3-12 臭い
豪奢な装飾が至るところに施された通路を、セレフィナと並んで歩く。
王国騎士団――その本部。
すれ違う者達は皆、ヨハン達とはその装いが異なる。
「(街中で見かける衛兵達とは……雰囲気がまるで違うな)」
ひと目で理解する。
剣術への深い造詣など持ち合わせては居ないが、彼らが積んだであろう鍛錬の深さや実力の高さは素人目で見ても明らかだった。
カチャリ、カチャリ――動く度に音を立てる鎧。
それらは身を守る防具であるが故、それなりの重量があろう。
しかし彼らの動きにその重さを感じることは無い。身体の一部という表現が最適か。
「なぁセレフィナ…………やっぱり俺達、睨まれてるよな」
二人で足早に歩きつつ、ヨハンは隣を歩く彼女へ小声を向けた。
「無理もありませんね。
騎士の中には魔導士を快く思わない方達も居ますから」
嘆息しつつ、諦めをもその声色に込めるセレフィナに……すれ違う騎士の“男”達は惚れ惚れするような視線を送る。
分かる。分かるぞ。
彼女は美しいよな…………でもだからといって隣を歩く俺に殺意を込めた視線を向けないでください。
「(こういうのは学院だけで間に合ってるってーの……)」
アルカディア王国は古来より騎士によって守護されてきた。
鍛え抜かれた肉体と剣術――当然魔術を一切使わない訳では無いのだが、あくまでもそれは補助的な使用に留まる。
あくまでも主体は己の腕っぷし……そんな彼らからすれば、近年“魔術大国”として名を馳せている状況は面白くないだろう。
己の肉体を研鑽しチカラを身につける彼らからすれば、身体を鍛えず(全くという訳ではないのだが)……詠唱一つで積み上げた研鑽を凌駕するように、魔導士の姿は映るのだ。
無論、そんな嫉妬にも似た感情を抱くのは騎士の中でも三下に分類される者……と決まっているのだが。
しかし、そんな愚か者が現れるくらいに、近年のアルカディア王国の魔導技術の発展は目覚ましい。
最強と謳われる“宮廷魔導士団”の存在も大きい。敵国、隣国――どの国も、アルカディア王国の魔導戦力には畏怖を向けているのだ。かつては騎士団に向けていた畏怖を……。
そうして歩いている内に、目的の場所へと辿り着く。
落ち目の王国騎士団のその長――騎士団長の部屋へと続く扉。
無駄にしか見えない装飾が悪趣味に並べられたその扉の前に、見知った影。
「やぁ――ご苦労だったね」
碧翠色の髪をツインテールに結った少女の鼻にかかった知性を感じさせる声が廊下に響く。
「ラキア」
可愛い形の眉をハの字に曲げて、まるで同情を向けるような視線を寄越す少女に、ヨハンは少々文句の一つでも言いたくなった。
「ご苦労ってモンじゃねぇよ…………ったく」
「ハハッ――まぁ、報酬は弾むから許しておくれよ」
その気兼ね無く接する様子を見て。
「あ、あの……」
セレフィナは、胸がチクリと痛むのを自覚した。
冒険者時代の仲間――恋敵であることが明白なエヴァという少女。
それとはまた違う意味で……無視できない相手。
知り合った時期は自分と然程変わらないだろう――だがそれでも、現状ヨハンとの距離が近いのはこの少女だ。
過ごした日々の長さを言い訳に出来ないその事実が、セレフィナに焦りをもたらしたのだ。
「噂は聞いているよ――セレフィナ・ユキ・ラグトゥール嬢。
私のことは知っているね?」
「え、えぇ……勿論…………」
そんな焦りをも見透かされたかのように、その大ぶりな眼鏡の奥の瞳に射抜かれた感覚。
学院に頻繁に出入りしている変わり者。
研究室に籠ることもあれば、積極的なクエストの斡旋にフィールドワーク――歴代の宮廷錬金術士とはまるで違う……そんな風な評判を聞く彼女。
アルカディア王国の最高機関の一つ『王立錬金大術院』の長。その座をこの年齢で手に入れている実力者。こんな見た目だが年齢は自分達より上だろう――そう信じたくなる経歴の持ち主だ。
心血を注ぐ対象が違うだけで、自分と同じく高みを目指し――実際に高みへと至った者への敬意を含め、セレフィナは美しい所作で膝折礼を行う。
「お話できて光栄――」
「あぁ、いいよそういうのは。堅苦しい」
しかしソレは一蹴。隣に視線を向けると、苦笑いを浮かべるヨハン。『お前はそうだよな』なんて言葉が聞こえてくるような。
二人はそんなつもり無いだろう。だが彼女はその深い共理解に身勝手な疎外感を覚えた。
「ところで……やはりキミ達は“彼”に直接報告をするのかい?」
あれから迷宮を脱出し王都へ帰還――その後、クエスト完了の事務手続きなどを進める中で依頼主であるラキアには報告書を受付経由で提出している。
状況は彼女も知っており、それを受けてラキアも今騎士団長の部屋の前に居るのだろう。
「あぁ――ラキアも、一緒に居てくれると助かるんだが」
そう言って、縋るような目でラキアをヨハンは見る。
騎士団長なんて目上の人間との面識は無いし、セレフィナの方も……家が権力者と言っても、所詮はまだ学院生。学院の中で指折りの実力者であったとしても、それはあくまでも学院の中の話。王国の中で地位を確立しているかと言われれば、首を横に振るような立場だろう。
反面、ラキアは既に魔導士団長、騎士団長に並ぶアルカディア王国のトップ3の地位。一緒に居てくれるだけで随分と気が楽だ。
「悪いけど……ボクはこの部屋に入れない。というか入りたくない。
そしてキミ達も……少し待った方が良い」
「え?」
それは何故?――聞く前に、
「アアアアアアアア!!!! オオオオオエエエエエッッッ!!!!」
騎士団長室の扉が勢いよく開けられて……一人の少女が飛び出してきた。
「クッサ…………!! 濃すぎ――オ“オ”オ“ェェエェッッ!!」
そして廊下の端に四つん這いに倒れ込み…………嘔吐した。
否……嘔吐というより、口に含んでいた“何か”を、吐き出した。
「(な……なんだ……?)」
その異様な光景に、ヨハンは勿論セレフィナも混乱する。
そして、嘔吐く少女の顔に……何やら見覚えがあることに気づく。
「(ん?
コイツ確か…………『ビッティ』? いや…………『ターレ』……?)」
記憶を遡ること数ヶ月前。
セレフィナの事を助けた『角雷鳥竜事件』の時に、セレフィナを狙っていた男に引っ付いていた少女。その内の一人だ。
名前と顔が一致しないが……まぁそのどちらか。
「だ、大丈夫ですか…………? えっと…………ビ――タ…………貴女」
「(俺はともかく、キミも覚えてないんかい)」
案外他人に興味を抱かないタイプなのかな?
一瞬しか顔を合わせなかったヨハンはともかく、一日以上行動を共にしたセレフィナが名前を覚えていないのは少々酷いのではないだろうか。
「触らないでっっっ!!!」
パンッ――しかし、名前を覚えていないセレフィナが差し出した手を彼女は振り払った。
「クソっ…………!! どうにも上手くいかない時に降って湧いたチャンスだと思ったのに……何発も何発も…………こんなの、取り入る前に顎も味覚も潰されるわ……!!
好き放題…………便器みたいに処理に使いやがって…………!!!」
そして駆け足でその場を去っていく。
「(あぁ…………そういうこと……)」
その背を見送りながら、ヨハンは悟る。
少女が吐いたセリフと“モノ”――それらが導き出すのは、今から自分達が相対するこの部屋の主がクソ野郎に違い無いということだ。
「…………?」
な? そう顔に書いたラキアと、この場で一人だけ何も理解出来ていないセレフィナ。
うん、セレフィナ……君はそのまま綺麗なままで居てくれ。
「ボクは鼻が良いからね…………部屋の外まで漂ってくるこの独特な臭いに、耐えられる自信が無い。今にも嘔吐してしまいそうなくらい気持ち悪いし、気色悪い。怖気が立つ。
…………なので、報告はキミ達二人だけで頼むよ」
「………………仕方ないな」
それを言われると、無理矢理連れて行く訳にはいかない。
心細さを抱えつつヨハンは“嗅ぎ慣れた例の生臭さ”が充満する部屋へと入っていく。
「????」
セレフィナ……そうやって首を傾げながらスンスン嗅いで良いモノじゃないよ……。




