3-7 背中へ指筆。嗚呼、ブラのホック!!
「そういえば」
探知魔術を使用して戦闘を避けていることもあり、迷宮を進む足取りは順調。
スムーズに最奥地へ向かうことが出来ているその道中で、セレフィナはヨハンに質問を重ねていた。
「ヨハンさんが冒険者だった頃は、探知した敵の位置をどのようにメンバーに共有していたのでしょうか?」
その質問は主に、セレフィナが知らないヨハンの過去を“僅かに”伺える魔術、迷宮、魔物に関しての質問。
直接的に過去を掘り返そうとする無粋さを認められないように、一番の目的をオブラートに包んだ問いが重ねられる。
「えーっとだな……」
その問いの奥深くに隠された彼女の気持ちには気づかずに、ヨハンはセレフィナに言葉を返す。
「地図の用意が出来ていたら、それを使ってたかな。無ければ地面に簡単に書いたりとか」
超高等に分類される本来の探知魔術と違い、ヨハンの簡易版は『立体的な位置関係』を探知出来ない。
故に、ヨハンが探知した情報は地図などの二次元上での共有で事足りるのだ。
「あっ、でも……」
「?」
そう話していると、ヨハンは何かを思い出したかのような声を上げた。
「エヴァと二人でクエストに出てた頃は…………違ったな」
「!」
そのボソリ――と呟かれたセリフは、セレフィナにとって決して逃せない代物だった。
エヴァ。
昨日王都で会った、確実にヨハンへ想いを抱いている少女。
「ち、違ったとは…………?」
恐る恐る。
目下のライバルであろう彼女とヨハンの秘め事を探るような気持ちで、追求する。
「……………………………………」
「……ヨハンさん……?」
だが返ってきたのは「しまった」と言いたげな表情だけ。
何となく、面白くない。
「お、教えていただけませんか?
私もヨハンさんから教えてもらった探知魔術を使う際の、参考の一つとして……!」
セレフィナは策士だった。
こう言えば、魔術を教えたという立場上彼が情報を提示しない訳にはいかなくなるということを、彼女は察していたのだ。
「………………あー……」
ヨハンは頭を掻きつつ、セレフィナの策通りに口を開く。
極めて言いにくそうに。
「背中に指で書いて……教えてたかな……」
「…………………………えっ」
背中に、指で?
…………自分の頬が、僅かに熱くなったのを感じた。
「い、いや……地図があった時は、違ったぞ!?
あ……ん……? ……いや…………エヴァと二人しかメンバーが居なかった頃は、地図代も勿体ないみたいなことをアイツが言って…………背中に書くことが多かったか……?」
「………………っ……」
それを聞いて、セレフィナはエヴァの気持ちが痛いほど分かった。
というより、理解してしまった。
「(エヴァさん…………やりますわね……)」
直後、彼女が抱いたのは敵への惜しみない称賛。
背中への指書き――そんなボディタッチの機会を、彼女は巧妙な誘導をもってして生み出していたのだ。
自分の身体や存在を相手に意識させ、籠絡するためだろう。あまりにも、策士。
「(私に足りないのは…………こういう部分も、間違いなくありますね……)」
自分なら恥ずかしくて出来ない。
しかし、ヨハンも言っていたではないか――『思い切りも大切』だと。
「で、でも……アレだ! 他のメンバーが加入してからは、絶対やらなくなったし……決して、いかがわしい感じとかは無くて――」
「してください」
「え?」
「私にも“ソレ”…………してください」
「…………え?」
耳まで真っ赤に染めながら、セレフィナは続ける。
「背中に指で書いて伝える…………とても、とても合理的な方法だと私は考えます。
地図が用意できない状況なんて珍しいことでは無いでしょうし、地面に書くのも今いるような石畳の迷宮などでは難しい。口頭で伝えるのも手間と時間がかかるうえ、隠密行動を取る必要がある場合はそれも出来ません」
脳をフル回転させて絞り出した、正当化するための材料を早口で捲し立てる。
「以上のことから、背中に指で書いて伝えるという方法は、特にこの二人パーティという状況では最も適していると判断できます。
違いますか? 違いますかっ!?」
「………………お、おぉ……」
ヨハンの顔が引きつっていることが分かる。
何故?
「(エヴァさんにはやっていたのに……私には、嫌ということですか……?)」
そんな不安が脳裏をよぎる。
しかし、先刻自分のあられもない緊縛姿を見て鼻血を出していたことを思い出し、敢えて“自惚れ”る。
「ほらっ――どうぞっ!!」
「――!!」
セレフィナは勢いよくヨハンの手を取る。
……だが、ここで不運が重なった。
――むにゅっ。
「えっ」
セレフィナがヨハンの手を取り。
そしてその動きに対し、ヨハンが僅かに抵抗……結果。
セレフィナの胸に、ヨハンの指先がめり込んでいた。
「~~~~~っっ!!」
湧き上がる羞恥。
だが『それ以上の』感情を、セレフィナが覚える時は来なかった。
なぜなら――
「~~~――……………………ヨハン、さん……?」
――めりっ。
ヨハンの顔面に、彼自身の拳がめり込んでいたから。
奇行とも呼べる……むしろそうとしか呼べない彼の行動を目にして、セレフィナは先程の“事故”のことを深く考えずに済む時間を得た。
まるで練った小麦粉に拳を叩きつけるが如く、己の顔面に拳を突き込んで…………。
「(それ……鼻とか、折れてるのでは……?)」
鼻っ面への打撃を受けた者同様に、その光景を目にした者も様々な感情・思考を断ち切られるのだろう。
彼女の心中はもう、ヨハンの顔面への心配で染まっていた。
「じゃ、じゃあ…………背中に指で書いて、教えるから……後ろ向いてくへぇ…………」
「えぇ……? …………は、はいっ…………??」
苦しそうに呻きながら、言葉を繋げるヨハンにセレフィナは唖然としながらも従う――
◆◆◆
「(前が見えねェ)」
暴発が先か、顔面崩壊が先か――そんな絶望一色でヨハンは痛みに耐える。
だがその痛みのお陰で、セレフィナの胸の感触は触覚情報が脳に届く前に上書き削除することに成功した。視覚情報も、脳細胞から吹き飛んだようだ。
「(……やはり俺の直感は正しかった。
この娘は…………危険過ぎる)」
見た目や性格は勿論、
「(関わる度に危険なことが起きる…………そして、抵抗しようとしたら……コレだ…………)」
どうやら微妙な部分で抜けていると分かった彼女の……その行動の尽くが、ヨハンの禁欲を阻害するような事態を発生させているように思えてしまう。
他の男なら幸運的助平として喜んでいるところだろうが、ヨハンの場合はそうはいかない。
不運的助平の他無い。
「(こうなったら腹を括って、抵抗せずにありのままを受けいれる。そして受け入れたうえで……対策を取る)」
その方が消耗する肉体・精神的エネルギーが少ないと判断した。
「…………どうぞっ……」
そして、件のセレフィナは無防備な背中を向けてくる。
「(そうさ…………あの暴力的なまでの胸は、体勢的に見えない。
そしてこの背中への指筆自体は、エヴァで慣れている)」
少しずつ回復してきた視界に、セレフィナのピンと伸びた背筋……そのシルエットが浮かぶ。
育ちの良さ、スタイルの良さ――それらを伺える、細い背中。男である自分とは決定的に違うと認識してしまう細いシルエットが、ゴクリッ――ヨハンに喉を鳴らさせた。
「『探知魔術』」
術式を展開。
そして感知した敵の位置を、指先で表現する。
「…………いくぞっ……」
セレフィナの背中という、極上のキャンパスへ――
――つんっ。
「ひゃああああああああっっっんっっっ!!!!」
「エッッッ!!!!???」
刹那の瞬間。
迷宮内に、そこで響くには最もふさわしくない、
「…………!! …………………………!!」
セレフィナの、嬌声が響いた。
「…………………………えぇっと……」
口を両手で抑えながら、セレフィナはプルプルと震える。
制服越し。
そう……ジャケットやシャツ、それらを挟んだうえの、ヨハンの指の感触だったのだ。
……………………にも、関わらず。
「ご、ごめんなひゃい…………」
あんな、声が、勝手に?
「(………………あぁ……そうですか……)」
そして悟る。
「(エヴァさん…………“コレ”が、目的だったんですね……)」
少し顔を合わせた程度の仲。
仲と呼べるほどの関係性を築けているとは言えない彼女のことを、セレフィナは強く理解する。
最初は“自分の身体をヨハンにアピールする”という目的で、こんな探知結果伝達方法を取らせていたのだと思っていた。
だが真相は、
「(このゾクゾクする感じ…………コレを、目的に……!)」
ヨハンの指先が、身体をなぞるその感触。
これを求めて……彼女は――
「(なんて破廉恥な………………でも、求めたくなる気持ち……分かるぅっ…………!!)」
とある部分で。
セレフィナはエヴァの、最も深い理解者となった。
「大丈夫か……?」
「あっ――は、はいっ……大丈夫ですっ……!」
背後からの声。
言葉を返し、続きを促す。
荒れた呼吸を整え、次は声を出さぬようにしなくては――
――つんっ。
「~~~~!!! ………………っっ…………!!」
“先程より硬い感触”。
そして、背筋をなぞって位置を伝えてくる。
「通路が…………こうで…………そして敵が……」
「……っ…………っっ……っ………………」
ぴくっ……ぴくっ…………。
身体をその指筆の動きに合わせてビクつかせながら、その感触に耐える。
正直、ヨハンの言葉は全く耳に入らなかった。
「(よ、ヨハンさん…………今、どんな表情を………………でも、もし顔を合わせていたら……恥ずかしくて……無理ですね……)」
背中越しの少年――その表情を見たくもありつつ、見れない今の状況に感謝する。
「(『障壁魔術!!!!』)」
そして少年の方も、感謝する。
「(指先の感触を、障壁でシャットアウト…………!!)」
拳を更にもう一発ぶち込んだことで醜く曲がった鼻を見られない状況に。
そして最悪の事態を避けるための策(障壁感触阻害)を邪魔されない状況に。
「(セレフィナの背中…………真後ろから見ても横側が覗けるくらいデカい膨らみ──)」
ボッキりっ──鈍音を立てつつ、曲がった鼻を強引に戻して呼吸路を確保する。
手に付着した血が彼女の服に付かぬよう気を配りながら指筆を続ける。
「(そこから直線に膨らみ同士を結ぶラインにある、この感触は…………っ……)」
彼女の推定Iカップの横乳。背中を横断するように感じる感触。
彼女が着けているであろう下着――ブラジャーのアンダー部、ホックの感触!
「(危険――!!)」
本当に。本当に本当に……何から何まで、全てが(禁欲的に)危険な美少女だった。
「(ったく…………持ち込んだなけなしのポーション…………自分で自分を殴った傷を治すために全部使っちまったぞ……)」
おかげで予想外の出費、消耗である。
……それから数分。
セレフィナに探知魔術の結果を伝え、彼女が落ち着く(?)のを待った後。
敵を避けて、長い道を進む二人は遂に迷宮の最奥地に辿り着いた。
『王の間』――迷宮の主である王が鎮座する部屋である。




