4-4 革命
「抜いておいて良かった……」
突然の閃光と共に。
絶対強者である魔物達が、安全地帯であるはずの王都に現れたのを目にして――
「“アレ”が…………最後か……」
『王立魔術学院』で下から数えたほうが早い成績順の平凡な魔導士である彼は、昨夜の“お楽しみ”が己の短い人生の中で味わう最後の快楽であったことを悟る。
「な……何よっ…………これっ…………!!」
隣を歩く彼女――パーティメンバーであり、想いを寄せる……そして、昨夜のオカズとして使わせていただいた少女の横顔を盗み見る。
「お、おいおいおい」
「冗談でしょっ……!? どうして王都に、しかも“大動脈”に、こんなっ……!!」
そして残る二人、いつもの面々が突然の事態に理解よりも絶望を先に感じて、その色で顔を染め上げた。
このままでは王都が、人々が――そう思っても、身体が固まって動けない。
だって今は。こんな化物を相手にする準備なんて。王都の治安維持のクエストに。軽い気持ちで臨んでいて――まるで言い訳のような無意味な思考だけが瞬時に巡る。
しかしそれを断ち切る景色が広がった。
それは障壁魔術。
無数の魔物達を一体ずつ隔離するように、囲むように展開されていた。
「「「「――!?」」」」
その術式構築は、魔術を少しでも囓った魔導士なら衝撃を受けること間違い無し。
思いついても実行する者など存在しない手法であり、そもそも実行することなど不可能なのだから。
どれほどの精巧な術式精度が? どれほどの魔力量が? 常人には到達出来ないレベルを求められるであろう光景に、彼ら四人は見覚えがあった。
そしてそれを行ったであろう人物にも。
「「「「メン…………ザー……メン、ザー!? ヨハン・メンザー!?」」」」
つい先日。
運悪く翼竜の群れに遭遇し、絶体絶命の危機に陥った自分達を軽く救ってみせた――学院序列第一位。
平民の生まれにして、生まれと環境に恵まれた貴族・上流一家の魔導士達を置き去りにする程の圧倒的な才覚を持つ稀代の魔導士『ヨハン・メンザー』。
間違いない――こんな芸当が出来るのは、あの男しかいない。
「………………ハハッ……ホント、すげえな」
あまりにも違う。
自分達のような“凡人”には一生かけても出来ないようなことを、こんなにも簡単に。
諦観が滲む薄い笑みを浮かべつつ、昨夜三発抜いた少年はその光景を、高みを見上げる。
パーティメンバー達の顔色を窺うと、どうやら彼らも自分と同じ心境のようだ。
「う、うわああああああああ!!!!」
「きゃあああああああああああああああああああ!!!!!!」
「早く! 早く走るのよっっっ!!!!」
止まっていた時が動き出したかのように、住人達がパニックを起こして魔物から距離を取るために走り出す。
その波に置き去りにされたように、四人の魔導士は立ち尽くして高みを見上げる。
自分達が立つ“ココ”は最底辺。
そしてあの男が立つのは、自分達では手の届かない天上。
それなら自分達凡人が何もしなくても、別に――
「ぅあぁっ――!」
彼らの目の前で、一人の幼い少女が躓いて転ぶ。
舗装された石畳で、膝に擦り傷を負った。
「大丈夫か!? ほら、お兄ちゃんがおぶってやるからっ」
「うぅ…………痛いっ…………」
「後で痛いの痛いの飛んでいけしてやるからっ……さぁ早くっ……!」
兄妹だろう――少女の背を守るように速度を調整して走っていた少年が、まだ発達途上の小さな体躯で少女の重さを一身に背負う。
まだ彼には重い筈だが、少女に不安を感じさせない為、気丈に振る舞って駆けていく。
立ち尽くす四人と、その兄妹がすれ違う。
その刹那――自分達が“凡人だと思い込んでいる”彼らの脳裏に、浮かぶ言葉があった。
――本当にそうか?
「…………………………なぁ」
最初に口を開いたのは、昨夜シコタマ抜いた少年だった。
続く言葉は……必要無かった。
彼らは一斉に駆け出した。
老若男女問わず、自分達とは違い戦う術すら持たない者達が走る先とは真逆――この騒ぎの中心へ向かって。
そして走り出せばすぐに理解した。
神の如きチカラを持つ強者の救いの手から“零れ落ちた”者が居ることを。
神ですら救うことの出来ない者が居て――今まさに、そんな弱き者達の日常が悪しき凶牙によって砕かれようとしていることを。
「はああああっっっ!!!!」
王級で無いが故に……彼の視界の外に出現したが故に、『檻』への投獄を免れた雑魚――だが住人にとっては脅威の他無い魔物。
走りながら、住人に手を掛けようとしていたその魔物達を素早く仕留めていく。
「が…………学院生…………!」
「助かった…………! ありがとうっ……!!」
その声を聞いて。四人の悟りは確信に変わった。
魔導士――学院生――その世界の中で見れば、自分達は確かに凡人かもしれない。
だがもっと広い視野で見れば?
例えばこの王都に住む人間の中で考えれば?
……コレは間違いなく言える。
十分に恵まれており、上澄みの存在なのだ。
そうでなければ、自分達の身を守ることも……こうして虐げられる人を救うことも、感謝を向けられることも無い。
「…………あぁ――そうだよなっ――」
己の愚かさに、心中喝を入れる。
確かに“上”は居る。
だがそうして上ばかりを見て、十分に境遇や才能に恵まれている筈の人間が、その境遇と才能を嘆くなど――
「――!!」
そして三発少年の目に、ヨハン・メンザーの姿が映る。
鼻から血を流し、顔を青く白く染め、焦りの汗を流す姿。
先日見せられた余裕綽々な様子は一切無く、コバルウルフ数体に囲まれ…………その凶牙に堕ちる寸前の、姿。
あの学院序列第一位に、自分が助太刀に入るなんて――自虐しつつも、動きに迷いは無い。
──ザシュッ。
変哲も無い――だがコバルウルフの首を飛ばすのには十分な魔術で、ヨハンに飛びかかる個体を片付けた少年は、天才魔導士の傍に背中合わせで立つ。
残りの個体は他のメンバーが手早く片付けていく。その間に与えられた僅かな時間。
「ア……アンタは…………?」
目を見開くヨハンの口ぶりで、彼がコチラの名前を知らないであろうことを察して…………思わず笑ってしまう。
やはりこの天才の人生においては、自分達なんて登場人物一覧に名前すら載らない――モブでしかない。だがそんなモブでもやらなくてはならないことや責任はある。
「…………へっ……こっちは、命の恩人だと思ってんのによ」
だが、それでも。
そんな初対面みたいなツラで見られるのは少々むかっ腹が立つので、
「『ココは教会じゃ無いからな』……祈りを捧げるのは全部終わった後にして、アンタはアンタしか出来ないことに集中してくれ。
雑魚は雑魚に任せな――そうだろ? 学院序列第一位、ヨハン・メンザー?」
「――!」
今ヨハンが取っている祈るように両掌を組んだポーズと、先日翼竜の群れから救ってもらった時に掛けてきた軽口を重ねて言葉を紡ぐ。
「…………そうか――それならもう、大丈夫……だな」
憧憬と信頼、そして僅かな皮肉が込められた言葉で、自分がよくも考えず叩いた軽口を踏襲されたのだと理解して、笑った。
そして助けに入ってくれた少年と他の三人が先日命を救った相手だと気付いた彼は、同時に自分の思い違いにも気づくことが出来た。
貴族や上流階級――周囲との間に、生まれと育った環境の違いによる壁は確かに存在したかもしれない。だがひょっとしたら……その壁を築いていたのは彼らだけではなく、自分もその一端を担っていたのでは無いだろうか?
「…………この騒ぎ――戦いが終わったら、酒でも奢らせてくれよ?」
だからこそ。
自分なりのやり方で、歩み寄ってみる。
「ハッ――何言ってんだ、奢るのはコッチだっての」
「え、いいのか? 俺結構飲むぞ」
「金持ち舐めんなよ苦学生。平民に心配される程、貴族の懐は寒くねぇ」
「そいつは良い――革命ってヤツで震え上がらせてやるよ」
言葉だけ見れば剣呑。しかし両者の間に悪意は無かった。
壁はある――だがそれは乗り越えられない程の高さではなく……。
「それじゃあ悪いけど…………さっさと片付けさせてもらう」
祈りの組手を解き、己の流血で濡れた右手――その中指を立てる。
その指が指す方向に、彼が構築した術式が展開され数多の光球が出現した。
弓矢の魔術――障壁魔術で身動きの取れぬ魔物達の中の一体に、狩人が狙いを定める。
射出と同時に矢の通り道のみ障壁を解除して、射殺す。最低限の障壁解除の為、周囲への被害も極僅かに抑えられるだろう。
己の頭上で光る膨大な数の光球。標的となった魔物はただそれを見上げることしか出来ない。
「革命前夜の――“射ち落とし”花火でなぁ!!!」
ヨハンが叫び、右手の親指を立てて勢いよくサムズダウン。その瞬間、標的の魔物に向かって百の矢が射出された。
「――ッ」
真上から下に向けて放たれた学院序列第一位の大魔術は、目を覆う程の閃光と大瀑布のような轟音だけを残し……断絶魔の声も、魔物の肉片すら遺さず、全てを塵芥へと変えた。
その光景は。
先程まで弱者であった者に希望を。強者であった者に絶望を与える。
休む間もなく、次の標的が決まり――光球が頭上へと展開される。
さながら死刑執行を待つように、檻の中の囚人は恐怖し……理解した。
己が抱く欲望、欲求……弱者を蹂躙し快楽を覚えんとする命の営み――その全ては数刻もしない間に消え失せて、意思持たぬ肉塊すら残らず、強者の欲望を満たすことも叶わない存在として終わりを迎えることを。
「ガッ………………アアアアアァァァァァッッッッ――!!」
檻の中からあげられた咆哮が、悲鳴であることは明らかで――




