その10 様見ろ
いつもの、どっしりと野暮ったい深緑のマントではなく、生成りの薄いジレのエドモン先生は、すごく若く見えた。
30歳過ぎぐらいかな?と思っていたけど、どう見ても20代半ばだ。
「どうしたんですか?」
不機嫌そうな先生に、挨拶より先に質問が出た。
「何で君は、こういう時に限って帰省しているんだ。」
「えー。だって夏休みだし。普通、帰省するでしょ。」
うぬぬ、と声が聞こえそうな表情を、先生は浮かべた。
「とにかく、急用だ。来い。」
「えー!ついさっき辿り着いたばかりなのに。」
こっちはクタクタよ。
先生はどうやって来たんだろう。乗り合い馬車とか?
お金に余裕のある人はいいなあ。
「なんだと。君はここまで歩いて来たのか。」
エドモン先生は呆れる。
「だって、馬車はお金かかるし。」
「馬鹿だな。申請すれば、王都からギーネ町まで、高速移動陣が使えるだろう。」
もっとも高速移動陣でも王都から三時間。
あと、そこから徒歩で半刻。
「ど田舎だな。」
との評価ありがとうございます。
高速移動陣は、言わば魔法の絨毯みたいな、高速のロープウェイのような、空を飛ぶ乗り物だ。
多分時速で200キロ以上出る。
「でも使うの面倒ですよね?お金かかりますし。申請通るのに四、五日かかるし。」
「馬鹿者。ここへ来るのにかかる宿泊代とかに比べれば、大した手間じゃない。」
いちいち馬鹿馬鹿とうるさいな。
「それで、何の用なんです?」
魚臭い手をなんとかしたい。手を洗う魔法とかないのかな。
「アルダーの隊がやられたらしい。魔獣の群れが辺境防衛線を突破して、いくつかの町が籠城戦中だ。すぐに援軍を送る必要がある。」
エドモン先生の不機嫌な顔は、さらに渋い顔になった。
あ~。腑に落ちた。
今まで私の魔法のおかげで楽勝だったもんね。
次の戦いは怪しいなと思ってたんだ。
「アルダーはまあまあ強いし〜?体勢を立て直せば、きっと何とかなりますってー。」
ハッハッハ。ザマミロ。
女の子に無理やり水着を着せて喜んでいるような奴は、滅びてしまえ。
「ザマミロとか思ってるんだろう。」
図星を指してくるエドモン先生。
「え〜?そんな事ありませんって〜。」
可愛くとぼけてみせるが、通用しなかった。
「事はアルダーだけの問題じゃない。拠点にしていた村は、壊滅的被害だそうだ。」
う。
まあ辺境だけに、村には女性も子供もほぼいなかった。
でも犠牲になったと思うと、心が痛い。
「アルダーが、君に戻って来て欲しいそうだ。君の手助けが必要だと言っている。」
「でもぉ~。赤い稲妻団の防具つけないといけないとか嫌だし〜。」
「緊急時に、そんな事を言う馬鹿がどこにいるか。」
「タダ働きも嫌だしー。」
「報酬は弾む。前回の年収の八割は約束する。」
わ〜。太っ腹。
「よし、乗った。」
「え、ねーちゃん、もう行っちゃうの?」
弟達が、スカートにすがる。
「危ないんじゃないの?」
両親がオロオロしている。
「大丈夫!医療系魔法使いの実習だから!」
何とかみんなを言い包める。
「すぐ片付けて戻って来るね。」
結局、家の中で手を洗って、おばあちゃんに「膝はどう?」ぐらいの挨拶しただけで、また王都にとんぼ返りになった。
ギーネ町まで、荷馬車で送ってもらう。
「ホントに大丈夫なんだな?」
お父さんに心配される。
「お前にはすまないと思っているんだ。結局学費も自分で出しているだろう?」
「全然大丈夫!心配しないで。卒業までちょっとかかっちゃうけど、ちゃんと村に帰るつもりだから。」
そうなのよ。
セレネとしての私は、医療系魔法使いとして、この村に戻って来る事が目標。
戦術系は、ここではあんまり役に立たない。
「そうか。無理するなよ。」
「そうよ。魔法使いでなくても、生活していく事は出来るんだから。」
一緒にお母さんも乗っている。
横でぎゅーと抱き締められている。
えへ。
たまには独り占めもいいよね。
ものの十分ほどの馬車ドライブの後、高速移動陣のある塔の前で降りて、二人とハグして別れを惜しむ。
ぐずぐずしていたら、
「行くぞ」
と冷たく声をかけられた。
そーゆー所よ。生徒に人気ないの。
仕方ないので両親に手を振って、エドモン先生の後を追う。
高速移動陣のある塔は、まず申請した後に発行される許可証がないと中に入れない。
中に入ると、最上階に上がる魔法陣が、階段と一緒に並んでいて、エドモン先生は迷わず魔法陣の上に立った。
「彼女もご一緒ですか?」
スタッフに声をかけられて、先生は頷いた。
床に彫り込まれた魔法陣は、私が乗ると一瞬キラキラッと輝いて、そのままグイーンと上がって行った。
ぎょえー。
もうちょっとエレベーターみたいに箱っぽいとか手すりがあるとか、してほしかった。
最上階で止まると、そこには高速移動陣。
話には聞いていたけど、見たのは初めて。
そこにあったのは、遊園地のコーヒーカップだった。




