その23 だろうな。
引っ越しの夜、エドモン先生は学校で残業していて、私は待っている間に、ソファで寝落ちした。
翌朝、何かいい匂いで目が覚める。
目の前のテーブルに、湯気の立つスープ。それから白いふんわりしたパンに、ハムとチーズが挟んである。
「起きたか。」
テーブルの向こうに、エドモン先生がいた。
「あ、おはよーございます。」
エドモン先生は、寝てなさそうだった。
「これ、私が頂いても?」
「食堂から持ってきた。」
多分、もう食堂の朝食時間は過ぎている。
わざわざ持って来てくれたらしい。
「まだ婚約してるだけなのだから、無防備にここで寝てもらっては困る。」
相変わらず不機嫌そう。
「あ、それはごめんなさい。」
スープを啜りながら、適当に謝る。
えー。でも学校の方は卒業しちゃって、寮にはいられない。
どうしろと?
すると
「今日からしばらく、王宮で暮らしてもらう。」
え。うそやん。
王宮?
第四王子と言えどほぼ魔法学校に引きこもっている人なんだから、奥さんになる私のことも放っておいてくれるだろう、と思っていたけど、やっぱりそうは問屋が卸さない、という事だった。
一応一通りのお妃教育を受けなくてはならないらしい。
「結婚式は、二ヶ月後。とにかく可能な限り規模を小さくしてもらったから。」
結婚誓約書を出すだけの地味婚でいいじゃん、と思っていたのに、それも却下。
もっとも、本来なら一年ぐらいかけて、婚約式とか結婚式の準備とかするものを、たった二カ月しかかけないのだから、王宮の方は大変らしい。
でも私には私の都合がある。
「私は、実家の近所に診療所を出すのが夢で。」
「分かってる。」
エドモン先生は渋い顔。
「ただ、式の衣装を揃えるのに、二カ月より短くはならんらしい。だから、その間君は、王宮で勉強だ。マルセロ兄上の奥方が、ざっくり教えてくれる事になっている。」
第二王子の奥さん。
王太子妃殿下よりは気楽かも。
まぁ、考えても仕方ないか。
エドモン先生も、私の負担が軽くなるように、大分頑張ってくれたらしいし。
渋々承諾すると、エドモン先生は少しホッとしたようだった。
「王族になるのを有難がらないのは、君ぐらいなものだ。」
え、そーかな。
「自分の力で生きていけそうだし?」
「だろうな。」
深く頷かれた。
「エドモン先生だって、王族なのそんな嬉しくないでしょ。」
「恩恵と相殺だな。ところで、その『先生』は今日で禁止だ。」
急に言われてびっくり。
「え。ダメですか。殿下、の方がいい?」
「ダメ。」
「じゃあ、何てお呼びすれば・・」
「呼び捨てでいい。」
ふわお。
「ちょっと、いきなりは無理かも。」
「厚かましい君にしては、意外だな。婚約者なんだから、普通だろう。」
「人を何だと思っているんです?」
「厚かましい高位精霊魔法使い。」
ん?
んん?
「精霊魔法なんですか?」
「それしか考えられない。」
古代語魔法は、音と光の波動で魔素の動きを制御する。
今ある古代語魔法は、王宮と魔法学校の図書館にある魔導書に書かれているものが全てだ。
新しい古代語魔法はない。
パターンを研究して、あれとこれを同時に発現する、ぐらいなことは出来るけど、まったく新しい今までなかった魔法を作り出すことは、いまだ成功した事が無い。
そして、エドモン先生・・は、大抵の古代語魔法を知っていて、自分で唱えられなくても、聞けば古代語魔法だなと分かる。
その人が「古代語魔法じゃない。」と言うなら、そうなんだろう。
もっとも普通の精霊魔法使いも、私のように、いろんな種類の魔法を発動出来ないらしいけど。
全てがデタラメ。
カッコ良く言えば、チート。
「私、ヒトですけど。」
「先日君のご両親に挨拶に行った時に、それはよく分かった。」
どっちも全然、他民族の血を引いていない。
「なのに、なぜ君に精霊魔法が使えるのかが謎だ。考えられるのは、ハイエルフからの祝福とか、そのレベルのよほど高位の存在に気に入られた可能性だ。」
思い出すのは、あの神様っぽい男の子だ。
自分は神様じゃないって言ってたけど。
ハイエルフだったのかなぁ。
どのみち夢の中でしか会ったことがないから、実在するのか不明だけど。
これ、エドモン先生・・に言った方がいいのかな。




