結構いろいろ話した気がするのに。
「男の子が?」
「そう。」
それで、なんだっけ。
「えーと。犯罪者になっちゃダメだって言われた。」
ん?とエドモン君が怪訝そうな顔になる。
「なにか悪事を企んでいるのか?」
「そ、そうじゃなくて。」
あれー?
おかしい。あんなに悩んでいた何かを思い出せない。
「ふ、船でこの国を出たい。」
そう。
うっすら思い出せるのは、この国がイヤだと思った事。逃げちゃいたいって思った事。
でも理由は思い出せない。
「日差しにやられたか?」
エドモン君は心配そうだ。
とにかく夕食の時間だから、と食堂へ向かう。
なんかもう、頭クラクラする。
気持ち悪い。
先に保健管理室へ、と連れて行かれて、そこで魔法医の先生に言われたのは
「おめでたなんじゃない?」
ヤバい。




