3-11 骨を断たせて勃たせない
コバルウルフに襲われるセレフィナに駆け寄りながら、ヨハンは自分の行動に対して疑問を抱いていた。
攻撃から守る為なら、その場で魔術を唱えて障壁で防いでやれば良いではないか。
一日目ならともかく、二日の充填が出来ている状態なのであれば、この程度の距離が空いていても問題は無いはず。
「(あぁ……そうか──)」
そしてヨハンはすぐにその咄嗟の行動の理由を悟る。
「(パン──ツ──)」
ヨハンの叫びで反応はしたものの、急性魔力欠乏症に見舞われたセレフィナは、急な襲撃に無防備な回避体勢しか取ることしか出来ない。
そこに、『短いスカートを履いていること』を考慮した動きが出来る余裕などあるはずもなく。
「(純白の……サムシングッッッ!!!)」
色白で美しい太腿の、さらに奥。
恋人や夫となる者しか見ることを許されない秘部がある。
ソコを欲望まみれの外界から守る一枚の布。
秘部を欲望から守る役目を背負った為、ただの布の筈なのに自身までも欲望を向けられることになってしまった……布。
俗に言うパンツ──純白の下着が、ヨハンの視界に──
ドクンッ──!!
心臓の鼓動が。
股間の脈動が。
跳ね上がる気配。
「(無意識に駆け込んでなきゃ──死んでいたな)」
だがしかし。
今のヨハンに焦りは無い。
爆乳美少女のパンチラという、暴発不可避の状況にも関わらず。
異能の恩恵を失い、今よりも更に雑魚へ成り下がる危機が訪れているにも関わらず。
「(肉を喰わせて──!)」
セレフィナに牙を向けるコバルウルフに、ヨハンは彼女と魔物の間へと飛び込み腕を差し出す。
──ブシュリ。
鋭く太い牙が、ヨハンの差し出した左腕を貫く。
「(骨をも断たせてっ……!!)」
ゴキッ──万力の如き咬合力が、肉の先──ヨハンの腕の骨を砕く。
治療しなければ一生引き摺る後遺症が残るであろう損傷。
激痛が走る。
しかしその激痛こそが、彼を救った。
「(股間だけは──勃たせないッッ!!!)」
セレフィナのパンチラで暴発寸前だったヨハンの股間は今!
腕を噛み砕かれた激痛により落ち着きを取り戻していたのだ!!
今日何度も行った“顔面パンチ”と同様の理屈。しかしその効果は自傷行為よりも遥かに大きい。
魔物という第三者からの攻撃による痛覚──自身という制御可能な存在からの痛みと比較して、本能が受け取る“それどころじゃ無い感”は雲泥の差と言えよう。
「はああああああ!!!!」
噛み付かれた左腕を地面に叩きつけ、コバルウルフが“腕に噛みついたままで居るように”右足でその頭を踏む。
己の体重を掛け動きを封じる。痛みは増すが、それに構わず腰元から右手で短剣を抜く。
「〜〜〜〜っっっっ……あああああ!!」
──ドグシュッッ!!
絶叫と共に、短剣を振り下ろし……脳天目掛けて突き刺した。
頭蓋は砕かれ、脳髄を損傷した魔物――即、絶命。
「…………っ……」
コバルウルフが動かなくなったのを確認し、ヨハンは尻餅をつくように全身から力を抜いた。
左腕の感覚は、無い。
だが同時に、ヨハンの胸中には安堵が広がっていた。
無論セレフィナを守ることが出来て良かった――という気持ちもあるが、何より暴発せずに済んだということが大きい。
力無くだらりと左腕を垂らし、酷い出血に見舞われながらも彼の表情は穏やかだった。
「ヨ――ヨハンさんっ……!!」
そんな彼に、セレフィナは魔力欠乏症による目眩に襲われていた時よりも真っ青な顔で駆け寄った。
「ひ、酷い傷…………どうしてっ――」
その“どうして”。
彼女はそこに“何故私を庇って?”という意味を込めた。
しかし返ってきたのは、
「ははっ…………いやぁ、よくよく考えれば障壁魔術で防げば良かったかもしれないけど……何というか、うん…………頭で考えるより先に身体が動いたというか……」
“何故障壁魔術を使わなかったか?”と“何故賢くない方法で攻撃を防いだのか?”という意味の回答だった。
それはつまりセレフィナを守ることは当然でありつつ、賢明な判断が出来ないくらいセレフィナの危機にヨハンが動揺した……ということを意味していた。
「――っ」
それを察し、セレフィナの真っ青な顔は僅かに紅潮した。
「(説明に困った時は取り敢えず『頭で考えるより先に身体が動いた』――に限る。嘘じゃないしな)」
対するヨハンは、昔からよく使う言い訳が非常に優れていることを再確認する。
似たような状況に見舞われた時、エヴァや他の女の子にも同じように伝えるとソレ以上の追求は“決まって”無かった。あったのは赤面したり、口をまごまごさせたり…………取り敢えずこう言えば、大体は黙ってくれるのだ。
パンツが見えそうだったからとか、女の子に言えるわけ無いし。そもそも言ったところで彼女達にとっては説明にならないだろう。
『どうしてこんな傷を負うような守り方を?』
↓
『キミのパンツが見えそうだったからです!』
↓
『は? キモ』
……こうなるのに決まっている。
「…………ヨハンさん、ポーションは」
そんなことを考えている間にも、出血は止まらない。
ヨハンとは対照的に深刻そうな表情でセレフィナは問う。
「あぁ……もう、手持ちは無いな」
キミがエッチなせいで自傷行為を沢山する羽目になって、都度使っちゃったからね!
だがその責を詰める訳にもいかないし、そんな元気も……ちょっと無くなってきた。
「まぁこの程度なら多分、王都までは持つと思うし大丈夫――」
「ダメです!」
僅かに遠のいてきた意識の中、強がりを口にすると叱責が飛んできた。
「私が治療します」
「えっ――いや、でも」
「大丈夫です」
彼女の言う治療――それは薬ではなく魔術によるものだろう。
しかしそれは無理だ。急性魔力欠乏症の症状が出てからまともに休めていないのだから。
「何というか…………“チカラ”が、湧いてくるような感覚――が、するので」
しかし、彼女の瞳は数時間の休息を得ていたとしても宿せない、強い光に満ちていた。
魔力――それは宿す者の精神が強く作用する。
であれば、今のセレフィナのように……幸福感で心が満たされている状況は、事態が好転する要素としては十分過ぎる。
「『詠手の世迷の言の葉よ 弱き羊子に慈悲の手を』――」
詠唱を紡ぎ、ヨハンの左手に両手を沿わせて魔力を集中させる。
己の手が血で汚れることなど意に介さない。慈愛に満ちたその所作は、戦傷で死を待つしか無い兵士に寄り添う癒し手のようであり、病に伏せる子を抱く母のようであり――道を見失った者へ光を与える修道女のようでもあった……。
「――『希望の癒し手』
ポゥッ――温かさを幻覚するような光が彼女の両手を包む。
その温かさが傷に触れると、流れ続ける血と生命がその喪失を止める。
僅かばかりの痛気持ちよさが傷を中心に広がっていく。
傷が治っていく…………その実感が湧く。
弱った身体を委ねても良い――本能がそう理解していく。
暫し、そんな穏やかな時が過ぎる。
だがその時は長くは続かない。それは彼女の治癒魔術の技量が非常に高いことの表れでもあると同時に、ヨハンの中に惜しむような感情を生む理由にもなった。
それは術者であるセレフィナにとっても。
この時がずっと続けばいいのに――現実的ではない気持ちを問答無用で抱かせてしまう魔性の刻が過ぎ去り、二人の心が現実に戻った辺りで、
「あ、ありがとう…………」
ヨハンは左手の調子を確かめながら、セレフィナに頭を下げた。
「こちらこそ、です」
返すように頭を下げるセレフィナに、急性魔力欠乏症の影は既にない。
これならば、今すぐにでも王都に戻ることが出来るだろう。
「………………ヨハンさん」
そして形の良い眉を顰めながら話すセレフィナの声色には『コレ以上の身の危険』を避けるためだけの帰還だけではない……別の理由を示唆した物が含まれていた。
「あぁ――早く戻ろう、王都に」
ヨハンの方も、セレフィナに同意する。
二人の視線は先程命を経った“コバルウルフの死体”に向けられていて、
「迷宮で生まれた魔物なら“死体は霧となって消える”。
……にも関わらず、この個体はそうならずに死体を遺している…………おかしいよな」
「えぇ。
突然目の前に現れたとしか思えないタイミングでの出現。そして――」
続くセレフィナの言葉は聞かなくても分かっていた。
昨日――充填一日目に、エヴァと二人で歩いていた時に王都の街中で遭遇した一匹のコバルウルフ。
関連して考えない方が、不自然だろう。
「このタイミング…………だな」
仕組みも正体も掴めない何かが、水面下で動いている。
それも碌でもない企みが。
何故なら、
「明日からは宮廷魔導士団と騎士団が数隊――大規模遠征で王都を空けると決まっています。
それは王都の戦力が大きく失われることを意味しています。
…………謀策を企てる者達が“何か”を起こすには絶好の機会――」
あまりにもタイミングが良すぎるのだ。
「………………」
ヨハンは胸に何かが引っかかっている感覚を覚えつつ、その正体を悟るには至らず……ただ、足元に転がる教会の首飾りを見つめる。
「急ぎましょう。
王都に戻り報告を――出来れば、今回の大規模遠征の間、王都に残り防衛を統括する王国騎士団団長に、直接……!」
急ぎ迷宮を出て騎獣を飛ばせば、夜半には王都に戻れるだろう。
駆ける頬に当たる夜風で、ブルリと身体に震えが走った。
それは風の冷たさによるものか、胸中に引っかかったままの棘から広がる暗影によるものか――




