4-6 宮廷錬金術士の戦い方①
「エヴァ――!」
傷を負ってへたり込むエヴァの元に、仲間達が駆け寄った。
長髪男前――短髪バカ面――フードの少女。
それぞれ魔導銃、大剣、逆手持ちの双剣――フル装備の、装い。
「…………っ」
その内、大剣を持つ短髪の少年がエヴァの傷だらけの身体を見て……顔を歪めた。
「あ…………あはは………………ドジ、しちゃった……」
決まりが悪そうに笑いながら頬を掻くエヴァに、笑みで返す者は居なかった。
「エヴァ、ポーションは?」
魔導銃を背に回しつつ、冷静に努めながら傷口の具合を確かめるのは長髪の少年。
「持ってる……」
「よし――それじゃあ俺の持ってるポーションも飲んで」
「でも」
「いいから。ホラ、早く」
そして腰元のポーチからポーションを取り出し、素早く仲間に飲ませる。
すると、傷口から微かに水蒸気のような物が立ち昇り……傷口が塞がっていく。
「……っ…………」
「俺が持ってるのは即効性だから……ちょっと痛みが強いかもしれないけど、我慢して」
効きが早いポーション――その聞こえ自体は良いが、身体への負担という面で見るとそれなりの代償を必要とする。全身を襲う倦怠感、痛み……それらに耐えつつ、傷が癒えるのを待つ。
だがそれでも、
「(…………傷跡は……残る……)」
あくまでも彼らが持つポーションは、庶民が用意できるレベルの物。応急処置として傷を塞ぐことは可能だが、その痕を綺麗さっぱり無かったことにすることは出来ない。
また――
「うぅ…………フラフラ……する…………」
「無理しちゃダメ。血、沢山、失ってる」
流れ失われた血の全てを取り戻してくれる訳でもない。傷は塞がり、折れた骨は治癒したものの……今の彼女に、戦いを続ける体力はもう残っていないだろう。
フードの少女がエヴァの身体を支えてやりつつ、淡白ながらも心配を滲ませる声色で諭す。
その心配が、今の体調に対してだけでなく傷痕が残ってしまうであろうことにも向けられていることに気付かない程、エヴァは人に気持ちに鈍感では無かった。
「まぁ〜……なんて言うの? ホラ歴戦の冒険者というか……うん、そういうので案外色気みたいなのが出る可能性も、無きにしもあらず? だし?」
気丈に振る舞う彼女を見て、仲間達は“別れて行動していたこと”を悔いる。
「(…………ヨハンは、傷があったとしても……そんなことで人を判断するような奴じゃ絶対にないけどよぉ……)」
だがそれでも。
エヴァの女心というやつを慮れば、背負う大剣の重さが増すような気がして……短髪の少年は静かな息を吐いた。
「それじゃエヴァは避難しろ。
衛兵が仮設の避難所を作ってるみたいだから、そこに向かえ」
「い、いや…………でも……」
「でも――じゃねぇっての」
その優しい人格故の強情も、仲間は皆お見通し。
そしてその視線が、自分の身を心から案じているからこその物だと理解している少女は、
「…………うぅ……分かったわよ……」
唇を尖らせながら、首を縦に振った。
ヨハンがもしこの場に居たとしても、きっと同じ展開になっていただろう。無理をするというのが、冒険者として一番のご法度なのだ。
そんなエヴァを見て、フードを深く被った少女が彼女の背を撫でながら噛み砕くように伝える言葉があった。
「戦い以外にも、やること、きっとある」
「…………!」
そう――エヴァにとってこの王都は、多感な時を過ごした大切な街。
そんな場所の危機的状況――ご法度を破ってでも何かをせずにはいられない……そんな気持ちも、同様に大きな感情を街に寄せる仲間達は理解している。
「そうだぜ――絶対、衛兵達だけじゃ手が足りない」
「むしろ衛兵よりも顔が広いエヴァが色々手を貸してやったら、避難も潤滑に進むんじゃないかな?」
今の彼女にも出来るであろうことを口添えしてやる。
「…………ん、そうする」
エヴァの表情に、不満や迷いは無くなった。
やるべきことを見据えた少女は、ふらつく足を軽く叩いて――その足取りを確かなものにする。
「みんな――気をつけて」
背中越しに、腕を軽く挙げる。
「おう」
「エヴァもね」
「ん」
短髪、長髪、フードの少女も腕を挙げて、それに応える。
そんな彼ら全員の腕で光る、揃いの腕輪。
腕で鳴ったカシャン――という音を聞いて、エヴァは何故か……胸がざわつくのを感じた。
「(ヨハン…………大丈夫、だよね……?)」
本来なら、心配なんて不要なはず。
あの彼がピンチに陥るなんてことは――万に一つも無い。
今もこの街のどこかで、沢山の人を何の問題も無く救っているに決まっているのだ。
……それなのに。
想い人の身に危機が迫っている――そんな予感が、胸中から離れないのだった……。
◆◆◆
「相変わらず凄まじいなキミは…………ホント、惚れ惚れするよ」
時間通りに“事が”始まったのを確認し、騒ぎの中心を見渡すことが出来て――彼に悟られない程度の距離を取った場所から顔を覗かせつつ、その細い髪を二つに結った少女ラキア・マクルスは感嘆の声を上げた。
少女はヨハンのチカラ任せな芸当を眺める。
一瞬危うい場面もあったが、駆けつけた他の学院生の助けを貰い体勢を整え……今は『作業』に徹している。
凡人なら決死の覚悟と命を捧げて討伐できる魔物を、一体ずつではあるが次々と屠っていく。まるで単純作業のように王級の相手が消し去られていく様子は、希望や絶望よりも先に恐怖を感じてしまいそうになる程だ。
「(それで良い…………“ココ”は、キミ以外にはとても担えないのだから)」
そんな彼の後ろ姿を見ると、先程手洗いに行くと嘘をついたことに罪悪感を覚える。
否――それよりももっと、深い部分で――根本的なところで偽っているという事実に、か。
「(集中しろ…………ココが落ち着いたら、次が真の正念場――)」
心の中で燻る友情と得体の知れない感情をどうにか抑えつけつつ、ラキアは前髪を手櫛で整える。結った髪の具合と顔を彩る化粧が落ちていないか――懐から取り出した小さな手鏡を使って確認する。
そのデートを前にして不安に駆られた歳頃の少女のような仕草。それは今現在、王都が陥っている状況に置いては不釣り合いと言う他無い。
だがラキアにとってはこの仕草こそが決戦前の戦準備であった。
……そんな時だった。
「わあああああっ!!!!」
悲痛な叫び声。
ラキアが振り返ると、水路艇に乗っていた人々がパニックを起こしているのが見えた。
水路艇――それは王都の交通網を支える公共交通機関。その動力は……“家畜化した魔物『牽舟獣』。つまり……所詮、魔物。
本来人の手に余る生物を便利な使い魔として利用していた“仇”――それが現状街を襲った緊急事態をキッカケに、返ってきたのだ。
「クソおおおっ!!!
操縦がっ…………!!」
家畜化された海竜種の魔物が反乱を起こした――なんて状況では勿論ない。突然自分とは生まれも育ちも違う強者が現れたことで、パニックを起こして暴れているだけ。
だがその体躯――家畜化する価値があると認められた力が、見境無く振るわれたら?
水路に浮かぶ水路艇……そのパニックを起こしている牽舟獣と繋がっている船は。そこに乗船している者達は。
「きゃあああああああああ!!!!」
秩序を失った船上で、不確かで見境無く揺れる波に襲われることになる。
「なっ…………!?」
それを見て、ラキアは冷静に状況を把握した。
パニックを起こした牽舟獣を落ち着かせることが出来ない未熟な操縦士。
そして暴れる獣により、転覆しそうな勢いで揺れる船。
その上で落船しないようにしがみつき叫び声をあげる船客達。
だが何よりも――
「(他の船にも混乱が伝播するっ……!)」
周囲にも被害が広がることが、容易に想像できた。
この場所は王都の各地に続く水路線が交差する『大動脈』。数多の停泊所が密集しており、近くには同様の船や牽舟獣も居る。今は熟練の操縦士が魔物を宥めて落ち着かせてはいるが……一刻も早く、この場を沈静化させないと……
「……………………っ」
しかし、ラキアの脳裏には『そんなことをしている場合では』――そんな言葉が浮かんでいた。
“今から自分がやらねばならないこと”を考えると、折角整えた身だしなみを乱す訳には――
「あっ――」
その思考を断ち切る光景が訪れる。
まるで時がゆっくりと流れるように……ラキアの視界にそれは映る。
無秩序に揺れる船から、一人の幼い少女が身を投げ出されたのだ。
落ちていく――裕福には見えない格好の幼女――落ちた先には水路で暴れる牽舟獣――巻き込まれれば――
「っ――!!」
考えるよりも先に身体が動いた。
彼女は右足に力を込め、“一蹴りで”その幼女の元へ跳躍した。
ラキアのような小さな身体の少女が一飛びで……ましてや助走も付けずに、到達出来る距離ではない。だがラキアはそれをやってのけた。
実は身体能力に優れていて――なんて都合の良い理由ではない。ただ純粋に“まだ効果が残っていた”のだ。
つい先程、大通りでヨハンの鼻を砕くパンチをお見舞いする為に飲んだ『筋力強化ポーション』の効果が。
「っっっ――ああああああっ!!!!」
船縁と水路の水面――その間の空中で、落ちていく幼女の腕を掴むことに成功したラキアは、跳躍の勢いを利用して身体を捻り回転させる。
そのまま、
「誰か――受け止めるんだっっ――!!」
ブンッ!
落ちてきた軌跡を辿るように、幼女を真上へと放り投げる。その芸当と声に反応した他の船客が、船縁から身を乗り出して幼女の身体をキャッチした。
「痛っ…………!!」
それを見届けた辺りで――ラキアは自身の右足が砕けていることに気が付く。
筋力強化ポーションはその名の通り、摂取した者の筋力を強化する。筋繊維を増強させるのと同時に、普段人間の身体が自壊を防ぐ為に施しているリミッター回路を外す効果を得ることが出来るのだ。
しかしそれは己の身体の限界以上の力を振るうことを意味する。その負荷は当然『自壊』という結果をもたらすことになる。
「(…………後はコイツを、大人しくさせるだけ――)」
その激痛に耐えつつ、ラキアは懐の神器『悠遠の門』に手を伸ばした。
アルカディア王国の錬金学問最高機関『王立錬金大術院』の長――宮廷錬金術士だけが持つことを許される、掌の上に収まる程の大きさの革袋。
しかしその中には、一つの城を用いても収納しきれない量の物が納められている。その悠遠に等しい空間から、彼女は幾つかの物を取り出した。
一つ目は『創造の精薬』。
角雷鳥竜の角を用いて錬金する、身体の欠損をも治療してしまう最高級のポーション。
ヨハンと出会った日に手に入れた角雷鳥竜の素材を使って密かに錬金し蓄えていた薬だ。
錬金術の大原則の一つ――『薬の素材のとなった者の身体をその薬で治療することは出来ない』。
この原則のせいで、ヨハンが折った角では母親を治療することが出来なかった。故にあの時は幼体の角を使って錬金を行ったのだが……あの日、ラキアは使えなかった母親の角を僅かではあるが回収していたのだ。
結果、錬金出来た数は三つ。その内の秘蔵の一つを、開封し素早く呷って口に含んだ。
それを彼女はまだ飲み込まない。
全てはこの後――この足の痛みを超える事態に備えて。
バシャッ――ラキアの小さな身体が、水面へと入水する。まるで自分達の世界に虫が飛び込んできた時の魚の反応のように――暴れていた牽舟獣が、その目に少女を捉える。
「(でも……それだけじゃ足りない)」
空中から飛び込んだ勢いでラキアの身体は水の中に沈んでいく。
良い水質とは言えない濁った水路の中でも、彼女の眼鏡越しには魔物が漂わせる魔力がハッキリと映る。その相手が“自分に関心を向ける為に”、行動を起こす必要がある。今のままでは足りないことは、明確。
「(――っ)」
自分が立てた水泡に包まれながら、ラキアは取り出した短剣を己の手首にあてがう。そして一気にその肌を裂いた。
自殺志願者のような愚行――水に絵の具を流すかの如く、少女の赤色は荒波を立てる画布に確かな流線を描いていく。
その血の色と臭い。それが、家畜化されても潜在的に残る獣の本能に訴えかけた。
それこそが、ラキアの狙い。
「ガアアアアアアアアアッッッ!!!!」
聞けば否応無く家畜の本性を思い出すおぞましい雄叫びをあげて、海竜種が本能を刺激する対象に向かって突撃する。
それを眼鏡越しに見て、ラキアは右手を身体の真横へと伸ばしてチカラを込める。それにより、流れ出る鮮血は勢いを増した。
「(そう…………コッチだ――)」
その右手に握るのは、先程神器から取り出した物の最後の一つ――『麻痺薬』。
街の薬屋で売っているのとは格が違う、宮廷錬金術士が調合した強力な薬。図体の大きな魔物でも、即座にその身体の自由を奪うことが出来るように成分を調整した特濃な代物だ。
魔物が少女に接近する。
海竜が見据えるのは『肉を喰らいたい』という本能を刺激する臭いの、その源流。
本来幾つもの命を散らすように作られた家畜の顎が、ラキアの右腕を丸ごと喰らう為に開かれる。
「…………っ!」
鋭利な牙が己の肉を突き破り、噛みちぎる――そのタイミングに合わせて、
ゴクッ――。
ラキアは口に含んだ『創造の精薬』を飲み込む。
そして同時に。
彼女の小さな身体では到底受け止め切れない激痛――それを伴う“損傷”が、捨て身の策の代償としてラキアを襲うのだった――




