4-7 手仕事
「はぁ…………はぁ……!」
“全ての作業”を終えて、流石のヨハンも肩で息を吐く。
充填三日目という本来なら同性をも魅了する筈のスマートさは、少々乱れており……首筋にはじっとりとした汗が滲む。
「流石の学院序列第一位も――応えたみたいだな」
「…………当たり前だろ………………常識的に考えて」
「その常識ってモンが通用する側の人間じゃねーんだよ、アンタは」
しかしその余裕無く疲労を見せるその姿は……また違った意味で、好印象なのは言うまでも無い。
「……取り敢えず『大動脈』は問題なさそう…………か?」
軽口の応酬は程々に、辺りを見渡して状況の把握。
「そうだな。雑魚は俺等で片付けたし、アンタが王級を始末してくれた。
いやぁ――いとも簡単にデカブツ共を殺してる姿は圧巻だったぜ? おかげで逃げ遅れてた住人達もパニックを起こさずに避難出来たくらいだ」
「あの人達、世間話しながら避難してるくらいだったわよ?」
「衛兵達も感謝してたぜ」
「『流石学院生!』――なんて……正直、貴方を基準にされると困るけどね」
他の三人のメンバーも一仕事終えた様子で集まってくる。
「はは…………」
輪の中心で苦笑いを浮かべながら……ヨハンは次に自分がやるべきことを考える。
脳裏によぎる、顔があった。
エヴァ達の顔――セレフィナ――そして。
「(ラキア……)」
ずっと抱いていた疑念……というより、手洗いに行くと言ったまま姿が見えない状況。
直接的な戦闘力に長けている訳では無いはずだが、彼女も宮廷錬金術士の称号を持つ者。よほどの大物に遭遇しない限り、自分の身は守れるだろう。
それとも“別の理由で”身の安全が保証されている――か。
……ともあれ。
「…………俺はこれから、魔物を片付けながら――はぐれちまった知り合いを探す。
お前たちはどうする?」
今後の方針を端的に伝え、皆の行動を促す。
おそらく……ラキアの元に向かうなら単独が好ましい。その方が、彼女の真意を問える気がするのだ。
「まぁ……避難誘導しつつ、魔物を片付けていく――だな」
代表して答えられた言葉に、肯定の意を込めた頷きが三つ返ってくる。
それを合図に、四人の学院生はその場を素早く離れていく。
残されたヨハンは、
「(取り敢えず……ラキアが手洗いに向かった方向に)」
魔物が出現する少し前に、お茶の席を立って彼女が向かった方向へと走る。見渡せるこの辺りはもう魔物は居ないが、入り組んだ路地であれば万が一ということもあるだろう。
僅かに警戒心を残しつつ駆ける――すると、
「――!」
目的の方向――そこの路地に入ってすぐに……見つけた。
「ラキア!」
何故かずぶ濡れで……石造りの道に座り込み、壁に力なくもたれている少女の姿を――
◆◆◆
「お、おい! ラキア大丈夫…………かっ……!?」
ヨハンはそんな少女の姿を見て。
まずは抱いていた疑念――それが吹き飛んだ。何故なら今の彼女は、
「あ……あぁ…………大丈夫……」
まるで“高熱にうなされる病人”のような様子だったから。
頬には朱が差していて、目は少し潤んでいる。
先程別れた時とは異なる様子に、ヨハンは身体の具合を確かめる為に彼女の身体へ視線を移す。
すると、右腕のローブの袖がまるで食い千切られたように破れているのが見て取れた。そのせいで左は長袖、右は半袖という……左右非対称な斬新な服装になってしまっている。
そこから傷一つ無いきめ細やかな肌が見えるので、負傷した訳では無さそうだが……自らローブを破らなくてはならない状況がおきたのだろうか?
だが、そんなことよりも。
「(透っ…………透けっっ……!?)」
今、彼女は“濡れている”。
それはつまり、彼女の身体を衆目から守る衣服の存在意義が問われるような状況であるということ。
ローブを羽織ってはいるものの、彼女の細く華奢な身体は肩出しのワンピースで包まれている。その生地は……少々薄めらしい。
ウエストの位置で革のベルトが締められている関係で、僅かだが胸元はゆったりとしているのが幸いした。そうでなければピッタリとその薄い胸に密着することで、その内側の肌色――もしくは、最悪“ピンク色”が視界に飛び込んできたかも知れない。
そうなれば、暴発は、不可避。
「(まさに…………間一髪――と、言ったところか)」
だがしかし。
暴発を免れたとはいえ、硬化状態は避けられない。
ヨハンはズボンのテントを誤魔化す為にも、しゃがみ込んで……ラキアの具合を確かめる。
当然、白目を剥くのは忘れない。
「どうしたんだラキア……何があった?」
「その目――どうしたんだと聞きたいのはコッチなんだが。
いやまぁ…………少々無理をしたというか、柄にもないことをしたというか」
「?」
熱い息を吐きながら説明するラキア。
おそらく、薬品への知識や使用経験に富んでいれば、ヨハンも悟ることが出来ただろう。
ポーション――それは“摂取した者の治癒力”をベースに作用する代物。これはその最上級の品『創造の精薬』でも同じ。
そしてその効能を得られる速度によって、身体への負担は大きく異なる。
遅効性の薬であれば、身体への負担を限りなく抑えることが出来るのだが、即時効能を得られるような物であれば話は別。全身を襲う倦怠感や痛み等、それなりの代償を支払う必要が出てきてしまう。
そしてその治癒が“身体の欠損を無かったことにする”レベルのものであれば?
激痛――高熱――その他様々な苦痛に耐えなければ、その恩恵を受けることは許されない。
「よ、よく分からないけど…………取り敢えず、そんなびしょ濡れだと……」
「? ………………っ! な、なるほど……?」
だがその苦痛も少しずつ和らいできたか――徐々に顔色が戻ってきたラキアが、再び頬を染めた。今の自分の姿と、それに対するヨハンの反応の意味を理解したからだ。
「むぅ…………今朝あれだけ頑張って髪型も、化粧だって完璧にしたというのに……結局こうして濡れて、髪型も化粧も台無しになっている時の方が反応が良いというのは、何だか複雑だな…………」
「ど、どうした?」
「………………理解出来ぬ男心に対して、女心というヤツを吐露しただけだ」
聞き取れない独り言の真意を問うも、理解できない言葉が返ってくるだけ。
しかし、
「それじゃあ…………キミ、ボクをそこの物陰までおぶって運んでくれたまえ。替えの服は神器の中に入れているから、そこで着替える」
「あ、あぁ――そうだな」
その真意は、すぐに分かることになる。
「(うぅ…………濡れてて、ちょっとイヤらしい…………しかも、ちょっとプニプニした感触が……初めて会った時よりも強く感じられるような……?)」
ぐったりするラキアを背負った時に伝わる感触。
それが、騎獣に二人乗りした時に押し付けられた時と比べると僅かに増しているような気が。
まさか、あれから育って? 絶賛成長中合法ロ◯ッパイ?
……ダメだ。考えるな、感じろ――いや、感じちゃダメだろ。
「……………………」
そんな葛藤に思考を支配されているヨハンを、ラキアは背負われつつ見据えた。
視線の先に、しっとりと汗ばんだ――無防備な首筋が、あった。
――プスッ。
「えっ?」
間の抜けた声が少年の口から漏れた。
チクリとした僅かな痛みが、首筋に走る――刹那。
自分の身体の内側に液体が流れ込む……そんな音が、耳に直接響いた。
その音の正体に疑問を抱く、間もなく。
「あっ…………えっ――?」
――ドサッ。
ヨハンの身体はその自由を失い、そのままうつ伏せに倒れ込んだ。
「(な、何だっ……!? 手が、足が…………動かなっ……!?)」
敵襲? 目玉だけを動かして、周囲の状況を確認する。
ラキアに指示された通り、物陰……つまり、他の者からの視線から逃れられる場所で、今自分は倒れ込んでいる。
この場に居るのは自分とラキアだけ。
他の人物は――第三者は――
「すまないね」
その声で。
背負われていた状態から素早く身を離した少女が、自分を見下ろしているのを見て。
「ラ…………キ、ア……?」
ヨハンは背負っていた、信じていた友人に攻撃されたのだと悟った。
ゴロリッ――ラキアはうつ伏せに倒れるヨハンを仰向けの姿勢になるよう転がして、彼の腹上へと腰を降ろした。
「キミの首筋にこの注射器で――麻痺薬を打ち込ませてもらった。
何、キミをこの危険な王都に、長時間動けない状態にするつもりは無いよ。せいぜい五分程度――身動きが出来ない程度の効果になるよう調整して配合したモノだ」
「な、何をっ…………!?」
いつの間にか懐から取り出していた注射器――それをヨハンに見えるよう掲げてから、放る。
そしてヨハンの顔を覗き込みながら、空いた手のひらを閉じて……開いて……調子を確かめて、
「そういう訳だから……なるべく“早い”と、助かるよ」
そんなことを言って――
「えっ――」
ラキアはその手を。
その細くて……柔らかさを残す、少女らしい指先を。
さわっ……。
動けないヨハンを見下ろしながら、後ろに手を伸ばした。
その手の矛先は、ヨハンの下腹部の更に下。
厳密に言うと……仰向けになったことで、内側からの“押し上げ”が表面化して……テントが張っている、その場所に。
つまるところ現在進行形で硬化状態の“ヨハンのヨハン”――に、彼女の指先が優しく触れた。
「ナ、ナニをっ…………!?」
先程と全く同じだが意味の違うセリフを口にし、動揺するヨハンに囁くように少女は告げる。
「今からキミを――暴発させる」
あまりにも羨ましすぎる絶体絶命――宮廷錬金術士による指先の舞踊が今、始まる――




