2-3 小さな錬金術士
「目的は素材収集ということですが………………そもそも討伐対象が“ゴブリン”という時点で…………受注されずに残ってしまうというのも無理はないといいましょうか……」
「……………………ゴブリン、だぞ?」
「えぇそうですっ……!!
ゴブリン――そんな、そんな、関われば『根も葉も無い噂』が生まれてしまうような魔物の討伐なんて、学院生が請け負うはずがないでしょう?」
受付の女性の言い分も一理ある。
ゴブリンの生殖対象――それは、人間のメス。
もしゴブリンの討伐に失敗すれば、その女性が辿る末路は悲惨なモノであるし、失敗しなくても――“手こずった”なんてことになれば、無事に帰れたとしても、彼女達の“純血”は無事では無いのではないか――そんな風に邪推する下衆も居ないとは言えない。
嫁入り前の女性……それも、そういった面目を重視する貴族達であればより、重大なことなのだろう。
先日の講義の際に、教師がゴブリンの形をした土像を造り出した際に部屋中に蔓延した嫌悪感の理由も、そこにあった。
「貴女も女性ですし、分かるでしょう?
それに――」
そして男の方も……ゴブリン被害に遭った女性達が捕らわれている可能性がある場所には行きたがらない。
被害女性を助けたことで称賛されるかもしれない。感謝されるかもしれない。
だが同時にリスクも存在している。
「誰だって、積み上げているモノが崩れるのは嫌なはずです」
覚えのない蛮行をでっち上げられる――社会的に殺されるというリスク。
社会は悲劇に見舞われた女性の言い分を信用する。
もしも。身ぐるみを剥がれた女性が泣きながら、男へ指を指したとなれば。
男は“自分が蛮行に及んでいない”という証明を――悪魔の証明を強いられることになるのだ。
「……………………」
そんな諭すような女性の言葉を、細く小さい少女は苛立ちを隠さず……足で床をトントン叩きながら聞いていた。
二つに結われた碧翠色のツインテールが揺れる。
切り揃えられた前髪の向こうで、形の良い眉が険しく歪むのが見える。
純朴な美しさで染まるべき琥珀色の瞳は、大きな眼鏡では誤魔化せないくらい、怒りで溢れ染まっていた。
「……という訳なので、もう少し経てば規定により民間へ“下ろされる”ので――そうすれば、お金に困っていらっしゃる冒険者の方達が受注してくれる――」
「――!!」
だが瞳を染めていた怒りは、持って生まれた者特有の無神経な言葉がキッカケに、溢れ出す。
「キミの言う事は理解している。
……………………そうだ…………ゴブリンとは、特に女性にとっては危険な魔物だ。油断をすれば、万が一ということだってあるかもしれない」
「………………?」
先程とは打って変わって、落ち着き払った声で。
その抑え込んだ声からは伝わってくる。
「だからこそ……万が一のことを考えて、悲劇が起こる可能性が限りなく少ないであろう…………優秀な魔導士ばかりの学院生に向けて、発注しているんだ」
グツグツと煮えたぎった怒りが――
「そ・れ・な・の・にっっ!!!
な~にが民間へ“下ろされる”だっっっ!!」
「ヒッ」
ダンッ――背伸びをして、少女は机を拳で叩く。
「ボクだってねぇ!?
民間でも問題なさそうな内容なら、“国を通さずに民間ギルドへ直接発注”しているよ!
でもゴブリンだからっ! 万が一があればただ命を落とすよりも悲惨なことになりかねないから! それを心配して!!
優秀な学院生に受注してもらおうと正規の手順を踏んでいるんだよ!」
「あ、あの…………それは一応“黙認されているだけ”の違法な手順なので…………私のような職員の前で堂々と、非正規クエストを発注するとか言わないで――」
「うるさいうるさいうるさいっっっ!!
――そうか! キミは万が一民間の冒険者――いたいけな少女が、ゴブリンの慰み者になってしまっても、構わない――と言いたい訳なのかっ!?」
「そ、そんなことは……!」
違法なクエスト発注に対する保身に走った受付嬢は、更に意地の悪い言葉をぶつけられて……かなり分が悪い。
万が一のことがあっても自己責任――というのが正論ではあるのだろうが、この言葉に対して正論で返すことが出来る人間はどれほど居るだろうか。
それもこの……大勢の観衆の前で。
「……………………っ……」
その様子をヨハンは声を掛けることもなく、自然に食いしばっていた歯に力を入れながらも……“黙って見ていた”。
受付嬢が口にする言葉には色々と思うところがあった。普段の彼をよく知る人物が見れば、その額に青筋が浮かんでいたことをすぐに見抜いていただろう。
しかしそれよりも――
「(ただでさえスタートダッシュに失敗したんだ…………今後の学院生活を考えれば、コレ以上トラブルに巻き込まれるようなことは避けた方が――)」
彼はこの細く小さな少女には関わらない方が“無難”である…………そんなことを考えてしまっていたのだ。抱かされた不快な感情を、どうにか己の内に押し留める、のだが――
「そもそもだねぇ!
キミ達みたいな恵まれた才能と環境を持っている者達が! 出来る筈のことを避けて! 恵まれているとは言えない者達に面倒を押し付けているのは何事だっ!
『誰だって積み上げているモノが崩れるのは嫌なはず』? ――ハッ! 積み上げているんじゃなく、最初から積み上げてもらっていた――の間違いだろっっ!!?
そう――この世界は生まれ持ったモノで何もかもが決まるような“クソったれ”なのだから――それならせめて、持っている側の者が出来ることは全てやるというのが持って生まれた者の責任――責務なんじゃないのかっっ!!」
最後の言葉。
受付嬢ではなく、今この場にいる学院生に向けた物であろう言葉が――ヨハンの胸の内を突いた。
関わらない方が無難――そう考えて、この場を何事も無かったかのようにやり過ごしたのであれば、面倒なクエストを避けていた貴族連中……この学院生達と同類。
そして何よりも。
「(へぇ………………)」
場に不釣り合いな風貌とはいえ、この小さな少女も学院に居るのだから、きっと上流階級に近い立場にその身を置く人間なのだろう。
それなのに、民間の冒険者――つまり平民のことを考え感情を昂らせてくれている。
入学説明、そして先日の講義の際に受けた侮辱と嘲笑。
平民であるというだけで見下されていた……その影響もあるが――
「なぁ――」
ヨハンは端的に言って、この少女のことを“気に入った”。
「そのクエスト、良かったら俺が引き受けるよ」
観衆達が僅かにざわめく。
そして――
「うん…………?
――お、おおっ…………おおおおっ…………!?」
ヨハンに声を掛けられたその少女は、何故か“信じられないようなモノを見るように”彼を見て目を見開いた。
「(おっと……?
充填三日目の俺はこんな幼い少女をも魅了してしまったということか――)」
「なっ……何コレ……すっご…………デッカ…………」
そしてその大きな眼鏡越しに、少女の視線はヨハンの顔から下へ流れていき……とある場所で、止まる。
「(──というか…………えっ……?
なんか視線が俺の股間辺りに狙いを澄ませて……?
ぎょ……凝視しているような気がするんだが?)」
何故か自分の股間辺りを怪訝な表情で見つめ、固まってしまった少女に戸惑いつつも、
「お、おい……?」
ヨハンは応答を求める。
……というか、受付のお姉さんの方は『こんな男前の若い子が厄介なヤツから自分を守る為に助けに入ってくれた』的な表情で赤面してしまっているので、厄介な(禁欲的に)ことにならない内に早くこの場を離れたいのだ。
「──あ……す、すまない。ボクは『ラキア・マクルス』。
まぁその…………錬金術士だ」
錬金術士──様々な素材を調合し、ポーション等を生み出す者。
魔術とは異なる技術で人々の役に立つ存在だ。
戦闘能力自体は魔導士に劣るが、社会への貢献度は断然錬金術士の方が上だろう。
こんな幼い少女がそんな錬金術を身に付けるのに、どれほどの努力と才覚を要するのか──
「俺はヨハン・メンザー。
この学院に入学したばかりの──新入生だ」
そんな想像をしながら、彼は右手を差し出す。
その手を彼女の細く小さな手が重なり、握って返す。
漂ってくる、薬品の匂いに混じる仄かに甘い押し花のような香り──
「“視た”ところ……“大型”新入生ってところかな?」
「……その期待に沿えるように、すぐにそのクエストを片付けさせてもらうよ」
ニヤリと笑みを浮かべる彼女の視線が、チラチラと自分の股間に向けられるのを不思議に思いながら、ヨハンはクエストを受注するのだった──




