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2-12 暴発注意!

「無事終わったようだな…………凄い手際だ」


 曲がりなりにも特殊指定個体ネームドの強敵をまったくの無傷で討伐してみせたヨハンに、ラキアは称賛の言葉を掛けながら近づいていく。


「あぁ…………セレフィナは?」


 それに手を上げて応えつつ、彼は致命傷を受けていたセレフィナの容態を確認するが、


「問題ない……というか、ボクが治療する必要もなかった」

「?」


 どういうことだろうか。

 抱き上げた時にチラ見したが、一刻も早い治療が必要な状態だったはずなのだが。

 彼女が横たわっているであろう茂みの向こうに視線を向けながらラキアに先を促す。


「彼女も……相当優秀な魔導士だと思うよ。まぁキミ程の魔導士からすれば未熟に見えるかもしれないけどね」


 いつの間にか少女の中での自分の評価が凄まじく上がっていることを感じる……。


「彼女はキミに助けられる直前に、どうやら自分に治癒魔術を施していたようだ。

 よくは分からないが……術式の発動条件に“自分の意識の有無”を組み込んだらしい。遅延魔術の一種かな――おかげで、彼女が気を失った後も少しずつ彼女の身体は治癒されていたよ。

 きっともうしばらく経てば意識も戻るだろう」

「へぇ」


 すっげー。

 ヨハンはそのラキアの言葉に対し、素直に驚く。


 術式の発動条件に手を加える――そんな遅延魔術は相当に高等な技術と言える。

 魔導士の中でも一握りの秀才でなければ身につけることの出来ない技術を、学院生という立場で習得しているとは。流石は学院序列第一位ランク・ファースト

 だが何というか……治癒魔術含め、“自分一人で全てをやろう”としている感じが、少し危ういと感じてしまうのは考えすぎだろうか?


「キィ――ッ!!」

「「……!」」


 そんなことを考えていると、洞窟の奥から……可愛らしくも悲痛な声が。

 その声の主は、


「おい…………」

「…………やはり、思った通りだったね」


 角雷鳥竜オルネリスの幼体。たどたどしい足取りで、幼体は瀕死の状態になっている――ヨハンが戦闘不能にした母親であろう成体の元に駆け寄る。


「キィ……キィッ……」


 その弱々しく、悲しそうに鳴く姿を見ていると……どうにも心が痛む。

 その痛みが軽くなることを期待して溜息をつき――やはり全く変わらないので――


「なぁラキア――」

「…………そうだね」


 ヨハンはラキアから期待していた回答が返ってきたので神妙に頷く。

 今回の事件の全貌。特殊指定個体ネームド『人攫の雷』の“正体”――それが、自分達二人が考えている通りなのかどうか……確認する必要があるだろう。

 それどころか、この悲しい声を耳にしていると、義務でもあると強く感じてしまうのだ。


「取り敢えず、あの洞窟の中に転がっているであろう賊の頭にでも事情を聞かせてもらおうか。

 ……ちなみに自白剤を持っているけど、使うかい?」


 こわ。

 なんでこの娘自白剤とか持ち歩いてるの?


「いや…………多分そんなの使わなくても、ソウロの時と同じやり方で簡単に話してもらえるだろ」

「……ふむ。

 先程も少し不思議に思ったものだが、男性器を切断……去勢を仄めかすだけで自白剤が必要無いくらい恐怖を与えられるというのは、少々ボクには理解し難いところなのだが」


 そりゃあキミは女の子だからね。


「まぁ男にとってはかけがえの無い……世界でたった一つしかない大切なモノだからな」

「? 二つでは無いのか?」

「もうこの話はやめよう」


 そんなキョトンとした表情で首を傾げても、まぁまぁなこと言っちゃってますよ?


 ……というかそういう視点で言えば、2個+1本だっての。



◆◆◆



 洞窟の中でのびていた賊達――その中でも高そうな懐中時計を持っていて一番身なりが上質な頭と思われる男(一番身体の損傷が激しいが)に回復ポーションを飲ませ、例の“やり方”で自分達が企てていた計画を全て話させた後。


「…………ってことはやっぱり、角雷鳥竜オルネリス達も被害者ってことだよな……」


 洞窟の外に出て、瀕死の母親に寄り添う幼体――その傍に立ってヨハンは頭を抱える。


 賊達が企てていた計画。そして今回の事件の全貌はこうだ――



角雷鳥竜オルネリスの巣に忍び込んで幼体を拉致する。

②幼体の角から子の居場所を感知する習性を利用し、折った角を仕掛けて行商や村、魔物の巣を襲わせる。

③襲われた行商や村から品と女を攫う(ゴブリンに捕らわれていた女性達も含む)。

④頃合いを見て実力のある者に角雷鳥竜オルネリスの成体を討伐させて、自分達は姿を消す。



 ……というもの。

 こうすれば、人攫いや略奪は賊の仕業ではなく暴走した魔物が引き起こした災害として処理される。成体が討伐されれば自分達は追っ手を気にせずに盗品と女達を闇市に流すことが出来る。


 また、幼体は何度も角が生え変わる。

 それを何度も折って採取すれば都度高値で売却できる上に、裏社会の売人に幼体自体を売っても良い。

 特殊指定個体ネームド認定される程に目立ってしまったのは計算外だったようだが、討伐クエストの受注・発注周りは先のソウロから聞いた話と擦り合わせても、ロクでもない貴族達との繋がりもあったのは確実だ。


「(…………なんだかなぁ……)」


 賊の用意周到な計画を聞いて。ヨハンはやるせない気持ちになっていた。

 無論罪は罪、そして被害に遭った者が居る以上同情は出来ないが…………“成り上がる”為に動いてしまった彼らの気持ちは、その想いだけは……全く分からないという訳では無いのだ。

 それに、角雷鳥竜オルネリスの巣に忍び込んで幼体を拉致する度胸と、自分達の退路まで考えた周到な計画を立てられる知力があれば……もっと違う結末もあったのではないか…………もはや、後の祭りではあるのだが。


 しかし今は加害者へのタラレバを用いた同情をしている場合ではない。

 ヨハンは目の前で繰り広げられている親子の悲劇に、目を細める。


 突然人間に攫われて――何度も角を折られ痛めつけられ、ようやく母親が会えたと思ったらその母親は今にも息絶えようとしている。

 母親の方も子を奪われたのだ――人を襲ったとしても、咎められる事ではない。女性達以外の男達は殺されてしまったようだが、それは角雷鳥竜オルネリスが手を下したのでは無いということは、再びポーションで意識を奪っておいた賊の頭からの証言で立証済み。


「なぁラキア…………この子の母親を元通りに治療してやれるくらいに強力なポーションは持ってないか?」


 そんな罪の無い彼らを襲った悲劇を、そのままにはしたくない。先程は緊急であったし人を殺している可能性もあったので、自分も戦闘を以て母親を無力化した訳だが…………もう事情が異なるのだ。


「無いな。手持ちのポーションでは、この状態から回復させることも出来ない」


 だがラキアから返って来たのは絶望的な言葉。


「(それならセレフィナを回復させて……?

 いや駄目だ。流石にあそこまで重傷を負った彼女では、意識を取り戻したとしても魔術の行使は難しいだろう)」


 それに前提として、治癒魔術は行使する際に“術式対象の身体構造への深い理解”が術者に求められる。

 自分を治癒する関係で、同じ人間の身体構造は理解しているだろうが、魔物の身体構造を深く理解しているとは思えない。本来なら治癒魔術の対象にはならない筈の相手なのだから尚更だ。


 反面、ポーションに関しては“摂取した者の治癒力”をベースに作用する代物なので、その辺りは問題ない。

 だからこそ、角雷鳥竜オルネリスの母親の身体を癒せるくらいに強力なポーションがあれば一番だったのだが――


「――だから、作る」

「え?」


 絶望的な状況に顔をしかめるヨハンの耳に、思いもよらない言葉が届いた。

 作る?


「そうか――角雷鳥竜オルネリスの角は“良薬”の素材になる…………けど……」


 勿論今ココで薬を調合することが出来るのなら一番だ。

 しかし錬金術を行うには当然、それ相応の道具・機材が必要だろう。詳しくは知らないが、国お抱えの錬金術士はそれぞれ専用の研究室が与えられていて、庶民の収入なんて霞むレベルの設備が整えられているという。

 今から王都に戻り、傷を癒せる薬を作って戻っても…………その頃にはもう……。


「今――ココで」

「で、出来るのか!?」


 道具は? 機材が無くても大丈夫なのか? ……そう続けたヨハンに『何を言ってるんだ?』的な表情を浮かべつつラキアは懐から『革袋』を取り出してみせた。

 何の変哲もない、ただの手のひらに乗る程度の大きさの革袋。


「必要な設備、道具、素材は全てコレに入っている――よっ……と」


 地面に置いたその革袋に手を突っ込んでラキアを取り出したのは、“革袋の大きさを優に超える大きさの薬品瓶”。


「え、ちょっ……どうなってんの、それ」


 明らかに物理法則を無視した光景に、ヨハンは説明を求める。

 その間にもラキアの上半身がすっぽり収まってしまうくらいに大きい鍋や火を扱う為の機材だったり、見たことの無い色の液体が入った瓶やまな板――


「あぁそうか…………キミはゴブリンの素材を採取している時に“何故か頑なにコチラを見ようとしていなかったから”素材をコレに収納していたのを、知らないんだな」

「――うげぇっ!!??」


 そして、血液まみれになったゴブリンの“素材”……というか、生殖器を取り出した。やめて、そんな可愛い顔しながらそんな物騒なモノ持たないで。


「(でも……確かに素材とかポーションとか、持ち運ぶ必要のある荷物は多いはずなのに身軽だと思ったんだよな……)」


 そう――改めてラキアの格好を見ると街の外に出る人間として見ても明らかに荷物が少ないのだ。そもそもカバンすらも持ち歩いていない。


「コレは魔導器の中でもトビキリの品でね。こんな大きさだが、この中には手に持って収納することが出来る生物以外のモノなら何でも収納できる。容量は気が遠くなるくらい膨大だし、入れたモノは腐敗もしないうえに外界からの魔術的干渉を受けなくなる。

 おまけに収納者の魔力を“識別鍵”として認識し、収納した者以外には取り出せなくなるから盗難の心配も無し」

「それは……便利とかいうレベルじゃ…………」


 ヨハンが知っている“魔導器”という物は、あくまでも生活が少し便利になったり武器の延長線上の範囲だ。庶民には手が届かないくらいの金を積めば、考えられないような効果を得ることが出来る代物もあるとは聞いていたが、流石にそんな効果を持つアイテムは、それだけで国家間で奪い合いに発展しても不自然ではない。


戦争の火種にもなり得るだろう。それくらい、便利過ぎる。


「そりゃこの魔導器はアルカディア王国が誇る国宝の一つ、神器『悠遠の門』だからな」

「へー……………………って――は?」


 荷物を取り出し、着々と錬金の準備を進めながら何気なく放たれた言葉にヨハンは目を見開く。


 神器? 国宝?


「(え…………じゃあなんでそんな物を……この子が持って歩いてんの……?)」


 その驚愕に染まる表情を見てラキアは「やっぱりな」という含み笑いを浮かべながら、


「まぁキミは入学したばかりと言っていたし、さっきのソウロとやらの反応を目にしても態度に変化が無かったから、ボクのことをちゃんと知らないんだろうなと思っていたが――」


 クイッ――と眼鏡を上げて、その薄い胸を張る。


「改めて自己紹介をしよう。

 ボクはラキア・マクルス――アルカディア王国の錬金学問最高機関『王立錬金大術院』の長。

 “宮廷錬金術士アルケミスト”…………なんて呼ばれてたりするよ」

「えっ――えええぇぇぇっっっ!!???」


 その予想もしていなかった事実に、思わず大声を上げてしまう。

 ラキアの小さな背丈……顔から、足先まで、何度も視線を往復させながら。


「おい、失礼な視線だぞ」


 まるで子どもが拗ねたように頬を膨らませる様子を見ると……この少女が、王国の枢軸の一つ――その頂点だと言うのか。そんなの信じろという方が無理がある。

 だが、今この瞬間にも――


「そしてもう一つ、ボクが所有しているこの“眼鏡型”の魔導器……まぁコレは“自前”の品だが、この眼鏡は掛けるだけで、“普通はボンヤリとしか見たり感じることが出来ない筈の”魔力を『ハッキリと視認出来るようになる』──そんな効果が得られる優れモノでね。

 ボクの繊細な嗅覚と組み合わせれば、どんな錬金でも赤子の手を捻るくらい簡単という訳なのさ」


 目の前で繰り広げられている錬金作業の手際――素人目で見ても、一切の無駄が無い洗礼されている動きだということを理解させられる。

 眼鏡型の魔導器の効果と嗅覚を用いることで実現する――正確なタイミングで液体を混ぜ――一寸の狂いのない大きさで素材を投入――火の強さを調整――その技量、紛うこと無き職人技。

 まるで優れた絵描きが、千年後に見る者の心を奪う絵を描き上げている時を思わせるような……そんな息を呑む光景に、ヨハンは目を離せなかった。

 唯一。

 ラキアが素材に用いるのであろう――ゴブリンの生殖器を細かくナイフでみじん切りにしている……その場面を除いて。


「キミも宮廷魔導士団を目指しているのだし、ついでに教えてやるが――王は王国騎士団、宮廷魔導士団、王立錬金大術院という剣術、魔術、錬金術を司る集団の長に一つずつ、その地位に見合う“チカラ”の象徴として、神器を授けている。

 もしキミが……宮廷魔導士団に入り、その頂点にまで上り詰めたら――」

「俺も神器を授かれるって? それは流石に――」


 無理だろう――そう言おうとしたところを、真面目な顔で遮られた。


「そうかい? ボクは結構……そんな展開になるんじゃないかなって思うけどね。

 軽く見られることが常である平民出身の少年が魔術の頂点に立つ――そんな展開にね」


 それを聞いてヨハンは胸が痛くなる。この期待の源流であろう“今の”自分の実力は、異能という……かりそめのチカラあってのモノなのだから。


「さて――あとは」


 そうしている間に、ラキアの作業は終わったらしい。

 大きな錬金釜に様々な素材を入れて火を通している中、ゴブリンの巣や道中で拾った角雷鳥竜オルネリスの幼体の角を作業台に並べた。

 すると、彼女は母親の傍で祈るように鳴く幼体に、警戒心を与えないようにゆっくりと近づき――


「ねぇ、キミ」


 見た目の年齢にそぐわない包容力のある……母性をも感じさせるような声色で声を掛けた。


「お母さんを、治してあげたいよね?」


 その声色とラキアに応えるように……幼体が振り向き、目をぱちくりとさせる。


「ボク達もキミのお母さんを治してあげたいんだ。人間のせいで振り回して、傷つけてしまったから……せめて、元通りに身体を治してあげたいって……思う」


 そのつぶらな瞳に強い光が刺したかのように見える。


「でも……お母さんを治すための薬を作るには、あと一本……キミの角が必要なんだ。

 だからまた……痛い思いをするかもしれないけど……お母さんを治すために、協力してくれる?」

「キィッ――!」


 そしてラキアの言葉の意味を理解したのだろう――もう、か弱くない小さな声が響いた。


「ありがとう――」


 ドキリとしてしまうような優しい笑みを浮かべて、ラキアは幼子を抱きしめる。

 優しく。痛みが尾を引かぬように。大丈夫……大丈夫……そう声を掛けながら、角を折ってやるラキアの姿は、女神のように慈悲深くて――



◆◆◆



「んっ…………」


 心地良い風に頬を撫でられて、セレフィナは目を覚ました。

 すぐに彼女は身体の具合を確認する……治癒魔術による倦怠感は強く残っているが、無事に傷は癒えているようだ。


「──っ、角雷鳥竜オルネリスはっ……!?」


 そこでセレフィナは我に返ったように、素早く身体を起こして警戒態勢を取る。


 しかし、あの強敵の姿は見えない。代わりに目に映ったのは、横たわっているビッティとターレと、“何故か”木に縛り付けられて気絶しているソウロ。

 そして、


「…………手紙……?」


 セレフィナが横たわっていたすぐ傍に“自白剤”と書かれたポーションと二つ折りにされた紙が、地面に短剣で差し留められていた。

 短剣を引き抜き、その紙を確認する。そこには、決して上手とは言えない文字でセレフィナへの伝言が書かれていた。


「こ…………これは……」


 内容は角雷鳥竜オルネリスを取り巻く今回の事の顛末。

 賊が企てた計画や、それにソウロが関与していたこと、自分が何故巻き込まれていたのか──そういった全ての事情が書かれてあった。

 また、衛兵がココに駆けつけるように手配まで取ってくれているらしい。

 そして…………この伝言を残した主の名前は、記されていない。


「(でも……状況的に………………)」


 しかし、セレフィナは確かに目にしていたのだ。

 絶対絶命の状況を救ってくれた、あの顔を隠した茶髪の少年……。


「……っ…………」


 カァッ──その姿を思い出すと、頬から耳まで熱を帯びるような気がする。

 一体、自分はどうしてしまったのだろうか?

 いや、そんなことよりも、自分はあの少年に見覚えがあったのだ。

 講義室で初めて見た時と“雰囲気”は違っていたが、あの少年は確かに……


「どう見てもヨハン……メンザーさん…………でしたね……?」


 例の新入生ルーキー──自分が僅かに気になっていた男性。やはり、自分の見立ては間違って無かったのだ。

 特殊指定個体ネームドを討伐し、事態の収拾を容易につけるだけのチカラを持つ実力者。


 彼は、只者では無い。

 少なくとも平民であることだけで、見下されるような人では。


「………………」


 だが、セレフィナの心に巣食うのは好ましい感情だけでは無かった。

 どうにも引っかかるのは、あの下手な変装。そして匿名で書き置きを残していること。


 そう──まるでセレフィナと関わりを持ちたく無いようにみえるのだ。


「(どうしてこんな…………モヤモヤするのでしょう……!?)」


 セレフィナ・ユキ・ラグトゥールはこの世に生を受けてから今日までの間。


 男に言い寄られ続ける人生を歩んできた。


 そんな彼女にとって、出会う男達は皆自分にアプローチしてくるのが当然であり、自分はそんな彼らをあしらう……というのが自然な流れであった。

 これまでの人生における定石で考えれば、こんな“セレフィナに恩を売れる”ようなシチュエーションを、隙あらば自分と仲を深めようとする生き物──男性が逃すなどあり得ない。


「(どうして……?

 もしかして…………“彼”は、私に興味が…………無い……?)」


 その懸念が脳裏をよぎった瞬間。


 哀しみ……悔しさ……屈辱感……様々な想いが胸の内に広がった。

 それは恋心とも呼べる代物だったが、初めて抱くその感情の正体を、セレフィナは掴むことが出来ない。


 だが一つ、彼女は決意を固めることが出来た。


「(ヨハン・メンザーさん……私に興味が無いと言うのなら)」


 それは──


「(何をしてでも…………私に興味を抱いて、見てもらえるようにしてみせますよっ……!)」


 追われることが常だった者から、追う者へと己を変える決意。


 この日から、セレフィナ・ユキ・ラグトゥールの退屈で張り合いの無かった日々は、とても鮮やかでもどかしい色に染まるのだった……。



◆◆◆



「(部屋に帰ったらすぐに抜く! 部屋に帰ったらすぐに抜くぅ!!)」


 クエストから帰還した後。


 ヨハンは帰宅後速攻発射リセットを決意しつつ、本日の触媒オカズにする候補を思い浮かべて、脳内をとても淫らでイヤらしい色に染める。

王都に戻った頃には既に日は落ちていて、クエスト終了後の諸々の手続きや“セレフィナに後片付けを押し付ける”手配をしているとすっかり遅くなってしまった。


「(大丈夫…………無事に俺の関与無く、彼女が特殊指定個体ネームドを討伐して、被害者も救出した流れになっている……)」


 早足で歩きながらヨハンは自分の行動を振り返る。


 ラキアが角雷鳥竜オルネリスの幼体から角を受け取り錬金した強力なポーション『創造の精薬エリクサ』で、俺が緊急故仕方なかったとはいえ――瀕死にさせてしまった母親の方を治療した後。

 書き置きと、賊達の企みに関する自白が必要と判断された時の為の自白剤を残し、ヨハンとラキアはその場を立ち去った。


 一般的に、雷撃を操る為の角を失った角雷鳥竜オルネリスは然程脅威ではない。そうなれば,特殊指定個体ネームド認定を取り下げられるには十分過ぎる。

 あの場で角を含めた治療を行ったことを知るのはヨハンとラキアだけなので、あの場に残った角を見れば、もう『人攫の雷』は死んだものと判断されるだろう。

 本体が無かったとしても、特殊指定個体ネームドは討伐されたものとしてクエスト成功――セレフィナの経歴に傷もつかず、角雷鳥竜オルネリスは母子共々無事に人間と縁を切れて一見落着という訳だ。

 そもそも人間の企みで人害があると認定されていただけなのだが……。


「(正直特殊指定個体ネームド討伐クエストの報酬金には心引かれるものがあったけど…………受注していない俺が横取りする形で討伐したとしても、ちゃんと報酬がもらえる保証も無かった。

 むしろ変に関わりを持っちまってトラブルになったり、セレフィナと縁が出来ちまうのも考えものだったし……まぁコレが正解だよな)」


 結果的にセレフィナに手柄を譲ることになっているのだが、ヨハンは特段そういったモノには執着しない。

 当面必要なのは資金。

 成績の方は後から付いてくるものと考えて、ひとまずは目先の目的が達成できたことを喜び祝うべきだ。むしろ衛兵への事情聴取等、無駄に時間を奪われるような後処理が発生する展開を避けることが出来て幸いとも言える。


「金の件はラキアから受けた素材収集クエストの方で十分及第点……! 今日は何の心残り無く“スッキリ”出来るぜっ……!!」


 やるべきことをやって、最良の結果を出せた日の終わりに行う男磨きと発射リセットは格別。

 と、いう訳なので早く抜きたい。抜きた過ぎる。


 はやる気持ちを抑えつつ、ヨハンは魔術学院に併設されている王立錬金大術院内の研究室へ向かっていた。


帰還した後の手続きを終えた後の、「追加の報酬を渡したいから後でボクの研究室に来てくれ。準備があるから少し時間を潰してから訪ねてくれよ」――というラキアの言葉に(一部を除き)従い、受付で教えてもらった道順に従い院内を歩く。


「(時間を潰す? 無理だね。俺は一刻も早く金を受け取って帰って発射リセットしたいんだ)」


 静まり返った院内を、もはや走り出す。

 見えてきた――あの部屋が宮廷錬金術士アルケミストであるラキア一人の為に用意された研究室――


「ラキア! 金を受け取りに来たぞ――」


 勢いよくドアを開けて部屋に入るヨハン。

 ……この時。


「――ふぇっ!?」


 女性の部屋に入るというのにも関わらず、ノックをしなかったことを彼は後悔した。


 少女の驚きに満ちた声。それに見合う驚愕に染まった表情。


「――なっ……!?」


 目の前に広がる光景に、ヨハンは固まってしまった。


 何故なら、この部屋の主――ラキア・マクルスという少女は今、上裸だったから。


「えっ……あっ――あぁっ――」


 あまりの事態に、ラキアも混乱しているのだろう。

 突然部屋に入ってきたヨハンの姿を認め――赤面――赤面する理由を考え――自分は今着替え中で裸ではないか――そんな風に認識の順序があべこべになっている様子だ。


 その大きな瞳を見開いて、全ての造形が可愛らしい顔を耳元まで真っ赤に染める。

 抱けば折れてしまいそうな華奢な身体――その華奢さを際立たせる小さな肩口が、肉感とは真逆な身体つきにも関わらず扇状さを演出している。

 その平らな胸元は、彼女が両手で持つローブで隠されているものの、隠しているが故に目を離すことが出来ない。

 身に付けられた、教会のシンボルをあしらったシンプルなネックレスが、清純さを体現した薄い双丘をより映えさせている。

 下半身は辛うじて下着を履いているようだが……その純白の布一枚では、彼女の羞恥心は止められまい。


「(あー……このパターンは……)」


 対して、女性の着替え中に部屋に入ってしまうという――大変失礼な行為をしたヨハンは“過去の記憶”を思い浮かべて、心の中で溜息を吐いた。


 昔エヴァにもこういうことをしてしまったことがあった。

 その時は物を投げられ殴られ……相当なひどい目にあったものだ。全面的に自分が悪いので恨みはしないけれど。


 訪れるであろう災難――その痛みに耐える為に目を閉じ身構えるヨハン。


 だが……


「?」


 一向に、不埒な事故への報復は訪れない。

 不思議に思ったヨハンが閉じた目をゆっくりと開き、そこに映ったのは――


「――!!」


 きゅうぅぅ――そんな音が聞こえてくるような様子で、ラキアが手に持ったローブを自分の胸で抱いて――涙目で、恥ずかしそうに俯いている姿。

 所謂女の子座りでペタンと座り込んでもいて……宮廷錬金術士アルケミスト? 王から神器を与えられている? そんなことは忘れてしまいそうになるほど、か弱い少女にしか見えない。


 誰かに見られたら完全に誤解されそうな状況。

 しかし、きっとココには誰も来ない――


「うっ……!!」


 それを意識した瞬間、ヨハンの身体は異変を起こした。


「(まずいっ……!!)」


 高まる体温。昂る感情。

 ヨハンの本能は、脳内に様々な情報をフラッシュバックさせる。


 騎獣に乗っていた時に感じていたラキアの身体の感触――匂い――知的な表情に声色――角雷鳥竜オルネリスの幼体に見せた母性をも感じさせる優しい笑み。


 その全ては“目の前の女性を魅力的に感じようとする”為のモノ。


「(もう、これ以上は――)」


 だが決定的だったのは、


「こ……こんな貧相な身体を…………お見苦しいモノを見せて…………す、すまない……」


 裸を見られたにも関わらず。

 ラキアの口から出てきたのは、謝罪の言葉。


 彼女が自身の身体に抱いているコンプレックスがそうさせたのか?

 もしくは訳が分からないまま口にした言葉なのか?


 いずれにしても――


「うっ――あああああああぁぁぁぁぁぁっっっ――!!!!」


 目の前の少女が“自分では抑えられない程”魅力的に感じてしまった……その刹那――



「――――――『暴✩発(エクスプロージョン)』――!!!!」



 ドクンッ――ヨハンの下半身……下着の中で、脈打つ何かが放たれた。




 説明しよう!



 『暴発エクスプロージョン』とは、ヨハンの意思に関わらず(不慮の事故等で)発射リセットしてしまうことのことである!



 以上、説明終わり!



「(し……しまった…………)」


 ヨハンは、自分の身体から異能『禁欲魔導オナキ・マグナ』恩恵である巨大な魔力が失われていくのを感じながら、汗をかく。


 これまでに(主にエヴァで)暴発エクスプロージョンをしてしまったことは何度かある。

 しかし、実年齢は知らないが、こんな……年端もいかないような幼い見た目のロリっ子で暴発エクスプロージョンをしてしまった経験は無い。


 つまり、何というか……人としてどうなの? という気持ちが溢れていて…………死にたい。

 というか、時間を潰してから訪ねて――というのは、ヨハンを迎える準備をしなくてはいけないという意味に決まっているのだ。その中に着替えが含まれているのは考えれば分かること。一日中外に出て動いたんだ……身体を清めたい気持ちだって当然ある。

 それなのに、言いつけを無視して突然ノック無しに部屋に入って裸を見て……うん、僕って最低だな。


「あ……えっと、謝るのは僕の方だよ……ご、ごめんっ――」


 とにかくココは謝罪だ。

 裸を見たくせに、その女の子に謝らせてるとかどういう状況よ? 酷いにも程がある。というか、もう殴ったり色々してくれないかな? 罪悪感で死にそう。

 しかしその謝罪は、どうやらラキアには届いていないらしく、


「えっ…………? 小さくなってる……?」


 彼女の興味は、別のところにあるようで。


「あんなに大きかった魔力マナが……萎んで……?」


 先程よりも大きく見開いた瞳。

 その“眼鏡越し”の視線は、最初に出会った時と同様で“何故か”ヨハンの股間辺り――


「はっ――!!」


 そこで彼は気づく。

 発射リセット直後の“澄み切った脳内”で思い至る。


 ズボンには達していないが、下着は恐らくシミだらけなのは下半身を襲う不快な感触で察している。

 致してしまったことがバレた?


 ――違う!!


 ラキアが掛けている眼鏡――その小さい顔には大きすぎるその魔導器の効力は何だったか?


「あんなに大きかった……デッカい……デカ魔力マナが……」


 そう――『掛けるだけで魔力をハッキリと視認出来るようになる』……というモノだったのでは?


「い、いや……コレは……その」


 その魔導器を通して、充填チャージ三日目の膨大過ぎる魔力と発射リセット直後の凡人レベルまで小さくなった魔力…………その遷移まで見られてしまった――それは、つまり。


「……キミ。

 コレが一体どういうことか……説明してくれる…………ね?」


 異能『禁欲魔導オナキ・マグナ』――それを自覚してからというもの、頑なに守ってきた己の秘密が露呈したことを意味していた――


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