2-5 夜這い阻止冷却
「(圧倒的…………というより、もはやこれは戦いではない)」
どんな盾よりも、どんな城壁よりも強固な守り――ヨハン・メンザーが展開した『障壁魔術』の加護を受けたラキアは、その障壁の術式越しに惨劇を目撃する。
「(行使しているのは初級魔術のようだが…………)」
彼がゴブリン達を仕留めるのに使っているのは、魔導士でなくても使用できるレベルの魔術。
ラキアと騎獣を障壁で守りつつ、素早く詠唱し次々とゴブリン達に悲鳴を上げさせていた。
だが彼女の目にはそれが奇異に映る。彼女の見立てでは、彼は魔術学院――どころか王国の中でも屈指の潜在能力と技術を持っている魔導士。
そんな魔導士が、どうして初級魔術だけで戦っているのか。範囲攻撃が可能な他の魔術を行使すれば、もっと効率的にゴブリンを屠ることが出来るはず。
「なぁラキア――ゴブリンのどの部位が素材として必要か聞いてなかったけど!
こんな感じで大丈夫だよなぁ?」
一応戦闘中だというのに――まるで街中で偶然会った知り合いに声をかけるような気の抜けた声で、ヨハンはラキアに確認を取る。
「あっ……あぁ――」
その言葉で、ラキアは本来の目的を思い出した。
ゴブリンの素材――それを集める為のクエストのつもりが、いつの間にか興味の対象は目の前の優れた男性にすっかり移っていたのだ。
それを自覚し――僅かに頬を朱に染め――頬が染まった意味をハッキリとは理解できないまま、辺りに転がっているゴブリンの死体を観察した。
「(驚いた…………損傷が、無い…………!!)」
遠目からではあったが、ゴブリンの死体は至極綺麗な状態を保っていた。
過去、他の魔物の討伐・素材収集を依頼した時はこうはならなかった。
討伐難度の高い対象であれば、討伐に伴う損傷が激しく無駄になる部位が多かったし、易く討伐できる下等な魔物であったとしても、多少の損傷は避けられない。
だが、ヨハンが次々と仕留めているゴブリンはどうして倒れているのか……戦闘経験に乏しいラキアには理解出来ない程の綺麗な状態。
無論、彼女は研究が主な仕事である錬金術士。一目で理解できないのも無理は無いのだが、
「グルアアアアアアアアア!!!!!!」
「――っ!!」
ラキアが障壁の中という安全圏で長考に浸っていると、背後からゴブリンの猛り声。
手に持った棍棒を振り降ろし、ラキアの頭部を殴打しその意識を失わせようとする。
振り返ったラキアとゴブリン、その両者間を阻むは鉄壁の障壁――渾身の棍棒は虚しく粉々に砕け散り、その硬度を計算出来なかったゴブリンの手首は反動を受けてあらぬ方向へと折れ曲がる。
「『狩人の光弓 一矢』!」
「ッギャ――」
その手首の痛みに苦しむ間もなく。
ヨハンが詠唱した魔術がゴブリンの命を奪う。
「――!」
その光景を、手に届く間合いで目にした彼女はようやく理解した。
「(耳の穴を狙って…………!?)」
極めて損傷の少ないゴブリンの死体。
それらを作ることが出来たのはひとえに、彼の高い練度によるもの。
「(片側の耳の穴から、反対の耳の穴に向かって…………まるで糸を引くような精度で矢を放つ。
結果、その間にある脳髄を破壊…………ということか)」
何度も何度も繰り返し――他の魔術に浮気をするようなこともなく、一つの魔術を行使し続けて初めて到達できるであろう領域。
魔術の専門家では無いラキアでも、その凄さは理解できた。
そして自ずと、
「(であれば、初級魔術を使っているのも死体の損傷具合に気を使って……ということだろうな。
少ない労力で、多くの素材を集めようとする姿勢――いつだって素材不足になりがちな錬金術士として、彼以上に頼りになる魔導士は居ない…………)」
そんな確信も得ることが出来た。
……彼女は知らない。
その恐ろしく高い練度が、他の高等魔術を身につける事が出来ず、初級魔術しか使えないが故に培われたモノだということを。
本来、才ある魔導士であれば術式の階級を上げてステップアップしていく……にも関わらず、いつまでも低い階級で足踏みをしなければならない――足踏みしか出来ない――そんな彼の状況が生み出した特異点であることを。
「グギィィィィ!!!!」
そしてついにゴブリンの集団、その最後の一体が悲鳴を上げた。
だがそのゴブリン“だけは”、左足を矢で貫かれただけで存命。そのまま戦意を失い――怯え、ただ自身の生存だけを考え足を引きずりながら敗走する。
「どうした――何故、仕留めない?」
先程のように美しく絶命させられるところを、わざと逃がすようなことをしたヨハンに、ラキアは問う。
「こうすれば、逃げ帰るだろうアイツが巣に案内してくれるだろ? 予め巣のありそうな場所の目星は付けていたけど、こうすれば確実に巣がある場所にカチこめる。
…………少し距離を空けて追跡するぞ。巣にいる奴等を一網打尽で大量の素材ゲットだ」
答えながら障壁を解除するヨハンにラキアは嘆息しつつ、
「(これは…………元々の報酬金に上乗せでボーナスを支払いたい――そんな気持ちになってしまうな)」
その形の良い口角が上がってしまうのを抑えられないのだった。
◆◆◆
「………………はぁ……」
何度目か分からない溜息。
形容し難い疲労感に全身を苛まれていたのは、学院序列第一位セレフィナ・ユキ・ラグトゥール。
ソウロに仮のパーティ加入とクエストへの同行を求められたその日の内に王都を出発。のんびりとした速度で騎獣での移動を挟んだ後、近くの村に宿泊した。
その翌日。つまりヨハンがラキアと出会い、王都を出た日の朝――
「(まさかここまで…………クエスト自体にやる気が無いとは……)」
彼女はベッドの上で頭を抱える。
学院で声をかけられ早々に準備を済ませて出発したが、その道中は酷いものだった。
まずはソウロから向けられる視線。
騎獣に乗って移動する時には“必ず並走”して来た。視線の先は言わずもがな、胸元。騎獣に乗ればそれなりに身体は揺れる――つまり無駄に露出度の高い学院制服から覗く谷間と、振動で上下するセレフィナの大きな胸をたっぷりと目で堪能してきた。
騎獣一体が通れるかどうかという狭さの道を通るときでさえ、頑なに並走してきたのだ。
「(道中十数体のコバルウルフの群れと遭遇しましたが…………“あの程度の”魔物との戦闘はソウロさんレベルの魔導士でも余裕。
…………まぁだからといって、戦闘中にずっと胸をチラチラ見てくるのはありえませんね)」
……もはや、不愉快を通り越して呆れさえ抱いてしまう。
「(おまけに…………別々の部屋を借りたというのに、何度も部屋を尋ねてきて…………っ……!
……当然、断固として部屋には上げませんでしたが)」
村に着き、早々に宿を借りたと思えばセレフィナにお近づきになろうと部屋を何度も尋ねてくる始末。
その都度ドア越しに“丁重に”お断りしていたが……最終的には夜中にこっそりと部屋に入り込もうとしてきたので、部屋のドアを『冷却』で開かないようにして夜這いを防いだ程だ。
そのせいで部屋の気温が下がってしまい、凍えながら寝る羽目になってしまったのだが。
「(そして夜這いを諦めたと思ったら…………隣の部屋がとても“騒がしく”なって……うるさくて眠れず……最悪ですよ)」
隣の部屋を借りているソウロとその連れである二人の女性。
確か名前は『ビッティ』と『ターレ』。彼女達の“演技臭い声”とそれを真に受けたソウロの声が耳障りでとても眠れる状況では無かったのだ。
「(何が『お前らで我慢してやる! 夜はまだまだコレからだ!』――ですか。気色悪い。気分が悪い。不快です)」
おまけに朝方には魔物か動物の声で外が騒がしく……踏んだり蹴ったりとはこのこと。
寒かったことと睡眠不足で体調は最悪。
だが、このまま何もせずに時間を過ごす訳にはいかない。せっかくソロでは挑むことすら出来ない特殊指定個体の討伐クエストを受注しているのに、自分はまだ何の手がかりも経験も得ていない。
道中のコバルウルフ程度の“雑魚”相手の戦闘では、何の学びにも経験にもならないのだ。
……そして何より、このままではクエストの失敗だって見えてきてしまう。
「(私の都合はさておき…………『人攫の雷』は決して放置してよい魔物ではありません。被害者も出ているわけですから、一刻も早く討伐しなくては)」
『人攫の雷』 ――その二つ名の通り、今回の討伐対象は早く始末しなければ非常に危険なのだ。これまでに多数の商隊が被害に遭い、ここから程近い村も襲われ村人全員が失踪。
鷲のような頭に大きな一本角、そして竜のように飛行する角雷鳥竜は、一般的には人を襲ったりすることのない温厚な性格な筈。
だが今回討伐せねばならない個体はそうでは無いのだろう。その被害数から、積極的に人を襲っているようだ。有益な情報は未だ無し。
一つだけ耳にした情報は、人が失踪した場所の近くでは必ず彼らの出現を示す激しい雷鳴が轟いていたということだけ…………。
「まずは聞き込み…………くらいからしか、やれることはありませんね……」
夜遅くまで“淫らな夜ふかし”に励んでいたソウロ達はまだ寝ているだろうが、彼らを待つ必要はない。
彼女は身支度を手早く済ませ、そう多くはない村人達に聞き込みを行うのだった――。




