4-9 おまいう
「………………ふぅ……」
全身を包む倦怠感。同時に残る快感の余韻。
それらは全て、男の滾りを解き放った時の感覚であり、
「(めっちゃ濃いの出た…………)」
その感覚の“強さ”は、彼が今までの人生で味わってきたモノとは一線を画していた。
自分でするのとは違う――他人に導かれて到達するだけで、こんなにも違うものなのか。
「コレで…………キミはもう、あの反則的なチカラを振るうことは出来なくなった」
ヨハンを見下ろし、今しがたヨハンをこの感覚に導いた右手の指先を唇に添わせて口角を上げる少女。
未だ動けぬ状態の少年は、腹上に乗るラキアに向けて静かに言葉を掛けた。
「ラキア――まずは一つ、良いか?」
「うん?」
「素直に…………感謝です……」
「………………は?」
意味の分からないその言葉に――素直な感謝を誠実に伝える言葉に、ラキアは首を傾げて返す。
だがこの意味の無いように思える問答こそが、ヨハンの狙うところだった。
意味の無い会話――それを続けることで時間を稼ぐ。
彼は今、異能『禁欲魔導』の恩恵――三日の充填を経て初めて得られる膨大な魔力を失った。
快感の代償であるこの状況。少しでもマシなモノにする為には、麻痺薬で動かない身体をどうにかするのは先決だろう。
麻痺薬の効果が消える数分間――先程薬を打ち込まれてから、ラキアに股間を弄られ果ててしまうまでの間……それを考えれば、数十秒稼げれば身体の自由は取り戻せるはずだ。
「ひょっとして時間稼ぎを考えているのか?
それなら相当な時間を稼ぐ必要があるぞ? なにせキミはボクの“想像以上”に……早かったからね」
「えっ」
「時間にして――数十秒かな? 少なくとも一分掛かっていない」
「え……えぇぇぇっ!?」
「驚きたいのはボクの方なんだけど? あまりの呆気なさに……フフッ――少し笑ってしまうくらいだ」
「うぅ…………」
………………僕の射◯所要時間…………短すぎ?
ショッキングな事実。男のプライドが傷つき……そしてこんな幼い見た目の少女にその“男としての実力”を笑われたことで、心が沈む。
「ついでに言っておくと、身体が動かないからと言って無理に魔術でどうにかしようとしないことだ。
この麻痺薬は身体の神経系にも影響を及ぼす――繊細な魔力や魔術の操作は難しいはずだよ?」
「――っ」
その言葉が意味するところ。
目的の分からないラキアを、例えば身体を動かせない代わりに魔術で尋問を試みようとしたとする。そうした時に、魔術の操作を誤ってしまったら? 結果……ラキアを必要以上に傷つけるかもしれない。
その、懸念。ヨハンが友情故に二重の意味で動けなくなってしまう――その気持ちすら利用する狡猾さだった。
繊細な魔力操作が難しくなるという話が本当かどうかを、ヨハンが確かめる術は無い。だが懸念が生まれた時点で行動を縛ることが出来る。
「…………いつから、知っていた?」
ヨハンは観念した態度を取りつつ問う。
ずっと考えていた――少女が自分を手で暴発させた理由。そして……この身に宿る異能のことを、
「キミが、異能者だということを――か?」
どうやって知り得たのか。
それも、禁欲という――『反則的なチカラ』を得るための条件まで?
「それは決まっているだろ? キミとボクが最初に出会った日さ。
なにせキミはボクの裸を見て…………射◯――いや、キミは暴発と呼んでいるんだったか。とにかく、その時がキッカケさ」
あの時のことを思い出したようで、ラキアは僅かに恥ずかしそうに頬を染めつつ続ける。
「ボクの眼鏡を通してキミを見ると…………常人ではありえない量の魔力が――キミのその……股間を中心に、溢れているんだ。普通は股間ではなく、全身から満遍なく……という感じなんだが」
「(えっ!? そうなのっ!?)」
なんかそれ、ちょっと恥ずかしくない?
「最初にキミを見た時は、魔力の源流が少し個性的なだけで……相当に優秀な魔導士なのだろうと思った。まぁ実際そうだったのだが……あの時」
「(充填三日分の魔力が――)」
「“小さくなった”――あんなに大きな魔力『デカ魔力』が……あの瞬間に」
……確かに。
確かにヨハンはあの瞬間、暴発と叫びながら下着を汚した。しかしそれだけで『魔力が小さくなった』ことと『射◯した』ことを結びつけることが出来るか?
「フフ……キミが考えていることは分かるぞ?
その疑問の答えは――」
そう言いつつ、ラキアは得意げに笑いながら……形の良い小さな鼻を指先でトントンと叩いて示す。
「優秀な錬金術士である証――『優れた嗅覚』……さ」
「――!?」
ヨハンは驚愕に目を見開く。
いや、だって、それは――
「キミが『暴✩発!』と叫んだ瞬間に漂ってきた……あの独特な生臭いニオイ――ボクの鼻が嗅ぎ逃す訳ないだろ?」
「(ラキアが…………僕のアレのニオイを……)」
その事実に、少しだけドキリとしながら続きを聞く。
「勿論それだけじゃ、キミの異能とキミがその……“そうなった”のと、関連付けることは出来ない。
……ところでキミはボクに、異能のことを体質だと偽っていたね? そう……『定期的な周期で魔力が増減する体質』――と」
「…………っ……」
暴発直後の苦し紛れの嘘。
思えばアレも、バレバレだったのだろうか?
「キミの宿、風呂が無いだろう?」
「…………は? な、無いけど……」
突然の質問。何が関係しているのだろうか?
「三日周期で増減する魔力――そう――その減少した日に会うと……僅かだが漂ってくるんだよ。キミの生臭いニオイが」
「えっ」
「宿に風呂が無い故に、帰宅する時に大衆浴場へ寄って入浴を済ませる。そしてその日の夜に――」
「(男磨きを…………寝る前に、する――!!)」
ようやく、ヨハンは己の習慣に致命的な欠点があったことに気づく。
「どれだけ綺麗に後始末をしようとも。ボクレベルの錬金術士の嗅覚は誤魔化せない。
勿論、ボクはその三日間の周期から外れた“例外”だって見逃してないぞ?」
「…………まさか」
「その、まさか。
まぁ思い出すだけで恥ずかしいのだけど……例えばボクが油断して下着を覗かせてしまった時。はたまた――よくもまぁこんな真っ平らな胸で……とは思うのだけど、屈んだ拍子に緩んだ胸元からチラっと見えてしまった時。
そういう時にキミはいつも……トイレに駆け込んでいたよね?」
「やめて」
「そしてトイレから出てきたキミは……いつも一息ついたような、スッキリした顔で戻ってくる。
魔力が最も小さい――そんな状態になりつつ、生臭いニオイを漂わせながら、ね」
「やめてええええええええぇぇぇぇぇ!!!」
なんだろう! 自分の性事情が筒抜けになっていることが、こんなにも恥辱を感じる物だったなんて! もう異能のことがバレてるとか関係なく! 死にたい!
それもこれも貧乏が悪い! 風呂付きの宿さえ借りる金があれば! そもそも宿じゃなくて自分の家があれば! 男磨きしてたことバレなかった!
こんな幼い見た目の女の子に自分がシ◯ッたことが即バレしてて……しかもそれを黙認されていて!?
…………え、ナニソレちょっと興奮する……!?
「どうしてキミが恥ずかしそうにするんだ! 恥ずかしかったのはボクの方だぞ!」
「そ、それはそうですよねゴメンなさい」
それは本当にその通りなので素直に謝罪する。素直に射◯するのと同じ――そう、素謝だ。
「でもまぁ恥ずかしいというよりちょっと興奮――」
「あんっ!?」
「ごめんなさい」
調子に乗るのは、辞めよう。
「まぁ、いいよ。悪くない気分ではあったし……」
「え?」
「あっ――んんっっ!!」
神妙に謝罪するヨハンは、その早口を聞き取ることが出来なかった。
なので聞き返すと……ラキアは慌てたように咳払いを一つ。
そして、
「と、ともあれ!
……実際に自分がこの手で、この目で確かめた今はもう、キミの異能の正体は予想通りだと分かった。コレでキミはもう……戦力にはならない。
ボクのことを止めようと思っても……止められない」
決して聞き逃がせない言葉を口にした。
「止めようと思うようなことを…………するのかよ」
低い声で問う。
それに怯むことなく、
「…………ボクはこれから、神器『聖剣』を回収しに行く」
「――!?」
ラキアは淡々と、堂々と告げる。
「ボクの“やるべきこと”――それは『聖剣』と、既に持っている『悠遠の門』を持ち帰ること。
そうすれば…………」
「ちょっと待てっ――なんだっ……!? ラキアお前、何を言ってる!?」
だが混乱するヨハンの言葉に、返答は返ってこなかった。
「…………コチラの目的や都合、その全てを話すつもりは無いよ。
ただ――今からボクは騎士団長を始末して、二つの神器を所有することになる。
特に……魔導士の天敵である『聖剣』を持っている相手を、今のキミがどうこう出来やしない。
ボクの言いたいことは、分かるね?」
「………………分からないね」
ヨハンはラキアが噤んだ言葉を正確に察しながらも……促した。
そうすることで、彼女の気持ちを推し量ることが出来る気がしたから。
欲望を吐き切ったことで澄み切った目で――ラキアを見つめる。
「…………キミを、殺したくない」
だが見つめても……彼女の真意は分からなかった。
「もし異能の恩恵を受けていたら……『聖剣』を持っている相手にも勝てる見込みがあれば、きっとキミはボクを止めようとしたはず。
だからそうならないように、キミの……その、男性器を触って無力化したんだ。勝てる見込みのないことをする程、キミは馬鹿じゃないはず。
だから――だから――」
何故……そんな悲しそうな顔をしているのか――
「大人しくココで…………ボクの手◯キの余韻に浸りながら、寝ていてくれよ?」
「えっ――ちょっと女の子の手◯キ発言とかエッチ過ぎ――」
「~~~~っっうるっっさいぞっ!!」
――ドゴッ!!
それを深く考える間もなく、ヨハンの無防備な顔面に拳が振り下ろされた。
少女とはいえ。筋力強化のポーションの効果が切れているとはいえ。
思わず口走ってしまった淫語――それを空気を読まない男に指摘された少女が、恥じらいを誤魔化す為の……所謂火事場の馬鹿力的な勢いが籠もった一撃。
鼻を潰さんとする拳がそのまま、石畳と挟む形で彼の後頭部へ衝撃を与える。
そうなれば――
「寝てろっ! この……禁欲馬鹿の変態っっ!!」
――ガクッ。
顔面と後頭部に強撃を受けたヨハンの意識は刈り取られることになる。
その意識が喪失していく。
そしてラキアが立ち去っていくのが明滅する視界で捉える……その最中、
「(人に麻痺薬ぶち込んで、無理矢理手で搾り取ってきたヤツに……変態なんて言われたくないんですけど……!?)」
そんなことを考えてしまったのは、当然のことだろう――




