1-3 凡人の戦い方①
「だ、誰かっ……!!」
王都の裏通り──そんなところに居るはずの無い狼型の魔物──コバルウルフに睨まれているのは、小さな女の子。
そしてその少女の盾となるように、母親と思わしき女性が魔物と少女の間に入り、腰を抜かせ震えながらも相対していた。
「どうしてこんな場所に魔物がっ……」
エヴァの疑問は最もだ。
しかし今は一瞬の時間も惜しい──
「──ふっ!」
ヨハンは考えるよりも先に、足元に転がっていた、手で握れる程度の大きさの石を魔物に向かって投げつけた。
「……っ…………!」
その石は無事にコバルウルフに命中。
狙い通り、魔物は標的を少女と母親からヨハン達に移した。
「(そうだ……こっちを見るんだ……)」
近くで機を伺っていた住人にヨハンがアイコンタクトを送ると……その住人は少女と母親を連れて距離を取ってくれた。
「(学院制服を着ていて良かったな……)」
ヨハンは節約の為、極力服を買わず必要最低限の衣服しか持っていない。
そして持っている衣服の中で一番質の良い服が学院制服……ということもあり、今日も彼は制服姿だった。
それは図らずとも周囲の人間が『エリートである学院生の彼に任せれば大丈夫』と、瞬時に判断してくれる──ということを意味する。
余計なパニックを防ぐ、混乱を鎮静化する──という意味で、ヨハンの姿は考えうる中で最上の幸運だった。
「(あとは……僕自身がどうやってコイツの相手をするか……だが──)」
睨み合い、互いの間合いをはかりつつ……ヨハンは戦いの算段を立てる。
コバルウルフ──優秀な魔導士であれば難なく討伐出来る魔物。
当然『学院序列第一位』程の実力があれば赤子の手を捻るよりも簡単に倒せるだろう。
……だが、今の彼にその実力は無い。
「(まさか充填一日目に、こんなことが起きるなんてな……)」
今の彼は異能の恩恵は受けておらず、本来の実力──凡人魔導士程度のチカラしか持ち合わせていない。
つい先日、翼竜の群れを一瞬で討伐した天才魔導士の姿は今、どこにも無いのだ。
「ヨハン……」
流石に長い付き合いだけあって、異能のことは知らないが……ヨハンが内心焦っていることだけは察し、不安げな声色と表情のエヴァ。
その声を聞いて──
「(……今うだうだ考えて……何か新しい策を講じても危険…………!
やるなら『練度の高い』策だっ──!)」
その表情を見て、ヨハンは腹を括る──
「エヴァ──“あの”連携でいくぞっ!」
そう伝えながら、コバルウルフを正面に捉えつつ、自分の左側に立つエヴァに右の手のひらを上に向けて差し出した。
そして左手は肘までを首に巻き付けるように伸ばし、手のひらを右肩の辺りで身体の外側へ向け開く。
その構えと彼の右手首にある『自分が付けているのと同じ腕輪』を見て──
「……っ! 分かった──!」
エヴァはヨハンの意図を理解し、腰から下げていた短剣を、差し出された右手に渡した。
「…………っ……!」
間髪いれず両手を重ねて正面に突き出し、その向きをヨハンに向ける。
その様子をヨハンは横目で見ながら、エヴァが『小声で呟く』のとタイミングを合わせ――
「『障壁魔術』!」
大きく声を上げる。
左手の先に、術式が浮かび上がり魔力による盾が展開される。
身体全体を守る大きさは無く、せいぜい右上半身を守る程度の規模。
「(よし……コレでいい……)」
額には、汗の粒。
しかし彼は脳裏で呟き自分を鼓舞し──
「うっ……おおおおおおお!!!!」
コバルウルフの意識を集める為、叫びながら身を低くして突撃していく。
そのスピードは凡人の域だが、直線的な動きを補助するように、駆けながら彼は自身の本領である魔術を発動する。
魔術──それは古来から存在していた。
現代では魔物、場合によっては人を攻撃する為に使われることが多いが、その起源は日々の糧を得るためとされる。
魔術が存在しなかった時代、獲物を狩る時には弓矢を用いていた。
いつしか狩人は思った──「あぁ、この重い弓と矢を持ち運ばず……矢の残りを気にすること無く獲物を射ることが出来れば」──と。
その願いと人の探究心は。
世界に満ちるマナを――己自身の魔力を――自在に操る術を編み出した。
「『狩人の光弓 三矢』!!!」
詠唱完了後、周囲に魔術によって形成された三つの光球が浮かび──
「はっっ!!!」
詠唱文が示す通り、矢のように敵を射ようと発射される。
「──グルゥアアッッ!!」
だが発射された三本の魔術の矢は、コバルウルフを射殺すことはなく、素早い跳躍で三本とも躱されてしまう。
魔を冠する獣。自分は狩られる側ではなく、人間を狩る側だ──そう言わんばかりに、牙を見せ不機嫌そうにヨハンを睨む。
同時に、敵の力量を見切る。
先程の攻撃の威力から察するに、相手の実力は然程脅威では無い。
そして『魔術を使う人間を喰い殺してきた記憶』から、人間がよく使う障壁を生み出す魔術は、複数展開するとその強度が落ちる……そのことを、この魔物は知っていた。
もしこの人間が『二つ目』の障壁を生み出したとしても、その障壁ごと喰い殺すことが出来るだろう。
……で、あるならば。
「ガアアアアアアアアァァァァァ!!!!」
己の牙が敵の身体を噛み砕く未来を想像ながら、ヨハンの障壁魔術で守られていない左半身に向けて飛び掛かる──!
だが──
「(そうだ……コッチ側がガラ空き──だろ?)」
ヨハンは仕留める為に魔術を使ったのではない。
『敵の位置を調整する為に』魔術を行使したのだ。
狡猾な魔物──しかし、どれ程知恵が回ったとしても所詮は獣。
ヨハンの思い通りにコバルウルフの獰猛な牙が迫る。
「(もう少し……)」
強靭な顎の力で、その鋭利な牙を突き立てられればひとたまりもない。
一人の人間に致命傷を負わせるには十分すぎる程の凶牙。
「(……っ…………もう少しっ……引き寄せる──)」
その見るだけで怖気が立つ物を、捕食者が口内に広がる血肉の味を錯覚出来るであろうほどの僅かな距離まで引き寄せる。
迫り来る牙──肩から首を喰い千切る角度で──不快な臭いが鼻腔に届く程に──せまって──!
「(──今っ──!!)」
そしてヨハンは短剣を握ったまま、勝ち誇ったように人差し指を立てながら──
「『障壁魔術』」
──ガキンッッッ!!!
「──ッッッ!?」
想像していた血肉の味は訪れず。
代わりに口に伝わってきたのは……石のように硬い感触。
障壁魔術──『二つ目』の強度であれば、問題なく喰い破れるはずなのに……何故──?
コバルウルフは頭蓋に響いてくる衝撃に揺らされる脳で、『手遅れ』な疑問を反芻する。
「(やっぱりお前ら……コバルウルフは賢くて──助かるよ……!!)」
動きが予測出来ない荒くれ者よりも、知恵の回る相手の方がやりやすい──そう思いながら、身を低く屈めていた姿勢を膂力に変え、
「う──おおおおおお!!!!」
右手に持った短剣を、攻撃を防がれ隙を見せたコバルウルフの顎から喉元の間を目掛け、振り上げるように突き上げる──!!
「──キャンッ」
見た目に似合わぬ子犬のような断絶魔の後。
コバルウルフは全身を数瞬痙攣させ……その動きを永遠に停止させた。
魔物の体内に侵入した短剣は、ヨハンが突き刺したそのままの勢いで脳髄に到達し、生命維持にとって重要な部位を無慈悲に破壊したのだ。
相手の身体構造──急所を理解していないと出来ない、鮮やかな芸当だった。
「…………っっ…………」
全身に返り血を浴びながら、魔物の絶命を待ち──
「………………はぁ〜……!!」
張り詰めていた精神を緩め、自然と止まっていた呼吸を再開するヨハン。
コバルウルフだった肉の塊から短剣を抜き、通りの石畳にそれを横たえ……自らも座り込む。
全身にドッと溢れた疲労感を、空を仰ぎながらのため息で少しでも吐き出そうとする。
「大丈夫? ヨハン──」
そんな彼を覗き込むようにしながら声を掛けるエヴァ。
彼女が無防備にも覗かせる深い胸の谷間から目を背けながら、
「あぁ……うまく、いったな」
冒険者時代に積み重ねた連携を覚えてくれていたことに感謝する。
「(『今』の僕が使える遠距離魔術では、コバルウルフを仕留めるには火力不足……それどころか、まともに当てることすら怪しい。
……だからこうして接近する必要があった)」
とはいえ、敵に接近するということは反撃を受けるリスクが跳ね上がる。
その跳ね上がる反撃のリスクを防ごうにも、充填一日目の彼が“普通のやり方で”生み出せる障壁魔術では、コバルウルフの攻撃は防ぐことが出来ない。
“その問題をなんとかする為に編み出した”のが、今回の策。
『障壁魔術』は注ぐ魔力量によってその強度が増す。
魔力消費量を大きくすれば効果範囲も大きくなり、『遠い位置』へ、更に複数の障壁展開も可能となる。
逆を言えば“自分の身体に限りなく近い場所”で“限りなく小さなサイズ”、そして“展開する数を絞れば”、少ない魔力量でも強度の高い障壁を生み出すことが出来る。
しかし、防御範囲の小さな障壁一枚で攻撃を防ぐには相手の行動を正確に予測しなければならない。
凡人には至難の業――それを実現させるには、相手を誘導し、攻撃が来るであろう箇所を絞り込む必要がある。
「当然っ──今でも、小声で詠唱する鍛錬は欠かさずにやってるんだから」
冒険者時代から付けている『お揃いの腕輪』を鳴らすように右手の拳を握り……ついでに胸を張りながら、誇らしげに声を高くするエヴァを見て彼は苦笑する。
この策で一番重要な“仕込み”は、相手との距離を詰めるよりも前に既に終わっていた。
最初にヨハンの右半身を守るように展開された障壁はエヴァが行使した魔術によって生み出された物。
そしてヨハンは、彼女が詠唱するタイミングに合わせて魔力を込めていない、魔術的意味を排した大声をあげ、己が魔術を行使したかのように見せかけた。
そうすれば半端に知能の高い──障壁は複数展開されると強度を落としてしまうことを知っている魔物は、ガラ空きに見える左半身を狙ってくる。
そこを、ヨハン本人の近距離小範囲かつ“一つ目”の障壁魔術で防ぎ──短剣で仕留める。
実行するには味方への信頼と攻撃をギリギリまで引き付ける胆力を要する、周到に張り巡らされた策。
ごく一般的な実力の冒険者であれば、賞賛されるべきモノだろうが──
「(まぁ言ってしまえば……ここまで密に他人と連携して頭を使わないと、こんな魔物にも勝てないってことなんだけど……)」
エリートだらけの魔術学院生──そのトップである『学院序列第一位』としては、あまりにも泥臭い勝利。
……無理もない。
コレは昔、充填期間が不十分なタイミングで戦闘になってしまった時に編み出した“凡人の戦い方”なのだから。
こんな戦い方をしていたのを学院生に見られたら何て思われるか──そんなことを思いながら、ヨハンはエヴァに借りた短剣をハンカチで拭いて、
「本当に助かったよ……短剣も、ありがとう。
……僕も短剣くらいはいつも持ち歩くようにしないと──」
「ヨハン……さん…………?」
返そうとした時、綺麗な声が耳に届いた。
「(マジかよ…………っ……!)」
振り返り……そこに立っていたのは。
先程の一部始終を見ていたであろう──セレフィナ・ユキ・ラグトゥール。
ヨハンの『学院序列第一位』に見合う実力しか知らず、その背を追い憧れる少女『学院序列第二位』の姿だった。




