その29 ピンクちゃん
飛び込んで来た侍女さんは、テキパキと着替えに必要な物をベッドに並べた。
「カリン様はエドモン様のご婚約者だったんですけど、七、八年前に、婚約を解消されているんですわ。」
私に手拭きを差し出しながら、侍女さんが教えてくれた。
ほほう?
「でもその時の理由が、『気鬱の病で、とても誰かと結婚出来る気がしない。あたら花の盛りを無為に過ごすより、婚約を解消して、ほかの誰かと添うた方が良い』というものだったんですって。」
「カリン様は、治るまで待つからって相当ごねたそうなんですけど。」
もう一人、侍女さんが入ってきて、手際よく私の着替えを手伝ってくれる。
何しろ、手の込んだドレスなので、一人では着られない。
二人がかりで広げたスカートの中に、なるべくあちこち踏まないように、ポンと飛び込むのだ。
「エドモン様は、社交的とは言えないですけど、あのご容姿ですもの。」
「ねー。」
見たところ四兄弟の中で、エドモン君が一番のイケメンだ。
王太子がもう少し若かったら、エドモン君より男前だったかも知れないけど、もう四十歳のおじさんだもんね。
第三王子は王様に似て人好きのする顔だけど、ややいかつい。
第二王子は、美人の王妃様に似ているのに、全体の雰囲気は普通。
カリン姫としては、美形のエドモン君を逃したくなかっただろうと思われる。
「ホントに気鬱の病だったの?」
背中のボタンを留めて貰いながら聞く。
侍女さん達は、顔を見合わせてうーんと唸った。
「カリン様は第一王女ですもの。ゆくゆくはフラメ王国の女王様になられる方でしょ。」
「エドモン様は、人前に出るのお好きじゃありませんから。」
王配として人前に立つぐらいなら、一生独身で魔法学校に引きこもっていた方がまし、てことか。さすがのエドモン君。
髪を結い上げてもらいながら、聞いてみる。
「でも、それならもうカリン姫は結婚されてるんじゃないの?」
「それがねぇ〜。」
こっちが庶民だからか、侍女さん達もちょっとくだけている。
「貴族の坊ちゃまとご婚約されたらしいんですけど、結婚の話は入ってきませんの。」
「それどころか、ご婚約されてからも時々お手紙が来ますものね。」
そう言えば、アルダーがそんな事を言ってたな。
お忘れかも知れないが、赤い稲妻団のリーダーだ。今頃どうしてるかな。
「急にお越しになるって、誰かがセレネ様との結婚をお耳に入れたんでしょうけど。ちょっと非常識ですわね。」
「ほんと。いくらお忍びとは言っても、こちらにも用意というものがありますものね。」
あんまり歓迎されてない空気。
そりゃそうだよね。
結婚したての若妻の所に、夫の元婚約者がやって来る。どう考えたって修羅場だ。
しかし。
「今日のお茶会は、どうなるんです?」
聞くと、侍女さん達は顔を見合わせて、同じように首をかしげた。
「お茶会は、午後ですからね。」
「カリン様の到着は、午前中ですから。」
まさかのダブルヘッダー。
昨日結婚式で、ほぼ精も根も尽き果てているのに、さらにダブルヘッダーですか。
死ぬかも。
「エドモン君は?」
「クン?えーと。エドモン殿下でしたら、おそらくもう、こちらにお出ましになるかと。殿方のお支度は早いですから。」
良かった。
少なくとも、一人で元婚約者さんと会うわけではなかった。
疲れた体にレースたっぷりのドレスは重いなーとか思いながら、応接間に向かうと、途中でエドモン君が待っていた。
「早くから済まないな。」
この人も疲れている。
通常、夜中までパーティがあったら、次の日は休みまたは午後からのお仕事だ。
朝イチで来客なんて、本当は断ってもいい。
それが出来ないのは、さすがに相手が隣国の王族だからだ。
ていうか、パーティがあったと知ってて来るんたから、嫌がらせの類いとも言える。
「元婚約者様なんですって?」
歩きながら聞いてみる。
「まあ、そうだ。」
「どんな人なんです?」
「おしゃべりでパーティが好きで、出掛けるのも好き。」
ああ。なるほど。
「読書は嫌い。勉強も嫌い。とにかく何か一つに集中する事が出来ない。」
容赦ないなー。
「俺の事を、装飾品の一つみたいに扱ってた。」
こっちも大分こじれてるな。
そう言えば、エドモン君の服は今日は軽い。
町の人Aって感じだ。
髪も括らずに、だらっとカーテンみたい。
破壊力のあるイケメンは、三分の一ぐらいしか見えない。
「服が釣り合いませんよね。」
私も町娘の格好で良かった。レースが重い。
「いや。それぐらいでないと、多分向こうのペースに持って行かれる。」
応接間の前まで来た。
ついて来ていた侍女さん達が下がり、ドアの前にいた近衛騎士さんがドアを開けてくれた。
部屋の真ん中に、怒涛のピンクの花が咲いていた。




