その16 私の夏休み
「王子様。」
もう一回言ってみた。
「うん。」
「あれが?」
「そう。だからさ、そんな偉い人がお供も無しでわざわざついてくるぐらいだからさ、てっきりあんた達、付き合ってるのかと思ったんだよ。」
えええー。
ウソだ。
びっくり。そんな事ある?
「人違いなんじゃない?王子様だなんて、聞いたことないけど。」
「魔法学校で、同じクラスだったんだよ。」
「え、同い年?」
「それは分かんない。」
そりゃそうか。え、いくつ?
リナ姐さんは、夜着の胸を張った。
「だから、人違いはない。ま、しばらく会ってはないけどね。とにかく超優秀な魔法使い過ぎて、王宮出されたって噂は聞いてたよ。それが、副学長ねぇ。」
リナ姐さんは、感心するように頭を振った。
「なんであんたについてきたのか分からないけど、いい機会だからさ、距離詰めちゃいなよ。」
いやいや。
驚き過ぎて、飲み込めない。
あのいつ見ても不機嫌そうな副学長が、王子様。
全っ然分かんなかった。
どの辺が王子様っぽいか頭の中で探してみたけど、かろうじて、並よりイケメンな所と、常に不機嫌そうなのにその事で気を悪くしている人がいなさそう、という事ぐらいしか、思い当たらない。
「王子様なのに、こんな所にいていいの?」
リナ姐さんに聞いてみる
「さぁねぇ〜。」
あんまりびっくりしたので、その後リナ姐さんが自分の部屋に戻った後も、よく眠れなかった。
翌朝、女将さんはリナ姐さんに隣村まで送ってもらう事になった。
で、私たちは北の辺境警備隊に合流するために、出発する。
姐さんは、気が向いたら合流すると言っていた。
アルダーがいる町まで、徒歩で丸一日。
いやーなんかもう、私の夏休み、どこかで補償して欲しい。
「エドモン先生〜?」
「なんだ。」
「なんで先生も一緒なんですか?アルダーに呼ばれたの、私だけなんですよね?」
「馬鹿者。国王軍の半分が、魔獣退治のために西の国境に派遣されている。魔法使いもだ。」
副学長にも要請があったが、王都にいない私を呼び戻すために別行動をとったと言う。
「へぇー。でもそれなら、お付きの人とかに任せても良くないですか?王子様なんですよね?」
ざっざか歩きながら、傍らを歩く副学長にそう言ったら、返事に間があった。
振り仰ぐ。
エドモン先生は、日除けのフードを鼻の下まで引き下ろしていた。
「君の場合、俺の独断でアルダーの隊に所属させたからな。」
えーと。
どういう反応?
「エドモン殿下?」
「それはやめろ。」
「でも王子様なんですよね?不敬罪とか問われたりしないですか?」
「問う気なら、とっくに捕まっているだろう。」
まあ、それもそうか。
遠くに、何か燃えている黒い煙が上がっている。しかも幾筋も。
「あれですよねぇ。」
「そうだな。」
まだ距離がある。
「でも不思議ですよね。開拓中の畑とか、牧場が襲われるならともかく、魔獣が町を襲うなんて事、あるんですね。」
「西の森は、まだ誰も踏破したことがないが、奥にはドラゴンが住んでいると言われている。」
昔、追い払ったという噂の。
「ドラゴンがあくびをすれば、魔獣が家畜を襲い、寝返りすれば町を襲う。そんなくだらない噂がある。」
「わー。くだらな〜。」
考えてみれば、本当に不思議だ。
西の森から先は、地図を作ることさえ出来ないほどの未開の地なのに、こちら側は魔法を使って、それなりに文明が進んでいる。
なのに、じわじわ開拓が進んでいるとは言え、あっちを開拓すればこっちが森に呑まれ、こっちを開拓すればあっちが魔獣に襲われるといった具合なので、一向に国土は広がらない。
それはお隣のフラメ王国も同じ。
何かの意図を感じるなあ。
「この赤大陸で、ヒトは生かさず殺さず、いい感じに養殖されている気がしますね〜。」
そう言ったら、エドモン先生が驚いた顔でこちらを見た。
「君もそう思うか?」
君も、てことは、エドモン先生も、そう思っていたってこと?
「なんか、普通の発展の仕方と、ちょっと違う気がします。だってこの赤大陸、形も分からないでしょ。」
漁に出ても、ある程度まで沿岸を回ると、水棲魔獣が出る。
うっかりすると船を沈められてしまうので、漁師も限られた漁場にしか行かない。
ヒトに許された場所は、この赤大陸の東側だけ。
誰もそれを不思議に思わないのだろうか。
人の叫び声が、遠くに聞こえてきて、足がだんだん速くなる。
一昨日も聞いた、鈴虫の鳴き声みたいな呪文を、エドモン先生が唱え始める。
「そのリーロンロンて、なんの呪文なんですか?」
唱え終わってから聞いたら、エドモン先生は目をパチパチさせて、
「リーロンロン?」
そして
「フィールールリーディオン、な。気配を消す魔法だ。」
「自分だけ?」
「必要なら、自分で覚えろ。」
うー。
安定の冷たさですな。




