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2-10 恋

 チリッ――空気中に糸が漂っていたならば、それらがピンと張るような緊張感の中、その音は鳴った。

 手入れの行き届いたセレフィナの美しい髪が、僅かに広がる。

 続いて迫りくる“圧力”――それが雷に襲われる者が最期に感じる感覚であることと、その正体がただならぬ殺気であることに気づいて――


「(早いっ――)」


 セレフィナが咄嗟に取った行動は、防御。


「キルルルルルウウウウゥゥゥゥゥゥッッッッ!!!!!!」


 角雷鳥竜オルネリスが雄叫びをあげながら、角を振り下ろす。

 カッ――! 閃光と耳をつんざく轟音がその角の先端から放たれた。

 地を這うように――放たれた蛇のように、凄まじい速度と威力を備えた必殺の雷がセレフィナを襲う!


「『障壁魔術エスクド――属性(レイナス・)特化“雷”(アヴァローダ)』!!」


 バチィィィィィィッッッ!!!!!


 その高音の後、角雷鳥竜オルネリスの目には必殺の雷撃を受けてなお……無傷のままの人間の姿が映る。


「(なんて威力…………!! 属性特化の障壁を展開していなければ、破られていたかもしれませんね……っ……!!)」


 『障壁魔術エスクド』は通常、物理・属性を全般的に防ぐ障壁を生み出す。そしてその障壁は“防ぐ範囲”を限定すれば同じ魔力消費量でその強度を強くすることが可能である。

 この“防ぐ範囲”というのは、単純に防御する場所というだけでなく――


「(見たところ、この雷は強力な属性攻撃……物理的攻撃力は殆ど無し…………どのみち、脅威には変わりませんが。

 とにかく雷撃を防ぎ、放った直後の隙に魔術を叩き込む……!)」


 “防ぎたい攻撃”を限定することでも、強度を上昇させる事ができる。

 セレフィナが行ったのは『物理攻撃に対する強度を捨てて雷属性攻撃だけ防ぐ障壁を展開する』というモノ。

 そうすれば“賊との戦闘と大人数の治癒に魔力を使った直後”の疲弊した彼女でも、壮絶な雷を防ぐことが可能。

 敵の攻撃を見極め、即座に判断、術式を構成・展開し詠唱。少ない魔力消費でよりよい結果を生み出す――セレフィナ程の優秀な魔導士で無ければ到底出来ない鮮麗された戦法だった。

 だが――


「…………………………」


 その優秀さを。

 優秀が故の“隙”を、二つ名を冠する程の魔物が見逃す筈も無く。


 ――バチバチバチバチィィィィッッッ!!


 再び雷を操りながら、角雷鳥竜オルネリスは勝利への確信をその双眸に映す――



◆◆◆



「……まずいな」


 ヨハンは草陰からセレフィナと角雷鳥竜オルネリスの戦いを見て、瞬時に悟る。

 あれでは“次”を捌けない――


「…………はっ――」


 だがヨハンが漏らした呟きを耳にしたソウロは嘲笑を浮かべつつ、


「何がまずいな――だ?

 学院序列第一位ランク・ファーストであるセレフィナ・ユキ・ラグトゥールが繰り広げる戦いを目にして?」


 苛立ちを隠そうともせず、場違いな悪態を吐く。

 セレフィナの勝利を確信し、そんなセレフィナと同じ貴族という“枠組み”に所属しているだけで偉くなった気になって――

「……平民風情が……っ……!!

 僕達貴族を評論するなど、貴様らは一体いつからそんなに偉く――がっ――!?」

「――!?」


 そんな彼の後頭部を激痛が襲った。

 ガクリと項垂れ気を失ったソウロの背後に立つのは、手頃な石を持った少女。


「…………ラキア?」


 彼女は手に持った石でソウロの後頭部を殴打――手早く黙らせた。


「そういうの、今は結構」


 溜息混じりにソウロを見下し「そんなに情けない格好で縛られても悪態を吐ける根性は見上げたものだが」――そう口にしつつ、やれやれと首を振る。


「――で? 状況はよろしく無いのかい?」


 そして一刻の猶予も無い――そんな空気を察してヨハンの言葉を待つラキア。その目と表情で、何か自分にやれることはないかと、指示を待つ。


「あぁ。“あんなことをしたら”、相手に手の内を明かしてるのと変わらない。

 だから早く助けに入らないと――」


 そんな彼女と均衡しているように見えるが芳しくない戦況を一瞥し、数瞬の思案――


「………………ラキア、俺が言うモノをすぐに渡してくれ――」


 懐からハンカチを取り出しながら、続く彼の言葉を聞いて――


「……………………は?」


 ラキアはその意図を読み取れず、ただ困惑するのだった――



◆◆◆



 一撃目の雷撃と同様に、周囲の空気が変化していくのが感覚で分かる。

 そして何より、角雷鳥竜オルネリスを雷の操者たらしめる角――そこに青白く光とエネルギーが溜まっていくのが分かる。

 しかしそれに相対するセレフィナに焦りは無い。


「(次の攻撃の直後……属性特化の障壁魔術エスクドで防ぎ、直後に魔術を撃ち込む。弓矢の中級魔術で怯ませ、その隙に高等魔術を詠唱し……仕留める)」


 まるで机上で組み立てるように、戦闘の展開を脳内でシミュレート。一撃目の雷撃を属性特化の障壁で防げることは確認済み。不確定要素は、無い――


「キィィィィィィルルルルルルルゥゥッッッ!!!」


 だが、その雄叫びの後……角雷鳥竜オルネリスが取った行動に、セレフィナは目を見開いた。


「(突っ込んでくる――!?)」


 角雷鳥竜オルネリスは雷撃のチカラを角に溜め込んだ状態で、翼で風を操り……セレフィナに向けて突進してきたのだ。

 竜の如き巨体と鋭い一本角――それらを備えた突進による物理攻撃力は、並の魔物のソレを優に超える。


「(こ、これではっ……!)」


 脳内で用意した筋書きとは異なる展開。もはや彼女に迷う暇も選択肢も無く――


「『障壁魔術エスクド・属性(レイナス・)特化“雷”(アヴァローダ)』――」


 セレフィナは属性特化の障壁を展開しつつ、真横に跳躍する。

 こうすれば雷撃を防ぎつつ、角で串刺しにされることは無い――そう見越した咄嗟の判断。

 しかし角雷鳥竜オルネリスはその判断をも見切っていて、


 ――ゴッッッ!


「…………っ……か…………はっ……!?」


 突進しつつ、セレフィナが跳んだ方向へ角を振り抜いた。

 結果、雷を纏った角がセレフィナの障壁魔術を破り、その横腹を砕く。


「………………ウッ……! ガッ……ゥグッ――」


 硬質な角、そして巨体がもたらす膂力をその身に受ければ、セレフィナの身体は容易に吹き飛ばされる。

 彼女は地面を転がり、そして岩壁に叩きつけられた。


「(………………そ……そんな手を使ってくるとは……)」


 激痛に悶絶したい気持ちをどうにか抑えつつ、治癒魔術を行使して止血などの応急処置を行う。

 だが痛みで朦朧とした意識が、彼女に十分な回復を許さない。

 追撃に備えるため、地に伏せていたい欲求を振り切ってセレフィナは立ち上がる――が、すぐに膝をついてしまう。


「ゴッ…………ゴホッ……ゴボッ…………!!」


 己の意思とは無関係に、嘔吐に似た感覚の後に液体が口から溢れ出す。それに溺れぬように吐き出す…………俯いた視界が赤色に染まる。ドス黒い、赤。雷撃によるダメージは最小限に抑えることが出来たが、物理的な攻撃に関してはまともに喰らってしまった。

 恐らくは骨折数カ所に内蔵破裂――敗北を悟るには、十分過ぎて。


「(…………っっ……)」


 彼女の敗因は一つ。

 一撃目の雷撃を属性特化の障壁で防いだこと。


 高い実力を備えるが故、色々な技術を持ち合わせているが故の行動だが、それは見る者が見れば手の内を明かすに等しい。


 何故なら“通常の障壁で雷撃を防げるのであればわざわざ属性特化にしなくて良い”のだから。


 己の雷撃を属性特化で防いだのを見て、角雷鳥竜オルネリスはセレフィナが物理攻撃と属性攻撃を同時に対応出来ないであろうことを見抜いた。

 物理攻撃を防ごうとすれば属性攻撃が、属性攻撃を防ごうとすれば物理攻撃が。そして同時に対応を試みたとしても、その場で瞬時に対応する。

 物理か属性か――そんな、どちらを選んでも“積み”な二択を角雷鳥竜オルネリスはセレフィナに強いたのだ。そんな手を使う為の材料を与えてしまった時点で、セレフィナの敗北は確定していた。


 多い手札も次々に晒してしまっていては、多くの情報を敵に与えてしまう――それは戦闘経験を積まねば学べないのだが、


「(……積み…………ですね……)」


 学べた頃には手遅れ――


 ――ドウゥッ!!

 突風のような風と共に角雷鳥竜オルネリスが滑空し突撃してくる。雷撃は纏っていない――恐らくはその角で串刺しにするつもりか。

 一縷の望みにかけて己に治癒魔術を仕込むも、絶命してしまってはそれも無に帰してしまうだろう。


 ひとたまりも無い。死ぬ。角で身体を貫かれて。絶対、絶命――走馬灯すら浮かばず、途切れ途切れな思考だけが浮かぶ朧気な意識の中、セレフィナは目を閉じる。

 せめて最期の瞬間を目にすることが無いように。


 耳鳴りのような音が聴覚を塗りつぶす。身体の感覚も薄い。自分が立っているのかどうかすらも分からない。

 分かるのは数瞬後に死が訪れるということ――




「………………………………………………?」




 ――だが、いつまで経ってもその結末は訪れなかった。

 不審に思い、目を開ける。


「――!」


 焦点の合わない視界が捉えたのは、


「悪い、ちょっと遅かった――」


 “鼻まで覆うように顔の下半分を布で隠した”どこか見覚えのある茶髪の少年の顔。


 その顔に夢中になるあまり。


 セレフィナは自分が少年に抱き上げられていること、抱き上げた直後に少年がギリギリのところで攻撃を躱したこと、角雷鳥竜オルネリスから距離を取っていることに気づくのが遅れた。

 しかし、男に抱き上げられて――しかもお姫様だっこ――をされている状況に気づいたところで、慌てる体力も気力も既に失われていた。出来たのはただ、血の気が失せた筈の頬を朱に染めるだけ。


「…………でも、もう大丈夫」


 岩壁に突き刺さった角を引き抜くのに手間取っている角雷鳥竜オルネリスを警戒しつつ、少年はコチラに“努めて”顔を向けずに声をかける。


「後は、俺がやる」


 酷い耳鳴りでその声が上手く聞き取れない――だがとても安心できる言葉だと確信出来たセレフィナの意識はついに手放される。


 その朧気な意識の中、最期の瞬間に。

 音が聞こえなくなった筈の彼女は確かに聞いた。


 “何か”に落ちた――そんな音――


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