3-10 大軍
「…………さ……さて…………」
モノプスゴーレムを倒した後、何だか妙にむず痒い雰囲気が流れてしまい――それに耐えられなくなったヨハン。
そしてそれはセレフィナも同様で、わざとらしい咳払いや視線の彷徨いの後に、二人は“ソレ”を見つけた。
「あれ……は…………?」
ここは王の間。
それは迷宮の最奥地。
最奥地というのは一切の比喩無く言葉通りの物で、そこには本来“先へ続く”道など存在しない。
存在しない筈なのだが…………
「あるな、道が」
ヨハン達が入ってきた大仰な扉とは異なる様相。
扉は無く、その入口は壁を壊して作られていて。
「この先の通路…………先程まで通ってきた道とは全然……」
『文明型』と呼ばれるこの迷宮……まるで城の地下通路を思わせる石造りの壁、床、天井……どれも見受けられない。
セレフィナが『糧なる火』を唱えて生んだ灯りで見えるのは、ただ岩を人力で掘ったようにしか見えない道だった。
「(これは…………また妙なことに巻き込まれたような……)」
ヨハンは直感する。
なぜなら、
「迷宮探索の経験が今日まで無かった私でも知っています。
これは恐らく……王国が定めている『迷宮への不干渉』――その令を破る行為」
人類にとって、迷宮とはまさに魔石という恩恵を与えてくれる文明の源とも呼べる場所。
そして同時に全容を把握しきれていない存在でもある。
分かっているのは、人智の及びきらぬ地脈などがその出自に関わっているということだけ。
過去に人の手で迷宮を生み出そうとする者が居た。
結果、彼らがもたらしたのは目も耳も覆いたくなるような大災害だった。
地脈やマナの乱れからの環境汚染や魔物の凶暴化――それらの悲惨さは、国が積極的に歴史書を発行するなど教育を国民に行っているほどだ。
歴史を反省し国は迷宮に人の手を加えることを禁止した。
大自然の意思を尊重し、湧いて生まれた恩恵だけを享受しようと。
にも、関わらず。
「ヨハンさん。調査…………の必要が、ありますね」
「(まぁそうなるよなぁ……)」
心のなかでヨハンはため息をつく。
これは犯罪行為の中でも特に重罪――殺人よりも放火の罪が重いように、今目にしている状況はそういった類の物だから。
「何が目的で……王の間直結の横穴なんか掘ったんだ…………?」
そしてヨハンは探知魔術を使いつつ、奥へと向かう。
先程とは違う、迷宮とは異なる天然の洞窟。
その先、奥の奥――そこから返ってくる魔力反応に向かい、警戒しつつ二人は進んでいく――
◆◆◆
悪夢でも見ているかのようだった。
おそらくセレフィナは、今見ている光景を忘れることは無いだろう。
そのくらいの、不気味。
「何故…………魔物が……」
王の間に空けられていた横穴。
まるで貴重な遺跡を不当に荒らす盗人のように雑な掘り方で作られた道……その奥。
「囚われて…………?」
少し開けた空間に、その光景はあった。
ヨハンとセレフィナ、その二人以外にこの空間に居るのは数多の魔物。
コバルウルフやリザードマン……その他多数。
どれもが万全の自分が相手取れば雑魚同然だが……その、数が凄まじい。
街の外で遭遇するような魔物の群れという規模ではない。
数十体の魔物が、まるで果実を箱に詰めるかの如くこの空間に押し込められていた。
だがそんな彼らが、来訪者であるヨハンとセレフィナに牙を剥くことは無い。
いや、出来ない――といった方が適切か。
「(大量の魔物が均等に……まるで整列させられている…………)」
まるで軍隊のように何列にも並ぶ魔物達の目は、虚ろ。
どうやら意識は無く、動きも封じられている……恐らく、何らかの魔術か薬。
「(魔物の身体に突き刺されているのは……短剣…………か…………?)」
舌をだらりと垂らすコバルウルフに近づいて観察する。
その肩口に刺されているのは、変哲の無い短剣。
見渡せば、動くことのない魔物達にはそんな短剣が一本ずつ、その身体にまるで印でも付けているかのように突き刺されている。
「ヨハンさん、足元お気をつけて」
「えっ」
短剣に気を取られているヨハンにセレフィナが注意を促す。
抜けた声を上げつつセレフィナの声を聞いて足元を注意すると、そこには――
「(教会の…………)」
見覚えのある象徴があしらわれたペンダントが転がっていた。
それはエヴァが普段着けているものと同じ、教会の信者であることを示す装飾。
そして先日王都で落ちていたものとも……
「…………コレ、ですね」
セレフィナは目を細めてそのペンダントを睨む。
ヨハンの方も観察すると――
「魔石…………それも二つ、仕込まれてるな」
今の充填状況でも、魔導士であることに違いはない。
そんな彼の観察眼が解を出す。
このペンダントを中心に、術式が進行形で展開されている――十中八九、魔導石と魔石によるもの。
術式を保存している魔導石に魔力を供給する役割の魔石。その組み合わせが、このペンダントには仕込まれている。
他の魔物も同様で、これならば彼らの動きと意識を封じているのは魔術ということになる。
「この様子…………恐らく発動している魔術は『舟人の微睡み』。
対象の意識を昏倒させ、動きを奪う術です」
術に掛けられた対象をひと目見て術式を見破ったセレフィナに、ヨハンは内心舌を巻く。
「それなら、このペンダントは動かさない方が良いな」
「えぇ…………この数は流石に……」
一切の動きが無い魔力反応――探知魔術で感じていた反応の真相を知ることは出来た。
反応の立体的な上下関係が把握できないので、同じ空間に居る魔物の反応だとは思わなかったが…………この状況は正直、個人で対応できる範囲を超えている。
この迷宮がこんな妙な事態に陥っているなど、ラキアは夢にも思わないだろうが…………“迷宮の調査”というこのクエストの目的は十分に果たしたはずだ。
この状況、ひたすらに不気味過ぎる。
誰が? 何の目的で? 迷宮の構造に介入するなんて罪を犯してまで……?
「(いや…………考えるな……。深入りするとロクなことにならないぞ……)」
胸の奥で沸き立つ愚かな好奇心を、ヨハンは御する。
だが――
「一体ずつ、確実に仕留めましょう。この数とはいえ、動いていないのであればただの木偶。
何者の――どんな企みかは到底分かりませんが、見過ごすわけにはいきません」
人間という生き物は、誠実が故に抱く正義感を御することは難しい。
それが厄介な状況にその身を投じることに繋がると理解していても、それすら厭わない者こそが抱く感情だからこそ……止めることは不可能なのだ。
「(……でもまぁそうなる…………よな……。
けど――うん、セレフィナの言う通り、今の状況なら確実に安全に“処理”出来るか……?)」
そう、彼女の言う通り見過ごすわけにはいかない――というのも事実。
迷宮の最奥へ繋がる場所に、こんな魔物の大群を……大量の魔導石という資源を用いてまで捕らえているなんて絶対にまともな企みではない。その企みを今自分達がこの魔物を処理することで防ぐことが出来るのであればそれが一番だろう。
「そうだな――」
胸の内に不安を抱えつつも、ヨハンはセレフィナの言葉に同調し囚えられた魔物の処理を始める――
◆◆◆
「これで…………全部……ですね」
数十体の魔物。
それらを二人で手分けして絶命させる作業……一時間弱。
足元に仕掛けられた昏倒させ動きを封じる魔術が自分達に降りかからないように気を使っていたので、少々時間が掛かってしまった。外はもう暗くなり始めている頃だろうか。
「流石に――応えますね…………っ……!」
「――!」
そんなことを考えていると、額に汗を浮かべたセレフィナの身体がフラリ――傾くのを見た。
だがそのまま倒れるなんてことはなく、彼女はその美しい曲線美を誇る脚を曲げてしゃがみ込んだ。
「大丈夫か?」
「え、えぇ…………少し休めば……」
「(“急性魔力欠乏症”――流石のセレフィナでも無理があるよな)」
体内の魔力が著しく低下した際に発症する症状。それが彼女の身を襲っていることは明白だった。
軽度であれば軽い目眩や耳鳴り程度だが、重度になれば身体の自由を失い、意識の喪失は免れない。彼女の言うとおり少し休めば体内の魔力が回復するので問題ないが、ヨハンはその姿を見て罪悪感を覚えた。
「(朝からの連続した戦闘……それに“俺が居るから”きっと、休憩したいとも言えなかっただろうし…………うん、俺のせいだな……)」
顔色を真っ青にして、膝をついてこめかみを押さえる彼女に視線を合わせるようにヨハンもしゃがむ(勿論谷間が覗いてしまうので絶妙な距離を置いて)。
魔物の処理が終わったので早くこの場から立ち去りたいが、今は彼女の体調を回復させるのが最優先だろう。
その為に、彼女のおかげでまだ体力も魔力も余裕がある自分に出来るのは……周囲への警戒だ。
というかそれくらいはしないと人間的にちょっとどうかと思うレベル。
ひたすらに、罪悪感……。
「周りは俺が警戒しておくから、セレフィナはゆっくりしてな」
「……えぇ、そうさせてもらいます…………」
目眩と嘔吐感に襲われているからか、素直に進言を受け入れる彼女に頷いて、
「『探知魔術』――」
ヨハンは探知魔術を展開。
「――!?」
だがそれにより、彼は不可解な状況を認識した。
「(魔物は全て殺した――のに、反応がっ――!?)」
何の反応も返ってこないと踏んでいた探知に、魔力反応。
咄嗟に探知魔術を解除――そして反応がした方向へ視界を向けると――近くに何かが転がってきた。
カシャンッ――音に反応し、視線を下げる。
「(教会の……ペンダント?)」
自分よりも、セレフィナの近くに“ソレ”は転がってきた。
何故――考える暇は無かった。
一瞬の静まりの後、ペンダントが光を放つ。
ペンダントに仕込まれた……魔導石が起動したことを示す光と彼が認めた瞬間に――
「グルルルアアアアァァァァァッッッ!!!!」
「なっ――!?」
ペンダントを中心とした空間から、突如としてコバルウルフが現れたのだ。
その牙が標的にしているのはセレフィナ。
目眩や耳鳴り、意識の朦朧――魔力が枯渇したことによる欠乏症の症状に耐える彼女は、突然の来襲者に反応出来ていない!
「セレフィナッ――!!」
ヨハンは声を上げると同時、半ばパニックになりながら彼女へ向かって駆け出していた――




