2-1 新入生
※少し時間を巻き戻し、主人公ヨハンが学院に入学した頃のエピソードが続きます。
「大変だったでしょう? 何と言いましょうかその、平民のご身分で当学院の入学費用を工面するのは?」
「女性であれば…………フフッ……平民でも、寝ずの“肉体労働”に励めばもしかしたら――なんて、思ったりもしますがね?」
「まぁ入学が出来たとしても、学期毎の学納金の支払いが遅れたりすれば即刻学院を去ってもらいますよ?」
「え? 成績がよかったら?
まぁ……上位成績者であれば、宮廷魔導士団から声がかかったりしますが……」
「ですが正直“平民”の方がこの由緒正しき王立魔術学院で高成績を修められるとはとてもとても――」
◆◆◆
「(あんの嫌味な小太り野郎……いつか絶対ぶん殴ってやる……)」
真新しい――今まで袖を通してきたどの服よりも高価な、アルカディア王国が誇る王立魔術学院の制服に身を包んだ『ヨハン・メンザー』。
入学手続きの際に相対した学院の教師――入学説明よりも、平民である自分への嫌味を口にする時間の方が長かった中年の男へ怒りを覚えつつ、彼は今、学院の講義室で授業を受けていた。
「――それでは今回の講義は魔術の基礎について。
改めての内容となってしまう方も居られるかと思いますが、知識というのは何度も反覆して学ぶことで――」
無駄に長く、所々に説教が混じる中年教師(ヨハンへ入学説明をした嫌味な男)の話。
それをまともに聞いているのは、講義室に居る数十人の学院生の内、多く見積もっても数人だろう。
殆どの学院生は頬杖を突いたり――仲の良い者と小声で話したりしていて……
「(勿体ないな…………高い学費を払っているのに、聞かなきゃ損だってのに)」
ヨハンは自分の内から溢れる怒りは脇に置き、ソレはソレとして……という気持ちで、男の話に耳を傾ける。
一言一句聞き逃しては損――生まれながらにして恵まれた者には決して理解できぬ、貧しい境遇が故の性だった。
「(ふふっ…………それにしても、“僕が考えた最強の学院生活”その習慣――“充填が溜まって無い日は座学に励む”……完璧だ)」
彼は今、昨日発射したばかりの充填一日目。
高い学費の元を取る――それを考えれば、一日も無駄には出来ない。
だが実際にクエストに出たり――金を稼ぐことが出来るのは充填三日目、よくて二日目だろう。
それなら、冒険者時代には休息に充てていた充填一日目、これをどうするか?
「(ただ宿で休むだけじゃ勿体無い……それなら身体を休めつつも、勉学に励むことが出来れば?
――あぁ! これ以上無く、無駄のない習慣……!)」
結局のところ休まずに勉学と金策に励む――ただそれだけのことなのだが、人間という生き物は、自分の考えた段取りが穴のない完璧なモノであると認識すればする程、自分の行動に疑いを持たずに済む。
なのでこの自画自賛は特段責められるようなことではないだろう。
自分自身の歩む道を踏み固めるような思考を浮かべていると、講義の内容が動きを見せた。
「――という訳なので。今回は基礎ですから、題材とするのは『弓矢の魔術』が良いでしょう」
「(おっ…………)」
まさか、魔術学院で自分の得意魔術(得意というよりそれしかほぼ使えない)の講義を聞くことが出来るとは。
「(コレは早速……高い学費の元が取れる好機だぞっ……!)」
ヨハンは今まで独学で魔術を身につけてきた。
その己の知識と技術と、王国が打ち立てている魔術理論――そこの擦り合わせが出来るというのは、非常に有意義といえるだろう。
「古来の人類が編み出したとされる魔術の中でも、非常に歴史が古いです。
その魔術式の構成は非常に単純で、詠唱文も短くシンプル。魔導士では無い一般人でも、術式操作が容易で――それに、頭の出来が悪くて詠唱文を覚えられないような、物覚えの悪い方達にも習得が可能な魔術です」
「………………」
今のは小粋な冗談に分類されるのだろうか?
ヨハンにとってはちっとも面白くなかったが、どうやら貴族や上流階級の者達にとっては笑いを誘う内容だったらしく、クスクスと笑う声が聞こえてくる。
それに気を良くしたのか、手に持った小さな杖から魔力の光を残像のように宙に残し、板書をする。
①術式に魔力を注ぎ、矢の射出点を設定する。
(この時射出点に設定した場所に魔力の球が顕現する)
②魔力の球から矢を射出する向きを設定し、放つ。
「…………と、このように術式だけでなく行程も、魔術を行使した結果も単純かつ明快。
なので、この魔術の術式には多くの“余白”があります。
こういった余白がある場合は属性を付与するのが一般的なので――光属性を付与して矢の攻撃・破壊力を増加させたり、炎属性を付与して矢に延焼効果を追加したりすると良いでしょう。
そして術式に注ぐ魔力を多くすれば、生成する矢の数を増やし、攻撃力を上げることも可能…………なのですが――」
饒舌に語る教師がそこで言葉を区切り、学院生達の方へ視線を送る。
そしてその視線は目的の人物を捉え、その色を恍惚なものへと変えた。
「ミス・ラグトゥール――是非、皆の前で貴女の魔術の腕を実演、披露していただけないかな?」
「………………はい――」
教師に呼ばれ――席を立ち、教壇へと向かう少女を見てヨハンは得心した。
「(なるほど…………無理も無い)」
教師の目がああなってしまうのも頷ける――彼女の容姿で一際目を惹く部分が、教壇へと向かう際に揺れ動いているのだから。
凄まじい質量感を感じさせる大きな胸。
制服のデザインのせいで、その胸が作り出す谷間は衆目に晒されており。
そして、近寄り難さを感じる程の美貌。
つまり――
「(危険過ぎる……!! 要注意人物ってとこだな…………!!)」
『禁欲魔導』という異能を持つ彼にとって、決してお近づきになりたくない女性だった。
「……………………」
そんな彼女は教師に呼ばれるまま教壇へと向かい、指示を待つ。
その間、講義室に居る男達は凛とした姿に顔をだらしなく蕩けさせ、女達は不機嫌そうな表情。
ちなみに、最もだらしない顔をしていたのは彼女を呼びつけた教師。
立ち位置的に、爆乳美少女の胸元を存分に覗き込めるのだから仕方無いといえばそうなのだが――
「…………で、私は何をすれば良いのですか?」
不機嫌そうな仏頂面で、少女は教師に指示を出すよう促す。
それでようやく我に返った教師は、
「――え、えぇ……それではまずは“初級”の『弓矢の魔術』を――」
谷間を覗き込むのに夢中になっていたことを悟られた教師は、気まずそうに指示しながら、
「『土塊よ』――」
「――!」
短く呪文を詠唱――少女の前に土で出来た“標的”を作り出した。
魔術によって造り出された標的は、魔物の形をした土の像。
数は三体。少女に対し、縦に並ぶように。
ただし、その造形は――
「(何というか………………ここまで熱心で周到だと、逆に関心してしまうというか……)」
ゴブリン――その“女性を好んで襲い強引な生殖行動を行う”という習性は、幼い子でも知っているところ。
魔物の形をした標的を造るのであれば、コバルウルフ等でも問題ないわけで。
だが敢えて、女性達が嫌悪するであろう下劣な魔物を、この実演の場において造り出すというのは……明らかに故意。
しかも実物よりも“下半身の一部分”が妙に大きく造形されている。
そんなスケベ野郎のタチの悪い嫌がらせに、ヨハンは思わず溜息を吐く。
「汚らわしい…………」「なんておぞましい……」――そんな言葉達が、講義室を支配する。
嫌がらせを行った張本人である教師は、ニヤニヤと下卑た表情を浮かべつつ講義室の中で最も美しく、実際にゴブリンがこの場に居れば真っ先に標的にされてしまうであろう身体の持ち主の反応を伺う。
もはや真夜中の街中で、淑女に股間を見せつけて反応を楽しむ変態と同レベルの行いだった。
しかし――
「…………………………『狩人の光弓 一矢』」
少女は僅かに軽蔑するような視線を教師に向けた後、右手を上に向け、呪文を詠唱。
彼女の手元辺りに生成された魔力の球から、彼女の指先が標的に向けられて――
――ドンッ!
魔術の矢が一番前に設置された標的の一体を破壊した。
「……………………はい――それでは次は、“中級”をお願いします」
そう指示しつつ、再度魔術を行使して破壊された像を元通りに修復する教師。
期待したような反応をセレフィナが見せなかったことで、少々不機嫌な態度になった教師のその動きを待った後、
「――『兵士の光剛弓 一矢』
少女は先程よりも集中力を高め、詠唱。
魔術式を構成――展開――魔力の球が浮かび――
「――はっ!」
――ゴウゥッ!!!
初級魔術を行使した時よりも僅かに長い“溜め”――それに相応しい威力の矢が、並べられた三体の標的を貫通――同時に破壊した。
初級と中級、どれも放たれた矢の数は一本。しかし、その一本の矢が持つ攻撃力が違う。
講義室に居る者達が自然と拍手を送る中、教師は声を張り上げる。
「流石、王立魔術学院の中でトップの成績である『学院序列第一位』――ミス『セレフィナ・ユキ・ラグトゥール』――その実力と地位と血筋に相応しい、素晴らしい手際! お見事です!」
「………………ありがとうございます」
拍手と称賛の言葉を送られた少女は、何でもないような――むしろ退屈そうな顔で自分の席へと戻っていく。
「(……あの子が、この学院でトップの成績者なのか…………)」
美人なうえに成績も優秀なのか――そんな感情を抱くヨハンをよそに、セレフィナが席に付くと、
「――このように。
魔術には『階級』という物が存在しています。
初級、中級、そして上級――階級が上がるほど術式の構成が複雑になりますが、その分“消費魔力に対して得られる効果が大きくなります”」
教師は講義を再開する。
セレフィナという目が離せない人物に実演をさせたことで、講義が始まった時とは違い室内の学院生は皆教師の言葉に耳を傾けている。
「つまり、初級魔術に多くの魔力を注いで威力を上げるよりも行使する魔術の階級を上げた方が効率が良い――その方がスマート、という訳ですね」
「(…………まぁ、それが出来れば苦労はしないんだけど)」
魔力効率の良いスマートなやり方――口で言うのは簡単だが、それを実際に行うのは簡単ではない。
「まぁ当然、初級なら誰でも習得できる程簡単な『弓矢の魔術』も、階級を上げてしまえば――一般人には難しい程度には、習得難易度が上がってしまいますがね」
習得難易度が上がる――それこそが、ヨハンにとってはネックだった。
「(僕が中級や上級の魔術を行使するのに相応しい実力を得られるのは、禁欲して充填が溜まっている限られた時間だけ。
当然、習得する為には繰り返し練習、鍛錬する時間も必要な訳で…………貴重な充填が溜まっている日――それは金を稼ぐのに使いたい。
それに初級魔術だったとしても、魔力を注ぎまくればゴリ押し出来るし…………)」
他人から見れば著しく非効率。
だが異能の恩恵により、底無しの魔力量を得られる彼からすれば、その非効率なやり方でもデメリット無しで高い階級の魔術を行使した時と同じ結果を得ることが出来る。
そんなやり方で、彼は今まで生き抜くことが出来ていた。
冒険者時代に多くの人を助け、仲間から信頼され、金を稼ぐことが出来た。
何も、問題は無かった。
しかし、この魔術学院では――
「――ですがまぁ……?」
ニヤニヤと――下卑た笑みを浮かべた教師が、ヨハンを見ていた。
…………嫌な、予感。
「習得難易度が上がると言っても、たかが『弓矢の魔術』。
魔導士――それもアルカディア王国が誇る王立魔術学院に通う皆様であれば、と・う・ぜ・ん――習得出来る程度。
そういう訳なので――ヨハン・メンザー君」
「……………………っ」
……予感は的中する物なのである。
「新入生の挨拶がてら――実演を、お願いしますよ?」
「……はい…………」
そう言われてしまったら、従うしか無い。
教壇へと向かう中、先程までの空気は一変し……新入りを品定めするような、不快な沈黙が室内を支配した。
「えー皆さん、彼は今日から入学した新入生。
平民ですが懸命に努力し、学費も自ら工面して、ようやく入学が叶った苦労人!
さぁまずは皆様、彼に温かい拍手でも送って差し上げましょう――」
…………そんな、白々しさを隠そうとしない教師の言葉に従って拍手をする者は誰も居らず。
無言で嘲笑するような数瞬が、過ぎる。
誰かが吐いた、小さな溜息が聞こえたような気がしたのと同時――
「……はい、それでは新入生であることを考慮し、上級ではなく中級魔術を実演して頂けますか?」
教師は場を仕切り直すように指示を出す。
だが困ったことに、ヨハンは中級魔術を習得していない。
何故なら、今まで習得していなくてもやってこれていたから――
「………………すいません、僕中級は習得していません。
初級魔術しか……」
「――おっとぉ、これはこれは(笑)
大変失礼しました~!(笑)
魔術学院に入学したくらいですから、てっきり平民の中で“は”屈指の実力者なのかと……(笑)」
その瞬間、笑いを堪えていた学院生達が吹き出した。
その嘲笑――嗤声――そのどれもが、ヨハンを――下流階級の人間を見下す不快なモノ。
「え~、では初級でも結構ですから……その実力を、存分に皆様にお見せしてください――」
……おそらく。
充填が溜まっていたのなら、この時点でヨハンはこの教師を半殺しにしていただろう。
彼の言う非効率なやり方――初級魔術に異能で得た大量の魔力を注いで……その実力をお望み通り存分にお見せして、嘲笑を向ける上流階級の学院生達に一泡吹かせていたかもしれない。
だが、今は。
「(耐えろヨハン…………どれだけ腹が立っても、充填が溜まっていない今の僕はこの場に居る誰よりも弱い凡人。それにコイツらの挑発に乗って直接的な暴力を振るえば……何かしらの処分が下されて、結果的に自分が損をするだけ……)」
冷静に、怒りをコントロールすることに集中する。
「『土塊よ』――」
……が、故に。
冷静になりつつあったヨハンは、一つの着想を得た。
「(待てよ……?
直接的な暴力が駄目なら……間接的になら?
それも例えば――“実演中の不幸な事故”を装えば?)」
そんな着想を得た彼の思考は、今己が置かれている状況を基に、目的を遂行する為の方法を組み立てる。
“敵”の位置――“味方”の位置――その他様々な状況――冒険者時代に培った実戦経験。
それらが、完璧な方法をヨハンの脳裏に浮かべてくれる。
「……はい、それではどうぞこの土塊に初級魔術を――」
「『狩人の水弓 二矢!』
刹那――ヨハンは予備行動無しに素早く詠唱を行い、魔術を行使した。
水属性を付与した『弓矢の魔術』。矢の数は二つ。
矢一本につき一つ設定出来る射出点――その内の一つを“土塊の標的を挟んで教師の反対側”に。
もう一つを“土塊の標的を挟んで学院生達の反対側”に。
前者をゴブリンの形をした標的の頭部――後者は身体を狙い、魔術の矢として射出する。
そんなことをすればどうなるのか――
――ビッシャアアアアア!!!!!!
「うおおおおっ!!??」
「なっっっ!!!?」
「キャアアアアア!!!」
水属性が付与された矢は土で出来た標的を破壊――粉々になり水と混じった破片が、矢が放たれた方向に向かって拡散する。
粉々になった土と水が混じったモノ――つまりは泥水が、教師と学院生達を襲った。
一番土塊に近かった教師は全身が泥まみれ。
学院生達は少なくとも顔面は泥まみれ。
女達は髪型と化粧をしっかりと仕上げていたし、男達も同様で髪型をバッチリ決め込んでいた。
それらを台無しにすることが出来たと考えれば……うん、少しはスッキリしたかな。
そもそも先に喧嘩を売ってきたのはそっち――言われっぱなしで黙っておいてやる義理や道理はどこにも無い。
「(まぁ…………)」
胸のすく思いに浸りながら、顔面泥まみれの学院生達の中で――一人だけ無事な学院生を、ヨハンは一瞥する。
目を見開き、驚きの表情の少女――セレフィナ・ユキ・ラグトゥール。
ヨハンのことを嗤う者達の中で、ただ一人だけ嗤うことなく――その嘲笑の空気に嫌悪感を示していた少女。
「(あの子に泥を被せる道理は無いからな)」
ヨハンは『弓矢の魔術』を行使するのと同時に、“無詠唱で”『障壁魔術』を展開し――セレフィナにだけは泥がかからないように防いでいたのだ。
充填は溜まっておらず、彼女までの距離は空いていたが、所詮防ぐのは泥水――大した強度は必要無かった。
「ゴホッ……! ゴホッ…………!!
ヨ、ヨハン・メンザーっっ……君はなんてことを…………!!!」
そして泥を被った者達が、何が起きたのかを十分に理解する時間が経過した後――彼らを代表して怒りを顕にする教師に、新入生は言葉をかける。
それは泥を被せた相手への挑発や侮辱では無く、
「あー……」
たとえ処分が下されなくても、今後の学院生活に十分過ぎる影響が出てしまうようなことをやらかしてしまった、己への自嘲を込めた言葉――
「――僕、やっちゃいましたねぇ」




