その30 シュラバ
わー。ピンクだ。
まぁピンクも悪くないよ。似合っていればね。
そこにいるのは、結構可愛い人だった。
大きな潤んだ瞳。ふんわりカールした茶色の髪。
えーと、なんと言ったっけな。
モデルの、押・・へし切長谷部とかそんな感じの人、いたよね。
「お久しぶりです、エドモン様!」
可愛い声だ。アニメ声だ。
ダメだ。どうしよう。
林家○ー子とか思い浮かぶ。
いかん。目の前に集中しなくちゃ。
「お元気そうで何よりです。カリン姫。」
横で、エドモン君がボソボソと応じる。
カリン姫はいそいそと近寄って来た。
「お手紙では、あまり御病状がよろしくないとお伺いしていましたが、お元気そうで、安心致しました。」
ピンクのフリルと、髪飾りの大振りなリボンが、わさわさと揺れる。
「良くなったり悪くなったりを繰り返しています。今はたまたま具合が良いだけで。」
エドモン君はボソボソと応えるが、全身から「帰って欲しい」というオーラが立ち昇っている。
「まぁ。そんなご様子では、とてもご結婚なんて無理ですわね。」
カリン姫は絶対にこちらを見ない。
「昨日、そんな妙な報せが届きましたので、こうやって確かめに参ったのですけど。まさかエドモン様が、私以外の人と結婚するなんて、有り得ませんでしょ。」
「あー、いや、殿下との婚約は八年前に解消しましたし、それはお互い了承済みのはずです。」
頑張れ、エドモン君。
しかしどうも、この手の女性が圧倒的に苦手らしい。
なんとか不機嫌そうな顔を保ってはいるけど、目は泳いでいるし、目の周りの隈はますます濃くなるように見える。
仕方ない。
ここは一丁、手助けに入るか。
ずいと、間に割って入る。
「初めまして、私エドモン殿下の妻のセレネです。」
カリン姫はスーッと横にずれる。
「了承した訳ではありません。誰とも結婚しないとおっしゃるから、仕方なく身を引いただけです。」
おお。
完全無視だよ。見えてないみたいに振る舞っている。
よし。受けて立つぞ。
うるうると、エドモン君を振り向いた。
「カリン姫はお可哀想〜。こんなにお若いのに、目の前の物が見えないぐらいの近視なんですね〜。」
「誰が近視よ!」
「じゃあ、」
わざとらしく驚く。
「老眼?可哀想過ぎる〜。」
カリン姫の顔が真っ赤になる。
「失礼ね!」
姫は喚いた。
「一体、どこの馬の骨よ!エドモン殿下に取り入って、まんまと王室に入り込むなんて!」
私から入れてくれと頼んだ訳ではない。
「エドモン様は私の婚約者よ!横恋慕なんて恥を知りなさい!聞けばあなた、貴族でもなんでもないらしいじゃないの!そんなのがどうやって、殿下を誑し込んだの?!この女狐!泥棒猫!」
続く悪口雑言。
こんなピンクのお姫様が、よくもこんな罵り続けられるもんだと思うぐらい。
でも語彙は少ない。
馬の骨が四回出て来たぐらいで飽きたので、小さい声で言ってみる。
「恐れ入り谷の鬼子母神。」
悪口雑言が、ピタッと止んだ。
エドモン君が、ぎょっとしてこちらを見た。
何しろ魔獣にだって効いちゃう魔法だ。
ピンクのお姫様は、青ざめて次の言葉が出て来ない。
おそらくエドモン君と同じぐらいか、二つ三つ年下であろうカリン姫は、推測するに、婚約解消した歳頃のままのドレスを着ているんだろうな。
ローティーンの女の子なら許される服を、二十歳過ぎの女性が着たらどうなるか、という見本に、同情を禁じ得ない。
「まぁ、お怒りはご尤もかと思いますが、結婚誓約書に署名したのは私ですので、私がエドモン殿下の正式な妻です。」
「そんな紙切れ一枚で。」
食いしばった歯の間から漏れる、悔し紛れの言葉。
「紙切れ一枚でも、正式な書類ですし。なんなら喧嘩してみます?勝ったほうが、エドモン殿下の妻って事で。」
「いいわよ望む所よ!」
「それは。」
さすがにエドモン君が止めに入った。
「この女を庇うんですか!?」
カリン姫が叫ぶ。
エドモン君はたじろいだ。
「いや、セレネの。」
圧勝だから。と言いかけて、さすがに国の秘密兵器だと思い出したらしい。
「セレネは公的に私の妻です。ゆくゆくは女王になられるあなたと喧嘩させる訳にはいきません。」
真面目くさってなだめにかかる。
うまい。
私の味方とも、カリン姫の味方とも取れる言い方だ。
「結婚を破棄して下さいませ。」
半泣きのカリン姫。
「ずっと待っていましたのに。」
「待つなと申し上げたはずです。あー、何か目眩がし始めました。熱も上がってきたようです。遠い所を来ていただいたのに、大変申し訳ない。具合が悪くなってきたようなので、前を下がらせていただきます。」
よろよろとよろめきながら、エドモン君はドアに向かう。
おい。私を置いていくつもりかい。
カリン姫が、エドモン君の腕を取ろうとする。
「私がお部屋までお送りしますわ。」
「いえ、近衛の者がいますから。お手を煩わせるまでもありません。」
エドモン君はカリン姫の手を押し戻して、すすす、とドアを出て行った。
おーい。私は?




