4-2 思い出作り
「………………ふむ……」
小さな小瓶の蓋を開け、そこから漂う香りを手で仰いで臭いを嗅ぎ。
そして蓋を閉めて……灯りにかざして中身の液体の濃度を確かめる。
その横顔は見た目の幼さとはかけ離れており、宮廷錬金術士に相応しい風格が漂っていた。
「…………どうだ?」
「………………及第点……だな。街の薬屋――設備や仕入れられる素材の質を考えれば良くやっていると思うよ」
ヨハンとラキアの二人は、『ロリっ娘お兄ちゃん発言後女児しゃがみパンツ見せデカ魔力&大きくそそり勃つ連続発言』により――
「(あれは……マァジで……硬化モンやったでぇ…………)」
ヨハンの下半身が大いに“盛り上がった”のが落ち着いてから(大人しく待ってくれるように巧みに誘導した)、
「客の出入りが多いのも納得だよ。この店の錬金術士は、腕が良い」
「それでも、及第点――か」
「まぁ流石に、金をふんだんにかけた国の設備で作るモノと比べると流石に質は劣るよ。
でも、限られた設備でコレだけのモノを作るというのは簡単じゃ無い」
“適当に街をブラつく”――その目的を遂行する為、街の店を冷やかして回っていた。
その中でもこの薬屋は、冒険者時代からよく世話になっている店。
麻痺薬に爆破・回復ポーション等、ラキアが興味を持つであろう物は沢山置いてあるので、一緒に見て歩く店としてはベストな選択に違いない。少々品薄気味で、陳列している品数やラインナップの幅が狭かったのは残念だったが。
「(一応……“デート”――なんだもんな)」
ヨハンは昨日、今日の彼女の発言を思い返す。
ラキアの目的は正直分からない。何故今この日になって“デート”など、と。しかし、彼女がそれを口にした時の表情はどこか真に迫るような感じがしたのだ。
無論、ヨハン自身も彼女と二人で街を歩くのはやぶさかでは無かった。良き友人──“思い出”の一つや二つ、作っておくのも──
「──で、それはそれとして」
しかし、ラキアの口からは不機嫌さを隠さない声が発せられた。
その声色をもってして、ヨハンの“着地すれば合点がいったであろう考え”を中断し、まるで子どものようにトストスと足を踏み鳴らしながら店を出る。
彼女はアルカディア王国の最高研究機関『王立錬金大術院』のトップであるものの、研究員故に衆目の前に立つような立場でもない。
宮廷錬金術士の容貌を知る者は周囲には居ないはずだが、もし居たとしてもラキアのこんな仕草を見ると、その記憶に疑念を持つに違いない。
「キミはいったいどういうつもりだい?
「えぇ?」
「えぇ? ──じゃないよ!
どうしてボクがデートって言ってるのに……行くのが薬屋なんだっ」
「ポーションとか、興味あるだろ?」
「………………それでは色気が無いのだと、言っている」
彼女を追って店から出るのと同時、ヨハンは頬を掻くような事態に見舞われるのだった。
「色気…………ねぇ……」
ここまで露骨に態度を表に出されると、男性的体内物質に惹かれる女子を、あしらい慣れた充填三日目の状態だとしても……少々困ってしまう。
「キミは……例の冒険者時代のパーティメンバーの女子と、よく一緒に出かけてるんだろ? その女子とはどんな場所へデートしに行くんだ」
「? デートとかそういうのは別にしないけど」
「そ、そうなのか?」
意外な返答(あくまでも彼の主観でしかない訳だが)に、思わず喜びが出てしまったような顔になった後、ラキアは頬を僅かに染めながら続ける。
「あー……いや、それならその子といっしょに街を歩く時はどんな場所に行くんだ?」
ラキアとは出会ってから、他愛のない話を沢山してきた。勿論エヴァ達と過ごした冒険者時代のことも。
ヨハンが話した会話の内容をもとに、彼と一番親しく最も近しい存在であろうと推察するエヴァとの関係性を探る――そんな目的が質問の中に含まれていることを察しつつ、
「別に珍しいところに行ってる訳じゃないけど……」
「いいから教えたまえ」
「…………武具屋とか?」
「……………………彼女には同情するね」
「あ、普通に飯行ったりするな。あとは喫茶店とか」
「喫茶店――それ、良い。後ボクらも行こう」
相変わらず手を繋ぎつつ歩いていると、大通りに差し掛かった。
王都の中でも多くの人達で賑わっているエリアであり、貸店舗だけでなく国の許可・非許可問わず様々な露店がごった返している。田舎から出てきた人間が見ると何かの祭りや催しが開かれているのでは無いかと勘違いしてしまうのだが(実際ヨハンも勘違いした)、衝撃的なことに……この規模の賑わいが王都では日常なのだ。
人酔いどころか、連れとはぐれてしまう恐れがある状況だが握っている手に力を込めれば安心だろう。
「んっ…………」
むず痒そうな声。ほのかに上がった体温が小さな手から伝わってくる。
どうやらこの行動は恋愛行動学的には正解だったらしい。
「(…………あれは……)」
そしてヨハンは数多くある露店の内の――とある店に目をつけた。
通りの端にある、妙に日陰になっていて暗い雰囲気の一角。
まぁ……なんというか。
日頃ラキアには(色々な意味で)お世話になっているし? 今の関係性を“一歩先に”進める気は無いのだが、それでも――求められるのであれば応えたいという気持ちはあるのだ。
それはラキアだけじゃない。他の女子達にも同じ気持ちを抱いている。
異能のチカラで魅力的に映っているだけの自分に、一時の迷いとトキメキを感じて日々の糧にしてもらえるのなら。
自分が彼女達を触媒に使わせて頂くのと同じで、それはきっと――とても儚くて、素敵なこと。
「………………あっ……」
ラキアの方も、ヨハンの視線の先にある店に気付いたようだ。
「行くぞ」
ヨハンは手を強めに握りながら、ラキアを引っ張っていく。
「え、お、おおおおいっ」
だが妙なことに、ラキアは顔を真っ赤に染めつつ動揺している。
「ちょ、ちょっとキミ――先程ボクは確かに色気が無いと文句を言いはしたが、流石にそれは、その店は少々――というか一足も二足もすっ飛ばし過ぎなんじゃないかね!?」
「は? 別にそこまでじゃないだろ。
安心しろって――ちゃんとラキアに似合うの選んでやるから」
「似っ……似合っ…………!?」
その紅潮は耳の先や露出している肩先にまで到達。
そして何故か引っ張られている方とは逆の手で、何やら胸元を隠している――
「ちょ、ちょっと待て…………よ、予定よりもだいぶ早いぞっ……!? どうしよっ、ボクなんかで大丈夫か心配だったからメイクとか頑張ってみたけど、ちょっと効果抜群すぎた……!?」
そして高速詠唱と聞き紛う独り言を口走り、
「~~~~わ、分かったっ、望み通りキミが選んだモノを身に着けよう――でも、ボクは見ての通りこんな幼児体型だから……きちんと身の丈にあったような下着を――」
「は? 下着?」
「は?」
……そんな、妙なことを言い放った。
「………………いや、俺はこの……装飾品の店を見るつもりだったん……だけど…………」
そして辿り着いた目を付けた装飾品の露店。
ちなみに、その隣には……女性下着の店(明らかに出店許可を取っていない)が。
……いや、どうしてこんな場所で堂々と下着なんか売ってんの!?
……でもまぁ、どうやら。
俺が下着店に目をつけたと勘違いしたラキアは、遂に俺が選んだ下着を身につける覚悟を決めていたようなのだが。
「……………………………………」
顔を真っ赤に、目を点にして口をパクパクするラキアのその覚悟は……行く先を見失ったようで。
……というかそんな覚悟してたのこのロリっ子は? エロっ。
「…………ラキア」
……ともあれ。
このままでは収拾が付かないというか、埒が明かないというか、けじめがつかないというか……まぁそんな感じなので。
「俺を、殴れ」
この場と再び昂った股間の血流を治めるべく、提案。
「…………筋力強化ポーション、飲んで良いかい?」
「バッチ、来い」
――ドゴッ。
路地に鈍い打撃音と破骨音が響く。
昨日と今日で、俺は何回鼻の骨を折る羽目になってんだ……?
◆◆◆
「………………ふふっ」
大通りを直進。王都の各地に続く水路線が交差する『大動脈』――数多の停船所が密集した場所に面した喫茶店で頼んだ菓子と紅茶を楽しみながら、ラキアは上機嫌に顔を下に向ける。
その視線の先は、先程ヨハンが贈ったペンダント。花の形の装飾が施されたシンプルなデザイン。
ちなみに値段は一番リーズナブルなモノを選んだ。
「どうだい? 似合ってるかい?」
「似合ってるよ」
この質問も、これで四度目である。相当に嬉しいのだろう――ここまで喜ばれると、贈った方も悪い気はしない。
「(………………なるほどな)」
そして、ヨハンはその装飾品を見つめながら…………とある結論に至る。
「…………んっ…………」
男が女にペンダントを贈る――それが、意味するところを。
「(俺は今…………ラキアのペンダントを見つめていない。ラキアの……胸元を、見つめている)」
胸元に着ける装飾品。それをプレゼントした男には、そう――その相手の胸元を見つめる権利が与えられる。
無論本当にそんな権利が与えられる訳でもないし、存在すらしていない。だが、言い訳は存在する。
胸元を見ていたとしても、その視線には“ペンダントを見つめていた”という逃げ道があるのだ。今しがた、自分が贈ったペンダントを……そんな、卑怯とも呼べる言い訳が。
「…………………………っ」
当然、女性側もその視線がペンダントでは無い場所に注がれていることは察するところ。
しかし……その視線を糾弾することは出来ない。何故ならペンダントという逃げ道、そして免罪符を突きつけられてしまう可能性があるから。
その視線を、受け入れるしか――無い。
「(思い出しちまう…………な……)」
そしてむず痒そうにするラキアに対し、ヨハンは遠い目でその薄い双丘を眺める。
まるで遠く離れた故郷へ郷愁を感じるように――初めてラキアと出会い、クエストに臨み――王都へ戻った後、彼女の全裸を目にして暴発した時のことを。
「(身に纏っていたのは純白のパンツ――そして、教会のシンボルをあしらったシンプルなペンダント。アレがラキアの薄い身体を映えさせて……っ――)」
そこで、思考が途切れた。
おそらく……この三日間、何も起きていなければ感じていなかった、引っ掛かりを覚えることなんてなかった……点。
あの時着けていて、今は着けていない――物。
「ラキア――」
「うん?」
首をかしげるラキアに、ヨハンは問う。
「お前…………教会のペンダント――付けてなかったっけ?」
その瞬間。
「――っ」
ラキアの表情に、悲しそうな影が差した。
再び訪れる胸騒ぎ。
決定的な時が迫っている――そんな予感。
昨日から抱いていた疑念が再び頭をもたげてきて、ラキアと合流してからずっと考えないようにしてきたことが思考を支配してくる。
「…………そうか……あぁ──もう、時間だしな」
懐から懐中時計――角雷鳥竜事件の際に、賊の頭が持っていたのを拝借したであろう物――を取り出して、時刻を確認する。
「本当に……楽しい時間というのはあっという間に過ぎる。
“最後”に――キミと良い思い出が作れて、良かったよ」
ヨハンの質問には応えず、そんなことを口にしながら席を立つ。
「お、おい――」
彼自身も心中では気づいていた。
突然言い出した『デート』。彼女らしくない言動。そして“最後”。
これではまるで別れの前の思い出作りでもしているかのようだと――
「花を、摘んでくるよ」
無理に作った笑顔と共に告げられた手洗いへ立つことを伝える言い回し。
それにはそぐわない言葉を、ヨハンは返してしまう。
「戻ってくるよな?」
そして戻った後には――全部、話してくれるよな?
……そんな思いを込めて。
「………………何言ってるんだキミは?
…………そんなの、当たり前だろ?」
そう言って歩く彼女の小さな背中は寂しさに満ちていた。
窺えぬその表情はおそらく、それよりもずっと──
◆◆◆
カシャンッ──
「……あっ」
同時刻。王都のとある場所。
割りの良い、子供のおつかい同然のクエストにに励むエヴァが、
「あれ?…………留め具、壊れちゃったかな」
首に掛けていた、教会のシンボルをあしらったペンダントが地面に落ち……音を立てたのに気付いたのと、同時に──
◆◆◆
「(ヨハンさんは……今頃…………)」
同時刻。
他の学院生に混ざって王都の治安維持クエストとして街を見回るセレフィナが、想い人の苦悩する表情を思い浮かべたのと、同時に──
◆◆◆
「………………」
そして……手洗いでは無く。
店から少し離れた──下を向き、下唇を噛むヨハンの顔が覗ける場所に身を潜めながら、ラキアは手元の懐中時計を見つめる。
チッ──チッ──針の動きと音に意識が集中し、周囲の景色と音が遠ざかっていく。
そして時計の針が“予定”の時刻を示すのに合わせて、
「頼んだよ、ヨハン──」
少女がそう、つぶやいたのと同時に──
◆◆◆
カッ──!
王都のあらゆる場所で、稲妻のような閃光が走った。
それは王都周辺に存在する数多の迷宮──その奥地に“捕らえられ”、人知れず潜まされていた魔物達が一斉にそこから姿を消したことを。
「グッッッッオオオオオオオオオオ!!!!」
そして王都のあらゆる場所で、その魔物の大群が一瞬の内に姿を現したことを意味していた。
後に語られることになるその現象は、転移――もしくは召喚。
突如として現れた魔を冠する生物が栄華を極めた街を、人々を、蹂躙する。
絶叫──悲鳴──混乱。
王都の一番長い一日が、始まる──




