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3-6 せめてもの一線

「これは…………!」


 セレフィナによって殲滅された魔物達。

 範囲攻撃の魔術でいとも簡単に屠られた彼らの亡骸を見てセレフィナは息を呑んだ。


 正確には、彼らの亡骸が“あった場所”を見て。


「文献で読んだことはありますが……実際に現場を目の当たりにすると、奇っ怪ですね……」


 その魔物達の亡骸。

 普通ならその場に遺り、素材などで勝者生者の報酬や糧になる筈のソレが。


「あぁ……迷宮ダンジョンに出てくる魔物は、倒すと――“消える”」


 黒い霧を立ち上らせながら宙に霧散し、その姿を消していく。

 ただ侵入者を排除するためだけに生まれた存在。魔物の素材を収集したいという望みがあるのならば、全くの徒労に終わる性質を彼らは持っていた。


 だが、それでも迷宮ダンジョンには挑み、そこで戦闘を重ねる価値がある。

 それは――


「この――“魔石”を遺してな」


 ヨハンは立ち上る霧の中から、ひとつまみの宝石にも見えるモノを回収してセレフィナに見せる。


 魔石――それは、今日の人類文明を語るうえで決して避けられぬ重要な資源。

 鉄鉱石などの資源などと同様、自然界で生成される物質で、特徴としてはその身に魔力を内包している・出来るという点。


 これらを利用したのが魔導器などの文明の利器。採掘したその姿のまま利用したり、加工などを施してより便利に活用したり――その用途は非常に多岐に渡る。

 回収し売却すれば、それだけで生業となるような価値ある代物なのだ。


 そしてその代物をより効率的に収集できるのが迷宮ダンジョン

 素材を剥ぎ取り、保管し、鮮度を気にしながら回収…………そんな手間や労力要らず。

 剥ぎ取りの技術も求められず、腐乱せず、さらには手のひら程のサイズなので運搬の手間もかからない。

 

 さらに、魔力の内包以外の特性を持つこともある珍しい個体を“引く”ことが出来れば、売れば一財産。売らずに活用したとしても生涯の宝になる……そんな可能性を秘めている。


「迷宮製の魔物達の核を成しているこの魔石。

 これが今からセレフィナに教える魔術の要素の一つなんだけど」

「………………っ」


 戦闘により若干乱れた髪を整えつつ、セレフィナはヨハンの言葉に耳を傾ける。


「俺が教えるのは――『探知魔術ザフタル』」

「――!!」


 そしてヨハンが口にしたその魔術名を聞いて、セレフィナは驚愕する。


「流石ヨハンさん…………! あの超高等魔術を、習得されているんですね……!」


 まさに尊敬の眼差し。自分が習得しようと躍起になり……いまだ習得できていない魔術を、自分が認めた少年は既に。

 しかし少年はその尊敬を受け取ることを拒否した。


「いや――セレフィナが思っている魔術とは、ちょっと違う。

 俺が使えるのは、探知魔術と聞いて皆が思う魔術の劣化版――簡易版と呼んでもいいかな」

「………………?

 劣化……簡易………………?」


 セレフィナは首を傾げ、より多くの説明を求める。


「一般的に探知魔術っていうのは、その術式を持って己の魔力を広範囲に展開し、その展開した魔力網に掛かった魔力反応の質や量を感じて……敵の位置と相貌を把握する…………ってヤツだと思うけど」

「……えぇ、そうですね」


 言葉にしてみれば至極単純。

 だが、学院屈指の天才魔導士である彼女を持ってしてもその魔術を行使することが叶わないのは、この魔術の術式の複雑さにある。


「(複雑だけでなく、非常に繊細……術式操作の精度も要求されます)」


 だがそれでも、自分の知る実力者はその魔術を行使することが出来る。

 そんな領域に己も足を踏み入れる為に、日々魔術書を睨み鍛錬に励んでいるのだが。


「俺が使ってるのは、その術式を簡単にして……探知出来る要素を削ってるヤツなんだ」

「――!?」


 頬を掻きながら、恥ずかしそうに吐露するヨハン。

 その様子は出来の悪い手料理を出す時のよう。

 しかしセレフィナにとってその発言は、まさに目からウロコだった。


「『敵の位置が分かれば効率的に魔物を討伐して稼げるよな』……みたいな感じで身につけようと思ったんだけど。

 本屋で立ち読みした“本物の”探知魔術なんて、俺には到底無理だろうなって思ったから――『自分の実力の範囲内で』なんとか形に出来ないかと考えて、開発したんだ」


 開発と言うと大袈裟だけど――そう付け加えつつ、


「俺流……なんて言うと偉そうだけど、この簡易版の『探知魔術ザフタル』なら複雑な術式操作も必要無し。

 探知した対象の魔力量も、当然……対象の相貌なんて一切分からないけど『魔力反応がソコにある』……って感じで、位置だけは探知出来るって訳」


 説明を続けるヨハンの言葉。

 その中に、己が求める答えがあるような確信を、セレフィナは得た。


「『自分の実力の範囲内で』…………」


 その気になれば。鍛錬を積めば習得出来る、才ある者故の足踏み。

 対して才能に見切りをつけるしか無いが故の、思い切りの良さ。


 将来性は言うまでもないが、今この時の結果を求めるというのであれば。

 後者のやり方を取り入れてみるというのも――


「(やはりヨハンさんは凄い……!

 私に足りない物を、私の予想の斜め上から……こうも的確に……)」


 ただの「この魔術を覚えた方が」「この魔術のコツは」――なんて安易なアドバイスではない。

 彼女に取ってみればヨハンの言葉は、より自身に寄り添い考え抜かれた……心構えを説く――同じ歳頃の少年とは思えぬ深い思慮に富んだモノ。


 根拠は無い――だがそれでもセレフィナは、きっとこのヨハンの言葉が生涯の宝になるのだろうと予感した。


「そ、それじゃあこの魔石はヨハンさんの簡易版の魔術に、どういう関係が?」


 あまりにも心臓の鼓動が高鳴ってきて――その音を悟られてしまわぬか心配になったあたりで、セレフィナは疑問をぶつける。

 簡易術式を行使するだけなら、その魔石が簡易版探知魔術の要素であるとは考えにくい。


「俺の『探知魔術ザフタル』だと、魔力反応の位置しか把握できない。勿論一人で行動しているならそれで問題ないんだけど、仲間……パーティを組んでいる時は敵と仲間を区別出来たほうがいいだろ?」

「それは…………そうですね……」


 経験こそ無かったが、もしパーティを組んでクエストに臨んでいる時――例えば今のような状況でヨハンとはぐれたりした場合、魔術を行使しても敵と味方の位置を判別できないというのは不便であることは容易に想像できた。


「そこで……この“魔石”を使う」


 手に取った魔石。

 それをセレフィナに見せながら、


「この魔石にこうして……魔力を注げば――」


 彼は僅かにではあるが魔力を魔石に込める。

 すると、その石は鈍い赤の光を灯し……


「魔力が……籠もって………………?」


 注がれた魔力を、その身に宿した。

 光の明滅はおさまったものの、魔力を注がれる前と比較すると輝きが違う。


「大した魔力量は無理だけど……これだけ小さな魔石でも、注いだ魔力を保存してくれるんだ。

 これを補助として――あらかじめ仲間に配っておけば」


 つまみ持っていた魔石を――自身の魔力を注いだ魔石をセレフィナに渡しつつ、


「どれだけ簡易的な探知でも、“自分の魔力かそれ以外か”くらいは分かる。

 仲間の位置かどうかというより『予め渡しておいた自分と同じ魔力と一緒の魔力反応』を仲間と判断して行動する――って訳だ」


 ヨハンは己の『探知魔術ザフタル』の全貌を説明し終えた。


 事前準備、術式の簡略化。

 どれもが凡人が目的を果たす為の創意工夫。


「…………まぁ、俺が考えつくようなアイデアだし、他の魔導士とか……そうじゃない人も、こんな感じで難しい魔術を自分流にアレンジして使ってるとは思う」


 しかし、それらは決して卑下するような物ではないとセレフィナは感じていた。


「多分セレフィナなら、術式を覚えるのも使いこなすのもスグだと思うぞ」


 事実、目的を果たしたい時にそれが出来れば何の問題も無いのだから。

 手順に拘り過ぎるのは、意味が無い。


「(きっと私は、頭が硬いのでしょうね)」


 優等生――近親者にそう言われたことがあったと思い出す。

 あの時の自分はそれを賛辞と受け取ったが、もしかすると真面目過ぎる――なんて意味も含まれていたのかもしれない。


「………………ヨハンさんは」

「?」


 何故か脳裏に浮かんだ記憶。

 近親者ですら、賛辞に映る言葉でしか指摘してくれなかったにも関わらず。この少年は、ここまで真に自分の為になるようにと言葉を尽くしてくれたのだろうか?


「どうして、ここまで助言してくれるんですか?

 私から頼んだことではありますが……一応、私はヨハンさんと学院序列ランクを争う者同士。少々敵に……塩を送り過ぎなように、私は思えて…………」


 コレが、言葉を尽くしてくれた人へ言うことか――そう思いつつも、彼女は心境を吐露してしまうのを止められない。

 まず行うべきは礼。それすらも差し置いて、止め処なく出てしまった言葉に後悔する間際に、


「………………俺、セレフィナが居なかったら…………多分、学院序列者ランク・ホルダーになれてないんだよな」


 ヨハンの方もセレフィナに感応し、密かに抱えていた言葉を口にした。


「普通、学院序列者ランク・ホルダーになるとしても、下から順番にランク付けされていくはずだろ?」

「………………あ……」


 そこまで聞いて、セレフィナは己の過去の行いが少年に悟られていると理解する。


「五位、四位、そうやって登り詰めて始めて一位ファーストになれる筈。

 だけど俺はある日突然学院序列第一位ランク・ファースト認定がされた」

「…………それは」


 だが彼女にとって、その行いは至極当然のことだった。

 しかし彼にとってはそうでは無く。


「俺は本来、成績ポイントをどれだけ稼いでいても…………学院序列者ランク・ホルダーに認定されなかったんだろ?」

「………………っ」


 その沈黙が、回答だった。


 平民にも関わらず上流階級の学院生を超える実力を持ち、成績を積み重ねるヨハンは、王立魔術学院創立以来初めての存在。

 そうなれば当然、上流階級達への“配慮”を理事会等の上層部は計らうことになる。


 そんな理事会に。

 そんな理不尽で不条理で……セレフィナにとっては屈辱的でもあるその計らいを、彼女は拒絶した。


 理事長への直談判。

 そう出来ることではない。前代未聞でさえ、ある。


 ましてや自分の学院序列ランクを下げ、与えるべき者に相応しい地位を与えろ――などと。


 以来、ヨハンも平民として見られることは少なくなり、学院序列第一位ランク・ファーストとして一目置かれることになった。

 目立つ立場になったことで、それ故の苦労というものはある。

 だがヨハンが抱える将来へ向けた目的……それを考えると。


 もしセレフィナの陰徳が無ければ?


「(異能有りきの実力ってことを言えないのは心苦しいけど。

 せめてもの罪滅ぼし…………だな……)」


 そして、そんな“美しく正しい”彼女だからこそ、非常に魅力的な女性に思えてしまい危険なのだ。

 出来ることなら深く関わりたくない。だが、拒絶し過ぎるのも彼女に申し訳ない。


 それならなるべく早く見限ってもらおうというのも、ヨハンの考えの一つでもあった。

 罪滅ぼしをしようにも、ヨハンがセレフィナに提供できる物は限られている。使える魔術も数えるほど。こうして手の内を明かし続けていればじきに底が見える。その底を見通す力は、彼女には備わっているはずだ。


「私は当然のことをしたまでです。実力も実績もある人が、正当に評価されないなんて許されません」


 むず痒そうにしつつ、それでもハッキリとした口調で言い切る彼女はとても美しい。

 そんな彼女からの尊敬の眼差しを向けられなくなる日のことを考えると……分不相応な気持ちが湧き、胸がざわつくのを感じる。


 だがこの視線も……きっと彼女が抱いているであろう浮足立った感情の芽も。


 全て強大な魔力と同様――異能ズルで得た物なのだ。


 本来の自分に与えられるべき物では決して無い。

 彼女のような才ある者の傍が自分の居場所であるなんてことは、決して。


「(そう…………俺の居場所は)」


 話し終え。セレフィナに簡素な術式を教えている間。

 ヨハンの手は自然と、右手首に付けた腕輪に伸びていた。


 腕輪を左の指で撫でる。

 そうすれば自分の心の居所を()()ることが出来る――そう、縋るように――



◆◆◆



「………………」


 ヨハンから術式のレクチャーを受けるセレフィナは、目の前の少年がどことなく寂しそうで遠い目をしているのを見逃さなかった。

 そして先程から、意識を右手首に付けた腕輪に向けているだろうことも。


「(あのエヴァさん……という方が付けていた腕輪と同じデザインの…………)」


 彼の言う通り、アレンジされた術式は非常にシンプル。おそらく特訓も必要ではないだろう。

 勿論その簡略化する手腕には驚かされるし、何より習得が難しい魔術を簡単にアレンジしつつ、足りない部分は術式以外のところでカバーする──という発想が自分には無い物なので、素直に感心してしまう。


 だがそれでも。

 既にセレフィナの関心が教えてもらった術式では無くヨハンの腕輪に向けられている理由――それはクエストを共に臨んでも、魔術のレクチャーを受けても、内に秘めていた感謝を口にしてもらったとしても。


 覆しようのない“一線”が、互いの間に引かれているような――そんな、確信めいた予感が胸の内に巣食っていたからである。


 ……が、故に。


「その、腕輪は」


 自分の口が愚かな音を出してしまうのを止めることが出来なかった。


「パーティメンバーは皆様、それを?」


 お揃いの腕輪。

 そこに施された装飾……その中にあった小さな宝石のような石はきっと、魔石だろう。

 事前にヨハンが魔力を注ぎ、いつでも居場所を見つけられる為。窮地に立てばいつでも駆けつけられる為のもの。

 しかしその石は、探知魔術の為だけに作用している代物では無い気がしてならない。


 そこに向かう理由が出来る――彼自身が帰る場所であることを示す絆のような……。


「あぁ――あの頃のメンバーは全員同じ腕輪を付けてるよ。装飾に魔石を使っていて、クエストに出る時は俺が魔力を注ぐ」

「ヨハンさんの他に、探知魔術を使用される方は?」

「? 俺だけだけど」


 自分の予感は正しかった。

 それならば、探知魔術の為だけにヨハンがその腕輪を付ける必要は無い。


 ……セレフィナには決して立ち入ることが出来ない、想い人の深い部分――


「よ、ヨハンさんっ」


 せめてもの、抵抗だった。


「この魔石…………私が魔力を注いだ魔石を、お渡ししますっ」


 セレフィナは、回収していた魔石に魔力を注いでヨハンに手渡す。

 有無を言わさず、半ば強引に。


「えっ?」


 戸惑いつつも、それを受け取るヨハン。


「も、もしっ、このクエスト中にはぐれたりしてしまったら……ヨハンさんからだけじゃなく、私からも居場所を探知出来ればそれが……一番、なのでっ」

「そ、それはそうだな……?」


 一応は筋の通る理屈を並べて、自分の“証”を彼に渡す。

 渡された魔石を、ヨハンは懐に入れる。


 その魔石のように、少しでも彼の懐に自分という存在が入り込めたらなと、セレフィナは想わずにはいられない。


「この大きさの魔石なら…………二日間くらいは、もつかな」


 注いだ魔石は時間経過で抜け出てしまい、探知魔術の補助としての役を終えてしまう。


 たった二日。

 それでも、自分の魔力が彼の元に存在しているという――マーキング欲が満たされる状況であることで、セレフィナは満足することにした。


 同時に、先程彼が自身の魔力を注ぎ手渡してくれた魔石を胸の前でギュッと――大切な宝物のように、両の手の中で優しく抱きしめる。

 結果寄せ上げられる胸のその内側まで、懐深くまで、ヨハンの存在は入り込んでいる。


 せつなく、悲しく、同時に温かい。

 矛盾まみれの、彼女にとっては初めてで知らない感情。

 だけど、“あの日”からヨハンに対して抱いている大切な気持ち。


 その気持ちにセレフィナが自身で名前を付ける日まで、そう遠くは無いだろう。


「(……なんでこの娘はいちいち谷間が目立つような仕草をするの? おっぱい大きい自覚無いの? 無自覚爆乳美少女? は? 危険だからやめて欲しいんだけど!?)」


 一方のヨハンは、セレフィナの隙だらけな懐深くに視線が吸い込まれないよう、白目を剥いて耐えるのだった……。


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