1-5 凡人の戦い方②
「あのっ──デカパイ美少女めぇぇぇ〜〜〜〜っっ!!!!」
ダンッ──と、一気に飲み干し空になった酒杯をテーブルに打ち付けながら、エヴァは絶叫する。
「めっちゃくちゃ可愛い美人だし!? 私よりおっぱい大きいしぃ!?
……だからか!?
だからあんなに余裕たっぷりなんかぁ!?」
隣に座るフードを被った小柄な少女の酒杯を奪い取り、その中身も、
ゴクッ……! ゴクッ……!! ゴクッ……!!!
もはや味を楽しむことではなく、その液体の成分を摂取し、その結果を享受することだけを目的として一気に流し込む。
彼女の胃に次々と流れ込むその液体は“安くて早くよく酔える”と評判の、冒険者御用達の安酒。
無論、その評判には“悪酔いする”というのも含まれている。
「大丈夫──エヴァも可愛い。
おっぱいだって、エヴァのは大ボリューム」
酒を奪われた小柄な少女は、アルコールによるものなのか──それとも怒りによるものなのか──顔を真っ赤にするエヴァの背後に回り込み、彼女の柔らかな双丘を両手で持ち上げた。
「これよりも…………デカいのよ」
持ち上げ、揺らし、もにゅもにゅと。
胸の柔らかさを堪能する仲間の少女に文句一つ言わないあたり、エヴァは今相当に酔っている。
そんな彼女のことを“一切下心が無い純粋な友情”に染まった目で見る、男前とバカ面の少年達は苦笑いしつつ、
「そんなに?」
「どのくらいデカいんだ?」
「……………………………………」
男性陣からの質問に、エヴァは腕を胸の前で組み──その膨らみを無自覚にグッと……寄せあげながら、長考。
その間、背後の少女は寄せ上がったエヴァの胸の柔肌を、ツン……ツン……
「あれは…………『Iカップ』はあるわね」
「「「デッカ」」」
その驚愕の『バストサイズ(注1)』に、彼女の仲間達は目を丸くする。
指折り数える彼らのクチは開いたまま、閉じられることは無い。
「エヴァはおっぱい何カップ?」
そして先程からエヴァの胸を指でつついている少女の問いに、
「…………Gぃ…………っ……カップよっ……!!」
心底悔しそうに表情を歪めながら彼女は答える。
世間一般的には、エヴァも“持ってる側”の少女なのだが、世の中上には上が居るものなのである。
「でもよぉ〜?
ラグトゥール家って、アレだろ?」
「アルカディア王国屈指の大貴族だねぇ」
組んだ腕で形を歪めた友人の胸には無関心に、胸と同様に歪んだエヴァの表情を眺めつつ、二人の少年はそれぞれ溜息を一つ。
「……まぁ、それなら…………心配ねぇんじゃねーの?」
友人が抱いているであろう“懸念”を見抜いて、助言を一つ。
「大貴族のお嬢様なら、どうせロクな性格してねーだろーし?
──“アイツ”は見た目だけで女を選ぶような男じゃねーよ」
偏見に満ちた助言。
だが平民であり、その閉じた世界から生涯出てくる事は無いであろう彼らから、同じく平民である彼女への言葉としては、これ以上無く適切なモノであった。
「……………………だった……」
「「え?」」
しかし、エヴァはその表情をみるみる内に暗くしていき、
「メチャクチャ…………いい娘そうだった……」
ズーンッ……──と、音が聞こえてきそうな程に、力無く項垂れた。
「アタシ……凄い態度とか悪かったのに…………嫌味とか……言っちゃったのに………………。
大人……というか…………全然言い返したりとかしてこなくて…………そんな娘に、アタシは……」
「…………あ〜」
「はぁ…………」
「……………………」
その、自己嫌悪に苛まれているエヴァを見て、彼女を囲む友人達は、これから訪れるであろう“長い夜”を覚悟する。
「う〜〜〜っ…………っ──あああああ〜〜〜〜〜っっ!!!」
悪い態度を取ってしまった自分への嫌悪感。
そして矮小に過ぎる自分は、ヨハンの目にどう映るだろうか?
嫌味も意に介さない、広い心の持ち主である美少女。
生まれも、スタイルも……何もかも勝っている部分が無い──絶望的な状況。
彼女とは住んでいる世界が違う──そう思えれば、諦められれば、どれだけラクだろうか?
「それでも…………諦める訳にも……負ける訳にも……いかないんだからっ…………!!」
テーブルを、酒杯で叩く。
それを合図に追加の酒が運ばれてくる。
負けを認める訳にはいかない理由は、単純。
「(ヨハン……)」
──想い人の存在。
長い時を共に過ごし、同じ世界で常に傍に居た想い人は今。
住む世界が違うと思ってしまいそうな人々が居る場所に……その身を置いているのだから。
優れた才覚だけではない。
平民という生まれも境遇も跳ね返そうとする強さと、それに奢らない謙虚さ。
尊敬――恋慕――色情――己が抱けるであろう全ての感情は彼の為にあると言っても良いほど、エヴァのヨハンへの気持ちは重い。
だがその重い感情をそのままぶつけ、自分達の狭い世界に、その世界から飛び立てるチカラを持つ彼を縛り付けてしまうような“重荷”にはなりたくない。
だからこそ、
「(泥臭くても……格好悪くても……離れたりなんかしてあげないんだからっ…………!!)」
腕につけた彼とお揃いの腕輪を見つめ、彼女は恋心を叶える為、気持ちを抑えてただ“傍に在ろう”とする。
たとえこの先、住む世界が違う人になってしまうのだとしても、それだけは……それだけは、出来るはずなのだと。
――そんな己の戦い方を、凡人のそれと自重しつつ、落ち込んだ気分を奮い立たせる。
「よしっ…………それじゃあみんな――」
奮い立たせ、ひとまず行うべきは英気を養うこと――
「今日はとことん…………付き合ってもらうわよ!?」
「「「……………………はぁ………………」」」
呆れ半分、諦め半分。
そして全体を友への慈しみで包んだ三つの溜息。
カンッ――突き出される酒杯達が長い夜の始まりを告げる音を奏でた。
一気に酒杯を煽る豪快な少女。
呆れながらペースを合わせる素直な少年。
苦笑いで飲むペースを調整し、長期戦に備える強かな少年。
無表情で、にも関わらず誰よりも早く酒杯を空にした小柄な少女。
そんな彼ら全員の腕で光る、揃いの腕輪。
エヴァとヨハンから始まり……一つ、また一つと増えていった腕輪の数が、今この場に“一つ足りない”ことへの寂しさは、酒と共に飲み込まれ、流れていく――
◆◆◆
「……………………なんだ……コレは…………」
学院から馴染みの酒場宿に戻ってきたヨハンが見たのは、
「「「「…………………………………………」」」」
頭からひっくり返って尻を天に向け、整った容姿を台無しにしている少年。
床に吐瀉物を撒き散らして気を失っている哀れな少年。
スープの皿に顔面を浸して寝ている小柄な少女。
そして――
「う~ん………………ヨハン……っ…………」
涎を垂らし、夢を見ている…………胸の大きな少女。
「…………酷いな…………」
その惨状に、ヨハンは苦笑する。
どうやら自分が居なかった酒の席は随分と盛り上がったらしい――それに寂しさをおぼえつつ。
こういった酒の席には必ず同席していた頃にも同じようなことがあったと思い出し……何か温かいモノが胸に広がった。
「文句の矛先はお前でいいか?」
感慨に浸っていたヨハンに、野太い声がかけられる。
「コイツらは毎度バカみたいに騒いで、床も汚しやがるし…………ったく……」
その声を、努めて不機嫌に聞こえるようにしている主は、この酒場宿の主人。
ヨハンが王都に来てから寝食の世話になっている人物で、つまりは頭の上がらない相手(特別割引料金で寝食を提供してもらっている為)なのだ。
「掃除と片付けは僕がやるよ」
そう言ってヨハンは、禿げ上がって毛一本無い頭の屈強な店主が持っていた掃除道具を受け取った。
アホ面が撒き散らした吐瀉物を掃除して、ひっくり返っている男前は脱ぎ散らかした上着だけを回収して放置。
フードを被った小柄な少女が握ったままのフォークとナイフは抜き取って、皿のスープに浸された小さな顔を持ち上げて皿を片付ける。
スープで汚れた小動物的なその顔面を、先程回収した上着で拭いてやり、長椅子に仰向けで寝かせてやった。
「ふ……ふふっ…………ヨハン……」
そして……どんな夢を見ているのか分からないが、幸せそうな表情で涎を垂らし、机に突っ伏しているエヴァの――
「……………………」
そのぷるっとした血色の良い唇に目を奪われつつ、口元の汚れをハンカチで拭った。
血で汚れた上着と一緒にその汚れを落とした洗濯済みのハンカチの感触が、見ている夢に作用したのか、
「やん…………くすぐったい…………もぉ……ヨハンのエッチ…………」
「(夢の中の僕は、どうやら随分と良い思いをしているみたいだな……っ…………)」
現実のヨハンでは出来そうにもない行為を伴う内容に変化したようだ。
彼女の色っぽい様子と、そんな彼女が“自分相手にそんな夢を見ている”という状況を見て、彼女の唇と同様……ヨハンの股間も血色が良くなったような気がした――。
つまるところ、硬化状態である。
そんな“身体の中心部分”を気にしつつ、ニマニマしているエヴァの傍に座り(『誰か』がいつでも座れるように一人分の席が確保されていた)、一息ついていると、
「ほらよ」
店主が掃除を終わらせた彼への労いの一杯を手渡してくる。
「どうなんだ、学院は?」
「………………ぼちぼち」
それを受け取りつつ、言葉にはしない意味を含ませて答える。
『学院序列第一位』――傍から見れば、これ以上無く上手くやれている。
このまま学院で好成績を残していれば、その内王宮お抱えの“高給取り”なポジションへのスカウトだって夢ではない。
その日暮らしと揶揄される冒険者時代と比べれば、その将来は安泰と言えるだろう。
しかし――
「ぼちぼち……か。
お前の事情は、家のことも含めてある程度知ってるつもりだが……まぁ…………少なくとも、コイツらと毎日バカやってるときより、楽しくは無さそうだな」
「………………」
そんなことは、分かっているのだ。
出来ることなら、この気心知れた仲間達と、今この瞬間を楽しく過ごせたら……どれだけ良いか。
…………しかし、それは出来ない。
お金の為、将来の為。
したい、やりたいことを……我慢しなければ――
「(…………オ◯禁と、同じだ)」
強い意志力を持って、少年は己の心を騙し続ける。
“将来”の為に“今”を犠牲にする――そんな彼はまだ、気づかない。
そうやって犠牲にされた“今”……その積み重ねこそが“将来”なのだということを――。
「……そうだ――」
苦い話題を逸らすように、ヨハンは懐から銀貨を一掴みして、テーブルに置く。
「…………ヨハン……お前なぁ……」
その支払いを受けた店主は、呆れたような様子で息を吐く。
彼がテーブルに置いたのは、一杯の酒代にしては多すぎる――先程まで広がっていた惨劇を生み出す為に必要なくらいの、金額。
「こういうことするから…………お前はいつもいつも、金がねぇって嘆くことになるんじゃねぇのか?」
「………………」
酒が理由では無い赤みで耳を染め、視線を逸らす若者のことを店主は窘めつつも、大層気に入っていた。
田舎に住む家族の為、都会に単身出てきて金を稼ぐ苦労人。
それでいて仲間思いで……今まで色々な連中が、この若者に助けられてきたことを、店主は見てきた。
だからこそ――
「まぁコイツらは…………“元”パーティメンバーだしな……尻拭いくらいは、するよ」
約束を破ったお詫びもあるし――そんな風にぶっきらぼうに振る舞う彼に対し、意地の悪い言葉をかけてやりたくなった。
「“元”――って思ってんのは、お前だけなんじゃねぇのか?」
「うっ…………」
頬が、一気に紅潮する。
酔いがそれを誤魔化してくれると期待して、一気に酒を煽る。
シャンッ――杯を持つ右手に付けた腕輪が音を立てた。
エヴァと酔いつぶれた三人、そしてヨハン。
昔から皆で揃え、それぞれが今も決して外そうとしないソレは、
「もう一杯、くれよ」
紛うことなき、仲間の証。
仲間の思いを自覚すればする程、気恥ずかしさと罪悪感と……正体の掴めない気持ちが胸を満たす。
こんな日は、さっさと抜いて寝てしまいたいところだが、彼は断腸の思いで踏みとどまる。
……踏みとどまらなくては、ならない。
それならせめて――
「(……デッかいなぁ…………)」
普段はガン見出来ない、隙だらけの馴染みの少女の胸元を。
アルコール臭に包まれた、健気で清らかな野花のような香りを。
数日後の発射に用いる触媒として、彼は記憶に刻み込むのだった――
(注1)
数世紀前に突如として現れた女性下着の革命児『ズリシャ・ジャ・ブーラ伯爵』が提唱した“女性の胸の大きさを表す全世界共通規格”。
それまで正確な規格が存在せず、ジャストフィットする下着探しに苦労していた女性達。
そんな女性達の胸サイズが『26個の“記号(A~Z)”+カップ』で表されるようになったことで、女性下着のフィット感は抜群に向上した。
また、彼が手掛けた身体を美しく補正する(盛る)下着は、貴族階級の淑女に強く支持され、平民からもその着心地の良さで人気が高い。
その斬新な発想、どこで得たのか分からない程の胸 への豊富な知識、卓越した裁縫技術……そのどれもが“異端”であった彼。
そんな彼は、己が生み出した下着を付けた女性達が朗らかに人生を謳歌する姿を満足気に眺めつつ「この世界でやるべきことは全てやり終えた。私は私が居るべき場所へと帰る」――そう呟いた後、失踪したとされる……。




