4-11 未来を変えるのは
「なんなんだ…………!?
これは……一体っっ…………!?」
王国騎士団――現在のアルカディア王国における最高位を宮廷魔導士団に奪われてはいるものの。
その長が持つ絶対的な権力を象徴する悪趣味なほどに絢爛な団長室で、マラヴィン・ド・ベーケスは歯ぎしりした。
「(何故…………!?
計画通りなら、王都は今頃…………っ……)」
魔物が跋扈する地獄に変わっているはず――見晴らしの良い団長室の窓から見える景色が、想定と異なることが信じられない。
その不快感はやがて怒りとなって、彼の中で膨らんでいく。
「――っ」
そのタイミングで“手軽な処理係”として呼びつけていた――彼の前で跪き、顔を不快そうに歪めて“咥える”娘が、彼のモノに歯を立ててしまった。
「このっ………………能無しがぁぁぁぁ!!!!」
パンッ――!
「うぅっ……!!」
苛立ちのままに引き抜いて、その頬を思い切り叩く。
吹き飛ばされた娘は、叩かれた頬を押さえながら、鼻をすすって泣き出した。
「………………ちっ」
その様子に舌打ちを一つ。
すっかり“その気”を失くしたベーケスは、脱いでいたズボンを履く。
「もう良いっっ――出ていけぇ!!!」
「……っ」
恫喝を受けて、無理強いをされていた少女は退室する。
「たまには変化を加えてみる――それも、時と場合によるか……」
その背を見つつ、ベーケスは一人反省。
普段は最上級の美貌、極上の身体を女に求めているものの。
そればかりでは飽きが来る。
その対策として、彼は欲望の矛先である女性達の嗜好を意図的に変化させていた。
時には(失礼すぎて吐き気がするが)ちょいブスクソビッチ。
時には……今回のような、目立たぬ見た目の芋女――など。
先程の少女は後者。
騎士団長の権力をフル活用して独自に弱みを握り……呼びつけた。
研究ばかりに没頭し、女としての鍛錬や経験に乏しい……というより、それらが皆無な錬金術士の生娘。
学術院を自ら視察して見繕った芋女を、今日という日に充てがったのは失敗だった。
その拙い奉仕も、コチラの気分が良かったり余裕があったりすれば、中々に乙なモノ。
そう……なるはずだったのに。
「くそっ…………!!」
べーケスは傍に置き、鞘に納めていた神器『聖剣』を乱雑に手に取り部屋を出る。
静かな廊下。
そこを早歩きで、足音を響かせながら進む。
遠慮や謙虚さの無い、地位と権力に永く浸ったモノ特有の足取りだった。
「おいっっ!!
これはどうなって――」
バンッ!
“息のかかった”部下たちを一纏めに待機させておいた大部屋――その扉を勢いよく開け放つ。
普段であればその八つ当たりにも等しい怒号にも、ゴマをするような媚びた声が返ってくるはず。
……だがそんな声はベーケスの耳には届かなかった。
「……………………は……?」
寧ろ彼の声だけが、その広い部屋にこだました。
それも、そのはず。
何故ならその息のかかった部下達は、ひとり残らず全員――床に突っ伏していたのだから。
「き……貴様ら…………!?」
数十人の屈強な騎士達が等しく力尽きている……そんな、目を疑う光景。
一番近くで倒れている部下に走り寄り、具合を確かめる。
「こ…………これは……麻痺毒……!?」
そして部下達を蝕む正体に気付くも――
「やぁ――お前“は”遅かったようだね」
「――!?」
時すでに、遅し。
背後から掛けられた、幼さを残す声に振り返った――その勢いのまま、ベーケスは床に倒れ込む。
「“早い”と”遅い”…………女としては、早い方が好ましいがね」
何が起こった――部下達と同じことが自分の身にも置きたことに気付くまで、然程時間はかからなかった。
「宮廷錬金術士…………!!!」
仰向けで倒れ込む自分を見下ろしながら、軽口を叩く調子の少女を見上げ……その姿が授かりし称号の名を口にする。
宮廷錬金術士――アルカディア王国最高機関の一つ『王立錬金大術院』の長。その幼い容姿に似合わぬ……自分と同等の地位を持つ少女『ラキア・マクルス』。
自分の嗜好とは大きく異なるが、それ故に『いつか味変として』抱いてみたいと考えていた…………可憐な少女。
「……………………無様だな」
眼鏡越しの幼さを残す瞳は、コチラの心中を見透かされているかのような聡明さに溢れている。
「無色無臭。麻痺薬を気体化させたボクお手製の“麻痺煙”――これが、この部屋には充満していてね」
パタン――開きっぱなしの扉に歩み寄ったラキアが、扉を閉める音が響く。
「しかし煙を撒いてから少し時間が経っているから、他の連中より効果が薄い。
だがそのおかげで……こうして、お前と会話する時間が出来たという訳だ」
「な…………に……を……」
「ちなみにボクはこの麻痺毒に犯されぬよう耐性を付けている。
――まぁ、毒を扱う者としては当然だね」
「貴様っ………………!! どういうつもりっ……!?」
かろうじて、口は動く。
そして身体も――
トスッ――。
そう思い、仰向けのまま傍に転がった聖剣に伸ばした手から、小気味良い音が鳴った。
「………………あ?」
遅れて、見る。
そこには、手の甲を貫く形で刺さる短剣――
「~~~~~ああああああっっっっ!?」
床に留め付けられる形で刺さった短剣から、激痛が伝播していく。
「うるさいなっ…………と――」
トスッ。
そしてもう片方の手も、強引に引っ張られて短剣で一刺し。
「あっっっっぎゃあああああっっっ!!!!!」
脚こそは自由だが、両手を広げた形で床に縫い付けられている様子はまるで処刑前の罪人であった。
「誇り高き王国騎士…………そんなことを言っても、所詮は人間だな。
アレか? ひょっとして“久しぶりだから痛い”――とかいうやつか?」
今の地位に付いてから。
この身体を支配するような……命の危険を感じるような痛みは、久しぶりだった。
「それは女が言うから成り立つセリフなんだけどね」
無様に涙を浮かべるベーケスに対し、冗談を飛ばすラキア。
その言動の違いこそが、今の状況における上下関係を否応無く彼に理解させていく。
「コイツは貰っていくよ」
そしてその理解と激痛をベーケスにもたらした張本人は、彼が手を伸ばしたが掴むこと叶わなかった剣をを奪い取った。
「おっ――とと……」
だがその剣――王国騎士団の頂点しか持つことの許されない神器の重さに翻弄され、
「お、重いな」
小さな身体をふらつかせる。
その様子はまるで過ぎた買い物をしてしまったが故に、帰り道で苦労するおつかいを頼まれた少女のようであった。
両手で持ち直そうとしている物が、神器という代物でなければ……。
「………………ちっ」
そして観客をヒヤッとさせるよろめきの舞踊を数秒見せてから、彼女は両手で剣を持ち続けると無駄に疲れることに気付いて……カシャン――剣を少し離れたところに放る。
反響する金属音が静まったタイミングで、
「どういうつもりだっ………………貴様、一体何をしたっ!?」
ベーケスは声を荒げる。
その声には“計画”が予定通りに動いていない――そんな今の状況を作り出したのがラキアであるという確信を含んでいた。
「私の“計画”の妨害をしたのは…………何故だっ……!?
誰の差し金だっっっ………………!?」
しかし少女は鼻で嗤う。
「“計画”? 何を言っているんだ? お前は“従っていた”だけだ。
“計画”だなんて言葉を使って、あたかも自分が事象の中心人物であると騙るのはやめたまえ」
「…………っ……!?」
「勿論――お前にどうこうしても裏への足がかりを得られるとも思っていない。何故ならその存在をお前は知りもしないのだから」
何を言っている? 脳内が疑問符だらけの男を見下ろしながら、ラキアは顔に掛けた大きな眼鏡の位置を上げて調整する。
「まぁそんなことは良いだろう――お前の質問は『ボクが何をしたのか?』だったな?
それを説明する為にはまずお前が何をしようとしていたのか――それを白日の下に晒さなくてはならない」
眉を上げて息を深く吐き……ラキアは懐に持つ、宮廷錬金術士を象徴する神器『悠遠の門』からとあるモノを取り出し、
「…………特段大したことはしていないがな」
それを見せつけ言い放つ。
とあるモノ――それは、教会のシンボルがあしらわれた装飾品。
教会の信徒が肌身離さず身に付ける代物。
「今王都中がパニックに陥っている理由は、“突拍子も無く魔物が現れた”から。
それを実現させるのに欠かせない目印が、コレだ」
「………………っ」
淡々と説明する様子は、彼以上に少女がその仕組みを理解しているのだと思わせられる。
「ときに――『異能』…………この言葉に、心当たりは?」
そして突然の問いに、ベーケスはただ困惑する。
「………………は……?」
無理もない。
勿論『聞き覚え』であればあっただろう。何故ならそれはおとぎ話等で稀に聞くような言葉である。しかし『心当たり』となると……皆無である。そもそも今の子の状況で何故そんな言葉が少女の口から出てくるのか、その意味すら分からない。
「………………うん、無いだろうね。
お前はたかが“末端”――知らされる訳が無い」
末端。
そんな烙印を、王国騎士団長に押せる人間がこの国にどれほど居るだろうか?
「こんな大規模の――魔物の軍勢を一斉に王都に呼び寄せるなんて、異能者で無ければ不可能だ」
だが小さな身体の少女は何の躊躇も無くそれを押した。
烙印を押された理由も背景も理解できないが、ただ自分が劣っているということを突きつけられた事実だけにベーケスは怒りを深めた。
愚者特有の機微。事実、彼の耳にはラキアの言葉は半分程も届いてはいない。
「…………で、その異能の重要な鍵となるのがこの『目印』。
コイツを王都中にバラ撒き、目印を頼りに魔物を召喚する。まぁ召喚というより転移というべきか。
王都周辺…………迷宮等で捕らえておいた魔物を特定のタイミングで王都に転移させる。そしてお前はその『目印のバラ撒き』と『転移させる魔物を捕らえる役』をこなしていた――という訳だ」
ジャラッ……手に持った装飾品が、ラキアの手の中で妖しく音を立てる。
「裏で手を回して『非正規クエスト』を発注し、目印を仕込んだ荷物の運搬を冒険者達に行わせる――うん、単純だけど良い方法だと思うよ。
……だからボクも同じことをした訳だ。お前の部下から目印の設置場所と召喚される魔物の種類を“自白”させ、その近くに丁度『フル武装した戦闘力を持つ人間』が居合わせられる――そんな『非正規クエスト』を発注した」
「…………なっ……!」
愚かな怒りで頭がいっぱいの男も、流石に今の言葉で我に返る。
「馬鹿なっ…………たかが冒険者――王級の対処など………………」
「その通り。だが王級が召喚される場所を事前に知っていればいくらでも対処出来る。
……簡単なことだ。そこには学院生達を配置すれば良い」
王都の主戦力である魔導士団、そして騎士団の大部分が大規模遠征に出立した今日。
街の防衛・治安維持の為、学院生には特別なクエストが発注されている。主にそれは街の巡回であり、ラキアの地位を活用すればその巡回経路と人物を“調整”することが出来る――のだが。
「………………学院生だと?」
それでも。
彼にとってラキアの言葉は説明になっていなかった。
「ふざけるなっ……!!
温室育ちで腑抜けのエリート“様”如きにっ…………!! 敷かれたレールをそのまま歩くことしか出来ぬ無能共に……!!!
こんな“想定外”を、どうにか出来る筈が無いだろうっ……!!!???」
ベーケスの脳裏に浮かぶ、学院生の姿。
生まれ持った環境に甘えきり、その恩恵を貪り怠惰な日々を過ごす腑抜け達。貴族をはじめとした上流国民達。運が良かっただけの者達が、まさか。
「…………お前は何も分かっていない。
……いや………………分かる筈が、無いか」
しかしその荒げた声に動じる事無く、少女は当然のことを口にするように淡々と告げる。
「“欲望に対して忠実な”お前に。
“欲望を制した”者がもたらす結果なんて……分かる筈が無い」
少女の脳裏には、一人の少年の姿。
その少年が周囲へ与えた影響の大きさを、この男は想像することすら出来ない。
「お前も馬鹿だな――今の立場、生活でも十分に欲望を発散出来ただろうに。
騎士団だけじゃなく、魔導士や錬金術士……貴族の娘――それだけじゃ飽き足らず、他の国の女――もしくは修道女か? まぁどちらにしても…………どうせ今回はそんな“斡旋の類”を餌に釣られたんだろ?
…………歯止めの利かない欲望で、身を滅ぼした……な――っ!」
――カシャンッ。
話しつつ、ラキアは僅かに離れた場所へ手に持っていた装飾品を投げた。
ベーケスが足を向ける先、数歩分の距離。
「召喚の仕組みは単純――召喚したいタイミングで“特定の魔力”を注ぎ『起動』させるだけ。そうすれば、」
カッ――閃光と共に、先程王都を襲ったのと同じ現象がこの場で再現された。
「グルルッ…………!!」
コバルウルフ――エリートにとっては雑魚同然。しかし街に住む者の大多数から見れば、格上の魔物。
その姿が一瞬にして現れた。
「魔物が召喚される。何かの役に立つと思って、扱いやすい魔物を召喚できる目印を前もって回収しておいたのさ――この『悠遠の門』なら、収納すれば外界からの魔術的干渉を受けないからね。
異能者が王都中に“目印を起動させる為の魔力”を展開した時も、ボクが持つ目印は神器の特性によりその魔力を浴びることを逃れたという訳だ」
目印を起動し召喚を実行する為の魔力展開――ラキアは知るよしも無いが、それは偶然にもヨハンが作り上げた簡易版探知魔術と似通った手法が用いられていた。
己の魔力を薄く展開――そうすることで目印に魔力を浴びせ、仕込んでおいた“事象”を実行するという手法。
「…………………………っ……!」
だがベーケスには既に、ラキアの言葉から様々な憶測を立てる余裕は失われていた。何故なら自分は今動けぬ状態。そこへ現れた魔物の姿を認め、乾いた息を呑む。
「(まぁ…………どうしてボクの魔力が起動する為の“特定の魔力”として判定されているのかまでは…………説明してやらないけどね)」
しかし、ラキアは悠々とした態度を崩さない。
理由は単純。
「グルッ…………アァッ…………!?」
部屋中に充満した麻痺毒。
汚染された空気が、即座にコバルウルフの身体の自由を奪うと確信していたからだ。
「は…………はは…………っ……」
それを見て、自分が捕食される未来――それを回避出来たと思い、ベーケスの胸中には僅かな安堵が生まれる。
だが、
「…………安堵しているところ申し訳無いのだけど」
ラキアは僅かに語気を荒げながら……ドンッ――!
「っ……!!」
仰向けで転がるベーケスの鳩尾を踏みつけた。
「ココからは、ボクの個人的な感情を発散させる時間だ」
そしてそのままの姿勢で……懐から液状の薬品が入った瓶を取り出す。
それを開封し――
「――っ!」
バシャバシャッ…………まるで花に水を与えるかのように注いだ。
注ぎ先は『ベーケスの股間』。
「き、貴様っ」
小便を漏らしたかのように股間を水浸しにされた騎士団長は、男として……騎士としての…………尊厳を傷つける行為に、困惑と怒りを同時に抱く。
「肉食の獣というのは」
しかし男を見下ろす幼き少女は教鞭を取るかのように言葉を紡ぐ。
「獲物を捕食する時――内臓から喰らう習性を持つ。これは腐敗が進みやすい部位であると同時に、柔らかくて食べやすく栄養価の高い部位でもあるから……という説が一般的なのだが」
紡ぎ……ニヤリと……笑みを浮かべる。
「それを前提に考えて欲しい。今のお前と魔物との位置関係――つまり、魔物と一番近い“内臓”はどこだと思う?」
「………………ヒッ――」
一瞬にして、男の顔から余裕が失われた。
足の先、数歩離れた位置からズリ……ズリ…………と身体を引きずってゆっくり近づいてくる魔物。
ソイツがこのまま近づいて来た時に、一番最初に標的になるであろう内臓…………それは、足の間にある――
「そして今、お前の股間に掛けてやったのは――この部屋に充満する麻痺毒の解毒剤だ。
つまりボクは、魔物が獲物の股間を真っ先に喰らいたいと思う本能を加速させたのと同時に、お前に生き延びる道を与えてやったということだ」
「………………っ……!」
絶望と恐怖の中に見えた光明。
男の表情にはもう、体裁を取り繕う意思は見られない。
「生き延びたければ。お前の際限の無い欲望を発散する為の大切な部分を失いたくないのなら…………舐めるんだな。
自分のモノを、自分で」
「~~~~~~~~っっ!!!」
その言葉を皮切りに、ベーケスは動かぬ身体を必死に曲げようと試みる。
自分の顔を股間に近づけようと――そして股間を濡らす液体――解毒薬を摂取しようと。
「さぁ競争だぞ。魔物がお前の股間に牙を突き立てるのと、お前が自身の股間に舌で愛撫するのと、どちらが早いのか」
彼らから少し距離を置き、しゃがみながら膝に頬杖をついてその光景を眺める。
「んっ~~~~~!!! んんんっ~~~~~~~!!!!」
ベーケスは必死に、舌まで伸ばして……己の股間を舐めようと試みる。
しかしその努力は虚しく……プルプルと身体を震えさせるだけで、コバルウルフの方がリードを奪っているように見えた。
「頑張れ、頑張れ…………フッ――そんなに必死に舌を伸ばして……そんなに自分のモノを舐めたいのか?
…………あぁ、噂によればお前は舐めさせるのが好きらしいし…………うん、それなら納得だ。舐めさせるのも、自分で舐めるのも対して変わらないだろう――案外、一番良かったりするかもしれないな?」
少女の顔に浮かぶのは、純粋な嘲笑。
同時に、この男に尊厳を犯された女性達がこの光景を目に出来ないことが心底残念だと……少女は思った。
少女の行動とは別関係に、彼女が抱いていた“個人的な感情”――それは立場の強い男が弱い女を好きに弄ぶことへの嫌悪感。弱者を代表して――なんて大仰な気持ちはさらさら無いが、それでも彼女は感情を発散させる為に男の尊厳を破壊する。
「へぇ…………へっ…………ぇぇ………………」
伸ばした舌が、乾く。
代わりに見開いた目が潤んでいく。
恐怖……屈辱……絶望…………必死に身体を曲げようとしても、舌を伸ばしても……届かない。
そうしている間にも、コバルウルフが麻痺に犯された身体を引きずって近づいてくる。
「ゃだっ…………ぃやぁ……………………た、たすけっ…………ひゃだぁ…………!!」
貫禄も威厳も何もかも失い。
男の欲望と象徴を示す部位を損傷し喪失する恐怖に、喚き叫ぶ事も出来ず…………ただ涙を流して嘆願する。
「……………………」
彼女にとっては“かりそめ”だったとはいえ。
面倒を見てやった大術院の錬金術士の数人が、この男の毒牙にかけられていることを知っている。
名も、顔も知らない女性達がこの男に支配されたということも知っている。
嘲り笑いこそしたものの……ラキアの心が、その光景で満足することは無かった。
こんなことをしても女性達の傷が無かったことになる訳では無いことを、実際に行動することで悟ったのだ。
「やだっ……ぃやぁだっ…………!!」
「……………………はぁ……」
短い溜息と共に、ラキアは神器から爆破ポーションを取り出し――投げつけた。
「キャンッ――」
ドォゥッッ――!
空気に触れ、軽い衝撃を与えられたことでその薬品は爆発を起こす。
その爆破の衝撃は、短い断絶魔と共にコバルウルフの肉体を粉々にした。
トサッ――一瞬の間を置いて、ベーケスの股間に何かがのしかかった。
それは、爆破により引き千切られたコバルウルフの首から上――まるで亡霊のように見える、獰猛な魔物の生首。
「ヒッ――」
先程まで去勢の恐怖に晒されていたからだろう。
食い千切られずに済んだことを理解する前に、この世で最も大切なモノに牙が到達したと錯覚して…………ベーケスは本当の小便で股間にシミを作りながら――気を失った。
過呼吸にも到達できぬ程短く息を吸い、泡を吹いて……。
「………………さて」
無感動にその様子を見ながら、ラキアは放った聖剣の元へ歩く。
そこで、
「…………うん?」
ラキアはその聖剣の刃渡りが『丁度良い』サイズに変化していることに気がついた。
先程までは、大の男――持ち主であるベーケスにとって丁度良く、小柄なラキアにとっては両手剣と考えてもオーバーサイズだった筈なのだが。
「(『聖剣』…………どうやら、所有者と認めた者にとって最も扱いやすい大きさに、その姿形を変化させるのだな)」
その事象を、ラキアは冷静に分析する。
もとの所有者であるベーケスに屈辱的な仕打ちを行ったうえに気絶させた……ある種の決闘の結果を神器が認識し、彼女を新たな所有者として認めたということなのだろう。
彼女は既に神器という規格外の魔導器に触れている者――この辺りの対応・分析力は既に培っているのだ。
「…………………………」
チラリ――と、気を失って倒れる騎士団長を一瞥する。
片手で扱うに丁度良い、ダガーよりも長く両手剣よりも短く軽い『ショートソード』に分類されるサイズ感に変化した神器を、刃を収めた鞘を掴んで立ち上がる。
「きっと……アイツが居なかったら、お前の思い通りの未来になっていた筈さ」
言わなくても良い――聞いている者も居ない――だが、コレだけは吐き捨てなければと、少女は思った。
もし彼が居なかったら。確実にこの王都は魔物が住人達を殺戮し、地獄絵図となっていただろう。だがそうはならなかった――その理由を。
「変えられたんだよ。
数え切れない程の悲劇が生まれていた筈の未来は」
紡ぐ言葉の矛先は、目の前の無様な男だけではない。
どこか自虐的な色が声を染める。
「たった一人の少年の禁欲。それが、大勢の人間を変えた。その変化は、最悪の未来から街を救ったんだ」
変わった者――変えられた者――自分自身もその一人だと、ハッキリと自覚したうえで口にする。
確固たる確信を持って。
「つまり――オ◯禁で――未来は変わる!!」
………………そう、大きな声で叫んではみたものの。
大部屋に声が響いて……消えた辺りで。
「(………………ボクは、一体、何を、言ってるんだろうね?)」
ラキアは自分の口から出た言葉のバカバカしさに、一人首を傾げるのだった……。




