3-3 猛烈アピール
「(コバルウルフ…………)」
セレフィナは目の前に現れた“雑魚の群れ”を見据え、戦闘態勢に入る。
騎獣から降り、離れたところで待機するように指示を出す。
主の指示に従いその場から離れていく従順な騎獣の様子を、敵から視線を逸らさずに確認し終えて、
「(数は…………十体程。これなら正直、二人がかりで無くても問題ありませんね)」
敵戦力を“正確に”分析する。
だがその分析には決定的な誤りがある。セレフィナ自身にとっては一人でもなんら問題のない相手だが“今の”ヨハンにとっては違う。
「……………………」
セレフィナに悟られぬように額に汗を流しながら……ヨハンはコバルウルフの群れを前にして思考を巡らせた。
充填二日目……贔屓目に見ても、一般的な学院生程度の実力しか無い状況。セレフィナが知っている学院序列第一位たる膨大な魔力は、今の彼は持ち合わせていない。
倒せなくは無いが、一人ではなく援護も欲しいところ。無茶をすれば負傷することだってありえなくはない。
「(これなら…………私は手を出さずに、ヨハンさんの戦い方をじっくり見させてもらう余裕がありますね)」
そんな彼の焦りを知らず、セレフィナは胸中でそんな算段を立てる。
彼女の脳裏に浮かんでいたのは、先日王都で見せた“周囲へ被害を出さない戦い方”。自分が想像も出来ないような戦いの技術――それを見ることが出来るのではないかと期待して、
「ヨハンさん――ここは私は手を出さずに――」
「セレフィナ! ここは俺が援護する!」
「えっ」
と、口を開いたタイミングで、セレフィナの言葉に被せるように……強く宣言した。
そして返事を待たずに、ヨハンはセレフィナから少し離れた場所……二歩程度後列で身構えた。
コバルウルフの群れ対セレフィナ――その戦況を、俯瞰して見れるような位置。
「(先手必勝…………!)」
有無を言わさずに行動したヨハンの胸中には、パーティメンバーではなく相対した敵に向けるべき言葉が浮かんでいた。
「(こうして先に“メインで戦うのはセレフィナ”と言っておけば……この程度の魔物は問題なく討伐出来る彼女なら、すぐに倒してくれるだろ)」
ヨハンの異能込みの実力を高く買ってくれているセレフィナなら、余程のことがない限り自分の指示を聞いてくれるだろうという……普段の様子を鑑みての策。
「(本当の実力を知られない為には、出来るだけ戦う姿を見られる回数は少ない方が良い)」
メッキは何度も叩けば剥がれてしまう──出来るだけ焦りを隠し、“こうするのがさも自然”という顔をして構えていると、
「わ、分かりました……」
僅かに口を尖らせながらも、セレフィナはヨハンの指示に従う意向を持ってくれたようで、ヨハンは安堵する。
「(まぁ良いでしょう──そういうことなら、『私の戦い方』をヨハンさんに見てもらいましょうか)」
対するセレフィナは思考を切り替え、このクエストを通して果たそうとする目的の一つを遂行する為に、魔術を行使する。
「(“あの日”から、ヨハンさんに見せる為に開発した私のオリジナル魔術──!)」
脚を肩幅に広げつつ、右手に魔力を込める。
その右手を横に伸ばした勢いで、セレフィナが羽織る学院制服が雄々しくたなびいた。
それを合図に紡がれる美しき詠唱──
「『這えよ轟響! 睨蛙の如く 鳴噪を鎮めん!!』」
詠唱文を高らかに唱えると、セレフィナの右手に激しい雷が顕現した。
そして右手首を左手で握りつつ、勢いよく大地を右の手で叩く!
「──『破蛇竜雷』!!」
──バチィィィッ!!!
「──!?」
セレフィナが術式を展開──右手から放たれた雷撃が、蛇の大群が敵を喰らい尽くすように広がって、十数体ものコバルウルフの命を一瞬で刈り取った。
前傾姿勢で地面に掌を突いた関係で、セレフィナの豊満な谷間が存分に覗けるという──そんな絶景を、最期の瞬間に観ることが出来たというのが、彼らへのせめてもの手向けになろうか。
対して、死者へのみ贈られた景色を見ること叶わなかったヨハンには、その魔術、雷撃の全貌が背後からよく視認することが出来た。
そんな彼が率直に抱いた感想は、
「(これ……角雷鳥竜の…………?)」
その魔物と戦い、その必殺の雷撃を知る者が見れば確実に抱くであろうモノ。
ヨハンが学院に入学したばかりの“あの日”にセレフィナが敗北した角雷鳥竜の雷撃とそっくりな魔術だった。
「この魔術は…………『とある魔物に敗北した日』のことを想い、その魔物の技を真似て開発した私のオリジナル魔術です」
その感想を見透かすように、セレフィナは追撃をかける。
「術の名は……『破蛇竜雷』──そう、メデューグ……オ・ル・ネ・リ・ス」
「……………………へぇ〜…………」
「………………………………」
長い、沈黙。
…………やがて、
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッッッ!!」
顔を真っ赤に染めて、ぷくーっ!──と、音が聞こえてきそうなくらい、セレフィナは不満で頬を膨らませた。
ここまで露骨にアピールすればヨハンからあの日のこと……『角雷鳥竜事件』のことを話してくるだろうと考えていたのに。
その為に(強敵の技を模倣して己の技能を高めるという目的も当然あるが)、試行錯誤を重ねて開発した魔術だというのに!
ひょっとしてあの日のことを『事件』などと大袈裟に認識しているのは自分だけ?──そんな不安まで湧いてきてしまう。
「(良いでしょう…………ここまでくれば、私も徹底的にいきます!)」
その不安を自分でも理不尽だと思える怒りの乙女パワーで吹き飛ばし、セレフィナはコバルウルフの死体に歩み寄る。
「それじゃあ素材の剥ぎ取りをしましょうか。
あぁ──私も短剣の一本くらいは持ち歩いていますよ?
こんな“短剣”……なんですけどね……?」
そして腰元から『あの日ヨハンが書き置きを地面に刺し留める為に使いその場に残した短剣』を抜いて、ヨハンに見せつける。
「…………シンプルなデザインで…………使い勝手が良さそうだ……ねぇ〜…………」
彼の視線が泳いだのを、彼女が見逃す筈も無く。
……にも関わらずシラを切る想い人に、セレフィナが更に頬を膨らませたのは言うまでもない──
◆◆◆
「(……やっばーい…………)」
あれから何度目かの戦闘を終えて。
「(あの日セレフィナを助けたの…………完全に俺だってバレてんじゃん…………)」
その度に彼女の猛烈なアピールを受けたヨハンの額には、戦闘によるモノよりも遥かに多くの汗が浮かんでいた。
戦闘自体は、非常に楽なモノだった。
むしろヨハンはほぼ何もしていないに等しい。それは非常にありがたいのだが、問題はセレフィナである。
「『破蛇竜雷』!!」
「『破蛇─―竜雷』!!!!」
「『破蛇竜雷』『破蛇竜雷』『破蛇竜雷』『破蛇竜雷』!!!!!」
「『破蛇竜雷』!!!」
……という風に。
ムキになっているのか──魔物を見つける度に、角雷鳥竜の雷撃を真似て開発したというオリジナル魔術を連発していた。
「(そもそも魔術名も、思いっきり魔物の名前と被せてるし……)」
魔術を放ち、敵を殲滅する度に……チラッ。
そして剥ぎ取りの度に、元々ヨハンの持ち物だった短剣を見せつけるようにしてきた。
それだけでなく、
「ヨハンさん……この個体の素材、うまく剥ぎ取れないのでお願い出来ますか?」
そんなことを言ってきたと思えば、
「それじゃあ“この”短剣をお使いになってください──あら? あららら?
この短剣、まるで『元々ヨハンさんの物だった』かのようにお似合いですね!」
手を貸そうと近づいたヨハンにその短剣を手渡して、そう言い放つ始末。
…………短剣に似合うとか、あるの?
「(“あの日”のことを認めたら、セレフィナと俺に今以上に関わり合う理由が出来てしまう……!)」
入学当初の予定よりも、目の前の禁欲的超危険人物と関わる機会が多くなってしまっているのだ。
今回はパーティを組んでクエストに出てしまっている状況ではあるが、今からでもその流れには抵抗しておかなくてはならない。
今までのような、付かず離れず……知り合い程度の関係性を継続させる為、ヨハンは猛烈なアプローチに気づかない振りを続ける。
そして、妙な緊張感に溢れた空気の中……ヨハンとセレフィナの二人は、迷宮の入口に到着した。




