3-1 属性
翌朝――充填二日目の朝。
「(めちゃくちゃ見られてるな…………)」
ヨハンはラキアから発注されたクエストの手続きの為、学院の受付ロビーを歩いていた。
そんな彼に注がれる、多数の視線。
無論、学院序列第一位である彼は普段から学院を歩くだけで注目を集める存在である。しかし、今日の視線は数も多く、興味関心の色が濃いように感じられた。
朝から己のやるべきことを差し置いて、“流れた噂”を時間を割いてまでこの目で確かめようとする――そんな愚行を犯す烏合とも呼べてしまうだろう他の学院生達。
だが、今回ばかりは彼らを擁護しても良いかもしれない。
何故なら、
「やっぱり噂は本当だったんだ……」
「学院序列第一位と学院序列第二位…………この二人がパーティを組んで、クエストに出る…………すげえな」
「クエストの内容は迷宮の調査らしいけど…………」
学院のツートップ――学院序列第一位のヨハン・メンザー。
学院序列第二位のセレフィナ・ユキ・ラグトゥール――今まで手を組むことが無かった(ヨハンがソロ専だったことが主な原因)二人が、遂にパーティを組んで同じクエストに出るのだから。
今日に至るまで、学院生達の間でヨハンとセレフィナがパーティを組むことがあるのか――そんな話は、幾度となく交わされている。
……が故に、今回ラキアがヨハンとセレフィナを指名したクエストを発注した瞬間から、その情報は凄まじい速度で学院生の間で広まった。
トップの座に君臨する二人は至極当然のことながら、皆の興味関心の矛先、注目の的なのだ。
しかし、ロビーに集まっている彼らの中に軽い気持ちで話しかけてくるような者は居ない。
学院一、二位の高い実力者が“初めて”手を組み挑むクエスト――それはつまり、相当な難易度であろうことは容易に想像がつくからである。
浮き足立つ空気の中にも、どこか緊張感のあるような雰囲気が学院のロビーを支配していた。
そして遂に、その雰囲気の本源である二人が合流する――
「よぉセレフィナ――」
「お、おおおおお、おはようございますっ、ヨハンさんっ」
だがしかし。
空気中に漂う緊張感とは異なる類の“緊張”に、学院生の頂――その片翼は支配されている様子。
「きょ、きょきょきょ今日はお日柄もよく…………!!」
「……………………お、おぉ……」
額に汗を浮かべつつ、モジモジソワソワと身体を動かしながら、時折思い出したかのように己の前髪の具合を手櫛で整える――ハッキリ言えば、挙動不審。
しかしそれも仕方ないことだと言えるだろう。
セレフィナにとって、今回のご指名は降って湧いたような幸運。
ヨハンのことを知ってからの数ヶ月……彼女は幾度となく意中のこの少年をクエストに誘おうとして……勇気が出ず断念していた。
何度も決心し、自室ではメイドを相手に何度もシミュレート……ロールプレイを交えた“誘う為の訓練”を重ねていたにも関わらず遂には叶わなかった状況が……突然現実になったのだ。
お陰で緊張で夜は眠れず、肌の調子は最悪(それでも他を凌駕する美貌であることは変わりない)。先程から前髪の具合も気になって仕方がない。
「(だ、駄目ですよセレフィナ……!!
今日はクエストを通して、ヨハンさんの実力……それを間近で見て勉強……そして経験に繋げるんですよっ)」
だが彼女は、自分を襲うコントロール不能な高揚感に抗う為思考を巡らせる。
「(今日の目的は大きく三つ。
一つ目、ヨハンさんと交流を深めること。
二つ目、ヨハンさんの戦い方を間近で見て学びと気づきを得ること。
そして三つ目……これが一番の目的……!!
“あの時”――角雷鳥竜に敗北した私を救ってくれた日のこと……『角雷鳥竜事件』のことを、“ヨハンさんから”打ち明けさせるっっ!!)」
そう――彼女にとって、あの日のことは文字通り事件であった。
もしヨハンが……他の男と同様に、セレフィナの命を救ったこと名誉を素直に受け取っていればここまで彼女が固執することは無かっただろう。
しかし、ヨハンは禁欲的に面倒になるという理由から(当然そんな理由はセレフィナに想像出来るはずも無いが)彼女と縁が生まれてしまうようなことを避ける為に、その名誉を受け取らずに立ち去った。
まるで自分には興味が無い――そう言われているかのような、悔しさ、屈辱……悲しさ。
「(極めて月並みなセリフですが…………この状況を甘受するのは、女のプライドが許さないのですよっ……!!)」
だからこそ、決して彼女は自分からあの日のことを口にせず。
どうにか手を尽くして、彼自身の口からあの日セレフィナの命を救った者であると、打ち明けてもらうことを望んでいるのだ。
「おい……大丈夫か?」
「ふぇ――!?
あ、はいっ……大丈夫ですっ……!!」
しかし現実は無情にも、そんな大きな決心をすればするほど心の許容度は小さくなる。もはや落ち着く為の常套手段である深呼吸すら、忘失してしまうくらいにセレフィナはテンパっていた。
そんな彼女に――
「せ、セレフィナちゃんっ……深呼吸ですよぉ」
彼女の背後から、とある小柄な少女が声を掛けた。
「落ち着いて、大丈夫っ……セレフィナちゃんなら、上手く出来るよぉ……!」
その声の主。
ヨハンやセレフィナはもちろん、周囲で二人を見ている他の学院生と比べて決定的に異なっている物があった。
まずはその服装。
同じ学院制服を着用している周囲とは違い、その少女の服装は……メイド服。
黒を基調とした色合いに、白色のエプロンにフリルがあしらわれたデザイン。そのスカート丈は、学院制服と同じくらいの短さで、淑女の太ももを晒してしまっている。
膝上程の長さのソックスは純白で、晒した太ももをフリルの装飾が彩り、ちんまりとした足をメリージェーンと呼ばれる足の甲にストラップが施されたシューズが包む。
首元にはリボン、そしてしっかりとU字型に胸元が空いているデザインなので、どうしてもそこに視線が向いてしまう。純白のフリルが飾られたカチューシャは、この者を改めてメイドという立場であることを表明させるようだった。
「ほら、セレフィナちゃん、吸って、吐いてぇ」
「ひ、ひっひっ……ふぅ……」
「そう、そうだよぉ」
少女の言葉に従い、正解かどうか微妙な呼吸を行うセレフィナに向けて『ふんすっ!』という擬音が聞こえてきそうな感じで両の拳を握る彼女――その動きに合わせて、胸元が寄せられる。
……それを、ヨハンは、見ている……。
「(き、危険だっ……!!)」
そしてすぐに我に返り、目を逸らす。
この少女の名は『ユディ・アンディル・ディアルナ』。
以前セレフィナに紹介されたことがあるので顔見知りなのだが、彼女はセレフィナの家――ラグトゥール家で雇われているメイドである。
ラグトゥール家では子が生まれると、その子専属のメイドを就ける決まりがあるらしく、ユディはセレフィナが幼い頃から身の回りの世話を任されていたらしい。
セレフィナにとって彼女は、最も信頼を置ける存在であり、メイドでもあるが友人でもある……という関係。
彼女がセレフィナのことを『ちゃん付け』で呼んでいる辺りから、その点は察することが出来る。
「(でも…………この見た目で、歳上なんだよなぁ……)」
ヨハンが抱く心情は、恐らく誰もが持ってしまうものだろう。
そのくらい、このユディという少女の見た目は“幼い”。
背丈はラキアより少しだけ高い程度だし、顔つきもセレフィナの方が大人びて見えるくらい。
立場を超えた友人関係を築いていることから、メイドの任に就いたのはユディ自身も幼い頃だろう。しかし、歳上であることはセレフィナからも軽く聞いているので確実。
恐らくは、二、三歳程度上くらいなのだろうが……。
「(歳上だから、なんとなくお姉さんっぽい感じの雰囲気で“接しようと”してくるし……でも見た目は明らかに歳下――)」
無論、それだけではヨハンに危険人物認定はされない。
主に危険人物認定されている理由は、先程彼が目をそらした原因でもある――胸。
セレフィナ程ではない。エヴァ程でも、無い。
しかし、その小柄な体躯には似合わない程のボリューム感を誇る胸を、彼女は持ち合わせていた。
谷間がしっかり見えるデザインのメイド服から、その魅惑の領域が(身長差も作用して)大変良く見えてしまう。
「(ほら……今日はヨハン君との仲を頑張って深めるんだよねぇ? しっかりしないとぉ)」
「(分かってますよっ…………というか、あんまりヨハンさんの前でそういうことは)」
「?」
そしてヨハンには聞こえない声の大きさでセレフィナと会話を繰り広げはじめたユディの“頭にある耳”がピョコンと動く。
コレがもう一つの周囲との違い――垂れ耳ウサギ《ロップイヤー》のような獣耳である。
そして失礼を承知でスカートの中を覗けば、肩甲骨辺りまで伸ばしたふわふわなロングヘアと同じ桃色の獣尾をその目に映す事が出来るだろう。
「(獣耳メイド歳上ロリ巨乳…………属性盛々獣人美少女…………嗚呼、危険ッッ!!)」
獣人とは、このアルカディア王国でも国民として人族となんら変わらない権利を有する亜人種である。
その数こそ少ないものの、異性のタイプを問われた時に“獣人であること”を答える者が居るくらい、“属性”として一般的だ。
「…………ということだから、ヨハン君……セレフィナちゃんのこと、よろしくねぇ?」
「んっ…………あぁ……」
頬を奥歯で噛み締めながら硬化状態にならないように堪えていると、どうやら二人は内密な会話を終えていたようだ。
「ヨハン君と一緒なら万が一は無いと思うけど」
「……? ユディは一緒に来ないのか?」
彼女の言葉を耳にして、ヨハンは抱いた疑問を彼女に投げかける。
以前聞いた話によると、セレフィナは『とある事件の反省を活かし』、“信頼出来る人物とパーティを組む”為、資金を積んでユディの入学を認めさせたらしい。
ソロで特殊指定個体討伐クエストは受注出来ないという規則を遵守する目的と聞いていたが――
「(まぁその規則は、俺のせいで形骸化しちゃってるけどな……)」
実は現在、その規則は有って無いようなモノだ。
ヨハンが頭角を現し始めた頃。受付のお姉さんを充填三日目の色気で籠絡して受注。それを何度も成功させていることで、実力があれば規則無視もお咎め無し――という流れになっている。
しかしそれでも、普段セレフィナはユディと二人で行動していたはず。
今回ヨハンが加わるが、三人でクエストに向かってはならない道理は無いだろう。
しかしその回答は、セレフィナが代わりに返した。
「えぇ……いつもはユディと二人でクエストに臨んでいますが、今日はヨハンさんが居るので…………あ、もし私と二人きりが嫌なら――」
「――セレフィナちゃんっ」
そしてその言葉を、ユディが慌てた様子で制止する。
「(せっかくのチャンスでしょぉ?
自分からそのチャンスをフイにするようなこと、言っちゃ駄目だよぉ)」
「(だ、だって……もしかしたら私と二人きりは嫌かなって、不安で……)」
またしても始まる内密な会話。
だがそれに構わず、ヨハンは本音を口にした。
「セレフィナと二人きりが嫌な訳ないけど」
「「――!」」
……こう言えば少なくとも、“危険人物二人と同行”という状況は回避出来る。
二人きりというシチュエーションは正直ツライものがあるが、充填二日目という『二人の中のヨハン・メンザー』の実力とかけ離れている状況を隠す為には、その相手は少ない方が都合が良い。
二人同時に隠し事をするよりも、一人に対して全力で嘘を貫き通す方が楽だという考え。
無論、セレフィナは禁欲的に危険人物ということもあって出来る限り関わりたくないが、人間的に嫌いかと問われれば全くそんなことはない。
むしろ好印象な人物であるし、実力的に頼りになる魔導士であるから、この言葉は正真正銘本心だ。その本心を、都合良く使っているだけ。
「こ、っこここここ光栄ですっ……!!」
そして打算も含んだ本音だと知らないセレフィナは、耳まで真っ赤にして今にも飛び上がりそうなくらいの喜びに浸る。
その姿を、
「(頑張ってね……セレフィナちゃんっ……!!)」
彼女の理解者であるユディは、慈悲深い目で見上げる。
そんな幼い印象ながらも歳上の余裕を滲ませる視線に見守られながら、ヨハンとセレフィナは準備を終えクエストへと向かう。
…………なお。
その二人を見送るユディの“後ろ姿”を、ヨハンが最後まで目にすることが無かったのは、幸運という他無い。
何故なら、その短いスカート――その臀部の辺り。獣尾を持つ獣人であることは関係なく、“抜けた”女性がやりがちな失敗を、このメイド少女はしてしまっていたから。
そう……彼女は自分が履いていたパンツの腰ゴムに、スカートの裾を挟んでしまっていたのだ。
つまり彼女の後ろ姿を見た者は、捲れ上がったスカートの下にある彼女のパンツと小ぶりなお尻、フリフリと揺れる獣尾をその目に映すことになったということ。
彼女がその事実に気づいたのは、二人を見送った数時間後、手洗いに赴いた時。
「ぬぁぁぁぁぁぁ~~~~~~!!!!
もうお嫁にいけないよぉぉぉぉぉぉ~~~~!!!!!」
その間……己の恥部を衆目に晒していたことを理解した彼女が、あまりの恥ずかしさに悶絶したのは想像に難くない。
つまるところ。
『獣耳メイド歳上ロリ巨乳』という属性に加え『ドジっ娘』という属性まで兼ね備えた、属性てんこ盛り美少女――それが、ユディ・アンディル・ディアルナという少女なのだった――。




