2-11 溜め過ぎ注意!
「(うまくいった……)」
間一髪、セレフィナを魔物の攻撃から救ったヨハンは安堵する。
自分の腕の中で意識を失った絶世の美女をチラリと見て――すぐさま目を逸らしながら。
遠くから『障壁魔術』で攻撃から守るという手もあったが、どちらにしても傷ついたセレフィナは回収し、ラキア達――他の保護対象と同じ場所に置いておきたい。
それなら、角雷鳥竜の不意を突けるこのタイミングで抱き上げて回収するのがベストだろうという考え。
そして――
「(コレなら…………“匂わない”っっ!!!)」
彼は己の講じた“策”が成功したことを確信した。
傷つき動けないセレフィナを抱き上げて回収・移動する――ただそれだけのことだが、ヨハンにとってはコレが一番の障害だった。
障害である理由は二つ。
その一つは……“匂い”。
異能『禁欲魔導』により、現在充填三日目のヨハンの嗅覚は女性の匂いに対して敏感になっている状態。そんな状態でセレフィナのような絶世の爆乳美少女――いい匂いがするに決まっている――女性を抱き上げてしまったら?
「(ムスコが硬化状態になることは確実…………下手をすれば興奮しすぎて、異能の強化を失う結果にもなりかねない)」
その芳醇な香りでノックアウトは確実。そうなれば彼は本来の凡人でしかない状態に戻り、救出どころの話では無くなる。
それを防ぐために講じた策というのが、
「(ラキアの持っていた“消臭ポーション”……これをハンカチに染み込ませて顔を覆う――単純だけど効果は抜群だな)」
ラキアが体臭を気にして頭から被った、ニオイだけを消すポーションを使うということ。
おまけにハンカチで顔を覆うことで、自分の正体をセレフィナに悟られないようにすることも出来る。
「(冒険者時代にも経験あるけど……こういう風に女の子を助けたりすると、後から『是非お礼を!』とか言って(禁欲的に)面倒なことになってしまうからな…………こんな美少女とお知り合いになるなんて、これからの学院生活には悪影響過ぎる)」
そしてもう一つの理由は――感触。
遠目から見ても柔らかそうな、この少女の身体……それを直に、全身で味わってしまえば?
…………もはや、言うまでも無いだろう。
………………が、敢えて言う。
こんな爆乳美少女をお姫様抱っこしてその感触を全身で味わった結果、股間に全く響かないなんて男がこの世に居るだろうか? いや、居ない!
……だがしかし。
そうは言ってもこの少女を救出しなければならないのは変わらない。
その為にヨハンが編み出した方法は――“彼女に一切触れずに抱き上げる”……というモノ。
そんなことが可能なのか?
断言する――可能である。
異能『禁欲魔導』の持ち主であるヨハン・メンザーであれば。
基礎中の基礎である魔術に傾倒し、そればかりを極めた彼であれば。
禁欲的な危険を避ける為の方法を模索し続けた彼であれば、可能!
「(自分の身体に沿わせるように、薄い膜のような障壁を展開する――こうすれば、他人からは普通に接しているように見えるが、実際には俺の身体は彼女の身体に接触していない。
つまり…………俺に彼女の柔らかい身体の感触は伝わってこない!)」
ラキアのような肉感の薄い少女であれば、全身で身体の感触を味わったとしてもギリギリ耐えることが出来る。
だが……セレフィナは。セレフィナのような肉感たっぷりナイスバディであれば、この対策を講じなければ瞬殺間違いなしだろう。
あまりにも危険。危険、過ぎる。
なんてったって、ただでさえ露出度の高い制服なのに、気を失ったことで着崩れしちゃって…………その深~い谷間がめちゃくちゃ見えちゃってるんだもん。ちょっと下着っぽいレースとかも覗いているような気もするし。
「ラキア――!」
……という訳で、いつまでもこんな危険人物を抱き上げていられない。ヨハンは素早くラキアの元に走り、意識を失ったセレフィナを託す。ポーションとかで治療もしておいてもらわないといけないしな。
「キ…………ルルゥゥゥ…………!!!」
そしてそのタイミングで、岩壁から角を引き抜いた角雷鳥竜がヨハンに敵意を向けてきた。
そちらに視線を向けながら後ろ手で障壁魔術を展開し、ラキアや意識の無いセレフィナ、ソウロ、女子二人――保護対象を包む。
「さて…………ココからは先は、新入生の出番だ」
学院序列第一位が敗れた後、敵の前に立つのは何の肩書きも持たぬ一人の少年。
だがその少年は、溢れんばかりの魔力を持っていた。
ゴウゥッ――!! 少年が全身に力を込めれば巻き起こる、莫大なる魔力の奔流。
それは異能『禁欲魔導』が与えた、三日間の禁欲――充填に対する対価。
「………………『狩人の光弓』――』
唱えたのはやはり、初級の魔術。
だが――
「『百ノ矢』――!!」
その刹那――顕現したるは膨大な数の光球。
数多の弓兵が狙いを引き絞る姿を幻視してしまう光景の後、
カッ――凄まじい閃光と共にその矢は放たれた――
◆◆◆
「………………っ……!! ……っ…………!!」
熱帯雨林地帯でよく遭遇する豪雨――いや、もはや大瀑布の傍に居るかの如き轟音に、ラキアは耐えきれず耳を塞ぐ。
「――ッ――――ッ――!!」
激しい閃光の中、その降り注ぐ魔術の矢を喰らい絶叫しているであろう角雷鳥竜の声すらコチラには届かない。
「(行使しているのは初級魔術…………だが、この“規模”は何だっ……!?)」
あまりにも規格外。
尋常ではない数の魔術の矢が、四方八方から角雷鳥竜を襲う。もはや身動きすら出来ないでいる。
魔導士で無くても行使できる程習得が容易な初級魔術。その初級魔術に莫大な魔力を注ぎ込んで実現させている目の前の光景は、あまりにも異質だった。
「(まぁ…………俺は“コレ”しかまともに使えないからね)」
その数多の矢を敵に注ぎ込んでいる張本人であるヨハンは、半ば自嘲気味に笑みを浮かべる。
おそらく、充填が溜まっている状態であれば。
才能のある者と同じ土俵に立てている状態であれば、他の高等魔術を行使すること自体は可能だろう。
だが、ヨハンは才能ある者とは違う。充填が溜まれば同じ土俵に立てるといえど、その期間は非常に限定的といえる。
「(鍛錬する時間があれば違うかも知れないけど………………貧乏暇無し――ってやつだな)」
日々生活するだけで金はかかるもの。
彼には生活費のことを考えず鍛錬に励む時間と金銭的余裕は無かった。
貴重な“充填が溜まっている日”は、金を稼ぐ為に使わなくてはいけなかったのだ。
そもそも高等魔術とは才能ある者が生活や金のことを考えずに毎日鍛錬と勉学に勤しむことで初めて習得・行使出来る代物である。
たとえ異能をその身に宿していたとしても、生まれ落ちた時点で手にした環境というものは覆らない。どうあがいても習得は不可能だった。
故に彼は、本来の実力に見合った魔術――どのような充填具合でも自分が行使できる初級魔術を極めるに至る。
この弓矢の魔術――ヨハンとの相性は抜群だった。
魔力を注ぐと宙に発射点となる光球が浮かび、それを魔力の矢に変化させて放つ。
属性を付与したり発射点を自在に操れば、工夫を凝らした攻撃も出来る。
そして何より、
「まだっ………………撃ち込めるのかっ……!?」
術式に魔力を注げば注ぐほど、多くの矢を生成し放つことが出来る。
その一本の矢の破壊力は大したモノではない。
無論、同じ弓矢の魔術でも中級や上級へと高位の術式を行使すれば、一本あたりの攻撃力を上昇させることは出来る。同じ攻撃力を実現させるなら消費魔力量もその方が少ない。
しかしそんな効率の良い方法を取ることが出来ないヨハンでも、膨大な魔力を注ぎ込めば同じ結果を得ることが出来るのだ。
中級魔術の矢であれば一本で済むようなところを、初級魔術の矢を五本撃ち込む。
上級魔術の矢であれば一本で済むようなところを、初級魔術の矢を十本撃ち込む――そんな風に。
専門家が見れば頭を抱えてしまうほど効率の悪い手法。
だが彼にとってはこのやり方こそが最善手であり、身に余る強大な敵と渡り合うための唯一の手段。
そう……普段は凡人が故に少ない手札しか持ち合わせないが、限られた時間のみ才ある者を凌駕する程の魔力を得ることが出来る彼にとっては……。
異能による底無しの魔力頼りの完全なるゴリ押しではあるが、その凄まじい数の“弱者の矢”達は、強大な魔物に悲鳴を上げさせる。
一人の狩人が放つ矢では怪物を仕留めることが出来なくても。
百人の狩人が一斉に放てば、その怪物はひとたまりもなく獲物へと姿を変える。
そんな圧倒的過ぎる光景を目にしてラキアは、
「(なるほど…………例え初級魔術であったとしても、この規模で行使されれば大規模魔術と相違無い)」
目を細めながらそんな印象を抱く。
結果だけ見れば、複雑な詠唱や準備を要する魔術を放ったのと同等だろう。
行程や手法に拘らず、結果だけを重視する。
複雑な魔術式の組み立てばかりに感心を向けてしまい実際に行使する時のことを考えていない――そんな“優秀だが未熟”な魔導士とは異なる姿。
「(ということは…………彼は“敢えて”初級魔術を行使している……とでも言うのか……?
隙も手の内も明かさず、素早く攻撃できる魔術に……“敢えて”こだわって……?)」
……と、こんな風に。
彼の戦う姿を見た者は、勝手にそう解釈する。
…………本当は、ただそれ以外使えないから使っているだけなのに。
「(さて…………このくらいで一度――)」
一瞬の間も無く矢を撃ち込んでいたヨハン。
じっくりと敵の様子を観察した後、
「(…………少し矢の勢いが落ちた…………?)」
戦闘においては素人同然のラキアが見ても分かるくらいに攻撃の手を緩めた。無論そうなれば――
「キルルルッ……!!」
必死に矢の雨に耐えていた角雷鳥竜は、降って湧いたその隙に飛びつく。
バチッ――即座に雷を角で操作して、放つ――
「『障壁魔術』」
だが矢の合間を縫うように放たれた雷撃は、いとも簡単に障壁で阻まれる。
角雷鳥竜は自身の切り札とも呼べる雷撃が通じないことに驚愕する。先程の人間は属性特化の障壁を必要としていたのに、今相手にしている人間はそれすらも必要としていない……?
「もう少し…………かな」
ドドゥッ!! 再び魔術の矢が滝のように浴びせられる。射出点を四方に展開し、タイミングをずらして動きを封じるように。
角雷鳥竜は歯噛みする。この人間が使っている魔術は、たった二種類。今受けている矢を飛ばす魔術と障壁の魔術。そのどれもが、それだけを見ても何の情報も得られない代物。逆転の糸口を掴むことが出来ない。
持つ手札が少ないからこそ相手に与える情報量を抑えられる――セレフィナとヨハンの戦い方は酷く対照的だ。
「………………ッ……!!」
情報が足りない――だが着実に追い詰められている――逆転の一手は――そんな風に焦り始める角雷鳥竜。
そんな焦りに思考を支配されてしまった時、人間や魔物問わず取りがちな“行動”というものがある。
それは、
バチバチバチッッ――!!
記憶にある勝利の瞬間を再現する為『練度の高い策』を講じようとすること。
「(雷のエネルギーを高めて…………“次”で決める気だな)」
その行動を冷静に観察して、ヨハンは想定通りに戦況が運んでいることを確信する。
生半可な雷撃では通用しない。だからこそ機を待ちつつ、その瞬間に備えて角だけでなく体内や周囲の空気中に雷撃を溜め込んでいく。最大火力の一撃と、おそらくは物理攻撃の二段構え。何故なら角雷鳥竜にはそれしかもう手は残っていないのだから。
「(もう少し……もう少し…………)」
矢で攻撃を浴びせながら、敵の溜め込んだ雷エネルギーが限界まで高まっていくのを待つ。
そして――
「(今――!)」
ヨハンは攻撃の手を完全に止めた。
「「――!?」」
それに対しラキアは勿論のこと角雷鳥竜も困惑する。
……が、ヨハンの次の行動で意図を理解した。
「えー……あー…………えっと…………なんだ……『てんのー……ひかり……のー……』」
その両手を天に突き上げながら魔力を高める姿を見れば“トドメを刺す為に大技の準備に入った”であろうことは明らかだったから。
「………………え、詠唱……?」
何やらやる気の無い……というか、魔術の詠唱なのかどうかよく分からないことを口にし始めたヨハンを見てラキアは首を傾げていたが。
「キィィィィルルルゥゥゥッッッ!!!」
しかし、ようやく見つけた糸口――大技を放つ前の隙――その好機に角雷鳥竜は飛びついた。
大技を放つ前に最大火力を素早く確実に当てて倒す、それだけを考えて行動する。
膨大な雷をその角に宿したまま、高く飛び――滑空。
自身の最大火力である必殺の雷撃と串刺しになればひとたまりもない鋭い角での物理攻撃。
躱しても角を振り回せば致命傷を与えられることは先の人間で実証済み。敵を見据えた視界が狭まっていく――狙いは敵の心臓。いける――倒せる――そう自分を鼓舞する感情を浮かべていた角雷鳥竜は耳にした。
「なんてね」
ヨハンの、余裕を存分に残した声を。
トッ――まるでセレフィナの動きを真似するかのようにヨハンは突っ込んでくる角雷鳥竜に対し、真横に跳躍した。
それに角雷鳥竜も反応し、同じように横薙ぎの一撃を振るう。
その軌道を読んで――
「『障壁魔術』」
短く詠唱。
防御する範囲を限りなく限定した、最強硬度を誇る障壁を展開する。
“とある一点”を狙って。
バキンッ――横薙ぎの一撃を、ヨハンの障壁が防ぐ。
否……“捉えた”――という表現が正しいか。
「――!?」
その瞬間、角雷鳥竜は自分の額から聞くはずもない音を聞いた。
それはまるで、決して折れない程雄大な大樹が幹から折れてしまうような――
「お、折れて…………!?」
信じられない光景を見て、ラキアは驚嘆する。
角雷鳥竜の恐怖さえ覚える太く大きな一本角が、自らの攻撃により自損――根元から折れてしまったのだから。
宙を舞った角が、巨人が大木を植えたかのように深く地に突き刺さる。
だがそこまで見てもラキアは解せないでいた。
角雷鳥竜の角は多少のことで折れることはない。幼体である頃は何度も生え変わることもあって、比較的簡単に折れる程度の強度だが、成体になれば生え変わることは無くなる。
だからこそ、必殺の雷撃を操り外敵を串刺しにも出来る生涯の武器として、生半可な衝撃で折れることは無い硬度を手に入れる。
それが己の攻撃で自壊してしまうなど――
「矢のコントロールには自信があるんでね」
その疑問にヨハンは何気もなく答えた。
まるで糸を引くかのように精密なコントロール……それを現実にする練度。それはラキアも、ヨハンがゴブリンを蹂躙していた姿を見て知っていた。
「(まさか…………集中攻撃していたのか……?
角雷鳥竜の角の一点を……!?)」
そう――角の一部分が脆くなるように、ヨハンは事前に正確無比な精度で攻撃していたのだ。勿論それを悟られぬように、身体なども攻撃しつつ。
そして角雷鳥竜の角をその持ち主自身の攻撃で折る――この展開になるように誘導した。
“軽い”遠距離からの雷撃は簡単に障壁で防がれるということを見せつけ。
直接攻撃を仕掛けようと思ってしまうような隙を。“出来もしない大技を行う”フリ(それにしてもブラフ詠唱は下手過ぎだが)をして見せた。
さらに……
「最後に“その道のプロ”である俺から一つ、アドバイス」
限界まで雷エネルギーを溜め込ませた。
その狙いは、直後に起きた事象で明白となる。
「溜め過ぎには要注意」
角や空気、そして体内に溜め込んでいた雷撃を放つ為の膨大なエネルギー。
それを統べる、操作器官である角を突然失ってしまったら?
「キィッ…………!!」
制御を失った雷撃は、主の意思に関係なく暴走する!
パチンッ――ゆっくりとヨハンは角雷鳥竜に背を向けつつ、顔の横で右手の指を鳴らす。
暴走した雷撃が角雷鳥竜だけに牙を剥くように、その巨体全体を包むように障壁魔術が展開される――
「キルルルルルルルァァァァァァッッッ!!!!」
閃光――轟音――断絶魔――強固なヨハンの障壁魔術の中だけで繰り広げられる惨劇の後……身体は焼け焦げ、その双眸から光を失った角雷鳥竜が地に伏せた。
「暴発――しちまうからな」
その光景を目にして、ラキア・マクルスは確信する。
この少年は近い未来、アルカディア王国魔導士育成機関“王立魔術学院”の新たなる頂点“学院序列第一位”の座に君臨するということを――




