↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
27/32

3-9 術式解放

 殺戮の光弾が降りしきる中。


「俺が合図をしたら、障壁を解除してくれ。

 そして後は……手筈通りに」

「…………はいっ……!」


 ヨハンとセレフィナは、共に敵を見据える。


 だがその陣形は先程とは異なり、ヨハンが前列。その後方に立つセレフィナが彼をバックアップする形。

 学院での序列を考えれば、ごくごく自然な陣形。

 しかし、本来の実力を知る者から見れば、蛮勇でしかない。


 その本来の実力を知る唯一の人物――ヨハンの手に握られているのは、セレフィナが角雷鳥竜オルネリス事件の日から大切に持ち歩いていた短剣。

 いつの日か元の持ち主であるヨハンに渡し、あの時の礼を伝え彼が断ち切ろうとしていた繋がりを手繰り寄せようと考えていた――


「(遂にアレをヨハンさんに…………!

 言いたいこと、聞きたいことは山程あります。ですが今は……)」


 数ヶ月抱えてきたモヤモヤを吐き出すことが出来る機会が訪れたことに昂揚しながらも、彼女はそれを雑念とし振り払う。


 目の前の少年の――“いつもよりどこか頼りない”背中を見つめ、合図を待つ。


 策の全貌は説明されていない。だが、自分にして欲しいことを短く的確に指示されたことで、セレフィナは余計な思考に脳のリソースを割くこと無く集中することが出来ていた。


 己が展開した魔術障壁が光弾に見舞われて音を立てる。

 この魔術で展開している障壁は同じ魔力量を使用する場合、術者と展開する場所の距離に比例して硬度が変わる。

近ければより硬く、遠ければ脆く。今のように身体の近くで展開している以上、これが破られることは無い。


 集中する――彼の足を引っ張らないように。

 決して彼から“庇護対象”などと認識されぬよう、与えられた役割を全うする。


 呼吸が深くなる。目に映る情報を広く漏れなく掴むことが出来るようになりつつ、その中心へと意識が凝縮されていく感覚。

 障壁の立てる音が徐々に遠くなる。やがて、己の心臓の鼓動が聞こえてくる程に集中して――


「今だ――!!」


 ヨハンの合図。


「はいっ――!!」


 それと同時にセレフィナは障壁を解除した。


「うおおおおおおおお!!!!!」


 一瞬の違いも無い絶妙なタイミングで解除された安全圏からヨハンは雄叫びを上げながら駆け出した。

 ほんの僅かに生まれた、息継ぎ程度の光弾雨の隙間。縫うように、ヨハンはモノプスゴーレムへと距離を詰める。


「ガアアアアアアア!!!」


 ――ドドドゥッッッ!!!


 だがその隙間はあくまでもほんの僅か。

 すぐさま独眼から放たれる光弾がヨハンを襲う。


「『障壁魔術エスクド』!!!」


 しかし、セレフィナは再び障壁を展開。

 ヨハンの正面に沿うように……盾となるように展開された壁が、殺戮から彼を守る。


「(最低限の面積で自分を守りつつ、突っ込むヨハンさんも守る……ですが)」


 一撃目は容易に。

 しかし、二撃目、三撃目となると――


「(このまま私との距離が離れると…………硬度が)」


 先程まで余裕で防げていた光弾が、その障壁にヒビを入れる。

 やがて破壊され、再び詠唱――障壁を展開――破壊――を、繰り返す。


「(この辺りで――)」


 しかし直線距離を全力疾走した彼は既に、モノプスゴーレムの付近まで接近。

 そこで、


「(このくらいの高さに――)」


 ヨハンの方も障壁を展開した。

 だがそれは、己の身を守るための盾としてではなく。


「(障壁を…………階段のように……!?)」


 その巧みな術式コントロールを用いて、ヨハンは空中に階段を作るかのごとく……複数の障壁を生成した。

 建築されたのは、モノプスゴーレムを取り囲む螺旋階段。


「(魔力は無くても…………このくらいの“練度”は、あるからなっっ――!)」


 その空中階段を一気に駆け上がる。

 岩の巨人の体長、その頂点を目指すように。


「グッッゥ…………!!」


 モノプスゴーレムからみれば、ヨハンは小人同然。それも、セレフィナとは違い先程まで身を屈めて蹲っていた羽虫同然の存在。

 鬱陶しそうにうめき声を上げるが、それに対応する俊敏性は持ち合わせていない。


「(光弾を浴びてしまう直線的に動くタイミングはセレフィナに守ってもらい。

 その後はこうやって方向を目まぐるしく変えていけば……直撃はしないっ――)」


 どのくらい離れたら障壁で光弾を守れなくなるのか――それを事前にセレフィナに聞いておき、守ってもらえるギリギリまで最短距離で近づいて、後は自前の障壁螺旋階段で“弱点”までの距離を詰める。

 足場を作る程度なら、無詠唱でも複数展開でも問題ない。息を上げることも無く、ヨハンはすぐに螺旋階段の頂点へ辿り着く!


「ここからが…………勝負――!!」


 躊躇無く階段の頂点――モノプスゴーレムの頭上真上から飛び降りたヨハン。

 その姿を、弱点でもあり必殺の源である独眼が捉える。


「ォォォォォオオオオオオッッッ!!!!!」


 地響きのような唸り声と共に、光を凝縮したような閃き。放たれる殺戮の光弾。

 そのタイミングで、


「『障壁(エス)……魔術(クドォォォォ)』!!!!!」


 ヨハンは己が持ち合わせる唯一の盾を展開。

 だが、この距離で放たれる光弾をまともに受け切る硬度を、今の彼が展開できる障壁は持ち合わせていない。


 即座に破られ、彼の身体は粉々になるだろう。

 しかしその未来は訪れなかった。

 代わりに、離れた場所で見ていたセレフィナの視界に奇っ怪な光景が映る。


「円錐状の……障壁…………?」


 空中で落下しながら、膝を抱くような姿勢で身を屈めたヨハンを包む障壁。その形状が。

 光弾の射出方向へ頂点を向けた円錐状だったのだ。


 セレフィナは考える。

 そんな形状で障壁を展開する意味。


 その意味は、続く光景を見るとすぐさま理解できた。


 ――パチッッ!!!


 まるで弾くように、受け流すように。

 円錐の頂点は欠けつつも、光弾はヨハンの後方へと攻撃を逃され天井へと突き刺さった。


「(なるほど…………衝撃を受け止めるのと受け流すのでは必要な硬度が違って当然。

 魔術による障壁とはいえ、物理的法則も考慮するべき――と、言う訳ですね!)」


 本来ならそんな小細工をしなくても、ヨハンの障壁ならこんな光弾は余裕で防げる。

 にも関わらず、こんな技巧を見せてくれているのは…………言わなくても分かる。セレフィナの為だろう。


「(…………ホント、ヨハンさんはお人好しですね…………)」


 心のなかでまたしても、彼への気持ちが膨らんでいくのが分かる。


 そして――


「(よ、良かったぁ…………!!!)」


 一方のヨハンはというと、心の底からの安堵を覚えていた。


「(今のが一番の鬼門だった…………!! 一か八かの“小細工”……せ、成功ッ……!!)」


 その技巧。

 正真正銘……自分の為だった。


 障壁を解除――極限まで障壁の強度を上げる為に小さくした身体を広げ、敵の弱点目掛けて落下する。


「ガッ――アアアアアアァァ!!!」


 まるで顔周りに飛ぶ虫を払うように、モノプスゴーレムはその両腕を振るう。

 当たればヨハンの身体は吹き飛び塵となること間違いなしの一撃。


「――ッッッ……!?」


 しかしその両腕、振るうこと叶わず。

 原因を探る独眼が見たのは、己の両肩、両肘の動きを阻害するように展開された立方体の形をした障壁だった。


「(力を籠める前に関節に邪魔が入ったら、動き止まるだろ)」


 複数展開――その為、一つ一つのそれらは大した強度を持たない。

 それを証明するように、僅かにチカラを込めればすぐにその障壁は砕け散った。

 だが数瞬の遅れは生じる。

 ヨハンにとってはそれで十分だった。何故なら今は、その数瞬を争うような場面なのだから――


「『狩人の光弓 五矢(ルークス)』!!!!!!」


 両腕の攻撃を掻い潜り、ヨハンは全力の矢を放つ。

 それを受け止め防ぐのは――


 ガキンッ――!!


 モノプスゴーレム最後の盾である――魔術障壁。

 それを見越して、ヨハンは矢の着弾点を中心に集中させた。


 その一点を狙って、


「うっっっ――オオオオオオオオッッッ!!!!!!」


 全力全霊全体重――落下の勢いをも籠めて、短剣を突き刺した!


 バキッッ――!!!


 その衝撃で、モノプスゴーレムの障壁は刃の侵入を許す。

 だが――


「あぁっ――!!」


 その一部始終を目にして、セレフィナは悲痛な声を上げてしまう。

 無理もない。

 その一撃が。短剣による一撃が。


 刃長の短い短剣が故に、届かなかったから――


 もしモノプスゴーレムに瞼があれば。口があれば。

 魔術障壁を突き破るも、その目前で止まった短剣の刃を見て……目を細めて含み笑んでいただろう。


 羽虫の、決死の策は失敗に終わった――そう確信した独眼が、


「“次で”終わりだ」


 障壁に短剣を突き刺したヨハンの含み笑みを映した。


 短剣を逆手持つ右手に沿わせるように、左手を柄頭に乗せる。

 同時――ヨハンは左手を伝い、短剣へ魔力を注いだ。


「『術式解放エフェクトゥム』――」


 そして口にする。

 彼が決して行使出来ぬ筈の魔術名を。セレフィナのような才能に溢れた魔導士のみ扱える高等魔術を――


「『咎問え(グラキス・)ぬ凶刃(ファルマーレ)』!!」


 ――刹那。

 短剣から絶なる冷気と鋭さを備えた氷刃が顕現。

 障壁に突き刺さった刃からその刀身を伸ばすように生み出された氷の剣は、巨人の独眼を無慈悲に穿つ。


「ガッ………………アアッァ………………!!」


 くぐもった断絶魔と共に、岩の巨人は力なく崩れ落ちていく。


 永久に光を失った視界の後を追うように、その魔物の意識も失われていった――



◆◆◆



「魔石にも色々種類があってな」


 黒い霧を立ち昇らせて消える王の残骸から、手のひら程度の大きさの魔石を拾い上げたヨハンが、セレフィナの元へと戻る。


「特にボスなんかがドロップしてくれることが多いんだけど…………コイツみたいなレア物には、魔力を内包する以外の特性を持つことが多い。

 その特性でよく見かけるのが……“術式の保存ストック”」

「――!」


 それを聞いて、セレフィナは先程の戦闘が始まる前……ヨハンから受けた指示の内容を思い出す。



『この短剣に魔力を集中させながら“平均的な学院生レベルの魔力量でも行使出来てモノプスゴーレムの目玉を貫けるくらいの攻撃力がある術式難度の高い魔術”を詠唱してくれ』



「(障壁で光弾を防ぐように言われた後で、意味不明だけど妙に具体的な指示をされたと思いましたが…………)」


 ヨハンのまるでイタズラがバレた子どもが母親に言い訳するような表情を見て、セレフィナは得心する。


「そのレア物を“魔導石”って呼ぶんだけど……この短剣、柄の部分に細工をしていて――」


 柄の部分、申し訳程度に施された装飾部分を押して……叩く。

 すると、短剣の柄が外れて中から“砕けた石の破片”がこぼれ落ちた。


「こんな感じで…………うん、仕込み短剣――ってとこかな」

「………………そんな、仕掛けが」


 魔導石――魔力の内包という通常特性が変容し“術式の保存”という特性を持つに至った希少な代物。

 一度のみ術式の保存を可能とし、後は“その魔術を行使するのに本来必要とする魔力”を注げば誰でもその術式を行使出来るようになる――というもの。

 なお、魔導石を介して魔術が行使された場合、その魔導石は術式を解放する負荷に耐えられず砕け散る。


 希少かつ消耗品ではあるが、一度だけ本来己が使えぬ術式を使用出来る――と、ここまで聞けば非常に強力なアイテム。

だが“保存ストックした魔術を行使するのに本来必要とする魔力”を注がねばならないという点が問題点であると言えよう。

 しかしそれでも、武器や切り札になる可能性を秘めているのに違いは無い。


 そう考えて冒険者時代に手に入れて、短剣に仕込んだのだが――


「(結局…………『もったいない病』が発病して……使えなかったんだよなぁ……)」


 貧乏人の悲しい性と言えようか。

 安物の短剣を加工屋に持っていき、柄に魔導石を仕込んで貰ったのだが……遂に使う機会は訪れず、使おうという気持ちになることも無かった。


 なにより当時の彼には(今もだが)高難度魔術の保存ストックを気軽に頼める知り合いは居なかったし、大抵の敵は充填チャージ三日目の恩恵である膨大魔力による初級魔術のゴリ押しでなんとかなっていた。

 そもそも戦力の補填をしたいと考える充填チャージ一日目や二日目のことを考えるのであれば、そういった切り札が必要な状況を避けるように立ち回ることが一番である。


 さらに言えば、強力な魔術は消費魔力量も大きいことが殆ど。

 それでは術式解放の為に注ぐ必要のある魔力量がネックになる。


 『充填チャージ不足の日でも行使可能かつ強力』――そんな都合の良い術式なんて習得していないし、仮に習得しているのであれば消耗品に頼らず普通に使えばいい…………など。


 ことごとく、ヨハンの実情に噛み合っていなかったのだ。


「(まぁ……何があるかわからないよな。お陰で、この場を切り抜けられた訳だし)」


 それでも、ヨハンは万が一を想定して備えてくれた過去の自分に感謝する。

 だが危機を乗り越えたものの、別の問題が浮上してくるのだが。


「…………………………」


 ヨハンは自分を見つめる、美しい相貌に視線を返す。

 これは、コチラから言わねばならないだろう。


 セレフィナが知らない短剣に仕込まれた細工――それを知っているということは?

 言葉にしなくても明白なのだが、この場は敢えて言葉にしなくてはいけないことなのだろう。


 月並みではあるが、コレが“男の仕事”というものなのかもしれない――


「この短剣…………元々俺が使ってたヤツだから、さ。

 “あの日”、そのまま置いてった…………ヤツで……」


 上手く紡げず、途切れ途切れの言葉。

 だがそれでも。

 セレフィナはその言葉を、待ち望んでいた。


「…………その節は本当にありがとう…………ございました……っ!」


 ようやく言えた礼。

 命を救ってくれた礼――本来なら、自分から伝えるべきであろう物だが。


 それを拒絶されているのではと心配して、今日まで伝えられずにいた彼女は、憑き物が降りたような気持ちになった。

 そして何より嬉しい。


 “あの日”の恩を、目の前の少年が受け取る心づもりになってくれたことが。

 それはつまり、自分との関係性を前向きに捉えてくれる一端であることの証なのだから。


「え、えっと…………」


 頬が、熱い。

 あの日のことを思い出しているからなのだろうか? いや……多分、照れくさそうにしている彼を見てのことだと思うのだけど。


 思考がまとまらず、何度もシミュレートしてきたはずの状況にも関わらず言葉が上手く紡げない。

 だが――


「……そういうことだけど。

 この短剣は、セレフィナにあげるよ。この魔導石も――」


 そう言って手渡された短剣。そして今日起きたことの総括とも呼べる魔導石を受け取る。

 借り物だった筈の――だけど手にした瞬間から宝物になっていた短剣と、今日から宝物になるだろう魔導と名の付いた宝石。


 上手く紡ごうとしなくても、心の底から自然と言葉が溢れ出した。


「はいっ――大切に、しますねっ」


 笑顔の彼女が抱きしめる、三つ目の宝物があった。

 それは切れること無く繋ぎ止めることが出来た、想い人との“繋がり”――


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。