4-3 檻
翼竜──空を我が物とし、そのブレスで地を這う下々をその領域外から塵へも変える魔物。
地竜──翼を持ち合わせないものの、圧倒的な膂力を持ってして殺戮の限りを尽くし、天にをも届く魔物。
他にもゴーレム、オーク、デスイーター、アークリザード──戦う術を身に付けた者ですら、相対すれば死線を免れぬ王級の絶対強者達。
その数──数十体。
一体相手にするだけで全霊を賭けなければならない魔物達が、戦う術すら持たない弱者が集う王都の真ん中に、突如として姿を現した。
一振り……否。
その余波だけで、人一人の命を奪える凶悪さを持ち合わせた爪や牙。
絶望に顔を染める弱者達は皆、事態の把握よりも先に己の人生、想い、夢の全てが今この瞬間に消えて失せてしまうこと──そして、己が意思持たぬ肉塊になるのだと理解した。
誰かの、恐怖で乾いた喉が悲鳴を上げる。
一人の悲鳴が伝播して、数多の絶望が音となる。
その音を塗り潰すかのように、魔物達の咆哮がこだまする。
……だが、しかし。
悪しき強者達の牙が、肉血で潤う時は訪れない。
なぜなら──
「障壁…………魔術ッッッ…………!!!」
そこには、彼が。
アルカディア王国の魔導士育成機関──王立魔術学院の頂点『学院序列第一位』が。
異能『禁欲魔導』をその身に宿す、ヨハン・メンザーが立っていたから。
「(なんだなんだっっっ!!!???
一体何が起きてるっっ!!??)」
戸惑いつつも、咄嗟の判断で得意の障壁を展開した彼が行ったことは単純明快。
目に見える範囲に出現した──王級の魔物達を“一体ずつ隔離するように”障壁で囲んだ……ただ、それだけ。
だがその“檻”は、充填三日目の魔力が込められたモノ。ならず者共の自由を奪うに足る硬度を備えている!
「グオオオオオオオオオオォォォォッッッ!!!!」
魔物からすれば、食欲や嗜虐欲──それらを掻き立てる馳走を目前にした上での寸止め。
怒りを込めて暴れ、内側から檻の破壊を試みる。
「ぐっ…………このっ…………暴れんじゃねぇっっ…………!」
両の掌を祈るように組み、肩肘を張って全身に力を込める。
展開した術式に絶えず膨大な魔力を注ぎ続けるヨハン。
流石の彼も、その顔に余裕の色は無い。
それもそのはず……王級の魔物を一体ずつ障壁で囲んで隔離する――言葉にすれば簡単だが、対象までの距離も必要な障壁の大きさも様々なうえ、囚人が全力で暴れても壊れない……そんな、想像を絶する程の強度の維持を強いられているのだ。
術式の構築──展開──維持──その消耗する魔力量は常人では耐えられぬ規模。術者の精神と肉体への負荷は計り知れない。
「(なんだ……!? どうしてこんな魔物達が突然…………っ……いきなり、現れてっ……!?)」
こめかみに筋を立てつつ、その頭で思考を巡らせる。
そうすることで、連想される光景があった。
二日前、エヴァと二人で歩いていた時に王都で遭遇したコバルウルフ。
昨日、迷宮の最奥地──教会のペンダントが転がってきて……同じ魔物が突然現れたこと。
「………………っ……」
“鉄の臭いと味がする鼻水”が垂れてくる。口を、顎を伝って組んだ両の手に滴り落ちる。その色が錆黒い赤と気付き……ヨハンは思考を中断する。
「(いや……っ……今はそれを考えてる暇は無いっ……!!
とにかくコイツらを抑え続けつつ、確実に処理することだけを考えるんだっっ……!!!)」
無理な術式行使の負荷による出血。内側から裂けるような頭痛と耐え難い眩暈が彼を襲う。
あまり時間はかけられない。この均衡が続けば、急性魔力欠乏症で意識を失う未来も見えてくる。
「(今俺が“落ちれば”……ココは一瞬で地獄になる…………!!
魔物の動きを封じつつ、一体ずつ確実に殺す…………そのことだけを考えろ……!!
神経──思考──頭のリソース全てを、術式の構築と展開に注げ……!!)」
ヨハンが地獄の拡がりを抑えているが、都の住人達はパニックを起こし未だ周囲を逃げ惑っている。もしもヨハンが倒れれば、この狂乱に鮮血が加わるだろうことは想像に難くない。
「グルルルルッッッ…………!!」
……そう。
想像に難くないのなら。
「──っ」
“そこを”狙うのは、自明。
全身全霊で魔術を行使するヨハンを取り囲む影が、複数。群れをなして獲物を喰らう魔物──コバルウルフ。
どれだけ数を重ねようとも、充填三日目のヨハンなら一瞬で片付けられる三下の相手。
しかし、
「(冗談っ…………じゃ、ねぇぞっ………………!?
コッチは今、この規模の魔術を複数っ……並列展開してんだっ…………ほんの少しでも気を緩めたら終わり…………!!
とてもじゃねぇけど、コイツらの相手を出来るような余力なんか残ってねぇぞっ…………!!)」
障壁で捕らえて“動かない”敵に攻撃するならまだしも……不規則に動き、連携して獲物を追い詰めるような魔物を相手にすることは不可能。
額に。背中に。
冷たい、嫌な汗が──
「グルアアアアアアアッッッ!!」
その焦りを見透かしたようなタイミングでコバルウルフ達が一斉にヨハンへ飛び掛かる!
「うっ………………わああああああああああああぁぁぁぁぁぁ!!!!」
もはや自分の身を守る障壁を展開する余裕すら持ち合わせないヨハンは、ただ無様に叫ぶ。
──ザシュッ。
その瞬間。
小気味良い音と共に、凶血が舞った。




