2-2 学院序列第一位の驚愕と辟易
「……………………」
“翌日”。
誰もが目を見張る美少女――否、爆乳美少女であるセレフィナ・ユキ・ラグトゥールは、アルカディア王立魔術学院の受付ロビーの隅で腕を組んで一人、佇んでいた。
その組んだ腕が大きな胸を押し上げて、男からは淫情の込められた視線を、女からは嫉妬の視線を集めているのだが…………当の本人は全くの無自覚。
クエストを受注しにココにやってくる学院生達が皆、彼女の姿に目を奪われる中、セレフィナは昨日の――講義の時間に起きた“事件”に思いを馳せていた。
「(あの殿方…………新入生ということでしたが………………確か名前は……メン…………ザー、メン――そう『ヨハン・メンザー』さん――)」
聞くところによると、彼は平民の出。
そんな“貴族や上流階級の人が無条件で見下す対象の”彼があの場に居た(セレフィナを除く)全員に、泥水をお見舞いしたことで、昨日は大変な騒ぎだった。
すぐさま講義室から逃走した彼を、学院性や教師までもが追い――そうして追いかけ回すことで、泥に塗れた己の惨めな姿を喧伝してしまうということに彼らが気づくまで――その騒ぎは続いた。
しかし、そんなことは彼女にとってどうでも良い。
「(不愉快で傲慢な彼らは気づいていないようだけど…………あの殿方の、魔術を行使する手際――)」
セレフィナにとっての目下の関心は、ヨハンがあの一瞬で見せた魔術の手際だった。
「(初級魔術とはいえ…………あの魔術式を展開するスピード――相当な練度が無ければ不可能な芸当です。
身体から離れた場所へ射出点を設定し、複数の矢を同時に異なる方向へ発射する――予備動作も無く、詠唱速度も段違い。
おまけに、ゴブリン像の頭部を矢が射抜いた場所は、的確に急所を貫いていた。
…………そして、それだけでは無く――)」
彼女は、思い出す。
本来なら他の学院生と同様、泥水を被っていたはずの自分を、
「(私に泥水がかからないように、『障壁魔術』まで。
おそらくは無詠唱――そして『弓矢の魔術』との並列詠唱――)」
彼が、自らの魔術で泥水から守った……その事実を。
一瞬の内に見せた――見せつけられたと言っても良い――高い技術。
“出来ることが限られている”が故に培った技術ではあるのだが、ヨハンの異能のことを知らなければソレは高い実力を担保する材料にしか見えない。
「(凄く…………興味が出てきました――って、私ったら、殿方に対して“興味”だなんて…………は、はしたない……!!)」
モジモジと──身体を捻らせ、赤面し、頬に手を当てる彼女──普段の退屈そうな表情しか知らない者から見れば、その様子はあまりにも珍しい光景。
普段から彼女とお近づきになりたいと狙う者が見れば、その目的を果たす好機と捉えても不自然では無かった。
「(そう……コレは別に変な意味での興味では無くっ……!
ら、学院序列第一位として……! 有能であることが明白な人物を注視するというのは自然な訳で……!)」
魔導士としての高い才覚は明らか。
そして上流階級の生まれでは無いにも関わらず、学院に入学しているという事実。
相当な苦労を跳ね除け、多くの修羅場を潜って来ているというのは容易に察する事が出来る。
有能な人物──そう……恵まれた家、優秀な親から引き継いだ才能。
それらを磨くことをせず、ただ日々を無為に過ごす彼らよりはずっと。
「はぁ……」
その、彼ら。
セレフィナが見下す対象そのものである人物が、彼女に話しかけてきた。
……というより、話しかけて来ていた。
それをセレフィナはずっと無視していたのだが──
「あぁ麗しのセレフィナ嬢……武を重んじるラグトゥール家の次女であり、宮廷魔道士団への入団は確実とされる第一位。
魔術の天才でありながら、その美しい美貌――」
「世辞は結構です。
……何か用ですか、『ソウロ・ミコスリン』さん」
話しかけてくる男の耳障りな口上が耐えきれなくなって来たので、簡潔に用を済ませろ──そんな思いを視線と声色に込めた。
「あぁそんな態度を僕に取らないでおくれよ、セレフィナ嬢──僕はこんなにも、貴女を想っているというのに」
「………………」
恥ずかしげも無くそんなことを口にする軽薄な男に、セレフィナの視線はより冷たくなる。
「(何が想っている……ですか。
女性を…………それも二人も、連れて歩いているくせに)」
ソウロ・ミコスリン──このアルカディア王国の中でも屈指の大貴族『ミコスリン家』の御曹司。
ラグトゥール家には遠く及ばないが、彼の家も相当の権力を持っている。
「ソウロさまぁ、ひど〜い」
「私達にはそんなこと言ってくれたことないのにぃ〜」
そんな彼について歩く──というより、両腕にしがみつくようにして、自分の身体を押し付けている少女が二人。
「『ビッティ』、『ターレ』……お前らとこの人は格が違うんだ、格が」
「「辛辣ぅ〜」」
こんな扱いをされてもなお、この男にしがみつく価値があるだろうか?
……とてもでは無いが、思えない。
おそらくは大貴族の御曹司に取り入ろうとしているのだろう──それが彼女達自身の意志か、それとも彼女達の家の方針なのか……それは定かでは無いが。
「(まったく…………頭が痛くなりますね……)」
そして悲しいことに。
今セレフィナの目の前で繰り広げられている光景は、この学院では珍しいことでは無いのだ。
学院に入学出来る程に裕福な恵まれた家、そして才能だって持って生まれている筈だというのに。
周囲は地位や権力争いに、色情に塗れた堕落した生活……貴族や上流階級らしいといえばそうなのだが、セレフィナのように“純粋に魔術を究めたい”と考えている学院生はほぼ皆無だった。
「用が無いなら私は失礼します」
結果、セレフィナは瞬く間にトップの成績者学院序列第一位の地位を手に入れ。
訪れたのは刺激の無い退屈な時間。打っても響かないような手応えの無い日々が、研ぎ澄ましていた筈の向上心を含んだ様々な意欲達を失わせていく。そしてそんな中突如として現れた新入生。
何かを変えなくては――そんな風に焦燥感を抱いていたからこそ。
「特殊指定個体――」
「――!!」
彼女はソウロの誘いに乗ってしまったのかも知れない。
「貴女ほどの魔導士でも、学院の規則で特殊指定個体認定された魔物の討伐クエストはソロ受注不可。
……そこで、どうだろう?
仮でも構わない……僕のパーティに入って、特殊指定個体討伐クエストに参加してみないかい?
向上心の塊のような貴女にとって、特殊指定個体討伐の経験というのは、是非とも得ていたいものだろう?」
「…………っ……」
彼女の脳裏に、目前の男の狙いは何なのか――そんな思考が巡るが、
「(考えても……意味はありませんね。どうせとっても不愉快で下衆な目的…………でしょうが、特殊指定個体討伐の名誉をラクに得たい――ということにしておきましょうか…………気持ち悪いので)」
ソウロの目線、感心が先程からずっとコチラの胸元に注がれていることから――クエストの遂行は二の次。一番の目的は、共にクエストに臨んだことをきっかけにコチラと不埒な親交を深める……そんなところだろう。
そして彼女は考えるだけで鳥肌が立つ予想を思考から追い出すように長い息を吐きつつ、
「(…………まぁ、彼の言う通り、ソロで行動している私が受注できない特殊指定個体に挑み、自分のチカラを試すことが出来る機会――というのは、魅力的ですしね)」
半ば強引にでも、自分が今から取る行動へのメリットを見出し、頭の中で整理し決断する。
藁にもすがるような――確かな実力を持ち、それでも上を目指そうとする者しか分からない焦燥感を掻き消すために。
「その話、受けましょう――で、その特殊指定個体…………識別個体名は?」
ニヤリと――いくつもの意味が含まれた笑みを浮かべつつ、ソウロは続ける。
「『人攫の雷』――ギルドに特殊指定個体として登録されたばかりの魔物――角雷鳥竜 《オルネリス》、さ――」
◆◆◆
「――角雷鳥竜 《オルネリス》?」
完全に学院デビューに失敗した男……ヨハンは、初めての講義で教師とその場に居た学院生全員(セレフィナを除く)に泥水をぶちまけた日から“二日後”――学院の受付嬢と話していた。
目的は当然クエストの受注。
「(一昨日は逃げ回っただけで終わっちまった…………その日の晩から、次の日の夕方までデビューに失敗した虚しさでヤケ酒……っ……!
貴重な時間を、無駄にしたからな………………だから今日――つまり充填三日目である今日は……絶対に無駄に出来ないっ……!)」
なお、入学した日に死んだ顔で帰ってきたと思ったら無茶苦茶なヤケ酒を煽り始めた……そんな彼の姿を見て、エヴァ達は心底心配した。
…………その心配を察したというのも、今日の彼の奮起の理由である。
「…………この、特殊指定個体――『人攫の雷』……を、ソロで?」
「そうですっ! 手早く受注手続きしてくださいっ」
だがどうしたわけか、この受付嬢の反応は芳しくない。
ヨハンがクエストボードから持ってきた受注用紙と、ヨハンの顔を交互に見て……困ったような表情を浮かべている。
……次第に、ヨハンは苛立ってくる。
こうしている間に、貴重な時間は過ぎていく。
貴重な、充填の溜まっている時間が。
特殊指定個体ごとき簡単に討伐できる、異能『禁欲魔導』の効力を存分に享受できる貴重な時間が。
「ん~…………というかぁ、特殊指定個体の討伐クエストは、ソロじゃ受注出来ない規則が一応、あるんだよねぇ~……」
「えぇっ!? ――そ………………そ、そこをなんとかっ――」
初耳情報だったが、ヨハンは何とか取り繕って受付嬢に懇願する。
「(こういう冒険者ギルド――民間に回されるクエストよりも格段に報酬が高いクエストをドンドンこなしていかないと、学費も生活費も確保出来ないんだよっ……!!)」
規則? そんなもの、遵守する必要も金銭的余裕も彼には存在しない。そんなものを守って危険を回避していては、いつまで経っても大きく金を稼ぐことなど不可能だ。
恐らくは高難易度が故に、学院生の身を守る為に設けられているのだろうが――充填の溜まった彼にとっては、こんなクエストは赤子の手をひねる程度のモノである。
更にこの角雷鳥竜 《オルネリス》 という魔物は、その素材が良薬の素材になることでも有名。報酬金だけでなく、素材を売却すればかなりの収入が見込める“美味しい”クエストであることは確実なのだ。
……しかし。
そんな彼の――否、庶民のせわしさ――行き急ぐ様を嗤うように、
「そこをなんとか~……って言われてもねぇ?
というか貴方、ついこの前入学したばかりの新入生さんだよねぇ?
それなら尚更…………こんな危険なクエスト、受注させてあげられないなぁ~?
もし、規則が無かったとしても、ね……?」
のんびりとした口調。
おそらくはこの女性も裕福な生まれなのだろう――金や空腹……そういった“残り時間”を意識する機会が極端に少なかった者特有の雰囲気は、嫌悪感を彼に抱かせた。
「……いや…………俺なら、大丈夫なんで」
「自信たっぷりな男の子は素敵だけどぉ…………そんな素敵な男の子を危険に晒すようなことは、お姉さん……出来ないなぁ」
いつの間にか、事務的な敬語から砕けた口調に変化している。
それだけではない。
頬は僅かに高調し、自分より高い位置にあるヨハンの顔を覗き込むように上目遣い。
そして豊満とは言えないが……形の良さそうな胸が作り出す谷間を“敢えて覗けてしまえるような絶妙な角度”をキープした体勢。
これで何人もの男を落とし、手籠めにしてきたことが分かる――つまり、非常にあざとい態度。
「でもぉ…………どうしてもっ…………っていうならぁ~?
……今日仕事が終わった後……二人っきりで……ね?」
「…………っ」
そして誘惑の言葉。何が『ね?』なのだろうか。
ヨハンは心底うんざりした。
……というのも、今回のように彼が面識のない女性から誘いと好意を向けられるのは、一度や二度ではない。
「(充填が溜まっていると……“コレ”が本当に厄介なんだよなぁ……)」
『禁欲魔導――ヨハンの身に宿るこの異能は魔力の増大だけでなく、“オ◯禁をすることで男が得られる効能”を非常に強力なモノにする。
男性はオ◯禁をすると、発射によって放出される筈の男性的体内物質が体内に留まることになり……体内に残留する男性的体内物質の量が上昇する。
女性達はその男性的体内物質を本能で察知し、それを沢山持つ男性を魅力的で優れたオスだと感じるように出来ている。
他にもオ◯禁は肌質を向上させ、目つきや顔つきを凛々しく。
そして言動までも他人から魅力的に見えるモノへと変化させる。
……つまり、“モテる”為に必要なものは全てオ◯禁――禁欲で手に入ると言っても過言ではないのだ。
「(まぁ俺の場合……モテたところで意味が無いどころか、デメリットの方が大きいんだけど)」
異能のチカラで身に余る実力を手に入れた彼は、実力がありモテる男が得られる“報酬や勲章”を手にすることが出来ない。
なぜならそれは、手にした瞬間……彼のかりそめの実力を奪ってしまう代物なのだから……。
「ふふっ……どうするぅ?」
そんな葛藤を知らない受付嬢は、黙ってしまったヨハンを見て、
「(黙っちゃった……さては、こんな良いビジュの割に経験浅め?
ひょっとして……童貞くんだったり?
……なら、将来有望なイケメン男子を手玉に取って、私の“本命リスト”の中に――)」
「あぁ~……その……」
心中ニヤリと企む尻軽女と、どうしたものかと悩む彼の空間を、
「どうして僕の発注したクエストが、いつまで経っても受注されずに残っているんだっっ!?」
この場に似つかわしくない声が切り裂いた。
声の出どころは、少し離れた……二席分程離れた、別の受付。
そこの受付嬢相手に、声の主は微妙に舌っ足らずな大きい声でまくしたてる。
「別に高難度で強い魔物が標的じゃ無い!
極々平凡なクエスト――それに似合わないくらい! 報酬だって! 弾んでいるんだぞっ!」
その声があまりにも大きいものだから、ヨハン達だけでなく、他の受付で話していた人達も、何事かと――会話を中断してその方向に視線を向けていた。
「そ、そんなこと私に言われましても……」
「じゃあどこの誰に文句を言えば良いのさっっ!?」
たじろぐ受付嬢を問い詰める“彼女”――
「(子供…………?)」
その幼い外見を見て、ヨハンはつい首をかしげてしまう。
小さい顔に似合わない、大ぶりな眼鏡を掛けている少女――その四肢は細く華奢。
強い衝撃ですぐに折れてしまいそうな程に貧弱な身体は、背丈もかなり小さく……ヨハンの肋骨辺りの高さしか無い。
彼女が身に纏う装飾の無いローブは、サイズ感があっていないせいで――着ているというより着せられているような印象を受ける。
そのブカブカのローブは彼女の骨張った肩を露出させており、下に身につけている肩出しのワンピース、ウエストの位置で締められた革のベルト、細い脚を飾る黒のストッキング、ゴツリと音が聞こえてきそうなくらい大きな革のブーツ――そして貧相な胸の板。
そのどれもが、この王立魔術学院という場において……“浮いて”いて。
……つまるところ、正真正銘完全無欠なロリっ子美少女がそこに居た。




