4-12 頂きへ至った者①
「………………っ……」
遠い喧騒の中。
学院序列第一位に相応しい魔力を失い、小柄な少女の拳に沈んでいた少年――ヨハン・メンザーは目を覚ます。
むくり……ゆったりとした様子で身体を起こす。
まだ盛られた薬による痺れが残っており、満足に身体は動かせない。
だが――
「……ふぅ……………………」
“頭”は違う。
短い息を吐くと同時、少年は片膝を立てて地に座る。その立てた膝に右手を乗せて、額に人差し指を当てる。そこを中心に、思考が広がっていく感覚。
どこまでも澄み切っていて、
「…………45.450721秒…………といったところかな……」
どこまでも深遠なその思考が――脳が――自分が気を失っていた時間を、正確無比に認識する。
気を失う前と今。
空を照らす太陽の位置の、僅かな違いだけで割り出したのだ。
「(凄いな……ここまで“強烈”なのは、初めてだ…………)」
常人には不可能な芸当――それを可能とした洞察力に思考力。
それを己に与えたチカラの名を――現象を――彼は敢えて言葉にした。
「『賢者 ★時間』――!!」
賢者時間。
それは男であれば必ず備わっているチカラ。発動条件は言わずもがな――『性的絶頂』。
皆も経験があるだろう。
絶頂した直後、世界がまるで透き通るように見通せたことが。
解けなかった問いの答えが簡単に浮かんできたことが。
世界の真理に近づいたことが――。
このチカラの源流は、原始の時代にまで遡る。
人は皆、交尾の際は丸腰であり隙だらけ。無防備であることは疑いようもない。
……となると、繁殖に必要な目的を果たした後は、即座に外敵への警戒と戦闘態勢を取り戻す必要があることは想像に容易い。
自分の身を。そして自分の遺伝子を残してくれる女と――将来生まれてくるかも知れない己の子の命を守る為。
身体は虚脱感に支配されながらも、男の脳は賢者の如き思考力を得るのだ。
「(やっぱり自分でするのと……他人にされるのでは…………快感の強さも出る量も……まるで違う…………)」
そしてこの『賢者時間』。発動に至った際の“快感の強さ”に比例して強度が増すという特徴を持つ。
この特徴……考えてみれば当然である。
強い快感を男が感じる……それ即ち、その相手が魅力的であり……そして魅力的に感じるということは、外見や内面のどこかに優れた点があるということを意味する。
そんな魅力的な相手が自分の子を産めば、その子は母親の優れた特性を引き継ぎ――より優れた遺伝子を持つ者と交配できる機会に恵まれる。
己の種の繁栄という観点において、快感の度合いで相手を守る為の本能である賢者時間の強さが変化するのは、生物として至極自然な設計なのだ。
「あぁ…………時が見える…………」
そして思い出して欲しい。
パンツを大量の白濁汁で汚した、このヨハン・メンザーという男が身に宿す異能がなんだったのか。
『禁欲魔導』――オ◯禁をすれば魔力が強化される異能。
そして副産物として、オ◯禁をすると男が得られる効能をも強化する。
…………これは、絶頂後の男に等しく与えられる賢者時間も同様であった。
オ◯禁をしなかった場合と、オ◯禁をした場合。
前者と後者で発射時の快感の強さは差があって当然。
つまり、賢者時間も異能『禁欲魔導』の恩恵が適用される――!!
「過去も…………未来も………………そして、今も」
全く意味のないセリフが無意識に口から漏れる程、今ヨハンは思考の深淵へ没入している。
言うまでもなく、ヨハンは童貞。
手で他人に絶頂へ導かれるなんて体験は、生まれて初めてだった。
コレまでに経験したことのある絶頂は己の手による発射のみ。勿論、不意の暴発経験こそあったものの、それは誰かの手に触れられての事ではない。
故に、今回の賢者時間はレベルが違っていた。
人生で最も強い、これまでに経験したことのない発射後の虚脱感。同時に訪れる、時の制約をも上回る超高速の思考。
「推理開始――」
そして彼は、過去の記憶……目にしたモノ……予想される展開――それらの材料を基に分析を始める。
「――完了」
即座に、完了。
考えるべきことは考え尽くし、考えなくても良いことはそうであると結論づけて、自分が今から取るべき行動を決定した。
「――っ……!! ……………………はぁっ…………!!!」
同時に、彼の身から賢者時間の恩恵が失われた。
男が皆等しく得られるこのチカラ――個人差はあるものの、その効力時間は短いことが常である。
「……ラキア………………!!!」
異能による第一位に相応しい膨大な魔力も。
一時的な強化も失い、真に凡人へと成り下がった少年は、それでもなお一人の少女――友の名を口にする。
痺れの残った身体を引きずり、白濁でドロドロの下半身に不快感をおぼえながら、それでも彼は……進む。
「(まずは騎獣の確保……)」
彼が貧乏故に身に付けた、借り物を素早く手懐ける術。
そして、
「(あとはラキア……お前の居場所を――!)」
凡人の状態でも可能な魔術。
今ある手札だけで、彼は状況を打破する為に動く。
「…………絶対………………説明してもらうからな……!」
術式を展開――それは、第一位の魔導士としてはあまりに弱々しい魔術。
だが水臭い友を追う少年としては、最上の一手であった。
……事態は動き出す。
それに呼応するように、ドロドロだったヨハンの下着の内側はカピカピに乾き始めていて――




