3-2 獣の上で激しく揺れるモノ
「……………………」
王都から出て北東。
ヨハンとセレフィナは騎獣に乗って並走していた。
セレフィナは自分と長く共に過ごしている騎獣、ヨハンはユディが普段乗っている騎獣を借りて並走。
あれだけの実力を持っている彼が、自分の騎獣を持っていないという事実に驚きはしたものの、それはまた別の驚きで上書きされた。
「(流石ヨハンさん…………初対面の騎獣だというのに、もう気に入られている……)」
普通なら数分で距離を詰められる程、騎獣の扱いは簡単ではない。
日頃から世話をし、信頼関係を積んで初めて思うままに手綱を握る事が出来るというモノだろう。
しかし、ヨハンは騎獣の扱いというか……騎獣がどうして欲しいかを熟知しているかのようであり、瞬く間にユディの騎獣を危なげなく乗りこなしている。
……ここまでで。
セレフィナは一つ、大きな誤解……買い被りをしている。
ヨハンには、自前の騎獣を買うような金銭的余裕は無い。
騎獣を買えば、その餌代や寝床代等……様々な費用が発生する。
故に彼はいつも、騎獣が必要な移動を要するクエストに望む時は、店で騎獣をレンタルしていた。
レンタルする際には無論、特定の個体を借り続けることなど出来ない。そうすれば自ずと“どの個体を借りても短時間で打ち解ける為の技術”が求められる。
つまり、セレフィナが「流石ヨハンさん!」と感心している技術は、裕福な彼女では想像もすることが出来ない、彼が置かれた切ない環境が形作ったものなのだ。
「(取り敢えず……王都の外――その空気を吸ったら、少しですが落ち着いてきましたね……)」
そんな生まれの違いから生じた不理解による尊敬を抱きつつ、セレフィナはヨハンに悟られぬように一息を吐く。
受付ロビーではあまりの緊張で、全く上手く喋れなかった。周囲の視線も気になってしまって、自分でも分かるくらいに挙動不審だったと思う。
だが今は、真に二人きりの状況。シチュエーションを意識すると、やはり心臓が高鳴ってはしまうのだが、もうココまで来ると腹を括る他無い。
……ということで、僅かに浮き足立つ思いはあるが、彼女はようやく普段と近い態度を取り繕うことが出来ていた。
「…………」
チラリ――セレフィナは並走するヨハンの表情を窺う。
その目線は、ただ一点を見つめるように真っ直ぐ前に向けられている。
決して、セレフィナの方を――その、騎獣の走行で揺れる大きな胸元……に、注がれることは無い。
「(やっぱり…………ヨハンさんは、他の殿方とは違う……)」
その紳士っぷりは、非常に好感を持てるモノ。だが彼女の中には確かに『ちょっとくらい見ても不愉快じゃないのに……』的な乙女心が芽生えていた。
全てが生まれて初めて抱く感情。戸惑いつつも、彼を窺うその視線を止めることが出来ない。
他の男とヨハンが異なる点は他にもあった。
権力や栄誉に固執しているように見えない……というのも、セレフィナがヨハンに抱く印象の一つ。
セレフィナ自身『角雷鳥竜事件』と呼んでいる件が良い例だろう。
特殊指定個体の(実質的な)討伐と賊達の計画の阻止、そしてミコスリン家の御曹司ソウロを捉えたことで、貴族階級に蔓延っている黒いつながりを一部ではあるが潰すことが出来た。
そんな功績を、彼はセレフィナに譲ったのだ。
この功績をヨハンが己の物にしていれば平民という立場を一気に好転させることだって叶ったのかもしれない――にも関わらず。
「(そして…………そんな彼を見て、私は勿論……他の学院生も、以前と比べ変化している)」
ヨハンが頭角を現し始めてからというもの。
以前まで堕落した学院生活を送っていた学院生達の意識が変わったのだ。男達は、特に。
しかしそれも当然のこと。
『平民の男に劣る上流階級の男』――そんな面子の丸つぶれ以外の何物でも無い状況を、そういった体裁を何よりも重視する連中が甘受する筈もない。
女の方もヨハンに負けじと鍛錬や勉学に励む者が多く出てきている。
それでも、ヨハンから見れば男女共に『まだまだ』──そんな風に映るかもしれないが。
「(女性の方は…………ヨハンさんに取り入ろうとする方も、多いですけど……)」
そんなことを考えてしまい、セレフィナは『面白くない』と感じつつも、周囲へ良い影響を与える想い人に改めて尊敬の念を送る。
そして、決心も。
「(必ず……ヨハンさんの口から、あの日私の命を救ったのが自分であると…………私に告げてもらいますよっ……!)」
僅かに目を細めつつ、彼女はあの日から肌身離さず持ち歩いている『書き置きを地面に差し留める為に使われた短剣』を――腰元に差してある宝物をそっと一撫でしながら、想い人のとなりをゆく……。
◆◆◆
「(めっちゃ見てくるんだが………………)」
ヨハンはセレフィナの隣を並走しつつ、悟られぬように溜息をつく。
どうしてだろうか。
先程から彼女がずっとコチラを見てきている。
「(駄目だ…………見ちゃ駄目だぞ……ヨハン……!!)」
理由は分からないが、この状況で一つだけ確実に言えることがある。
それは――
「(セレフィナのおっぱい…………見ちゃったら駄目だ……! 見ちゃったら駄目だ……!)」
先程から凄まじい動きで揺れまくっているセレフィナの、胸。
どうしても――どうしても――見たい――そんな本能を、断腸の思いで断ち切りながら、ヨハンはただひたすらに真っ直ぐ……前に視線を見据える。
きっと、今魅惑の胸元を見てしまえば一瞬で悟られてしまうだろう。
「(いや…………一瞬なら大丈夫か……? 充填二日目だけど、三日目と違って“チラ見スピードは遅い状態”だけど……そう……会話の中でそれとなくチラ見すれば…………)」
だがしかし。
分かっていても、それでもなお見たいという気持ちには抗い難い。
何か、何か話題は――そう考えている間に、セレフィナが口を開いた。
「ところで今回のクエスト――メインの目的は迷宮の探索。
ですがこの……サブクエストとして指示されている『道中――北東エリアの魔物をなるべく多く狩猟する』……ということですが」
クエストには稀に『サブクエスト』という第二目標のような内容が指示されている場合がある。
特に遂行しなくてもクエスト失敗などにはならないが、ついでにこなしておけば素材の高値買取や追加報酬などが見込める物である。
特に今回はラキアからのクエストなので、メインの迷宮探索の方の目的は不明だが、サブクエストの方の目的は容易に想像がつく。
「そもそも…………ヨハンさんと私を指名したクエストということで何も考えずに受注しましたが、聞いたことのない場所にある迷宮の探索――一体、依頼主の方は何者なのでしょうか」
「(あぁ……そうか)」
その言葉を聞いて、ヨハンは今頃になって気付く。
ヨハンと互いの利益の為に同盟を組んだ頃から、ラキアはクエストを発注する際には入念に手回しをして、依頼主の正体が自分だと悟られないようにしている。
その為、セレフィナは今回のクエストが宮廷錬金術士が依頼主だと知らないのだ。
「(けどまぁ…………別に今回のクエストは、一応パーティを組んで受注している訳だし隠すことも無いよな)」
露骨な繋がりを他人に悟られぬ為の隠蔽ではあるが、流石に今回は行動を共にしているのだ。これくらいは正直に話してもいいだろう。
「サブクエストの目的は大方素材収集だろうよ。なんてったって、依頼主は宮廷錬金術士だからな」
「……!?
ご、ご存知だったんですね……?」
「あぁ。昨日王都に出たコバルウルフの報告が終わった後に“アイツ”の研究室に行っててな。その時に、今回のクエストのことも話してたんだ」
「(私と別れた後…………研究室に……)」
それを聞いて、セレフィナはヨハンが想定していない考えに至る。
無理もない。元々ヨハンは頻繁に魔術学院に併設されている王立錬金大術院に通っていると噂になっており、その噂は当然セレフィナの耳にも入っていたのだから。
「(しかも宮廷錬金術士である彼女を“アイツ”だなんて呼び方で…………よほど親しい仲なのでしょうか。
一体どういうご関係…………? ヨハンさん、やはり謎が多い……)」
つい先日会ったエヴァという少女。冒険者時代の仲間。そして宮廷錬金術士のラキア・マクルス。
自分の知らない想い人の姿がまだ多くあることに寂しさを覚えるも、セレフィナは気持ちをクエスト遂行へと向ける。
「…………では、このサブクエストの件を考えつつ迷宮へ向かわねばなりませんが、なるべく多く狩猟と言っても……魔物の居場所を把握しなくては難しいですよね」
何か策はあるのだろうか?
落ち着いた様子のヨハンに意見を求めると、
「あぁ。それは大丈夫……取り敢えず任せてくれ」
期待していた通りの返答の後、ヨハンは“セレフィナが知らない魔術”を行使した。
そして地図を広げながら先導するヨハンに着いて走り……十数分後。
セレフィナとヨハンは魔物の群れに遭遇した。




