その32 イケオジ
思わず立って振り向くと、上背のある威厳たっぷりの男が立っていた。
王太子だ。イケオジだ。
横に奥さんもいる。
慌ててお辞儀した。
「こんにちは。」
「昨日の今日で、疲れているだろう。ご苦労だな。」
まぁねー。そう思うんなら、お茶会別の日でもよかったのでは。
王太子は、さっさと椅子に座った。
「エドモンがいないのは、ちょうどよかった。君もどうぞ。」
言われて、元の椅子に座り直す。
王太子妃殿下も、にこにこしながら空いた椅子に座る。
「ここはいいから、下がりなさい。」
と侍女さん達に話しかけている。
たっぷりのお菓子とお茶が残されて、妃殿下が手際よくそれを並べた。
王太子は自分のお茶をがぶりと飲んだ。
「話が長くなるから、食べながら聞いて欲しい。まずは、エドモンを選んでくれてありがとう。」
はぁ。ありがとうとは。
選択肢の中から、私は私の一番いいと思うのを取っただけだけど。
怪訝な顔をしていると。
「我々兄弟の偽らざる気持ちだ。君が選んでくれなければ、恐らくエドモンは一生結婚することもなく、王宮に顔を見せる事もなかっただろう。本当にありがとう。」
頭を下げられた。
「いえ、あの。」
どうしよう。私に都合良かったから、とは言えない。
「今朝、カリン王女が来ていたと聞きました。」
王太子妃殿下が、ケーキを勧めてきた。
小さい色とりどりのケーキが、お皿の中に並んでいる。
「あの子があんなに色々こじらせてしまったのは、私達のせいでもあるんです。」
そこから聞いたのは、幼い頃のエドモン君がいかに甘やかされていたかと、本来なら拗れなくてもいい話が、すっかりどうしようもなくなった話だった。
まず、四兄弟の末っ子だったエドモン君は、お兄ちゃん達にめちゃめちゃ可愛がられていた。とにかく女の子みたいに可愛かったのもあって、遊ぶのも食事するのもずっとお兄ちゃんの誰かと一緒だったらしい。
国王陛下が四十、王后陛下が三十四の時の子供で、まあ割と歳とってからの子供だから、二人とも末っ子に甘い。
しばらくして隣国にカリン姫が生まれ、年回りもちょうどいいので、いずれエドモン君は隣国に婿入りする事に、親同士の間で決められた。
最初のうち、エドモン君はフラメ王国に遊びに行く事に、抵抗なかったらしい。
でもそのうち誰かに聞かされたらしい。
「カリン姫と結婚したら、もうユール王国には戻れないし、兄王子とも会えなくなる」と。
余計な事するよね。
その辺から、エドモン君はフラメ王国に行くのを嫌がるようになった。六歳とかそれぐらいの話だ。
その頃はまだ、カリン姫と会うこと自体は嫌ではなかったらしい。
ただ、まもなく王太子の結婚で、一番上のお兄ちゃんは王宮を離れ、王太子宮でお嫁さんと暮らすようになる。
第二王子も、結婚の準備で忙しくなり、エドモン君を構う時間が少なくなる。
その頃になると、エドモン君はカリン姫に会う度に熱を出すようになった。
調べてもエドモン君の方には特に問題がなく、一日か二日で回復するので、皆、エドモン君のわがままで、カリン姫に会わない口実だと思っていた。
「遠い所を来てくれているんだから、会いたくないなんて言ってはいけない。」
「甘やかし過ぎたかな。最近わがままがひどい。」
そんな風に言われるようになる。
一方で、もしかしてカリン姫の方に問題があるのかも、と当時の魔法学校の学長が調べた所、一つ重大な事が分かった。
カリン姫は、体内の魔素が人より少ない。
そしてエドモン君は、魔素が人より多い。
会うと、相性の問題なのか、エドモン君の魔素がカリン姫に取り込まれてしまうらしいのだ。
それで魔素のバランスを崩して発熱する。
いずれ大人になれば体力がついて発熱しなくなるかもしれないが、そうでなければ、このまま婚約を続けるのは難しい。
そこでまず、八つになったエドモン君を魔法学校に入れた。魔素を制御出来れば、バランスを崩す事もないだろうとの判断だ。
ところが、そこに第二王子の結婚と、王太子妃殿下の出産とが重なった。
どうしたって、皆そちらに掛かりきりになる。
放ったらかしになったエドモン君の事を皆が思い出した時には、末っ子王子は拗ねてこじれてどうしようもなくなっていた。
本当なら、まだ王子宮で大事に守られて過ごしている歳だ。勉強だって家庭教師がやって来て、のんびり国語や数学を学んでいるはずだった。
それなのに、一人だけ平民の子供に混じって、それもほぼ全員自分より年上のクラスメイトと寮生活。
相当辛かっただろうと思われる。
幸か不幸か、エドモン君は魔法使いとして、とても優れていた。
魔素のバランスを取る術も、おそらくすぐ習得しただろう。
だけどもう、カリン王女に会うだけでトラウマが発動する。コイツのせいで、魔法学校に放り込まれたと思い出すんだろう。
何とか婚約解消にこぎつけたのが、十七歳。
なのでカリン王女がどんなにエドモン君を好きでも、再度婚約の目は絶対にない。
なるほど。
目の前のケーキは、あと一個残っているけど、もうお腹いっぱい。




