3-5 凡人から天才へ
「え?
セレフィナ、迷宮系のクエスト受注したことないのか?」
薄暗く長い通路を歩きながら、先ほど何故あんなにも“無防備”だったのかをセレフィナに問いていた。
「お恥ずかしながら…………。
さっきはその、ヨハンさんが一緒ということもあって少々気を抜いていたこともあり……」
充填二日目の俺が居たところで気を抜く理由にはならないのだが……そう言いたくなる気持ちを抑えて、
「油断するのは置いといても。
今まで迷宮系クエストを受けるタイミングはあっただろ?」
特殊指定個体のクエストとは違ってソロ受注等を規則で禁止されている(形骸化しているが)訳でも無い。
何か特別な理由があるのだろうか?
「何と言いますか…………迷宮には、外の戦闘等とは違う知識が求められると聞きますし。
様々な可能性を考えている内に挑むタイミングを逃してしまったんですよね…………」
「まぁ…………そうか……」
「後はそうですね…………超高等魔術ではありますが、『探知魔術』を習得してから挑もうと考えていた……というのもあります」
敵の位置を把握出来ないのは不安ですし──と付け加えながら、自信なさげに話すセレフィナを見て。
「(なるほどな)」
ヨハンはセレフィナの“優秀が故の”欠点に気付いた。
「(この娘は……賢すぎるんだな…………)」
様々な可能性、危険──それらを明確に想定出来る知識と知力を持ち合わせているが故、勢いで行動出来ずに足がすくんでしまうのだろう。
そして有能だからこそ、凡人では到底習得出来ないであろう高等魔術にも手が届く。
否──届いてしまう。
凡人ならすぐに己の才能に見切りをつけて、目的を達成する為に分相応な手段を考え、実行するところなのだが。
彼女は“時間をかければ”目的を達成する為の完璧な準備を取る事が出来るが故に、いつまでもその準備に時間を割いてしまうのだ。
「ですが今回は指名クエストということで、ヨハンさんとお近づき──あっ、その、ヨハンさんの立ち振る舞い等から学べる事があるだろうということで…………意を決して、という…………はい、そんな感じですっ」
頬を染めつつ、何かを誤魔化そうと身振り手振りが大きくなるセレフィナを肩越しに見て、ヨハンは彼女の為に何かしてあげたい気分になった。
「(触媒……いつも提供してもらってる──いや、ご提供頂いてるからな……)」
日頃の感謝として。
異能で成り上がっているだけの凡人が、天才の一助になれるのなら、それは善行に違いないだろう。
「(とはいえ……何をどう言えば…………)」
直線的な通路の突き当たり、左右に分かれる道…………一瞬の逡巡の後、右を選ぶ。
そんな何気ない行動の中に、セレフィナは学びの種を見出した。
「先程の──」
「?」
“お世話になっている”少女への恩返しの方法を考えるヨハンを彼女は呼び止める。
「右の道と左の道。
どちらかを選ばねばならない先の場面で、ヨハンさんは右を選びましたよね?」
「え? ……まぁ…………」
「私にはどちらの道も違いがあるようには見えませんでした。
ヨハンさんは今、何か罠感知の魔術を使っていたりするのですか?」
「いや、そういうのは使ってないけど」
そもそも習得していない──と続ける前に、セレフィナは半歩詰め寄ってくる。
「それなら……ヨハンさんは経験則等で、どちらの道を進むのか判断をしたということ。
ヨハンさんにあって、私には無いことは多々ありますが──おそらく、最も私に足りていない物はそういった経験です。
見て盗み学ぶ──出来ればそれが一番であるとは私も思います。
ですがもしヨハンさんさえ良ければ…………その経験から導き出した今回の判断基準、それをご教授頂けませんか?」
どこまでも真面目──よりその印象が強まったのを感じながら、ヨハンは心中で悩む。
何故なら、
「(どうしよ。
正直理由なんか無いし…………適当に右の道を選んだだけだし……)」
判断もなにも、大したことを考えずに直感で選んだだけなのだ。
罠の有無は目視で確認はしてなくも無い。
だが罠感知の魔術を行使したりしてる訳でも無いし、初めて探索する迷宮だから道順は勿論、地図だって無い。
行き当たりばったりで、安全だと直感した道を選んでるだけなのだ。
「お願いしますっ……!」
しかし、目の前の少女はそんな適当な回答を求めている訳では無いだろう。
正直に直感だと伝えるだけではきっと『その直感を鍛えるには経験……やはり経験が……』みたいなことになるに決まっている。
「んー…………」
顔の前で両手を祈るように組み懇願するその綺麗な顔……そして少し視線を下げれば(断腸の思いで下げない)覗く柔らかそうな谷間──
「そうだな」
数秒の思案の後、ヨハンは彼女が納得するような理由を“でっち上げた”。
「セレフィナは、利き手は右左どっちだ?」
「え?
…………右……ですが……」
セレフィナがヨハンから視線を外し、己の利き手に視線を落とす隙に谷間をチラ見。
…………デカい。
「だよな──迷宮に入る前の戦闘で右手を使って魔術を行使してたから、そうだろうなって思ってたし──俺も、右利きだ」
後日、その爆裂な膨らみを触媒に動かすことになるであろう右手をグッと──無意味に握りしめながらヨハンは続ける。
「俺が右の通路を選んだ理由、それはその通路を進んだ後にある」
「…………?」
指を指す方向、今から進んでいく通路の先をセレフィナは凝視する。
何の変哲も無い通路のように見える。
先程から進んできた道と然程変わらない、“突き当たった先で左に曲がる”一本道。
「T字路の右を選んだらその先で左に。
左を選んでいたらその先で右。
共通しているのは、曲がる先の様子が確認出来ないということ」
「つまり死角…………そして……利き手。
前者は左へ曲がる先の視界が悪く、後者は右へ曲がる先の視界が………………っ──!」
セレフィナも、答えを察したようだ。
「万が一……曲がる際に敵からの不意打ちに見舞われたとしても『利き手だけは』守る為に……?」
「………………………………そうだ」
タップリと溜めて、肯定。
「勿論そういう心配があるなら構えてれば良いし、障壁でも展開してれば良い訳だけど。
まぁ想定外はいつだって起きうるしな」
「な…………なるほど…………!!」
興奮したように頬を僅かに紅潮させ、キラキラとした目で見てくるセレフィナ……うぅ、胸が痛い。
だがこのままだと騙しただけになるので、
「──と、ここまで話したことは『今』考えたことなんだけど」
「…………………………えぇっ!?」
数瞬の後、彼女の顔は驚愕へと転落。
何故? 頭上に『?』が浮かぶような顔で、コチラの意図が全く分からないと言葉にしなくても伝わってくる。
「本当は、道を選んだ時にそこまで考えてた訳じゃ無いんだ。
何となく直感で選んだ訳なんだけど、セレフィナに聞かれて改めて考えたら……今言ったみたいな視点もあるよなって俺自身思ったし、それを聞いてセレフィナも納得出来ただろ?」
「は、はい」
「答えを求められたタイミングで初めて考えて……結果、答えを導き出した。
つまり『事前に準備を万全にしてなくても何とかなる』んだよ」
事前の準備を怠らないのは重要。
万全な状態で事に臨みたいというセレフィナの姿勢は間違いでは決して無い。
だがもしそれで行き詰まりを感じているのであれば。
「そう『思い切って飛び込んでみる』──みたいな感じで、視点とかやり方とかを変えてみるのも良いんじゃないか?
さっきセレフィナは自分には経験が足りないって言ったけど、肩肘張らずに今の自分が出来る範囲でチャレンジしていけば経験なんて物は勝手に積まれていくよ」
凡人が故、準備不足のまま飛び込んでみるしか無い結果、積み重ねられたに過ぎない経験。
そして準備を万全に行う環境と能力があることで足踏みをしてしまう天才。
「(こんな拙い助言だけど…………それで天才の背中を押すことが出来れば、凡人も冥利に尽きるってモンだ)」
セレフィナにはヨハンが天才の部類に見えている。故に凡人からの助言という認識にはならないが……きっと今の彼の言葉は何かのきっかけにはなるはずだ。
「……………………っ……!」
技術や経験則への質問を、精神論にすり替えて答える――だが馬鹿正直に質問に応えるだけでは与えられない何かを彼女に渡せたような感触があった。
「ヨ……ヨハンさん…………」
目を見開いて、感じ入るセレフィナからヨハンは目を逸らす。
そんな視線は、少々気恥ずかしい。
「…………なんて――精神論ばっかりじゃ、折角のセレフィナの気概に対して申し訳ないし」
そしてもう一つ、彼は自分が彼女に与える事が出来るモノを提示する。
「俺がよく使う魔術――コレをセレフィナに教えるよ」
「えっ――!」
その言葉が意外だったのか、セレフィナは先程までの感動に染まっている顔をまた驚きの物に変えて……すぐに引き締めた。
ヨハンからの厚意の一切を無駄にしないように、その一言一句を逃さないような姿勢が伺える。
「迷宮に入る前……そして、入った後も。
さっきから何度も使っている魔術なんだけど――」
そしてヨハンは歩みを進め、通路を曲がり――開けた場所へと足を踏み入れた。
「それを説明する為にも……セレフィナにはコイツらを倒して欲しいな」
人一人が通れるような狭い通路とは打って変わり、所謂大部屋と言われる空間。
そこには十数体の……魔物。
「リザードマンの……ナイトとアーチャータイプに……コバルウルフ――戦闘経験自体はある魔物ですが、こうして群れているのは初めて見ますね」
戦闘態勢に入りつつ(ヨハンはセレフィナの後ろに下がる)、セレフィナは状況を冷静に分析する。
「本来コイツらは互いに捕食者と被食者の関係。
迷宮の外だと絶対に群れるなんてことはありえないけど」
「迷宮――ならではの、シチュエーションということですか」
迷宮絡みのクエストが高い難易度であると言われる所以の一つ。
本来の生態系や種の関係問わず。迷宮で出現する魔物達は侵入者に徒党を組んで牙を剥く。
外で得たであろう経験とは異なる要素を求められる状況。並の侵入者であれば、決死は免れない。
「まぁ――それでも、敵ではありませんね」
だがこの少女は王国屈指の天才魔導士。並という範疇からは大きく外れている。
魔術を行使するセレフィナに相対する魔物達が、強敵である彼女に一斉に敵意を向ける。
「(コレは……セレフィナに戦闘を押し付…………戦って貰ってるのはそう…………魔術を教えるのと交換条件みたいなものだからっ……!)」
敵の警戒から“後回し”にされた、並という範疇に収まりきっているヨハンは少女の背後で『障壁魔術』を全力展開。
「(手早く片付けて…………ヨハンさんから、あのヨハンさんから魔術を――直伝――!!)」
モチベーション全開で戦闘に臨む彼女は知る由もない。
背後の少年が、己の中の罪悪感を消す為必死に自己弁護に励んでいることを――




