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2-6 夢見人には届かない

「(………………コレは一体どういうことだ……?)」


 ヨハンとラキアの二人は、敢えて逃がした一体のゴブリンを追跡。

 そして狙い通りにゴブリンの住処を突き止めたのだが――


「(俺達が来る前にゴブリンの巣は壊滅していた。俺が葬った狩りに出ていた集団以外はもう既に……)」


 その巣の中には、生活を営んでいたであろうゴブリン達の……その無惨な姿が転がっていただけ。

 逃がしたゴブリンとかろうじて生き残っていた個体はヨハンがトドメを刺したのだが、それ以外は彼の所業では無い。

 何者か――それも、ゴブリンの群れを蹂躙できるほどの格上の存在。


「(身体の表面が焦げて……指先、足先がそれぞれあらぬ方向に“反り返った”状態で絶命している…………雷属性の魔術で一撃で葬られたような……)」


 死体の状態を確認するヨハンは、妙な引っかかりを覚える。

 ゴブリンの巣を全滅させた、格上の存在に自分は心当たりがあるんじゃないか? そんな嫌な予感。


「なぁラキア…………――ッ!?」


 その心当たりを胸に、ヨハンは振り返ってラキアの方を見ると――


「うん?」


 ラキアはその可愛らしい顔を傾げ、どうしたと言わんばかりの表情。

 とても可愛らしい。だが、


「え……? ちょ…………え? 何してんの」


 今この瞬間。彼女が行っている事……それは全く可愛く無い。

 何故なら彼女の左手は“ゴブリンが粗末な布で隠している局部”に伸びていて、右手には短剣が握られていたから。


「何って………………見れば分かるだろ? 素材採取だよ、採取」

「…………俺が聞いてるのは、どうして素材採取で“その部分”に手を伸ばしているかということで――」


 グイイイイイイイイッッッ!!!!


「――!?」


 ヨハンの言葉を待たず。

 ラキアは左手で握ったゴブリンの局部を、粗末な布で隠せないくらいに引き伸ばして――


「よいしょ」


 ザシュッ。


「ヒイイイイイイイイ!!!!!」


 思わず、目を覆ってしまう光景だった。


「なんだ、うるさいな…………ボクが今依頼されているモノの調合で、必要なんだよ。ゴブリン種モンスターの生殖器が」

「………………ちなみに、ソレを使って何を調合するのさ」

「精力剤――気持ちに勃◯力が追いつかなくなってしまった貴族様から直々に依頼されてね。

 口止め料も兼ねてるんだろうけど……報酬額を聞いたら驚くよ?

 貴族のペ◯スを元気にする薬を作るだけでこんなに稼げるのだから、キミもやってみるといい──」


 ──ブチブチブチッッッ!!!


「わああああっ──!」


 そして次は、握り締める左手に力を込めて一気に引き千切った。

 まるで果実でも収集するかのように……“付いていない者”特有の遠慮の無さで、ゴブリンをゴブリンたらしめる部位を、次から次へと採取していく少女。

 その姿は男にとっては悪魔のようにも見える──


「さっきは時間が無くて、切除せずに来てしまったからな……ココは手早く済ませて、さっきのゴブリン達の死体を置いて来た場所に戻るぞ。

 ゴブリンの生殖器は鮮度が命だ」

「さっきからずっと真顔なのが本当に怖いよ」


 肝が冷えるとはこのことだろう。

 それだけで無くこちらの“ナニ”の方も、恐怖で縮こまったような気がする……


「………………うん?」


 そして首を傾げたラキアの視線が何故か“下に下がった”気がして──ブルリと身震いを覚えるヨハン。

 耐えられず彼は少女に背を向けて、ゴブリンの巣だった場所を探索する。


「『糧なる火(アグニ)』」


 洞窟の奥を見据えたヨハンが短く詠唱し、魔術を行使した。

 すると彼が身体の前で上向きにかざした手上で、灯火が揺れ始める。

 魔術によって生み出された火は両手で包み込めてしまえる程の大きさ。その微かな揺らめきは、原始の人類が全ての営みに欠かせぬ種火を大切に育てる姿を想起させる。

 戦闘では役に立たず魔術の中でも初歩中の初歩レベル。だがそれでも、魔導士ではな者達を含む人々の日常生活の中で最も根付いている原始の魔術の一つである。


「…………あんまり俺から離れるなよ」


 そう声をかけ、万が一があってもすぐにラキアを守れるように障壁魔術の準備をしつつ――ヨハンは魔術の火を即席の松明とし、洞窟の奥を目指す。

 ……道中、ゴブリンの死体が転がっているのを見る度にブチッ――サクッ――と、耳を覆いたくなる音が背後から聞こえるが、何とか耐える。

 そうして洞窟の中を探索していると、そう時間がかからない内に、二人はある物を見つけた。


「……………………魔物の、ツノ……?」


 ヨハンはソレを拾い上げ、具合を確かめる。


「(小さな魔物のツノ…………ゴブリン達に狩られて食われた魔物のヤツか?

 …………だがそれだとツノだけが転がっているのは妙だ。食う時に折れたのなら頭蓋骨も転がっているはずだし、狩る時に折れたのなら、ツノだけを持ち帰るのもおかしい)」


 無論、ゴブリン達の中で食事以外の理由で魔物の角を持ち帰る理由があるのだとしたら話は変わってくるのだが、それでもヨハンの中で妙な不安が湧き上がった。

 そしてその不安を決定付けるように、


「そのツノ…………“元の持ち主”に、ボクは心当たりがあるよ」


 神妙な面持ちのラキアが、ヨハンに告げた。


「それは――」



◆◆◆



 薄暗い洞窟の中。

 日が当たらないこと、そして地中の水分が地表へと逃げ出していることが理由で、その中は多くの湿気が支配している。

 ジメジメとした空気が肌にまとわりつき、決して快適とは言えないその空間で時を過ごそうとする物好きはそうは居ない。

 居るとすれば醜い魔物――もしくは、罪人か。


「………………ヘヘッ……」


 洞窟の壁に掛けられた一本の松明が闇を微かに照らす中、男の下卑た笑みが浮かび上がる。

 闇の中で群がるのは、ゴブリンとさほど違わない程に醜い相貌の十数人の荒くれ者達。

そしてその周囲には、彼らには不釣り合いな高価な盗品と、両手両足を縄で縛られ怯える女性達が居た。

 冷静に考えれば。

 淑女達の純血は即座に散らされ、悲劇が繰り広げられるであろう状況。

 しかし、その悲劇は訪れない。


 ドウゥッッ――!!


 まるですぐ傍で大砲が轟いたような音――その後に、女性に下卑た視線を向け近づこうとした男の足元に、“着弾”。


「ヒッ――」


 突然足元の岩肌が吹き飛んだことを見て、男は思わず息を呑む。

 振り返った視線の先に、


「おい。眺めてマス掻くまでは許すが…………大事な商品を傷物にしたら殺すぞ?」


 “魔導器”――その中でも“魔導銃”と呼ばれる武器を向ける男が居た。


「弾も無駄じゃない。これ以上無駄金を使わせるようなら…………テメェの方を“経費削減”すっぞ」

「す、すいやせんボス…………つ、つい……!!」

「……ふっ…………まぁ、二発目までは許してやるよ。

 お前の“タマ”で経費補填出来るからな」


 ちげえねぇ――そんな声を皮切りに、まるでその冗談が世界一面白いと表明するかのような……大袈裟で媚びへつらうような笑いが集団を支配する。

 目上の者が冗談を言った時に繰り広げられるであろうお決まりのこの流れは、どんな集団でも共通なのか。


「か…………かんべんしてくだせぇよぉ、ボス…………」


 大柄の男を黙らせた“魔導銃”。

 それは魔術的機構を持つ武器である。

 引き金を引くことで魔術的機構が作動し、鉛や魔石を混合した銃弾が放たれ敵を殺傷する。先程その轟音を響かせたのは短剣程度のサイズ感で、魔導銃の中でも『魔導短銃』と呼称される。

 なお、魔術的機構を持つ道具全般のことを『魔導器』と呼び、その中でも引き金を引いて銃弾を撃ち出す武器が『魔導銃』に分類される。

 『魔導器』は魔術的技術と工業技術が融合した代物で、主な特徴は動力源が魔石等を用いて抽出される魔力であるということ。武器だけでなく街のインフラなどにも使用されていることが多い為、魔導器と関わることなく一生を終える者は、この世界では皆無と言っていいだろう。


「………………」


 手に持った魔導短銃を、周囲に見せつけるように無言で弄ぶ男。木や鉄、様々な素材が組み合わされた銃身に、細部に施されたくすみつつも美しさを保つ味のある装飾――その鈍い暴力的な光と同調するように、ギラリと……その眼光が光る。

 この場に居る、一刻の辛抱すら出来そうにもない十数人の荒くれ者達が、自由を奪われ捕らわれた女性達に手を付けずに座っていられる理由は、彼らの畏怖を一身に集めている――ボスと呼ばれた男の存在だろう。

 荒くれ者の中心――即席だが確かな玉座に座る男の双眸は、確かで強固な自信に満ちていた。


「ところで…………発注した例のクエストはどうなってる?」


 その男は、信頼を置く参謀役の男に問う。


「へぇ――どうやら、つい昨日……受注されたみたいで」


 己の講じた策――それが首尾良く進んでいるかどうか――


「……王立魔術学院のトップ…………貴族達のエリート様、に」

「ほぉ…………それは何とも、安心なことだ」


 そしてその返答を持って策の安泰を確信し、深い笑みを浮かべる。


「そろそろこの“商売”も潮時だと思ってたからな……。

 ここらで店仕舞いっつー訳で…………俺等の代わりに、後片付けをしてもらわねーと」

「流石ボス、貴族様達をパシリに使うとは……タマがデケェ」

「ふっ…………このデケェタマ、コイツらを売って稼いだ大金で女でも買って――売女共に見せつけてやるつもりだ」


 ボスの品の無い冗談に、手下達は沸く。

 その下衆共の笑いに水を刺すように――


 キィ――キィ――と、甲高い声。


「ちっ…………おい、黙らせろ」


 一瞬で笑みを消した男が、部下に指示を出す。

 礼節を学んだ事が無い者特有のへりくだりつつも不快な印象を覚える返事と共に、指示を受けた男はその耳障りな声の主を蹴り飛ばす。

 短い悲鳴の後、訪れるは沈黙。傷つき転がる“小さな声の主”を見て、自由を奪われた女性達は息を呑む。

 恐怖――欲望――それらが闇の中で混ざり合い、具現化したかのような不快さで肌を濡らす。


「(成り上がってやるぜ…………なんとしても……!!)」


 既に大金は手にした。

 次の商売に使う為の“商品”も確保した。

 後は足がつかぬように撤退するのみ。


 善悪問わず、人は誰しも夢を見る。


「(あぁ…………夢にも思わねぇだろうなぁ……!

 貴族である自分達が……! いつだって“使う側”の人間である自分達が――俺らみてぇな底辺の人間に“使われてる”なんてことはよぉ…………!!)」


 成り上がりを夢想する――夢見人の耳には、届かない。

 空で鳴き、轟く――泣いているかの如き、遠雷の声――


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