2-13 学院序列第一位と宮廷錬金術士
今回から、1-4話の直後に時間軸が戻ります。
(街に出現した魔物を仕留め、その時の返り血で汚れた制服のままセレフィナと報告の為学院に向かった後です)
「……………………で?
ボクとキミが出会った頃の“思い出話”をしたところで、ボクの気持ちが動くと思うかい?」
街中で何故か出没したコバルウルフをやっとの思いで仕留め、セレフィナと然るべき場所へ報告を済ませた後。
ヨハンは一人、ラキアの“洗濯ポーション”を目当てに彼女の研究室を訪ねていた。
そして今、彼は学院制服のジャケットとシャツを脱いで……上裸姿で正座をしていた。
「確かに?
ボクはキミの“原因は不明だが一定周期で総魔力量が増減する体質”とやらの唯一の理解者であるし?
そんな体質であるキミの学院生活にチカラを貸すことに、今更異議を唱えるつもりはサラサラないのだけど」
あの日、ラキアの前で暴発をしてしまったことで異能のことが“バレかけた”ヨハンは、咄嗟に“禁欲のことを伏せて”事情を明かした。
一定周期――およそ三日程度の周期で総魔力量が変動する“体質”である……と。
異能――それは通常の魔術体系では説明が出来ないチカラ。
その存在自体はおとぎ話などで認知されてはいるが、実際にそれを保持した者が現れた……などの正式な記録は無い。
無論平民である自分では知ることが出来ない秘匿情報があるかも知れないが、それは王国の重要人物であろうラキアが自分の“情報を一部ぼかした説明”をそのまま受け入れていることから、心配は不要だろう。
実際に異能を持って生まれたり、異能を持つ者の存在を知っていなければ、目の前の事象をおとぎ話にしか出てこないようなモノと結びつけることは無い。
強力なチカラであることは間違いないが、自分のような“魔力の増減”程度にしかチカラが表面化されていなければ特に。
「(コレが例えば……異能が発動した時に瞬間的にパワーアップしたりとか、破壊力のある技が出るとか…………そういうのだったら違ったかもしれないけど)」
あくまでも自分の場合は“魔力量が桁外れに多い時期がある特異体質の者”という範疇で説明が出来る……という訳だ。
正直苦しい説明ではあったが、バレてしまったこともあり――
「その“体質由来”の強さ――故に同じ学院生、将来のライバルになるであろう相手には、弱点となり得る体質のことを悟られぬようにしつつ、将来の安泰の為の成績稼ぎと目下の金を工面するために“効率的に”クエストをこなしたいというキミ。
対するボクは“効率的に素材を確保したい”という目的のため、都合よく動いてくれる便利――ではなく頼りになる協力者が欲しかった……そんな訳で、あの日から――あぁ、キミの言う通り、持ちつ持たれつな……互いの利益の為になる関係になった訳だ」
双方の利害の一致――ヨハンとラキアはあの日から、所謂同盟を結んだのだ。
主にラキアは『ヨハンにしか遂行出来ないレベルの高難易度クエスト』を定期的に発注する。
ヨハンはそのクエストを充填の溜まったタイミングで受注し遂行する。
結果、ラキアも素材を手に入れヨハンは報酬と成績を手にできる――そんな同盟を。
勿論、ラキアが発注するクエスト以外もこなしている。
それだけでも十分成績は稼ぐことは出来ただろうが、他の学院生と違い何のコネも持ち合わせていないヨハンにとって、ラキアは非常に頼りになる存在である。
むしろ、様々な後ろ盾を持つ貴族連中を出し抜くことなど彼女無しでは不可能だっただろう。
ソレだけではない。
入学初日に痛い目を見たことで講義にも出られなくなったヨハンに、ラキアは『錬金作業の助手』という仕事も用意してくれた。
クエストに出られなくても、働きたい時に働ける……それも相場よりも高い日当が出る仕事。
そして何より、上流階級の人間だらけの学院で唯一気楽に語らうことが出来る相手――それが彼女だった。
「利益の為の関係とか言うなよ。友だちだろ」
「…………まぁそれは否定しないけれど」
そんな、日頃の感謝と胸に抱いた温かい感情を声に込めて“説得にかかる”。
だが彼女にその声色は、僅かにくすぐったそうに頬を掻かせた程度にしか効果は無く、
「――話を戻すけれど。
キミの言う通り、ボクらは純粋な利害関係ではなく、友情を育む仲だ。そんな友人に、キミは今何を頼んだのだっけ?」
「街中に突然現れたコバルウルフの返り血で汚れた制服を……ポーションで綺麗にして欲しい…………です……」
「………………」
「………………タ……いや――友人特別価格で」
「……それは無料で……という意味だろ」
「………………はい……」
はぁ――大きな溜息を吐き、その形の良い眉をハの字にしながらラキアは続ける。
「ポーションだって、作るには相応の手間と時間と、素材が要る。
それに自分で言うのも何だけど……ボクは一応この国の錬金術士達の長――宮廷錬金術士なんだぞ? そんなボクを、洗濯屋代わりに使うなんて……」
「頼むよぉ! 洗濯に出したら結構金かかるし! 僕達友達だろっ」
「ボクは頼りにされること自体はやぶさかでは無いが、アテにされるのは嫌いでね。
それに、友に雑な無心を……友情を盾にして自分の都合よく相手を動かす――そんな下劣な真似をするような人間を友人にした覚えは無い」
「うっ…………」
ココまで言われると……というか、問答無用で自分が悪い。
ラキアの言葉を受け、自分の行動を顧みると……今更恥ずかしさと申し訳なさが胸中で膨らんでくる。
「…………ごめん……」
親しき仲にも礼儀は必要――そんな当たり前を、こんな幼い見た目の少女に説かれて……情けないことこのうえない。
だがそんな言葉を、見た目の幼さを理由にせず素直に受け取れるのは、この少女との関係が入学してからの数ヶ月でしっかりと築かれていることの証明でもあった。
「………………と、説教はこのくらいにして。
ボクも、大切な友人が困っているのであれば出来る限りチカラになってあげたいという気持ちはあるのだよ」
彼女の声色が柔らかいものに変わる。
「すまん…………助かる…………」
そのタイミングで、ヨハンは姿勢を正して頭を下げた。
うん、そんな音が聞こえるように大げさにラキアは頷いて、
「それじゃあいつものように……依頼を受けてもらおうかな。
洗濯代を報酬金から天引きしておくから、そのつもりで」
「コレで貸し借りは無しだろ?」――そう言外に伝えるような……二人の関係性に優劣が生まれないように気を配った提案をしてくれた。
勿論拒否などすること無く。
「あぁ喜んで受注させてもらうよ。今日は一日目だから、明後日にでも――」
「悪いがそれは駄目だ」
「えっ?」
ヨハンが快く承諾しようとするも、返って来たのは想定外の回答。
「明日……クエストに出てもらう」
禁欲のことを省いているとはいえ、ラキアは明日――ヨハンの周期が二日目であることは理解している。そしてその場合の戦闘力のことも。
発射直後や充填一日目よりは幾分マシとはいえ、高く見積もってもせいぜい一般的な学院生と同等の実力しか無い状態の彼に振るクエスト……ということは、難易度はそこまで高くないのか?
「ちなみにそのクエストの内容は?」
「………………迷宮の調査だ」
「――!?」
迷宮――それは地脈やマナの流れが要因で“発生した”特別な魔物が巣食う空間のことである。
森や洞窟など様々な場所に偶発的に発生する迷宮は特殊な資源が収集出来ることから、その調査自体がクエストとして発注されることがある。
しかし、ラキアから迷宮調査クエストは一度も発注されたことが無かった。何故なら迷宮に出現する魔物は、彼女のような錬金術士にとって旨味が無いことが明白だからだ。
だがラキアの表情を見るに……冗談を言っているようには思えないし、むしろ緊迫している印象を覚えた。
「それなら…………なおさら……明後日にして欲しいんだけど」
迷宮の調査クエスト自体の経験はある。冒険者時代にも、学院に入学してからも。
しかしその場合、しっかりと準備をして、かつ充填三日目に挑むようにしていた。
そのくらい、迷宮の調査や踏破に関しては難易度が高い。それこそ、外での魔物狩りとは比べ物にならないくらい。
「キミの言いたいことは分かる。だが……緊急でね。
もちろん、何もキミ一人でクエストを受けろという訳では無いよ」
「………………えっ」
何故かヨハンは。
自分でも何故だかさっぱり分からないが……嫌な予感を覚えた。
「学院序列第一位であるキミの足を引っ張らず、キミと面識もあり、そして十分頼りになる…………そんな学院生を、ボクが直々に指名しておいた」
既に発注手続きは済んでいる――そんなことを付け加えつつ、ラキアは口角を上げた。
「………………一応、その人の名前を聞いてもいいか?」
わざわざ学院序列第一位――という言葉を口にした時点で、もう決まりだろう。
「セレフィナ・ユキ・ラグトゥール嬢――現学院序列第二位の彼女が同行すれば、何の心配もないだろう?」
確かに。確かに身の危険という部分だけを考えれば問題ないのかも知れないが。
でもそうなるとまた別の問題が出てきてしまうんだが。
「体質のことについては、上手くやりたまえよ。
なに――今までバレてないんだ。一緒にクエストに挑んだところで早々バレやしないだろう。
それに…………今回行動を共にすることで、新しい“コネ”を作る――というのも良いんじゃないか? 彼女、同性のボクから見ても美しく魅力的だと思うぞ?」
「………………お、お前なぁ……」
そりゃあ“普通の”男ならそうかもしれないが、
「(僕には“禁欲的な”問題があるっていうのに……!)」
だが、それを言うことは叶わない。
『実は僕オ◯禁すればする程魔力が高まる異能の持ち主で、ドスケベボディ美少女と一緒にクエストに行くとオ◯禁するのツラいから無理!』とか、女の子に言えるか? うん、無理に決まってる。
しかもそれを言ってしまえば自ずと『この異能のことを知られたあの時、実はキミの裸を見て興奮して暴発したんだよね! 気持ち良かったよ!』……と伝えることにもなってしまう。
「──ということだから、頼りにしてるよ?」
「…………あぁ……」
こんな真っ直ぐで信頼に溢れた目を向けてくるロリっ子に、そんなとんでもないセクハラをする訳にもいかず。
ヨハンは翌日に待ち受けるであろう女難・災難を思い、頭を抱えるのだった……。
この後宿に戻り、酔い潰れたエヴァ達と合流する……という流れ(1-5話後半)です。
次回からは充填二日目、セレフィナと二人きりで迷宮探索クエストに臨むお話!




