2-4 ニオイ
「なるほど……将来の安泰の為、学院で好成績を修めて宮廷魔導士団に入りたい──」
ヨハンとラキアの2人は、ラキアの私物である騎獣──家畜用に飼い慣らされた魔物に乗って、王都を出て北に向かっていた。
予めラキアが調査していたゴブリンの巣があると思われる複数の地点……その中でも王都から一番近い場所へ。
「その為の学費、そして生活費と田舎の家族への仕送り代まで稼ぎたい…………と、言うわけか」
「あぁ──だから成績にポイントが加算されて、報酬も美味しいクエストはどんどん受けていきたいんだ」
「学院の坊ちゃんお嬢様達に聞かせてやりたいくらいだな。
感心感心」
「(こんなちびっ子に感心された…………)」
その道中。
地竜種の騎獣の手綱を握るヨハンと、その背中にしがみつくようにして乗るラキアの二人の間には自然と会話が生まれていた。
他愛無い会話から始まり、軽い身の上話まで。
その会話の合間に、
「王国の中でも屈指のエリート集団……宮廷魔導士団に入ることが出来れば──よっと──高給が保証されて──ふっ──金に困ることはないだろ? 家族の為にも、絶対に俺は……よっと──」
「…………ところでキミは、何をしているんだ?」
「錬金術士なら見れば分かるだろ? 採取だよ採取」
ヨハンは素早く駆ける騎獣の移動スピードの中、身に宿す異能によって強化された集中力をフル活用し、手を伸ばして取れる範囲まで伸びている薬草を見つけ次第、その手に確保していた。
「いやそれは分かるのだが…………ボクが聞いているのは何故そんな熱心に、採取をしているのか? ということで」
ラキアは不思議でたまらなかった。
自分の見立てが正しければ、彼は高い実力を持つ魔導士。
であれば、今彼が行っているようなチマチマとした採取などしなくても良いものだろうに。
「別に熱心って訳じゃないぞ。仕事のついでに副収入に繋がりそうなことを出来るだけやっておく習慣がついているだけだ。
薬草も集めて薬屋に持って行って売れば、その日の晩飯代くらいにはなるし」
コレは、冒険者時代から自然と身についた習慣だった。
彼は金を稼ごうにも異能の効力を十分に享受出来る状況……つまり、充填が溜まっている日でないと大きく稼ぐことは難しい。だからこそ、少しでも金になりそうであればその全てを実行することを己に課しているのだ。
「(出会ったばかりの頃はエヴァとかに……ケチだとか言って笑われたけど)」
最初はあまりにも徹底しているので難色を示されたが、周囲も彼と親交を深めその境遇を知るとその習慣に理解を示してくれた。
おそらくは、この少女も――
「………………感心するような身の上も、過ぎれば悲哀となるものなのだな」
「哀れむより笑ってもらった方が気が楽なんだけど」
その理解してくれる一人になってくれるだろう……そんな予感と笑い混じりに会話は交わされる。
ラキアの方が、ヨハンに興味深々といった様子なのは勿論のこと。
ヨハンがこの学院生活で感じていた孤独感──上流階級の中に飛び込んだことによる疎外感と、その環境の中で見つけた“自分と近しいと思われる人物”への邂逅が、彼の心の障壁を著しく低いものにしていた。
新たな親交が積み上げられているという実感を覚える有意義な時間。
…………だがしかし。
「(…………それにしても、“コレ”は言うべきモノなのかどうか……)」
ヨハンは今、とある問題に直面していた。
「それにしてもキミには興味がそそられる。
是非このクエストが終わったら──」
無意識なのかどうかは不明だが。
それとも、騎獣から振り落とされないようにしているだけなのか……彼女がヨハンにしがみつくその強さ。
それが少々強いせいで、このいたいけな少女の身体の感触がどうしても伝わって来てしまう。
身体の一部分は極めて平坦。
そして、心配になってしまうくらい華奢な身体なので、その肉感は薄いが……それでも女性を感じさせる程の柔らかさはある。
「(もしこれが……エヴァみたいなスタイルだったら、やばかったな……)」
万が一この少女が、友人と同等のスタイルを持っていたとしたら、己の異能的には非常にマズいことになっていただろう。
そんなことを考えていると──
「むっ……?
なんだか今、非常に失礼なことを考えられたような気がする…………」
どれだけ幼さを感じさせる見た目であったとしても、女は女。
“女の勘”とやらだろうか──ヨハンが脳裏に浮かべていた無礼を、的確に指摘してきた。
「えっ……いや、その……」
それに動揺してしまい、ヨハンはつい誤魔化すつもりが、もう一つ感じていた問題を口にしてしまった。
「なんというかその……匂い──がな……」
そう──ラキアから伝わってくる“問題”。
それは女性特有の柔らかい感触だけでなく、一嗅ぎで女性のモノだと分かる良い香り。
「――っに、臭いっ……!? お、おい…………ちょっと止まりたまえっ」
「ちょっ――!?
そんなに強くしがみつくなっ!」
何を思ったか、ラキアはヨハンにしがみつく腕のチカラを強めた。
ただでさえ意識していた柔らかい感触が強く感じられるようになったし、手の位置も下腹部に近くて、少しばかり心臓に悪い。
そしてその状態で走り続ける訳にはいかず、ヨハンはラキアの要望通り騎獣に手綱で指示を出し、その場にラキアを降ろした。
「…………すんすんっ…………くっ――自分では、分からないなっ」
降りるやいなや、ラキアは自分の腕や服の胸元を自分の鼻に近づけてニオイを確認している。
どうやらヨハンの指摘した“匂い”を“臭い”と勘違いして、自分の体臭を気にしている様子。
……というか、その平たい胸から見えてはイケナイ突起部分とかが見えてしまいそうだから、あんまり胸元がルーズになるようなことをしないで欲しい。
「い、いや……さっきのは、別にラキアが臭いとかそういう意味じゃなく……」
ヨハンは少女の艶めかしい仕草から目を逸らすために後ろを向きながら、先程の発言を撤回する。
だが言い方が難しい。少女に“キミの体臭がとてもいい匂いで困る”という発言をするわけにもいかないので、どうしても要領を得ない言い回しになってしまう。
「気にしないでくれ……むしろ、気を使って黙られているよりも正直に伝えてくれた方が助かる――」
そう彼女が口にした瞬間――バシャッ――。
「えっ」
ヨハンが背を向けている、ラキアの方から“水を被るような音”がした。
反射的にそちらを向くと、
「なっ…………ラキア、何を……」
どうした訳か、ラキアが“頭からびしょ濡れ”になっていた。
「女子たる者…………己の体臭に気を使うのは当然だからね。
持っていた“消臭ポーション”――触れたモノから臭いの元になる成分だけを取り除く代物だが――これを頭から被った。
…………ただそれだけのこと」
「だからって……一体なに考えてっ……!」
そしてヨハンはすぐさま、先程までと同じようにラキアに背を向ける。
理由は単純、
「優秀な錬金術士は鼻が利く――繊細な錬金には、素材の調合作業中に己の嗅覚に頼らねばならない状況もあるからな。
どんな素材の臭いをも嗅ぎ分けられる、そんな錬金術士にとって唯一嗅ぎ分けられないモノをあげるならば、それは己の体臭。
つまり自分の体臭に気づくのが遅くなってしまったのだとしても、それは人である以上避けられぬことなのだから、これで許して欲しい」
流暢に語るその少女の格好が――
「(女子たる者…………? それなら、臭いだけじゃなく、もっと気を使うトコあるだろっ……!!)」
――とても、艶めかしい姿になっていたからである。
頭から液体を被ることで、髪は濡れて頬と額に張り付き……その整った幼い顔立ちをより引き立てる。
少女ならではの細髪が、プルリと音が聞こえてきそうな程に柔らかくきめ細やかな肌に添われている様は、さしずめ幼い少女を女へと進化させる極上のメイク。
そして生地がさほど分厚く無かったのだろう――纏う服も濡れてしまったことで、胸、腹、腿――細くも柔らかそうな彼女の身体に張り付いて透かせ、隠されるべき肌色を晒してしまっていた。
「コレは昔貴族から依頼されて作った、衣服を傷つけずに汚れだけを落とす“洗濯ポーション”をアレンジして作ったモノなんだがね。
……ともあれ、コレでボクの体臭でキミを困らせることはないだろう。万が一コレから汗をかいたとしても、もう一本残っているし――って、どうした? 何故頭を掻きむしりながら明後日の方向を見ている?
――おい、何故頑なにコチラを見ようとしない?」
煩悩を頭からむしり取るように頭を掻きむしって、自分の顔を覗き込もうとするラキアから顔を逸らし続ける。
「(無自覚系ロリ美少女……!? スタイル的には俺の好みとは全然違うけど…………コイツも、コイツも禁欲的に危険人物なのかっ……!?)」
少女の小さな体躯もあって、見てはいけないモノを見てしまうような……背徳感に似た欲情に浸らぬように頬を噛み締めて、己の感情を制御する。
「(コレも充填が溜まっている影響…………きっと彼女も、一日目の俺が相手なら、体臭なんて気にしないだろう。
だが今の俺を前にしたら…………己を性的に魅力な女性として映るようにしておきたいという本能が現れてしまう――十中八九、無自覚なんだろうけど……)」
本能の前では年端も関係ない。
『禁欲魔導』の効力で、ヨハンの体内で高まった男性的体内物質は、どんな女性に対しても少なからず影響を与えるのだ。
「? ?」
そんな男女のイロハも理解していないような少女に影響を与えているという状況も、背徳感を刺激されて禁欲的に非常によろしく無い。
覗き込み、逸らす――その攻防がしばらく続いた後、
「……っ!」
「むっ」
ヨハンとラキアは、同時に周囲の異変に気づいた。
彼は異能により高まった鋭敏な五感、彼女はその優れた嗅覚によって。
「…………囲まれてるな」
「そのようだね」
森の中、四方は木や茂み。
その影に潜む怪しく不浄で、下劣な存在。
「キヒヒヒッ…………!!」
名はゴブリン――主に生殖対象である女性を狙う下劣な魔物。
影に潜み、コチラの様子を伺っていた十数体のゴブリン達が一斉に姿を現した。
薄汚れた緑色の皮膚に、醜い顔面。
捕らえた獲物を孕ませるのを今か今かと待ち望んでいるであろう彼らの股間……そこだけを小汚い布で隠しているその相貌は、ヨハンから見ても無条件で嫌悪感を抱かせる。
おそらく、その下劣な連中の“目的”となっているであろう女性……ラキアが抱く嫌悪はそれ以上。
「『障壁魔術』――」
それを理解しているヨハンは、少しでもその嫌悪感が少なくなるように。
そして不安が軽減されるように、真っ先に魔術を詠唱する。
「…………その中で大人しくしてな」
先程からいやらしい視線を浴びていたラキアを包み守るように、半円状の障壁を展開して彼女を守る。
「(この様子だと…………おそらく騎獣に乗って走っている時から尾けられていたな……)」
迂闊にも世間話に夢中になり、ラキアの身体の感触と匂いに気を取られ、ゴブリン達が迫っていたことに気づくことが出来なかった。
ラキアの方も恐らく同じ。
彼女はずっとヨハンにしがみついていた。
であれば、どれだけ優れた嗅覚の持ち主だったとしても間近に大量の男性的体内物質を持つ性的に魅力な男が居て、その体臭に(無自覚だが) 夢中になっていれば周囲の臭いに気づくのは当然不可能。
対してゴブリン達の方は。
ラキア……つまり、幼いメスの“匂い”――自分達が標的としているそれを追うなど造作も無いだろう。
「た、頼む……」
「大丈夫だ。すぐに片付けてやるよ」
だが、ヨハンには一切の焦りは見えない。
むしろ彼は、軽口を叩き、それを戦いの火蓋とする。
「まぁ次からは――その消臭ポーションとやらは、早めに付けといてもらうとありがたいかな…………色々な意味で」
始まるのは、戦いではなく蹂躙――




